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春より参られし桜華様!
第3話 聖霊様の目的
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ようやく気まずい一限目から解放された桃馬であったが、一息をつく間も無く、クラスメイトたちに取り囲まれてしまった。
桃馬は、男子たちに詰め寄られ、一方の桜華は、女子たちに連れ去られてしまい、それぞれ絶え間ない質問攻めを受けていた。
しかし、授業後の休憩時間は、十分程度と短く。
身に覚えがないと言い張る桃馬はさて置き、今段階で一番謎が多い桜華を知るには、あまりにも足りなかった。
そのため、編入したての桜華は、これから当分の間は、絶え間ない質問攻めを受ける事になるだろう。
その後、休憩時間の終わりが差し迫ると、そこへようやく、桜華が使用する机と椅子、そして大量の教材が運び込まれた。
これを見た桃馬は、一限目で味わった気まづい授業スタイルから解放されたと思い、"ホッ"と一息をついた
しかし、安心するのも束の間。
運び込まれた机を持ち上げた桜華は、"しれっ"と桃馬の隣に机を持って来るなり、そのまま"席と席"の間に机を置いた。
つまり桜華は、通路側に机を置いたのである。
桜華の大胆な行動に思わず驚く桃馬であったが、それより驚いているのは、本来隣の席に座っている男子生徒であった。
ちなみにその驚き様は、顔を真っ赤に染めながら、今にも昇天しそうなっていた。
桃馬「え、えっと、か、柿崎さん?また何をしているのですか?」
桜華「えっ…?桃馬さんのお隣で授業を受けようかと思ったのですが……、だ、だめだったでしょうか?」
桃馬の問いに、平然と答える桜華であったが、桃馬の隣に座れないと思うなり、悲しそうな表情を浮かべ始めた。
桃馬「っ、あっ、いや、別にだめって訳じゃないんだけど、一応、そこは通路だからね。」
桜華「あぅ……、そ、そうですか。」
桃馬としても、桜華の気持ちを汲んで上げたい所であるが、流石に机を通路側に置くのは、移動時に支障が出たり邪魔になったりと、何より、他の先生からのツッコミが間違いなく飛んで来るため、容認出来なかった。
するとそこへ、桃馬の後ろの席に居る憲明が、見兼ねて声を掛けて来た。
憲明「何をしているんだよ桃馬!?ここは素直に喜んで受け入れろよ!?」
桃馬「だ、だけどよ……。通路側に机なんか置いたら邪魔にならないか?」
憲明「何を言ってるんだよ?まだ前方の席なら分かるけど、ここは窓側の後方だぞ?通路の一つ塞いでも支障はないだろ?」
桃馬「っ、だ、だとしてもだよ?他の先生が見たら絶対にツッコんで来るぞ?」
ジェルド「うんうん、桃馬の言う通りだ。授業中は離れた方が良いよ。」
二人の話を耳にしたジェルドは、思わず桃馬の肩を持つ様な指摘した。
※ジェルドの席は、桃馬の席から左斜め前の席である。
憲明「…やけに当たりが強いなジェルド?あっ、もしかして妬いているのか?」
ジェルド「っ、ふ、ふん。気のせいだろう……。」
憲明の指摘に思わず視線を逸らしたジェルドは、少し頬を赤く染めながら窓の方を向いた。
桜華「わ、分かりました。流石に通路側はご迷惑ですよね……。すみません、元の位置に戻して来ます。」
桃馬「あっ……ぅぅ……。。」
桃馬に取って、少し悲しそうな表情を浮かべる桜華の姿は、見ているだけでも胸が張り裂けそうなものであった。
そのため桃馬は、思わず桜華を呼び止めてしまう。
桃馬「っ、わ、分かった!隣に居てもいいですから戻って来てください!?」
桜華「っ、いいのですか!?」
思い切った桃馬の引き止めに、悲しそうな表情を浮かべていた桜華は、瞬時に明るい表情へと変わった。
