名も無き旋華の詩〜主人公は存在しないけど、それでもモブたちが物語を作り上げる件〜

鬱宗光

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春より参られし桜華様!

第41話 草津奇々騒乱編(9) 決死ノ章

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妖楼郭の地下にある儀式の間。

そこは妖楼郭の関係者の中でも、大旦那である牛鬼一族の刹丸せつまるから許しを得た者しか入れない神聖な場であり、また国が公認している数少ない妖ノ儀を執り行うための儀式場でもあった。

千夜「はぁはぁ、失礼します。お待たせ致しました。」

稲荷「ふふっ、待っていたわよ♪」

儀式場の中心には、儀式用の巫女服に着替えた稲荷が立っており、念願であったこの瞬間が待ち遠しいのか、ご機嫌そうに笑みを浮かべていた。

一方、千夜の背中にもたれ掛かっている直人の様子に、嫌な予感を感じた妖楼郭の大旦那である刹丸は、思わず千夜に声を掛けた。

刹丸「なあ、千夜よ?一つ聞きたいのだが、どうして若様をおんぶしているのだ?」

稲荷「あら?本当だわ。」

千夜「っ、こ、これは、その…、わ、私と交わした約束をお兄ちゃんが破ったから少し罰を与えたのですよ。」

稲荷「あらあら~♪直人ったら、千夜の約束を破る何てイケない子ね~♪」

刹丸「...こら稲荷?涎が出てるぞ。」

稲荷「あっ、ジュル、ごめんなさい♪」

刹丸「全く、頼むから若様を妖にした瞬間、襲わないでくださいよ?」

稲荷「ふふっ、善処するわ♪」

刹丸「できるなら、ハッキリと"しない"と言って欲しかったですが……。まあ、そう言っても聞かないでしょうけど……、。」

稲荷「ふふっ、よく分かってるじゃない♪」

刹丸「はぁ、取り敢えず千夜。若様を五芒星の中に寝かせてくれないか。」

千夜「は、はい!それっ!」

刹丸に促された千夜は、儀式場の中央に描かれた五芒星の真ん中に、気絶した直人を乱雑に投げ入れた。

昴「あわわ、に、兄さん!?」

月影「っ!?」

刹丸「こらこら、待て待て千夜!?誰が投げ入れろって言った!?」

千夜「はぅ!?ご、ごめんなさい!?つ、つい投げてしまいました!?」

稲荷「ふふっ、千夜~♪流石に今のはお姉ちゃん見過ごせないわよ~♪」

千夜「にゃう!?」

稲荷の笑みから感じる邪悪な念に、思わず千夜は、耳と尻尾を直立させた。

刹丸「はぁ、これじゃあらちが明かないな。なあ稲荷?千夜への説教は後にして、直ぐに儀式を執り行うぞ。」

稲荷「それもそうね。ふふっ、千夜~♪後でおしり叩きだからね~♪」

千夜「みゃうっ!?……うぅ、はい……。」

稲荷からのお仕置が確定してしまった千夜は、トボトボと歩きながら自分の立ち位置に座り込んだ。

するとそこへ、青々と燃え上がる狐火を持った白備が到着すると、乱雑に五芒星の中に入れられた直人の姿を心配した。

白備「に、にに、兄さん!?ど、どうしたのですか!?」

刹丸「……ふぅ。(全く、両津家の姉弟たちは、個性が強過ぎる。両津家に入ってこうなったのか、それとも素なのか、考えるだけでも馬鹿らしくなるな。)」

稲荷「……ふふっ、心配しなくても大丈夫よ白備?今の直人は少し寝ているだけだから。」

白備「ね、寝ているって、明らかに投げ込まれた様な体勢ですけど……。」

千夜「っ。」

稲荷「ふふっ、いいから~♪」

白備「っ、わ、分かりました。」

昴「……。(我慢……我慢だ俺、ここで下手に口を出したら儀式が中止になってしまうぞ。)」

月影「……。(一言でも喋ったら、お姉ちゃんに全身を舐め回されちゃうかも……。)」

儀式場に重苦しい空気が漂う中で、稲荷に圧をかけられた白備は、五芒星の五ヶ所にあるかどに置かれた大きな蝋燭ろうそくに、青々とした狐火を灯した。

いよいよ、妖ノ儀が始まる。

立会人は、妖楼郭の大旦那である"刹丸せつまる"を始め、若女将 、若旦那、他、刹丸に呼び出された妖怪の従業員たち、そして白備たち両津家全員が務めた。

取り仕切りは、直人の姉である"両津稲荷"が務め、右手に短刀、左手には神楽鈴かぐらすずを持ち、刹丸の呪経じゅきょうに合わせて舞った。

呪経の冒頭部分は、刹丸と稲荷だけのパートであった。そして冒頭部分が終わると、刹丸の呪経に合わせて、若女将と若旦那が龍笛りゅうてきしょうを吹き、昴と白備は鞨鼓かっこと釣太鼓を叩いた。

