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春より参られし桜華様!

第36話 草津奇々騒乱編(4) 喜楽之章

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 活気溢れる温泉街で桃馬たちが楽しんでいる頃。

一方の妖楼郭では、とある御一行の到着によって、ちょっとした歓喜の声が響いていた。

昴「にぃ~さぁ~ん♪」

?「ん?あ、すば……ごふっ!?」

フロントで受付を担当している"イケメン烏天狗"のすばるは、エントランスに入って来た"兄さん"の姿を見るなり、勢い良くフロントから飛び出した。

フロントから飛び出した昴の勢いは凄まじく、"兄さん"に飛びついた際には、数メートル程吹っ飛ばしてしまった。

白備「わ、若様!?」

昴「兄さん♪兄さん♪久しぶり~♪」

?「うぅ……、いってて、す、昴か。あ、相変わらず元気が良さそうで安心したよ。」

昴「あぁ~、兄さん。会いたかったよ~って、うわっ!?」

白備「こ、ここ、こら昴!?若様に何て失礼な事をしてるんだ!?今すぐ若様から離れろ!」

大切な"兄さん"に飛びついて押し倒すだけじゃ飽き足らず、馬乗り状態で擦り寄る昴の行為に嫉妬と憤りを感じた"イケメン妖狐ようこ"の白備はくびは、早々に昴を羽交はがい締めにするなり、ズルズルと兄さんから引き剥がした。

昴「か、固い事を言うなよ白備~。兄さんと会うのは新年以来だぞ~?白備も嬉しいなら素直に喜んだらどうだよ~。」

白備「わ、私だって立場がある。だから、こうして我慢しているんじゃないか。」

昴「兄さんを前にしてでも信念を貫くんだな……新年だけに……。後で、みんなに取られても知らないぞ?」

白備「うっ、こほん。そ、それでも今の若様は、お客様です。恥ずかしい所は見せられません。我ら"両津家"のためにも‥。」

仲睦まじい"三人"のやり取りに、晴斗、リール、エルンは唖然としていた。

そう、"兄さん"とは両津直人のことだ。

直人「あ、あはは、は、白備?俺と両津家の為を思ってくれてるのは嬉しいけど、家族なんだから少し砕けても‥。」

白備「し、しかし、父上とご友人の方もおられますし‥。」

直人「あっ、そ、それが~、親父なんだけど、急用で来られなくなったんだよ。親父から聞いてないのか?」

白備「い、いえ、聞いていませんが……。」

昴「‥あっ、すまん、白備。そう言えば昨日の夜、父さんから電話があって‥。ひっ!?」

直人と白備の話を耳にした昴は、ふと昨夜フロントに掛かって来た父、両津界人からの電話を思い出すも、時既に遅く白備は妖気を尖らせた笑顔で昴を睨んだ。

直人「はぁ、許してやってくれ白備?昴の忘れっぽさはいつもの事だろ?あと、友達が怖がるから妖気を込めながらの笑みはやめてくれ。」

白備「っ、す、すみません。」

昴「なっ!?そ、そんな兄さん!?俺の事を鳥頭だと思ってたのかよ!?」

直人「…まさか、鳥頭とまでは言わないさ。……けど。」

昴「け、けど?」

直人「なあ、白備?今日俺がここに来るって事は、稲荷いなり姉には伝えてないよな?」

白備「大丈夫です。姉上には"兄さん"が来ることは、一切伝えてませんので。」

直人「よし、さて昴、もちろん言ってないよな?」

昴「‥‥‥言ってません。」  

昴は申し訳なさそうに、目を逸らしながら答えた。

直人「……。(やばい、これは確実に伝わっている。)」

昴の分かり易い仕草に、直人は嫌な予感しか感じていなかった。


ここで小話。
直人の姉である両津稲荷とは、大妖怪の"九尾の狐"にして白備の実姉じっしに当たります。

そもそも普通の人間である直人に、どうして大妖怪を始めとする妖怪の姉弟きょうだいがいるのか。

それは、直人の父親が行き場を失い弱った白備たちを保護して、そのまま両津家の家族として迎え入れているからです。

しかも、長女である稲荷は、両津家の兄弟の中でも序列一位の長女に君臨し、その下に長男の直人がいます。

しかし直人としては、確実に年上である白備と昴を兄と呼びたいのですが、白備と昴は頑なに直人を持ち上げるため、いつの日からか、長男としての板がついてしまったのでした。