桃馬「え、えぇ…、でも、ちょっと待っててくださいね。」
桜華「わ、分かりました。」
一旦、桜華を待たせた桃馬は、右隣の席にて昇天しそうになっている男子生徒に声を掛けた。
桃馬「おい、石山?昇天中の所悪いんだけど、今から柿崎さんと席を替わってくれないか?」
桜華「っ、と、桃馬さん!?べ、別にそこまでしなくてもいいんですよ!?」
まさかの席替えの頼み込みに、桜華は思わず声を上げてしまった。
憲明「あはは、大丈夫だよ柿崎さん?今の席順なんて、二日前の進級時に配置された物だから、特に気にする事はないよ?」
桃馬「そうそう、どうせ二学期になれば席替えもあるからな。」
桜華「で、でも……。」
桃馬「まあ、見てなって……おーい、石山?生きてるか~?」
石山「……。」
桃馬「……ダメだ、完全に昇天してるな……。それなら……。」
一瞬とは言え、桜華の隣に座れた事が嬉しかったのだろうか。
桃馬の右隣に座る男子生徒は、机に突っ伏したまま反応がなかった。
そのため桃馬は、人差し指を構えながら腕を伸ばすと、男子生徒の首筋をスーッとなぞった。
石山「っ!?な、なんだ!?」
こそばゆい感覚に驚いた男子生徒は、体をビクンと跳ねさせながら目を覚ました。
桃馬「よっ、やっと目覚めたな?」
石山「と、桃馬……、うぐぅ、首筋をなぞったのはお前か!?」
桃馬「あはは、そう怒るなよ?わざわざ昇天している所を起こしてやったんだ。むしろ、感謝して欲しいくらいだよ?」
石山「っ、うぐぐ。」
これも桃馬の策略なのだろうか。
憎たらしくも、恩を売りつけていた。
桃馬「さてと、無駄話はここまでにして、早速本題に入ろうか。」
石山「ほ、本題?」
桃馬「あぁ、石山には悪いんだけど、今から柿崎さんと席替えをしてくれないか?」
石山「えっ、席替え?」
桃馬「あぁ、どうだろか?」
石山「っ、ま、まあ、別に構わないけど……。」
桃馬「おぉ、ありがとうな石山!本当に助かるよ!」
男子生徒の了承を得た桃馬は、何とも嬉しそうな笑みを浮かべながら頭を下げると、続いて桜華も頭を下げ始める。
桜華「あ、あの、あ、ありがとうございます。石山さん。」
石山「あ、あはは、席替えくらい大丈夫ですよ。」
それにしても、桃馬は卑怯な男である。
例え、席の位置に"こだわり"がなくても、昇天した原因である桜華が近くに居ては、断ろうにも断れるはずがなかった。
その後、急いで席替えを済ませた桜華は、ようやく桃馬の隣に着席したのであった。
桃馬「ふぅ、これで解決かな?」
桜華「は、はい♪本当にありがとうございます、桃馬さん♪」
桃馬「気にしなくてもいいよ?それより、柿崎さんは一体何者なのですか?どうして俺の事を知ってるのですか?」
桜華「え、えっと、それはですね……。」
"キーンコーンカーンコーン!"
ようやく一息ついて、色々と聞けるかと思った桃馬であったが、肝心の所で授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
桃馬「っ、うぅ、間が悪いな。」
桜華「え、えぇ、この話の続きは、また後ですね。」
授業開始のチャイムが鳴り止んでから数秒後。
数学教師の吉田先生が教室に入って来た。
吉田「よーし、みんな席につけ~。」
この数学教師の名前は、吉田鷹幸。
大して特徴がある訳でもなく、髪型も黒髪の短髪と言う、至ってどこにでもいる様な先生である。
強いて特徴を挙げるとするならば、陽気な性格に加えて、話し方に一切トゲの無い事だろうか。
しかし、地味であるからこそ、隠れた素質があるものである……。
その後、二限目の数学を見事に"こなした"桜華は、このままの勢いで、三限目、四限目と、真面目に授業を受けるのであった。
"キーンコーンカーンコーン!"
