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王都編
3 魔眼の彫金師
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わざと狭く作られた階段を降りながら、オリヴィンは考えていた。
今回、彼がデュモン卿から購入した魔石は5つ。
一つは真紅のラビカン石。大きな結晶で見事な色合いだ。この大きさなら、用途に合わせて3つほどに割って研磨すればいい。お客様の要望が最も多い人気の石だ。
もう一つは内側から白い光を放つスコロ石。癒しの力が強く、お得意様の宮廷医官から頼まれていたもの。
そしてまた次、若草色の石はクリソプレーンといい、植物の成長を助ける石。これも宮廷庭師から依頼があったものだ。
そしてもう一つの黄色い石は、魔大陸にあるウォルセンドーフ洞窟からのみ産出されるクレシーア結晶だ。この石は、持つ者に巨万の富をもたらすと言われているため、この石を巡っては様々な争いが絶えない。
間違ってもこの石を手に入れたことがバレないようにしなくては…などと考えながら、地下のクレクションルームの扉を開いた。
広いコレクションルームのテーブルに、いくつかの石を列べて、片手にルーペを持った父上がいた。
「おや、オリィ。先ほどデュモン殿が見えていたようだが…何か面白い石を買ったのかい?」
「父上、こちらにいらしたのですか。お声を掛けずに申し訳ありません」
「構わないよ。おまえなら変わった物が仕入れられるかもしれないからね」
最近では、石の仕入れに関しても、かなり父上に任されている。
部屋の中は、壁に埋め込まれた発光石が白い光を放っている。灯り越しに石を一粒、光に翳したその右目の虹彩の部分が、金の輪のようにキラリと光った。父上の右目もまたオリヴィンと同じ、魔石を見分ける魔眼なのだ。
オリヴィンの父、ダキアルディ・ユングは元は地方の領主の次男だった。豊かな領地に囲まれのびのびと育った父だったが、子供の頃からその金色に輝く魔眼は、周りの者たちから気味悪がれ、兄弟以外に友人と呼べる親しい者はいなかった。
そんなある日、一族の者が皆集まるギャザリングが開催された。親戚や近隣のクランもこぞって集まる一大行事だ。
まだ12歳のダキアルディ少年は、周りの大人が様々な準備に奔走する中、一人邪魔にならないように農地のむこうにある林の中を散歩していた。
林の中にひときわ大きな楢の木があり、その木を3メートルほど登ったところが虚になっていて、彼はよくそこに登っては、あちこちで見つけてきた綺麗な石ころを隠していた。木の上で、キラキラした石をお日様にかざして眺めたり、石が発している色々な色や気配に夢中になって見入っていた。
「ねえ、そこで何してるの?」
不意に声をかけられた。
木の下を見下ろすと、若草色のドレスを着た自分と同じくらいの女の子が見上げていた。
どう答えていいか分からずに、黙って木を降りると、女の子の前に立つ。
「あ、あの、君は誰?」
「ごめんなさい、驚かせてしまって。私、フォーリア・マッカラムっていうの。あなたは?」
父上と母上が出会った瞬間だった。
「ぼ、僕はダキアルディ・ユング。ユング家の子だよ」
「そうなの。あのね、私さっき向こうから、この木の上で何かがキラキラしているのが見えたの。それで急いで来たらあなたが木の上にいたので、思わず話しかけてしまったの…」
ふわふわした金茶の髪の可愛い女の子だった。ここまで走って来たのか、頬が僅かに上気している。
思わず見惚れてしまって、少女の薄紫色の瞳に目線が捕えられる。目が合うと彼女の顔がいっそう赤くなった。
「石。…石を見ていたんだ…」
やっとそう言葉を紡ぐと、少女も少しホッとした顔になって、お互い笑顔になった。
「ほらこれ、僕の宝物なんだ」
そう言って少年は、先ほどポケットの中に仕舞った綺麗な石ころを、手に広げて見せた。少女が目を輝かせて呟く。
「……ぅあ…!きれい…。触ってもいい?」
少女が恐る恐る尋ねる。
「いいよ」
少女は、いくつかの石の中から、自分の瞳に似た薄紫の石を摘み上げた。
その瞬間、少年の右目の中が輪のようにキラリと金色に輝き、石から眩しいほどのピンク色の光が溢れ出た。
少女は驚いて息を呑んだ。それを見て少年が驚く。
「君にも、今のが見えたの!?」
「ええ!…すごく綺麗だったわ!…こんな不思議なことがあるなんて…すごいわ。……ねえ、他の石も光るの?」
少女は興奮気味に少年に尋ねる。
「ど、どうかなあ…」そう言いながらも、少年は石を乗せた手を少女の前に差し出す。少女はごくりと唾を飲んで、今度は緑色の石を摘んでみる。
「…何も起こらないわね…」