更に、稲荷は超が付く程のブラコンである。特に直人に対しての執着は尋常ではなく、直人との本懐を望み、何なら二人の愛の結晶を作ろうとする程のヤバい姉である。

実際、義理であるため近親相姦にはならないが、実の姉の様に慕っていた直人からして見れば、気まずいものである。

ちなみに新年の時は、お酒を飲んで弟ラブを暴走させた稲荷に食われそうになるが、何とか渋々割って入った父親に助け出されている。

つまり、父親がいない今。

直人は裸同然である。

そのため直人は、鳥頭の昴にお仕置の沙汰を下そうとする。

直人「白備。悪いけど後で、このザッ鳥頭の昴にお灸を据えてやれ。」

昴「えっ!?」

白備「分かりました。」

昴「に、兄さん!?ごめんって、許してくれよ~!?」

直人「それなら、稲荷姉を全力で止めるんだな。」

昴「そ、それは‥、ど、努力するよ。」

直人「頼むよ‥。」

三人の兄弟だけで話が盛り上がる中、そこへエルンが恐る恐る話しかけようとする。

エルン「な、直人?この方々がここに来るまで話していた義理の弟たちか?」

直人「あ、あぁ、そうだよ。それより紹介が遅れたな。えーっと、こっちの"かっこいい"銀白色のケモ耳男子が両津家次男、"妖狐"の白備。そしてこっちの黒髪のイケメン鳥頭が両津家三男、"烏天狗"の昴だ。あと他にも三人、姉弟がいるよ。」

エルン「‥ま、まさか、みんな妖怪なのか!?」

直人「まあ、そうなるな。」

リール「す、凄い……、な、直人の姉弟たちはハイブリッドか何かか!?」

初対面のエルンとリールに取って驚く点は多いが、一方の晴斗については、相変わらずと言わんばかりの眼差しで見ていた。

晴斗「‥ふぅ、相変わらず昴は変わらないな?」

昴「は、晴斗兄!?」

晴斗「今更気づいたのか。はぁ、それにその反応なんだよ?まるで、お化けでも見た様な反応だな?」

昴「そ、それはそうですよ!体は大丈夫なのですか!?」

晴斗「見ての通り、昔よりは良くなってるよ。」

昴「‥そ、それは、よかった。あっ、そうだ。」

晴斗「ん?どうした?」

昴は直人と白備を"ちらり"と見ると、無謀にも晴斗に泣きついた。

昴「晴斗兄助けてくれよ~!兄さんたちがいじめるんだ~!」

晴斗「お、おいおい、見た目に合わない事をするなよ!?」

イケメン男子の昴に泣きつかれた晴斗は、完全に非がある昴に対して、どうフォローをしてあげれば良いか困惑した。

これに直人と白備は、呆れた表情をしながら昴を見つめていた。

晴斗からしてみれば、いつもと変わらない光景だが、真面目なエルンからしては修羅場であり、呑気なリールからは、ただの"じゃれあい"の様に見えていた。


直人「昴、見苦しい真似は止めて晴斗から‥。」

?「晴斗様~♪」

直人「ごはっ!?」

白備「に、兄さん!?」

直人が、昴を引き剥がそうと前に出た時、急に背後からピンク髪の猫耳ツインテ少女が、直人を踏みつけながら晴斗に駆け寄った。

猫耳娘「シュタッと♪晴斗様♪お久しぶりです♪」

晴斗「えっ、えっと、も、もしかして、千夜ちよちゃん?」

千夜「はい♪千夜でございます♪」

晴斗「あはは、見違えたよ♪本当久しぶりだね♪」

千夜「はい♪千夜はこの日を待ち遠しにしておりました♪それと晴斗様がここへ来てくれると知ってからは、興奮が収まらず毎晩マタタビに酔いしれ、晴斗様の……その、お写真を見つめながら…ご飯のお供に……くぅ~ん♪」