更に、刹丸の呪経に続いて数名の妖怪たちが呪経を唱えた。

そして力の弱い千夜と月影は、他の妖怪たちと共に、妖気を五芒星に注ぎ込んでいた。

すると、間もなくして。

未だに気絶している直人の体から、一本の白い糸が現れた。

これは、人間であるための縁糸えにしであり、これを断ち切れる事で、人としてのえんが切れて無の存在となる。

そして切られた縁糸えにしの内、直人から伸びている縁糸えにしに、あやかしノ儀で作られたあやかし縁糸えにしくくり付ければ、晴れて直人は妖怪として生まれ変わる事が出来る。

そのため稲荷は、いつも以上に真剣な表情をしていた。愛する故の願い、共に生きて行きたいと言う家族としての願い、そして愛する弟が愛した人を少しでも悲しませないため、稲荷は祈りを込めながら直人の縁糸えにしを断ち切った。

その瞬間、五芒星の五ヶ所の角に灯された青い狐火が激しく燃え上がり始めた。

これに稲荷は、落ち着いて神楽鈴を鳴らすと、激しく燃え上がる五ヶ所の青い狐火から、すぅ~っと、一本の細い糸が伸びて来た。

その細い糸は、稲荷の美しい舞と神楽鈴の音にいざなわれ、切れた直人の縁糸えにしに集まると、五箇所から伸びた細い糸は互いに絡み合い、青々としたあやかし縁糸えにしが作られた。

