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第一章:アルテイルの扉

【9】イブニングランチ

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俺達が冒険者ギルドに入ると、いつものように騒がしかった連中が一気に静まり返った。
俺が『ソウルフレイム』リーダーのガイルに勝った影響なのか、誰も俺達と目を合わせようとはしない。

「い、いらっしゃいませ~」

俺とミレイユは居心地の悪さを口には出さないまま、この間と同じ受付嬢がいるカウンターへと進んだ。

「素材の買い取りを頼む。一階の素材だから特に珍しい物はないはずだ」

「ああ、一階に行ってきたんですか? てっきりもっと上の階に挑んできたのか思ってました」

「まだ組んだばっかりだからな」

俺は親指でミレイユを指さした。

「私は50階でも行けるけどね」

「それはさすがに飛び過ぎじゃあ……」

受付嬢が俺達の後ろにいる他の冒険者の視線に気がついて、苦笑いを浮かべた。
この中で50階に行ける奴はおそらくいないんだろう。

まあ当然か。
この街の頂点に立つSAランククラン『ソウルフレイム』が全力で挑んでそれぐらいだからな。

「こいつが冗談で言ってるだけだ。無理はしないさ」

……嘘だ。

『亡者の嫌がらせ』や『エクステンデッドバッグ』を購入する資金のため、俺は内心でもう50階に挑む決意を固めている。
だがそれをここで言えば、見物や冷やかし、あるいは嫌がらせや手柄を横取りしようなんて奴が出てこないとも限らない。

「それなら良かったです。素材の買い取りでしたよね? 少々お待ち下さい」

受付嬢は俺達が持ち込んだ素材を査定用のテーブルに移した。

スライムの核やオークの牙は高価というほどではないが、薬の素材として安定した需要がある。
ギルドに仲介料を取られるから、市場価格そのままの値段で売れるわけじゃないが、それでもそこそこの金にはなるはずだ。

俺達に見える場所で査定を終えると、受付嬢がカウンターまで戻ってきた。

「全部で3万7千ゴールドですね」

「まあまあか」

「そうだねジェイド。じゃあそれで買い取りお願い」

「かしこまりました」

受付嬢から金を受け取って、俺達はギルドを出た。

「ふう。ねえジェイド。お金も入ったしご飯食べに行こうよ。私、お腹すいちゃった!」

「ああ、そうだな」

俺達は食事に行くことにした。
といってもそんなに高い店にいくだけの余裕はないので、俺達はいつもの店に向かった。

「私はビーフステーキ! パンもね!」

「あいよ」

早速肉やパンを注文し、行儀よく口に放り込んでいくミレイユ。
その様子を見た俺は、妙な違和感を感じた。

とはいえ俺も腹が減っていたので、疑問もほどほどに自分が注文したチキンにかぶりついた。
今日はもう帰って、魔法陣に触れた時に聞こえた例の男の声についてゆっくりと考えようと俺は思っていた。

思っていたのだが……。

「注文追加で! 今度はパエリアがいいな!」

「おう。よく食うな」

ミレイユの食欲が止まらない。
彼女は次々と料理を注文しては平らげていった。

「おいおい。そんなに食って明日は大丈夫なんだろうな? 食い過ぎで動けないなんてのは勘弁してくれよ?」

「大丈夫大丈夫! 私は成長期だからね! このままイブニングランチだって余裕だよ!」

「ん?」

その発言を聞いた時、俺はピンと来た。

「お前……。もしかして貴族なのか?」

「え……?」

ミレイユの手が急に止まり、彼女は驚いたように俺の方を見た。

「な、なんでわかったのジェイド?」

「おいおい。お嬢ちゃん、本当に貴族なのか?」

ミレイユだけでなくマスターも驚いている。

まあ不思議なことじゃない。
その辺の平民と比べれば行儀の良い方とはいえ、貴族としてはまるでマナーがなっちゃいないのだから。

「イブニングランチなんて普通の平民は知らないからな。あれは血が濃くなりすぎて日光を浴びられない遺伝病持ちが生まれた貴族に配慮して生まれた言葉だ。日光を避けるために生活は昼夜逆転するせいで、普通の人間とは食事の時間帯が全然違うからな。イブニングブレックファスト、イブニングランチ、イブニングディナー。遺伝病なんてあんまり大声で話せる内容でもないし、普段から貴族の家に出入りする人間でもなきゃ知らないさ」

もちろん平民だって、貴族の家で召使いをやったことがある奴なら知ってる奴は多い。
でもミレイユのサーベルがやけに高価そうだったのを考えると、たぶん貴族の子供じゃないかと俺は考えた。

だが少なくとも正妻の子じゃないだろう。
あるいは貴族が若い平民のメイドに手を出したってところだろうか?

「……すごいねジェイドは。それだけで気付くなんてさ。私、まさかこんなに早くばれちゃうとは思わなかったよ」

ミレイユはお手上げとばかりに両手を上げた。

「そういえばお前、金に困ってるって言ってたな。それと関係あるのか?」

「うん。……聞いてくれる?」

ミレイユは持っていたスプーンを置いた。
さっきまでの食欲はいったいどこへ行ったのか。

表情も暗い。

「……ここは俺が奢ろう。マスター、ラム酒を二人分だ」

「ああ」

良く言えば大衆向け、露骨に言えば行儀の良いメニューなんて一つも置いていないこの店で、俺は貴族の娘に出すのに一番マシそうな酒を注文した。
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