鈍感王子の背徳なる性事情

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第十一話

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「《火炎/ファイヤー》!」

 ティアが長い杖を構えて高らかに魔法を唱えた。
 すると、一つの炎が宙に浮かび、杖を振る動きに合わせて投擲される。

 勢いは早かった。それこそ実戦で魔獣と戦うことを想定すれば確実に当たるだけの速さがある。
 だが、問題は当たってからのことだった。

 訓練場に用意された的に触れた瞬間、ぽしゅ、と空気に溶けるように火が消える。

「……たぶん、これが錬金術師が引きこもる理由だな」

 錬金術師の魔法資質は、通常のそれとはだいぶ異なっており、戦える魔法使いになれないという問題から『貴族にはなれなかった魔法使い』と一部では言われている。
 無論、そんなことはなく、魔法使いたちによって立ち上げられた我がノクターン国でもはじめは錬金術師一同にも貴族となる資格をあたえようとしていたらしいのだ。
 しかし、錬金術師という輩は貴族の責務より研究を優先したいという理由で貴族になることを拒否したという本当の歴史がある。これは王族なら誰でも知っていることで、ネクト、ラレスも同様である。まさか貴族位を断ったなどという話を広めるわけにもいかなかったので、内々の話にして、錬金術師が貴族ではない本当の理由だけは正確に伝わるようにされている。

 特に有名なのがセージスブライトの一族である。始まりの錬金術師と言われる初代国王の旧友だった当時最優の彼が貴族位を断ったことで、他の錬金術師家系にも話が回らなかった。
 加えて、その一族最後となった男は晩年に万能ポーション、エリクサーを完成させたことで、その名を世界に示すことになった。この快挙に一代限りの貴族位を無理やり与えられたが、子が居なかったためエリクサーは失伝し、最高の成果を作りそれを継承しなかった変人として多くの人の記憶に残っているのではないだろうか。

 王家にもいくつか貯蔵があるが、それが最後となると安易に使えないため、まだ一度も使われていない。
 ポーションの保存も専用の保管庫でも保って30年のため、あと15年で在庫が尽きるとする。そのとき俺は30あたりで、たぶん父上はクソ親父なのでとっとと隠居して俺に国政を押し付けているに違いない。その時にエリクサーがないのは相当な痛手だった。なにせ、万能を自負している俺だが回復魔法に関してだけはすっからかんだ。回復する状況に陥らないから良いものだが、いつか『もしかしたら』を考えると錬金術師たちの頑張りを期待せざるを得ない。

 話が逸れたが、錬金術師はポーションの調合や魔道具などの生産に便利な魔法特性で、戦闘に使う能力にしてはほとんどからっきしということだ。

「あの、やっぱり私が訓練する必要あるんですか……?」
「いざという時自分の身を守るのは自分だ。いつもそばにいてやれるわけじゃないし、メイドが終わればあの店を受け継ぐんだろ? なら、自分で採取する時もあるだろうし必要あるだろ」

 言っていて違和感が残った。
 ティアが情けない、というか諦めたことを言うのは今に始まったことではないが、そのあとの言葉だ。
 『いつもそばにいてやれるわけじゃないし』
 俺はそんなこと言う人間だっただろうか?

 自分の身は自分で守る。当たり前だ。助けられる前提で生きる人間などそうそういるわけがない。
 誰しもが大人になると、今度は子を育てるために力を備えるように、独り立ちするならばそれが当然、そのはずなのだ。

 だがーー。

「……殿下?」
「……ん?」
「何を考えているのかと思って……」

 さすがは長い付き合いである。
 ティアが早々に俺が考え事をし始めたのを気がついたようで、俺の考えを尋ねてきた。
 ここ最近は身体が繋がったからか心まで繋がったような気さえしているが、あながち気のせいではないのかもしれない。

「さっき言ったことについて考えていた」
「えっと」
「自分の身は自分で守るってやつだ」
「それがどうかしたんですか?」
「……ティアがメイドをやめてからあの店を引き継ぐことまで想像できたが……ティアが危険な時、俺は必ずそばにいてそうな気がしてな。なんでそう考えたのかわからんから悩んでた。ティアなら分かるか?」
「え”っ」