青々とした妖の縁糸は、直人から伸びている白い縁糸えにしに絡み付くと、白い縁糸は徐々に青く染まり、妖の縁糸は直人の全身を纏い始めた。

これで妖ノ儀は、無事に終了した訳であるが、それは表向きの終了であり、稲荷に取っては終わりではなかった。

妖ノ儀が終わり、刹丸たちが一息ついた頃。

隙を見た稲荷が、袖口から閃光弾を取り出すと、そのまま手慣れた感じで後方へ投げ込んだ。

すると儀式の間は、目を開ける事が出来ない程の眩しい光が広がった。

普段なら起こるはずがない現象に、刹丸たちは目をくらませながら一時騒然となった。

一方の稲荷は、閃光弾が光り出す前に特注のサングラスをかけており、誰も見ていないこの機に乗じて直人に駆け寄ると、そのまま唇を奪いながら大量の妖気を流し込んだ。

もはや、マーキングとも言える行為を誰にも気づかれる事もなく大成功を収めた稲荷は、興奮のあまりこのまま直人を自室へ連れ込もうと考えた。

しかしそれでは、口うるさい刹丸に怒られてしまうのは目に見えているため、ここは大人しく断念した。

儀式の間に広がった光が落ち着くと、刹丸は冷静に周囲の安否確認を始めた。

刹丸「くっ、みんな大丈夫か!?」

白備「うぅ~、目が開けられません。」

昴「~っ、目がチカチカする。」

千夜「ふにゅ~、目が開けられないよ~。」

その場の殆どが目を開けられない状態の中で、稲荷だけは、未だに目覚めない直人をいい事に、頬ずりをしては大人のキスを繰り返していた。

直人に対して異常な愛を持つ稲荷は、その愛の重さも尋常ではないなかった。

直人の唇を奪い、更には自らの妖気を大量に与えるためだけに、下手をすれば失明してしまう可能性がある閃光弾の使用すらも辞さない程の"ガチ"であった。

幸い、失明をした者は出なかったが、何より恐ろしい事に、誰もが稲荷の犯行を疑わず、例外で起きた珍時であったと解釈してしまった事であった。

これも稲荷の巧妙な計画通りなのだろうか。

まさに、狐に化かされたとは、よく言ったものである。

白備「うぅ、やっと少し目が開けられ……んっ、兄さん、姉上…、っ!?あ、姉上!兄さんは無事ですか!?」

重いまぶたを何度も開けてまばたきをする白備は、五芒星の中央で座り込む稲荷の姿を見つけると、急い稲荷の元へ駆け寄った。

稲荷「ちゅっ、んんっ、っ!?え、えぇ♪な、直人は無事よ♪(危ない危ない。私とした事が、つい夢中になり過ぎてしまったわね。)」

危うい事に、白備の呼び掛けで我に返った稲荷は、瞬時に直人から唇を離した。

白備「よ、良かった。そ、それで兄さんは、どの様なお姿に……って、あれ?」

妖ノ儀を終えた直人が、自分と同じ九尾の姿になっている事を期待していた白備であったが、実際直人の姿を見てみると、人間の時と何も変わっていなかった。

白備「あ、姉上?一応、成功はしたのですよね?」

稲荷「えぇ、成功してるわ♪ほら、直人から妖気を感じないかしら?」

白備「そ、それは感じますけど…、しかし、お姿が……。」

稲荷「コンコン♪直人はこのままで良いのよ~♪下手にかっこよくなったり、変な姿になったら直人が嫌がるでしょ?」

昴「‥で、では、途中で中断したのですか?」

稲荷「ふふっ、違うわよ~♪刹丸が協力してくれたのに、そんな泥を塗る様な真似はできないわ♪」

白備「で、では、兄さんの何が変わったのですか?」

稲荷「ふふっ、脳ある鷹は爪を隠し、鬼才な狐は尻尾を隠すって事よ♪」 

白備「け、結局秘密って事ですか。」

稲荷「クスッ、直人の種族は……、そうね~。妖人あやびととでも呼ぼうかしらね♪」

白備「妖人あやびとって‥、漢字で言うとあやかしひとですか?」

稲荷「そうよ♪」

白備「‥なんか微妙。」

稲荷「そう言わないの?白備だって、いつもの直人がいいでしょ?」

白備「そ、それはそうですけど……。」

稲荷「それに、ちょっと、優しいお姉ちゃんの力を分け与えているから、もしかしたら、九尾になれるかも~ね?」

白備「っ、本当ですか!?……に、兄さんとお揃い‥‥ごくり。」

直人の事で、稲荷と白備が盛り上がる中、そこへ刹丸が声をかけて来た。

刹丸「稲荷、若様の様子はどうだ?」

稲荷「ふふっ、大丈夫よ♪それより刹丸、今日は本当にありがとうね♪」

刹丸「っ、こ、こほん。何か、お前が素直に礼を言って来ると、何か変な気分だな。」

稲荷「ふふっ、それはどう言う意味かしら?」

刹丸「それほど、心が籠った礼が少ないって事だよ。」

稲荷「っ、言ってくれるわね~。」

珍しくマウントを取られた稲荷は、刹丸に返す言葉が出て来なかった。

刹丸「それより、稲荷も変わったな。かつては、常闇黄金九尾とこやみおうごんきゅうびと言われたお前が、今では若様に夢中だもんな。」

稲荷「ふふっ、愛と恋は、大妖怪でも変えてしまうものなのよ♪」

刹丸「‥よく言うよ。あの事件が無ければ、今頃お前は……。」

稲荷「昔の栄光にすがるほど、私は情けなくないわ♪それに…、私の家族は両津家とここに居るみんなだけだからね。」

白備「あ、姉上……。」

刹丸「……そうか。」

ここで過去話。

稲荷と白備の暗い過去を知る刹丸。

そもそも、どうして大妖怪である稲荷と弟の白備が両津家の養子になっているのか。全てのきっかけは、百年以上前の明治時代中期の頃。

当時、稲荷と白備の生みの親である、"玉藻たまもの前"に次ぐ強さを持っていた稲荷は、大妖楼の長老会議で、玉藻の前を廃して、九尾一族の筆頭に推挙されていた。

当然、これに玉藻の前は反発する中、長老から推挙されている稲荷は、頑なに辞退を繰り返していた。

その理由は、上に立つ事に興味が無い事と、何より母より上に立つ事を嫌がっていたからであった。

しかしこれが、母である玉藻の前の劣等感を買い後の悲惨な事件を呼んだ。

何年も渡り断り続ける稲荷の姿に、不満を感じ始めた周囲の長老と大妖怪たちは、稲荷の母である玉藻の前に非難を言う様になって行った。

世代交代をしないのは娘への嫉妬。九尾一族のお飾り古参妖怪などと罵倒され続けた結果。とうとう娘の優しい心が、玉藻の前に取って毒へと変わって行った。

そしてついに、事件が起きた。

心を病んだ玉藻の前は、白備を人質にして稲荷を呼び出し、大妖怪としての力を奪い、白備共々現世へ捨てられたのであった。

当然、非難の的になる様な事件ではあるが、しかし玉藻の前は、稲荷と白備から奪った力を使い、自らを陥れようとした三人の長老と十人近くの大妖怪を殺め、大妖楼に力の差を思い知らしたのであった。