午前授業の終了を告げるチャイムが高らかに鳴り響くと、多くの男子生徒たちが、一斉に廊下へと飛び出して行った。
桜華「ふぇっ、み、皆さん!?急に走り出してどうしたのですか!?」
桃馬「っ、あ、あぁ、今から購買部で争奪戦が始まるんですよ。一応、昼飯を安価で済ませようとする生徒たちで"ごった返し"ていますので、あまり近づかない方が良いですよ。」
憲明「おい桃馬!早くしろ!急がねぇと食う物が無くなるぞ!」
桃馬「あぁ、分かってるよ。後で追い付くから憲明は先に行っててくれ!」
憲明「はいよ~!」
桃馬に促された憲明は、一足先に購買部へ向けて走った。
桃馬 「さてと、柿崎さんは、今日何か食べる物は持って来ていますか?」
桜華「っ、そ、そう言えば、何も持たずに来てしまいましたね……。」
殆ど成り行きで編入を遂げた桜華は、お昼の事など全く考えていなかった。
そのため、無意識にお腹を擦ると、タイミングよくお腹の虫が鳴り始めた。
ぐぅぅ~。
桃馬「ん?」
桜華「~っ///き、聞きましたか?」
桃馬「ま、まあ、バッチリ聞こえたな。」
桜華「あ、あぅ///」
お腹の虫を聞かれた桜華は、頬を真っ赤に染めながら涙目になっていた。
桃馬「……もしよければ、買って来ましょうか?」
桜華「い、良いのですか?」
桃馬「まあ、編入祝いって事でね。小頼?柿崎さんを頼むよ。」
小頼「はいはーい♪あ、そうだ。もし、あんパンがあったら買って来てよ~♪」
桃馬「はいよ。それじゃあ、行って来るよ。」
どさくさに紛れてパシられた桃馬は、急いで憲明の後を追い掛けた。
すると間もなくして、周囲に居た女子生徒たちに続いて、廊下で待機していた他クラスの女子生徒たちが、一斉に小頼と桜華の元へ集まり始めた。
桜華「ふえっ!?」
小頼「ふふっ、さてと……、邪魔な男たちは居なくなった事だし、今からこれまでの"おさらい"を踏まえて、みんなで桜華ちゃんの事を知ろうじゃないか~♪」
桜華「ふえっ!?お、おさらいですか!?」
小頼「そうだよ~♪あ、でも、単に"おさらい"と言っても、私たちのアピールタイムばっかりだったから、"おさらい"じゃなくてスキンシップか~♪」
桜華「で、ですよね~。」
何とも気が抜ける様な小頼の進行に、少し気が張っていた小頼は、そのまま流されるかの様に緊張がほぐされて行った。
すると、今か今かと桜華について知りたがっている女子生徒たちが、次第にざわつき始める。
女子生徒「あぁ~♪私も桜華ちゃんについて知りたいな~♪」
女子生徒「うんうん、休憩時間に全く聞けなかった分、ここで沢山知りたいな~♪」
桜華「え、えぇ~と。」
突然、多くの女子生徒たちに取り囲まれてしまった桜華は、思わず"タジタジ"になってしまった。
小頼「こほん、ではでは、皆の衆♪ここからは、この私、長岡小頼が直々に仕切らせてもらうわ♪では早速、桜華ちゃんに質問するけど、桜華ちゃんは人間なのですか?」
主導権を握った小頼からの質問に、その場にいる"同志"たちは、固唾を飲みながら桜華に注目した。
すると桜華は、少し動揺しながら答え始める。
桜華「えっ、えっと~、わ、私は、見ての通り"人の姿"をしていますが、実際は人間ではありません。」
小頼「ほほぅ~、人間ではないと……。ふむふむ、なるほど……、つまり桜華ちゃんは、高貴な魔族なのでしょうか?」