次つぎと小石を指で摘んでみるも、ただ石は何も変わらないままだった。
少女は少し残念そうな顔をしたが、『ありがとう』と言って、持っていた石を少年に返した。
少年は石をポケットに仕舞うと、『そうだ…』と小さく呟いて、先程の最初に光った薄紫色の石を取り出した。
「これ、君にあげるよ!」
少年は少ししょげている少女に、その石を差し出した。
「え、いいの?…でも、これあなたの宝物なんでしょう?」
「いいんだ。…これは、きっと君の石だから!」
少年は、少女の手を取ってその薄紫の石を握らせた。すると、その石は今度は淡く優しい色でホワホワと光ったのだ。
「わぁ、きれい…!」石を見つめる少女は、少年の右目が金色の輪に輝いたことに、その時は気づかなかった。
「嬉しい!…私ね、お父様に付いて、今日こちらに来たの。でも、大人は皆、忙しそうにしていて…。来る途中この林の中を馬車で通った時、緑の木々がとっても綺麗って思って」
「そう!…この木々の間を通り抜ける風や光が、とっても素敵なんだ!…君はベリーは好き?この先にベリーの実がなっているところがあるんだ。良かったら案内するよ!」
彼女は小さく、うんと頷いて、
「ベリーは大好きよ。ぜひ案内してくださいな」
と、もじもじしながら答えた。
それから、二人はベリーを摘んだり、草原に座ってたわいもないことを話したり夕刻まで過ごした後、親戚一同が集まる屋敷にゆっくりと戻って行った。
* * *
その後父上と母上は、何年もお互い手紙のやり取りをして時を過ごす。
だが、そんな二人に転機が訪れる。フォーリアが16、ダキアルディが17歳になった頃、フォーリアに縁談話が持ち上がった。
父上は念入りに準備を重ね、従兄弟の結婚式に呼ばれた彼女を、宴の会場から密かに連れ出したのだ。そして夜も徹して馬車を走らせ、追手から逃げ切る。いわゆる『駆け落ち』ってやつ?
そして王都にひっそりと移り住んだ二人は必死で働く。
手先の器用だった父上は、彫金職人の見習いになって腕を磨き、魔石を見極める目でその才能を発揮して、多くの味方を得る。
母上は近所の子供たちに読み書きを教えたり、得意の縫い物で家計を支えていった。
それからまもなく始まった現王の国家統一戦争の際、王に忠誠を誓い『聖剣アルカンディア』を作り、王に献上する。そして、その剣を手に戦った王は国家の統一を果たす。その功績を買われた父上は、爵位を与えられ、宮廷彫金師として取り立てられたのだ。
今回、彼がデュモン卿から購入した魔石は5つ。
一つは真紅のラビカン石。大きな結晶で見事な色合いだ。この大きさなら、用途に合わせて3つほどに割って研磨すればいい。お客様の要望が最も多い人気の石だ。
もう一つは内側から白い光を放つスコロ石。癒しの力が強く、お得意様の宮廷医官から頼まれていたもの。
そしてまた次、若草色の石はクリソプレーンといい、植物の成長を助ける石。これも宮廷庭師から依頼があったものだ。
そしてもう一つの黄色い石は、魔大陸にあるウォルセンドーフ洞窟からのみ産出されるクレシーア結晶だ。この石は、持つ者に巨万の富をもたらすと言われているため、この石を巡っては様々な争いが絶えない。
間違ってもこの石を手に入れたことがバレないようにしなくては…などと考えながら、地下のクレクションルームの扉を開いた。
広いコレクションルームのテーブルに、いくつかの石を列べて、片手にルーペを持った父上がいた。
「おや、オリィ。先ほどデュモン殿が見えていたようだが…何か面白い石を買ったのかい?」
「父上、こちらにいらしたのですか。お声を掛けずに申し訳ありません」
「構わないよ。おまえなら変わった物が仕入れられるかもしれないからね」
最近では、石の仕入れに関しても、かなり父上に任されている。
部屋の中は、壁に埋め込まれた発光石が白い光を放っている。灯り越しに石を一粒、光に翳したその右目の虹彩の部分が、金の輪のようにキラリと光った。父上の右目もまたオリヴィンと同じ、魔石を見分ける魔眼なのだ。
オリヴィンの父、ダキアルディ・ユングは元は地方の領主の次男だった。豊かな領地に囲まれのびのびと育った父だったが、子供の頃からその金色に輝く魔眼は、周りの者たちから気味悪がれ、兄弟以外に友人と呼べる親しい者はいなかった。
そんなある日、一族の者が皆集まるギャザリングが開催された。親戚や近隣のクランもこぞって集まる一大行事だ。
まだ12歳のダキアルディ少年は、周りの大人が様々な準備に奔走する中、一人邪魔にならないように農地のむこうにある林の中を散歩していた。
