鈍感王子の背徳なる性事情

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第六話

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 朝餉を済ませて学舎へ。
 ティアとエリノーラを伴っての登校は昨日に引き続き大いに人の目を集めた。俺は王太子として当然であるが、付き従う二人も見目麗しく学園でも有名である。
 特にエリノーラがなぜ王太子専属のメイドと並んで歩いているのか気にもなるだろう。おそらくはもうエリノーラが俺の側にいることについての噂が始まっているみたいだった。
 そんな時、一人の女生徒の声が耳に届く。

「エリノーラさまー!」

 遠くで女生徒たちが大きく手を振ってきたのを見たエリノーラは、薄く微笑みをたたえると小さく手を振って返していた。そして爆発する黄色い歓声。「エリノーラ様が手を、手を……っ!」と感極まる声が聞こえてきて思わず笑ってしまった。

「随分と人気者みたいだな」
「まあその……はい。慕ってくれる方も多く、特に剣術を学び始めた頃から声をかけてくれる後輩の子たちが急激に増えて……」

 なるほど、あれがファンクラブというやつなのか。
 男連中ではなく女子が主体であるのは、同じ女として強い憧れを抱かれているからだろう。

 それにしても俺がそばにいても目に止めない集団は新鮮に感じた。それだけ熱狂的な支持を集めているエリノーラが今後俺のメイドとして働き、夜は女として奉仕すると思えば言い知れぬ優越感が湧き上がってきた。

 恥ずかしそうに顔を伏せがちになった頭をぽんぽんと撫でてやると、エリノーラがキョトンとした顔を上げて、やがて幸せそうに笑顔を作った。

「……ありがとうございます」
「何のお礼だ」
「ジルクニール様が、少しでも私のことを気にかけてくださったことです」
「お前たちは俺のものだからな。当然だろう」
「はい」

 おそらく、遠目でもこのやり取りだけでエリノーラが俺の女になったことは示せたはずだ。
 対外に手を出すなと言う警告を出して満足していると、ティアがそんな俺たちの様子をどこか遠い目で見つめていることに気づく。
 これは最近始まったことではなく、メイドになった日から時折、何かを思い出すようになるといつもこうなってしまう。
 何かを重ねているのだろうか。
 その瞳には羨むような色を感じた。頭をポンポンされたいのだろうか。睦言でよくやっているし知らないうちに癖ができたのかもしれない。

「ティア……?」
「……ぁ。は、はいッ」

 声をかけるとティアの意識は戻ってきたようで、居住まいを正して、意識を俺の方へ向けてくる。

「どうかしたのか?」
「……いえ、なんでもありません」

 最近、弟たちもそうだが、口で聞いてもなかなか素直には語ってくれないことが増えた気がする。
 よくレイモンドに、人の気持ちに敏感になってください、と言われているがどうすれば分かるのか。

 言葉がなくても分かり合えるのは確かに尊いだろう。
 だが、俺には言葉で伝え合うことの方が性に合っているし、そちらの方が尊いとさえ思っている。だからどうにも、いつまで経っても人の気持ちを測れないことが多くて困ってしまう。

「そうか」

 ティアの答えを深く追求せずに前を向いた。
 エリノーラがティアに対して心配するような目を向けていたので、フォローはできる人間に任せよう。
 俺はティアと裸で繋がった時、いつものように裸のままの気持ちを伝えれば良いのだ。

 この気持ちの正体はわからない。
 けれどティアが離れてしまう前に、何としてでも俺のものである証を刻みつけたいとは強く思っている。

 だが、ティアとの子を成すことは、レイチェルと結婚して子を孕ませてからではなければならない。それは20以降のことである。

 それに子を成すことまでメイドの仕事でさせるわけにはいかないし命令したくはない。かといって借金の返済を伸ばすため給与を下げるなど数少ない友達にできるわけもない。よってどうしても20までに手を離れる可能性が高いのだ。

 それまでに何としてでも、俺のものにしたいがーーーーーーなんだ、そういうことなのか。
 簡単な気づきだった。気持ちを表す言葉が分からなくても、どうしたいのかなんて決まっていたではないか。
 ティアを俺だけのものにする。
 この愛しき友達と離れたくないから。俺の女にするのだ。

「ティア」
「はい」
「お前は俺のことをどう思う?」

 歩きながら視線だけを向けると、ティアはエリノーラと視線を合わせてから、言葉を選ぶように語った。

「王太子殿下としてご立派に役目を務められているかと」
「そういうのじゃない、もっとこう、カッコいいとかほかにあるだろ」

 やきもきするとはこのことか。
 あまり合わせるようなことしたくなかったから当然のことしか例を挙げなかったが、答えはどんなものが返ってくるのか。

「かっこいいと思いますよ?」
「そんなこと分かりきってるから例えで言ったんだ、別のことはないのか」
「別のこと……じゃあ、察しが悪い、ですか?」
「レイモンドに聞いた。他は」
「ぇぇ、っと、じゃあ、破天荒」
「レイモンドに聞いた。レイモンドが言わないようなお前だけの言葉をおしえてくれ」

 そう言うとティアは黙って思案に耽り始めた。
 そんなに考えることなのかとも思うが、それだけ考えられているということはプラスだと考えよう。

「えっと、じゃあ、ひとつだけ」

 しばらくしてティアが口を開いたので、俺は足を止めた。
 続いていたティアとエリノーラも足を止めて、俺はティアの言葉を待つことにした。

「その、恥ずかしいので他の人に聴かれたくないんですが……」
「エリノーラ」
「はい」

 エリノーラはすぐに両手で耳を塞いで、ティアの方へ向いて笑った。
 聞こえてるのか分からないが、聞こえてないと信じる他に選択肢はない。

「……ぅ、言わなきゃ、ダメでしょうか?」
「長引かせたら人目が集まるぞ」
「わ、分かりました」

 顔を赤くさせたティアが、こほんと咳払いをして、照れるように自身の桃髪の先端をいじりながら、上目遣いで答えた。

「え、えっちな人、です」
「………」
「……ふふっ」

 真顔になる俺の横で、エリノーラが堪えきれずに笑った。
 俺は一瞬何を言われたのか分からなくなってしまったが、頑張って脳を稼働させて考える。

 えっちな人。

 想像の斜め上だった答えは、改めて考えてみると確かに否定できなかった。
 だって精通を迎えるまでは、一に遊んで二に遊び、三で遊んで四に遊びの優先度だったのが、今では一から四を飛ばしておそらく十まで、セックス一色のような気もする。

 特に、ティアには毎日性交を求めたし、何度も楽しくなってえっちないじめをした記憶もある。馬車でのことなんて特にそうで、《魔法鏡/マジックミラー》で見えていないことをいいことに、外でネクトやラレス、御者たちが休憩している間もずっと立ちバックで腰を振り続けた。

 これまで表ではメイドで裏では友達として接していたティアとしては、盛りついた獣のように思っていても仕方ないか。

 というかエリノーラお前聞いていたな?

「エリノーラ?」
「いえ……その、間違ってはないですよね? ふふっ」
「今夜は覚えとけよ」
「かしこまりました♡」

 聞きたかったのはそういうことじゃなかったんだけどな。
 エリノーラには俺の扱いを分かってきた節が見られるし、ままならないものだ。

 すでに淑女として女の顔を使い分け始めたエリノーラの笑みに敗北してしまったことを自覚して、諦めて歩みを再開する。ティアもティアで、もう少し察して欲しいものだと思いながら、俺は今夜二人のメイドを並べて躾けることを誓った。
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