最後の言葉が意味深に聞こえてしまった晴斗は、気を紛らわせるため、上半身に擦り寄る千夜の頭を撫でた。

すると千夜は、ピンク色の尻尾を犬の様に振り始めた

昴「こら千夜、お前持ち場はどうしたんだ?」

千夜「あら、昴お兄ちゃん?お兄ちゃんこそフロントから離れて何をしてるの?」

昴「あ、いや、俺は……兄さんに挨拶を……。」

千夜「ならもう終わったわよね?ほら、フロントにお客さんが来たみたいだから、早く持ち場に戻って対応して来なさいっと!」

昴「なっ、ちょっ、うわぁ!?」

小柄な千夜ではあるが、見かけによらず両津家の中でも一番力が強く、その証拠に昴の首根っこを掴むなり、強引にフロントへと投げ飛ばした。

ワンバウンドせずに、フロント窓口に放り込まれた昴は、空中で受身を取りながらスっとフロントの位置に立った。

客「うわっ!?だ、大丈夫ですか?」

昴「す、すみません、お待たせしました、あははっ。」

流石、烏天狗だけあって空中での運動神経は抜群である。

千夜「ふぅ~、これで小うるさいお兄ちゃんの処理は終わったわ……。ん?はぅっ///わ、私ったら晴斗様の前で何てはしたない事を…あぅ、えへへ~♪」

つい、日常的な一面を晴斗に見せてしまった千夜は、あざとく乙女らしい素振りを見せながら頭を差し出し、どさくさに紛れて"なでなで"を求めた。

晴斗「あはは、千夜ちゃんも変わらない様だね。」

既に千夜の特性を知っている晴斗は、千夜に対してドン引くどころか、慣れた手つきで撫で始めた。

エルン「か、かわいい……、ごくり。」

リール「……直人もあんな風に乙女らしくしたら、頭を撫でてくれるかな?」

エルン「な、直人にナデナデ‥‥ごくり。」

これが恋と友達の温度差である。

その頃、千夜に踏みつけられ、そのまましばらく踏まれていた直人は、白備の献身的な介抱を受けていた。

白備「こら、千夜!兄さんを踏み台にするとは、どういうことだ!」

千夜「ふえ?あれ?直兄なおにい来てたの?」

直人「…来てましたよ。全く、晴斗の事になるといつも周りが見えなくなるな?」

千夜「ふん、当然でしょ?晴斗様は私のご主人様ですからね~♪ゴロゴロ~♪」

晴斗「え、えっと~、千夜ちゃんの気持ちは嬉しいけど、ご主人様になるのはちょっと~。」

千夜「ふぇ……?そ、そんな‥……。」

千夜に取ってはフラれる様な返答に、思わず一歩、また一歩と後ろへ下がり、 今にも泣き出しそうな表情をしながら晴斗を見つめた。

晴斗「っ、ご、ごめん千夜ちゃん!?そ、その、別に千夜ちゃんの事が嫌いって訳じゃ‥。」

千夜「~っ、で、では、妻として受け入れてくれるのですね!?」

晴斗「へっ?」

直人「つ、妻?」

白備「ま、また変な事を‥。」

予想より斜め上を行く千夜の解釈に、思わず唖然とする三人。前向きなのだろうか、それとも諦めが悪いのだろうか。

恋する乙女の気持ちを知らない男たちは、ただただ困惑するのであった。

千夜「つ、つまり、ご主人様と言う中途半端な主従関係よりも、ふ、ふふ、夫婦として接したいと言う事ですね!」

晴斗「えっ、あ、いや、そう言う意味じゃ……。」

直人「はぁ、すまん晴斗‥。取り敢えずここは、千夜の頭でも撫でて誤魔化してくれ。」

晴斗「うぅ、わ、分かった‥。」

完全に婚約モード全開の千夜に対して、為す術がない晴斗は、取り敢えず直人に言われるがままに、ふわふわな千夜の頭を撫でた。

千夜「にゃふ~ん♪」

愛する晴斗に再び撫でられた千夜は、一瞬にして蕩けた。

昔から千夜は、好きな事に関しては素直ではあったが、ここまで満足そうにしているのは滅多に見せないため、如何に晴斗の存在が大切なのか、直人はその重要性を感じるのであった。