 なぜかティアが真っ赤になって次の言葉を詰まらせた。
 所有欲とは違って、義勇感とでもいうのだろうか。
 ティアを守りたいという願いが湧き出るこの感じは、今まで知らなかったものだった。

「……まぁ、今はそんなことより特訓が優先だな」
「……『そんなこと』……はいっ」

 ティアが俺の発言に引っ掛かりを覚えたらしいが、すぐに切り替えて返事した。こうして俺の意思を優先する素直さがティアのいいところだと思う。

 だが、それに物足りなさも覚えるのだから俺は欲張りなのかもしれない。俺は従順な顔も好きだが、反抗する顔も、乱れる顔も、楽しそうな顔、悲しそうな顔、泣きそうな顔、全部が欲しい。これを欲張りと言わずなんと言うのか。

「……とりあえず、いつものやつから始めるか」

 俺は杖を振って、土を盛り上げた。
 《土塊/サンド》。これは魔力によって生み出した、いわば魔法の砂の塊である。実は、魔法によって生成された物質は一定時間が経つと質量を失い霧散するのだがーー。

「ーー……行きます」

 ティアが杖を仕舞って、両手を土塊にかざして、刹那。

「《錬成/フォージング》」

 魔法の言葉が、錬金術師の真価を体現する。

「“ハンドカノン”」

 魔法陣が、土塊を光で覆い尽くす。
 ティアがその光球に右腕を差し込むと、光波が弾けるように飛び散った。

 次の瞬間には、土塊は跡形もなく消えていた。
 代わりに現れたのは、ティアの右腕に覆い尽くすように現れた金属質の大砲である。
 これぞ錬金術師の可能性。
 戦えない魔法使いが戦うための選択だ。

 魔法の成功を確認した俺は、遠くに設置していた的の前に15枚の分厚い氷の障壁を生み出した。

 そして、俺は頷くと、ティアもこくんと頷き返した。

「今回はどこまで行くかお手並み拝見だな」

 ティアが右腕を真っ直ぐと構えた。
 照準補助に右目で合わせて、左手で下から支えるようにする。そしてーー。

「メテオバースト……ッ!!」

 ーーティアの言葉を合図に、質量を持った魔力弾が放銃……いや、砲撃の方が正しいだろう。

 ボオンッ!! と炸裂する音と共に飛び出たのは、空気を切り裂く跡だけを残していく無色の見えない砲弾である。
 通常の魔法では維持することすら難しいだろう巨大さは圧巻の一言である。

 そして、俺の生み出した氷の障壁を容易く、次々と風穴を開けていく威力は、対城砦戦で使った日には一人で勝敗を決するだろう過剰な暴力だ。

 だが、一枚、二枚と重ねるごとにその玉の大きさは小さくなり、最後の一枚を貫いたところで、的に届く前に消滅してしまった。

「うむ」

 俺は一度頷いてから、ティアの方を見る。
 ティアはこの一発だけで引き出せる魔力をほとんど持っていったからか、ふらふらと揺れながら俺の方を向いていた。

「どうでしたか? 的には当たりましたか?」
「的は当たらなかったが……そうだな。とりあえずティアには伝えておかないといけないことがある。時が来たというやつだ」
「伝えておかないといけないこと、ですか?」

 ティアが立っているのもつらそうだったので横抱きにして、俺は言いづらいことを言う覚悟を決めた。

「その、な……ハンドカノンを覚えさせてからティアには毎回一枚ずつノルマを増やしていただろう?」
「はい。それが何か?」
「その度に俺は、『これじゃ魔物は倒せない』『レイモンドでも一刀両断できる』って言ってたが……アレは嘘だ」
「…………えっ」

 ティアが信じられないものを見るような目で俺を見てくる。そう、ティアは素直だった。
 俺が色に溺れる前、遊び中心だった時のことだ。
 俺はティアをどこまで強くできるのかを遊ぶようにしてどんどんと魔改造してきた。