この日を境に、玉藻の前に異を唱える妖怪は居なくなり、現世うつしよに捨てられ衰弱していた稲荷と白備は、運良く両津界人に拾われるのであった。



稲荷「さてと、妖ノ儀も終わったし、愛しの直人をお姉ちゃんの部屋で寝かせてあげないとね♪」

白備「っ、あ、姉上!?一体何を言ってるのですか!?」

刹丸「‥できるなら、若様が寝泊まりなされる部屋に届けてくれないか?それとここは、如何わしい店ではないからな。」

白備「わ、私も賛成です!兄さんを晴斗様の所に返すべきです!」

稲荷「むぅ~、仕方ないわね。大人しく返しますよ~。」

完全に直人と"する気"満々であった稲荷は、白備と刹丸の説得を渋々受け入れた。

このやり取りを見ていた昴と月影は、思わず胸を撫で下ろしたが、千夜に至っては不満そうな顔で見ていた。

千夜「むぅ……。(うぅ、晴斗様と二人っきりのチャンスだと思ったのに~、こうなれば、お兄ちゃんに一服盛って、お姉ちゃんに献上すれば……、うんうん、上手く行けばお姉ちゃんのお仕置も免除されて一石三鳥なでは!?)」

一時は、晴斗との"あまあま"な計画が台無しになるかと思った千夜であったが、これも晴斗に対する愛の力なのだろうか、上手く行けば一石三鳥にもなり得る悪巧みが思いつくと、思わず不敵な笑みが漏れた。

昴「‥ち、千夜?何にやけてるんだ?」

千夜「にゃ!?な、何でもないよ~♪そ、それより私はお仕事に戻りますね~♪」

昴「えっ!?あっちょっ!後片付けがまだ…って、相変わらず逃げ足が早いな。」

月影「いつもの事じゃないですか?」

昴「うぐっ、月影はいつも冷静だな?」

月影「予想通りですからね。(うぅ、でも……、まさか姉さんが、兄さんに対してあんな凄い事をしたのは予想外だったけど……。)」

閃光弾の眩しい光が出た瞬間に、反射的に近くの影に潜り込んだ月影は、稲荷の愚行を見てしまっていた。

しかし月影は、下手に口外しては確実に巻き込まれてしまうと分かっているため、ここは敢えて黙っている事にするのであった。

稲荷「さてと、直人を運ぼうかしらね。」

白備「姉上、変な事だけはしないでくださいよ?」

稲荷「コンコン♪分かっているわよ♪」

気絶している直人を肩に担ぎ上げ、ルンルン気分で儀式の間を後にした。

白備(うわぁ、嫌な予感しかしないな‥。若旦那様にでも頼むか。)