林の中にひときわ大きな楢の木があり、その木を3メートルほど登ったところが虚になっていて、彼はよくそこに登っては、あちこちで見つけてきた綺麗な石ころを隠していた。木の上で、キラキラした石をお日様にかざして眺めたり、石が発している色々な色や気配に夢中になって見入っていた。
「ねえ、そこで何してるの?」
不意に声をかけられた。
木の下を見下ろすと、若草色のドレスを着た自分と同じくらいの女の子が見上げていた。
どう答えていいか分からずに、黙って木を降りると、女の子の前に立つ。
「あ、あの、君は誰?」
「ごめんなさい、驚かせてしまって。私、フォーリア・マッカラムっていうの。あなたは?」
父上と母上が出会った瞬間だった。
「ぼ、僕はダキアルディ・ユング。ユング家の子だよ」
「そうなの。あのね、私さっき向こうから、この木の上で何かがキラキラしているのが見えたの。それで急いで来たらあなたが木の上にいたので、思わず話しかけてしまったの…」
ふわふわした金茶の髪の可愛い女の子だった。ここまで走って来たのか、頬が僅かに上気している。
思わず見惚れてしまって、少女の薄紫色の瞳に目線が捕えられる。目が合うと彼女の顔がいっそう赤くなった。
「石。…石を見ていたんだ…」
やっとそう言葉を紡ぐと、少女も少しホッとした顔になって、お互い笑顔になった。
「ほらこれ、僕の宝物なんだ」
そう言って少年は、先ほどポケットの中に仕舞った綺麗な石ころを、手に広げて見せた。少女が目を輝かせて呟く。
「……ぅあ…!きれい…。触ってもいい?」
少女が恐る恐る尋ねる。
「いいよ」
少女は、いくつかの石の中から、自分の瞳に似た薄紫の石を摘み上げた。
その瞬間、少年の右目の中が輪のようにキラリと金色に輝き、石から眩しいほどのピンク色の光が溢れ出た。
少女は驚いて息を呑んだ。それを見て少年が驚く。
「君にも、今のが見えたの!?」
「ええ!…すごく綺麗だったわ!…こんな不思議なことがあるなんて…すごいわ。……ねえ、他の石も光るの?」
少女は興奮気味に少年に尋ねる。
「ど、どうかなあ…」そう言いながらも、少年は石を乗せた手を少女の前に差し出す。少女はごくりと唾を飲んで、今度は緑色の石を摘んでみる。
「…何も起こらないわね…」
次つぎと小石を指で摘んでみるも、ただ石は何も変わらないままだった。
少女は少し残念そうな顔をしたが、『ありがとう』と言って、持っていた石を少年に返した。
少年は石をポケットに仕舞うと、『そうだ…』と小さく呟いて、先程の最初に光った薄紫色の石を取り出した。
「これ、君にあげるよ!」
少年は少ししょげている少女に、その石を差し出した。
「え、いいの?…でも、これあなたの宝物なんでしょう?」
「いいんだ。…これは、きっと君の石だから!」
少年は、少女の手を取ってその薄紫の石を握らせた。すると、その石は今度は淡く優しい色でホワホワと光ったのだ。
「わぁ、きれい…!」石を見つめる少女は、少年の右目が金色の輪に輝いたことに、その時は気づかなかった。
「嬉しい!…私ね、お父様に付いて、今日こちらに来たの。でも、大人は皆、忙しそうにしていて…。来る途中この林の中を馬車で通った時、緑の木々がとっても綺麗って思って」
「そう!…この木々の間を通り抜ける風や光が、とっても素敵なんだ!…君はベリーは好き?この先にベリーの実がなっているところがあるんだ。良かったら案内するよ!」
彼女は小さく、うんと頷いて、
「ベリーは大好きよ。ぜひ案内してくださいな」
と、もじもじしながら答えた。
それから、二人はベリーを摘んだり、草原に座ってたわいもないことを話したり夕刻まで過ごした後、親戚一同が集まる屋敷にゆっくりと戻って行った。
* * *
その後父上と母上は、何年もお互い手紙のやり取りをして時を過ごす。
だが、そんな二人に転機が訪れる。フォーリアが16、ダキアルディが17歳になった頃、フォーリアに縁談話が持ち上がった。
父上は念入りに準備を重ね、従兄弟の結婚式に呼ばれた彼女を、宴の会場から密かに連れ出したのだ。そして夜も徹して馬車を走らせ、追手から逃げ切る。いわゆる『駆け落ち』ってやつ?
そして王都にひっそりと移り住んだ二人は必死で働く。
手先の器用だった父上は、彫金職人の見習いになって腕を磨き、魔石を見極める目でその才能を発揮して、多くの味方を得る。
母上は近所の子供たちに読み書きを教えたり、得意の縫い物で家計を支えていった。
それからまもなく始まった現王の国家統一戦争の際、王に忠誠を誓い『聖剣アルカンディア』を作り、王に献上する。そして、その剣を手に戦った王は国家の統一を果たす。その功績を買われた父上は、爵位を与えられ、宮廷彫金師として取り立てられたのだ。
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