 その惨状が、今のティアだ。

「実は障壁を一枚破れている時点で魔獣も殺せるし、当たりどころが良ければ魔物だって殺せる。今のティアなら災害級魔獣や魔物だろうがイチコロだ。レイモンドだって切ろうとしたら死ぬ」
「じゃ、じゃあレイモンドなら、跳ね返して反撃出来るって言ってたのは」
「跳ね返す前に死ぬ」
「殿下以外で同世代で一番強いって言ってたレイモンドが……?」
「イチコロだな」

 ティアがわなわなとして右腕に巻きついた大砲を見た。
 俺はティアの気持ちを察することもできず、流石に悪ノリで強くしすぎたことに罪悪感も覚えてくる。

「どうしてそんな物騒なもの作らせたんですか……!」

 震える声音は怒りか、悲しみか。どちらの感情が乗っているのだろう。
 俺はなるべく後者であることを願いながら、本当のことを打ち明けた。

「大砲はロマンだからつい興が乗って……でもここまで魔改造されたのに全然気づかないとかティアって相当鈍感だな」
「ロマン……魔改造……しかも殿下に鈍感って……。散々です。病みそうです。そうだ……ポーション。だから今はナイーブになってるんだ、そうなんですね」

 ティアが壊れた人形のようにあははと笑いながら、用意していたポーション瓶を一つ取り出す。
 何度見てもすごい絵面だ。ポーションの効果は濃度によって決まる。過剰な魔力吸収で酒酔うように陶酔することが相次ぐことから、普通の冒険者たちは完成品を何倍も薄めたものを小瓶に分けて使っている。

 だが、ポーション屋で育ったティアは耐性が出来ているらしく、自身で調合したものを一切薄めず飲んでいるのだ。

「いただきます」
「なんか違うだろそれ」

 俺のツッコミすら耳に届かず、ティアは夢中になってポーションを飲んだ。
 一本二本と、次々に持って来たポーション全ての瓶を開けて美味しそうに飲むティアに、俺はため息をついてから、せいぜい楽しんで見守ることにした。

 魔力の使いすぎで変になっているように見えるかもしれないが、実は今では滅多に見られない素の一面である。
 自衛のためと言う名目もあるが、正直に言えば俺はこの顔が見たくてティアに訓練させているところもある。

「ティア、美味しいか?」
「はいっ、私のポーションは世界一ですから」

 頬を赤らめて、ティアが突然立ち上がって上に伸びる。

「んっーー! 体ぽかぽかしてきました」

 そう言って、色気のある顔で振り返ってきた。
 俺はそんなティアのテンションの高さに薄く笑ってから、顎を掴んで唇を奪う。

「ん……っ!? ……ぷはっ、な、何するんですか」
「いやな、いいことを思いついたんだ」
「な、何がです?」

 警戒するように半歩離れたティアに詰め寄り、両腕の中から逃げ出せないように抱きしめる。
 そして、ティアが訊きたそうにしている答えを耳元で告げた。

「今のティアは本音が抑えられないだろう? だからこれからティアの心をもらうことに決めた」
「ほ、本音なんて……もう魔力酔いも醒めてきましたし……んむっ!?」
「酔いが醒めた? ん、なら、もっと酔わせるだけだな」
「っ、んんッ~~♡」

 ティアの口の中に俺の唾液を送り込む。
 すると、ティアは顔の赤らみを取り戻して、夢中に俺の舌を絡め取ろうと積極的に動かし始めた。
 種は簡単だ。明かす必要もなく、事実そのまま。
 ティアが俺の唾液で酔っただけの話だ。

「どうだ美味しいか?」
「おいひい? んっ♡」
「今の俺の唾液は魔法のおかげでポーションと同じだぞ?」
「やっ♡ んっ♡ ポーションちがいます♡ んぅっ、ちゅ♡」

 目をトロンとさせて弱く抵抗してくるが、次第に身を任せてくるようになった。
 顔を真っ赤にしているティアを見て十分だと悟った俺は、ティアを抱えて訓練室を出た。

 複数ある訓練室と繋がる廊下が裏の空間にはあり、その奥にシャワー室がある。
 俺は貸し切っていた訓練室に鍵をかけてから、他の訓練室を使っている人間と鉢合わせしないようティアを抱えたまま男子シャワー室へ駆け込んだ。

 さて、お楽しみの時間である。
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