白備「あの若旦那様、申し訳ないのですけど。」

若旦那「ふぅ、分かっているよ。稲荷さんの監視の事なら任せておけ。」

白備「ありがとうございます。」


白備の頼みを気軽に引き受けてくれた若旦那は、こっそり二人を後を追うのであった。

すると、このタイミングで一本の内線が入る。

白備「はい、白備です。えっ?父さんが大旦那様に?は、はい、分かりました。大旦那様、お電話です。」

刹丸「ん?もしもし、代わりまし‥おぉ、界人か~、久しいな。妖ノ儀なら無事おわっ‥なに?そうじゃないだと?」

この一本の電話が後の分岐点となるが、このお話はまたの機会……。

こうして妖ノ儀は無事に終了した。

外見は人間と変わらない直人であるが、妖人あやびととしての力を発揮するのは……、そう遠くはない。

その頃‥。

温泉街にある某料亭では……。

小藤「さて、そろそろ始まります。」

我良「くくく、血が滾りますな‥。」

南雲「‥だが、油断はできませんよ。」

イラド「おいおい、ここまで来て、それはどう言う意味だ?」

南雲「ふぅ、意味も何も警界庁の事ですよ。おそらく奴らは、既に臭いを嗅ぎ付けていると思いますからね。」

イラド「な、なんだと!?な、南雲よ!それでは話が違うではないか!あの時、警界庁には決して悟られはしないと‥。」

南雲「落ち着いてください、念のため対策は取っています。おーい。」

南雲が手を叩きながら誰かを呼び付けると、直ぐに廊下の襖が開き一人の男が現れた。

イラド「っ、何者だ。」

南雲「私の密偵ですよ。さて、外の様子はどうだ?」

密偵「はっ、予想通り警界官がこの料亭を包囲しています。ざっと見て、二百人はいます。」

イラド「な、なんだと!?」

南雲「分かった。護衛たちには伝えておけ、警界官が突入して来た時は、遠慮は要らんとな。」

密偵「はっ。」

南雲の命令を受けた密偵が、襖を閉めながら去ると、南雲と小藤、我良の三人は、何事もなかったかの様に酒を飲み始める。

イラド「の、呑気に飲んでる場合ですか!?」

我良「まあ、落ち着きなされよ。焦っても仕方あるまい。むしろこの状況を楽しむべきであるぞ。」

小藤「そうですよ、この計画に揺るぎはありません。そもそも亜種族を温泉街に放てば、奴らは我らの逮捕どころではない。それに相手は僅か二百人程度、例えここに踏み込んで来たとしても、我らの護衛は異界から雇った精鋭ばかり、警界官ごときに遅れは取りませんよ。」


イラド「‥ふっ、そ、それを早く言わぬか。」

小藤「ははっ、我々は遠回しで話すのが好きなものでな。」

南雲「イラド大臣も早く慣れると良いぞ?」

イラド「ははっ、‥分かり合える人間にしか、伝わらないか‥ある意味良いな。」

料亭に潜む平和を脅かす癌は、意気揚々と酒に浸り始めた。

午後十九時五十五分、草津事件まで残り五分。


そしてこの時、料亭を包囲する弾崎はじきざき史門しもん率いる警界官が、いよいよ動き始める。

警界官「弾崎警部、物見からの報告です。正面、異界の護衛多数待機しているため注意せり。裏手は手薄なり。」

弾崎「単純な配置だな。よし、裏手から少数でちょっかいかけて、正面の護衛を裏手へ誘導する。その隙に正面へ突撃だ。」

警界官「はっ!」

作戦は早急に伝えられ、裏手の警界官はすぐさま突撃した。

異界兵「っ!何だ貴様ら!」

警界官「警界官だ!大人しくしろ!」

警界官が拳銃を構えて牽制に出る。

だがしかし‥。

異界兵「警界官‥ちっ、殺せ!」

恐れ知らずの異世界の護衛兵たちは、剣を抜くなり警界官に斬り掛かった。

警界官「やむ無し、‥警剣けいけん構え!」

あくまで騒ぎを大きくしないため、拳銃の発砲の許可は下りず、近接戦闘へと切り替わった。

それでも、怒号やらで騒ぎは大きい物であった。

裏手の騒ぎに気づいた正面の護衛が援護に回り始めると、頃合を見た弾崎率いる正面突撃隊が雪崩れ込んだ。

まるで、池田屋事件の様な突入劇である。

イラド「な、なんの騒ぎだ?ま、まさか、突破されたのではないか!?」

小藤「‥ふっ、来ましたか。だが、ご安心を……、時は満ちました。我らの勝ちです。」

時計を見ると午後二十時を回っていた。

すると、料亭の外から銃声と悲痛な叫び声が響いた。

料亭の外に、異世界の亜空間が二箇所ほど開かれると、そこから血に飢えた亜種族が、怒涛の勢いで雪崩れ込んで来たのであった。

その数、五百体以上である。


弾崎「ちっ、手こずらしてくれるな。」

警界官「弾崎警部大変です!外に多数のあ、亜種族が!」

弾崎「何!?ん?今のは銃声、くそ!急いで一般人の避難警報を流せ!!」

警界官「はっ!」

弾崎「野郎‥、やってくれたな。各警界官を告ぐ!異常事態発生により、至急亜種族を退治せよ!また、役所の近くにいる者は至急避難警報を鳴らすように伝えろ!」

無線を取り出し指示を出すも、怒号や銃声が響く激しい戦闘の中で、弾崎の指示を聞く者は誰もいなかった。

亜種族の大群は警界官の防壁を食い破り、素晴らしき夜景の温泉街へと姿を現した。

もはや止められる者なし、地獄の騒乱"草津事件"の始まりである。



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