もし、晴斗に何かあれば、千夜は間違いなく……闇堕ちしてしまうだろう。


白備「はぁ、皆様申し訳ございません。兄としてお詫びします。」

エルン「えっ、そ、そんな謝らないでください!?そ、それより、仲の良い兄弟で、とても羨ましいですよ。」

リール「うんうん、私も羨ましいよ。」

妹の醜態から更に固くなる白備に対して、直人は、白備の緊張を解くために、耳元で白備が喜ぶであろう喜ぶ提案をする。

直人「そう固くなるなって白備?……後でたっぷり構ってやるからさ。」

白備「‥っ、に、兄さん。」

直人は、カッコよくて可愛い白備の頭を撫でると、白備は小さく笑みを浮かべながら頷いた。

白備「こ、こほん、そ、それではお部屋にご案内します。千夜、頼めるかな?」

千夜「もちろんです♪では、晴斗様、お嬢様方、あと直兄は、どうぞこちらへ~♪」

直人「俺だけ冷たいな‥、新年の時はあんなにあまえ……ん?‥うぐっ!?」

新年の話を振り返ようとする直人に対して、表に出したくない一面を暴露されるかと思った千夜が、直人の方を振り向くなり近寄ると、そのまま腹部に拳をねじ込んだ。

千夜「直兄……少し座って…。」

直人「は、はい……。」

白備「こ、こら千夜?何をして……。」

千夜「白備お兄ちゃんは黙ってて……。」

白備「っ、は、はい……。」

猫に睨まれた白備は、思わず口を閉じてしまった。

直人をその場に座らせた千夜は、早速直人の耳元で冗談抜きの警告を告げる。

千夜「"お兄ちゃん"?もし私のプライベートを晴斗様に話してみなさい……。許さないよ?」

直人「は、はい……、ごめんなさい‥。」

二人の過激なやり取りに、後ろの三人は唖然とし、白備は気まずそうに見ていた。

千夜「ふふっ、では行きましょうか♪」

直人を脅しで分からせた千夜は、不敵な笑みを浮かべながら直人の首根っこを掴むと、そのまま引きずる様な感じで案内を再開した。



昴「はぁ、全く千夜のやつ、兄に対しての扱いが荒すぎるよ。」

白備「それはいつもと変わらないだろ?それより、兄さんと一緒に居た二人の女性は、兄さんの"友達"なのだろうか。」

昴「ん?まあ、普通に考えて見れば、二人の内誰かが、兄さんの彼女じゃないか?俺としては、金髪の可愛い子が兄さんの彼女で、もう一人の茶髪の子は友達の様な気がするな。」

白備「と、と言う事はつまり、あの金髪の方が、兄さんの婚約者になるかもしれないのだな!?」

昴「俺の予想ではそうなるかな?まあ、別れなければの話だけど。」

白備「っ、こ、これは両津家の繁栄の兆しだ。兄さんのためにも、私は全力で応援するぞ!」

昴「‥こう言うのは、自然にした方が良いと思うけどな?」

白備「っ……そ、そうなのか?」

昴「相変わらず白備は、恋時にうといよな?そもそも兄さんが、そう言うお節介を求めてると思うか?」

※直人とエルンは恋人ではありません。エルンは直人に片想いをしているが、一方の直人は身丈に合わないと自覚しており、友人目線でエルンと付き合っている。

白備「う、うーん、お節介か……。」

昴「まあ、俺たちが首を突っ込むところじゃないさ。それより、姉さんをどうしようかな。」

白備「……兄さんの恋時を応援するなら、姉上の横暴を止めないと成就しないよな。」

昴「……うぅ、腹いせに食われたらどうしよう。」

白備「それは仕方ないだろ。そもそも口を滑らせた昴が悪いんだから。」

昴「…はぁ、今の姉さんに会うのは、ある意味怖いけど……行くしかないか。」

白備「…私も一緒に行きますよ。」

自分が撒いた種とは言え、思わずため息をついてしまう昴は、現状唯一の心の支えである白備と共に、禍々しい妖気を漂わせている稲荷の部屋へと向かうのであった。


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