桜華「い、いえ、私は高貴な魔族でもありません。少し期待外れかもしれませんが、そもそも私の正体は、近くの河川敷にある桜並木の"聖霊"でして……。」
女子一同「えぇ~!?」
女子生徒「お、桜華ちゃんって、聖霊だったの!?」
桜華「は、はい…、うぅ、や、やっぱり、期待外れでしたよね?」
女子たちの異様な驚き様に、幻滅させてしまったと思った桜華は、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
女子生徒「っ、全然期待外れじゃないよ!?むしろ、期待以上だよ!?」
桜華「えっ?」
一人の女子生徒からの励ましの言葉を受けた桜華は、思わず唖然とした表情を浮かべた。
女子生徒「そうだよ、桜華ちゃん!そもそも聖霊って、滅多に姿を現さない種族だから、今こうして会えるのは非常に貴重なんだよ!?」
女子生徒「そうそう、どれだけ多くの種族が通っている学園と言っても、聖霊と神様は居ないからね~。」
桜華「っ、そ、そうだったのですか……うぅ///」
何とも桜華への価値を上げるような励まし方に、先程まで自信がなかった桜華は、次第に恥ずかしくなっていた。
女子生徒「きゃ~♪恥ずかしがっている桜華ちゃん可愛い~♪」
女子生徒「はぁはぁ、その初心な仕草……はぁはぁ、最高過ぎる!(あぁ…、叶う事なら、今すぐにでも桜華様を押し倒し、犯しまくりたい!)」
桜華の初心な仕草に心を奪われた一部の女子生徒は、初々しく恥ずかしがる桜華を狙っていた。
その一方で、桜華と言う絶世の美女が、すぐ近くに居た事に驚いている女子生徒たちは、自らのサーチ能力に悲観していた。
女子生徒「うぅ、河川敷の桜並木って、本当に近くじゃないですか……。」
女子生徒「くっ、普段目には見えない聖霊とはいえ……、あのゴーグルさえ付けていれば……、もっと早く見つけられたかもしれないと言うのに……不覚だ。」
女子生徒「えぇ、ほんとその通りね……。」
次第に話が盛り上がるに連れて、自分の世界に入ろうとする女子生徒たちに対して、ここで小頼が引き締めに掛かる。
小頼「はーい、みんな静粛に~。話を盛り上げるのは良い事だけど、今は気になる点をみんなで共有する時だよ?」
女子生徒「っ、あぅ、そ、そうだったね。」
女子生徒「あ、あはは、ごめんね、小頼ちゃん。」
興奮状態に陥った女子生徒たちを冷静に静めた小頼は、ゆっくりと息を吸った。
小頼「ふぅ、さあ桜華ちゃん?あのモテない桃馬とは、一体どう言う関係なのですか?」
大胆に踏み込んだ小頼の質問に、再び心を一つにした女子生徒たちは、一斉に桜華の方に視線を向けた。
桜華「…っ、そ、そうですね。(うぅ、ど、どうしよう……、あの時は、つい"彼氏"って言っちゃったけど……、今更、桃馬さんの事よりも、"学園に通いたい"思いが勝っていたなんて……、絶対に言えない。)」
小頼「ん?どうしたの??」
桜華「っ、い、いえ、何でも無いですよ♪え、えっと、その~、じ、実は私…、桃馬さんと会うのが、今日が初めてで……。」
小頼からの問い掛けに、思わず動揺してしまった桜華は、ちょっとした言葉の地雷を踏んでしまった。
そのため、周囲の女子生徒たちは混乱と共に騒ぎ始める。
女子生徒「ちょ、ちょっと待ってよ桜華ちゃん!?今日初めて桃馬に会ったって、一体どう言う事なの!?」
女子生徒「も、もしかして、あの桃馬に弱みでも握られているんじゃ……。」
女子生徒「っ、そ、その可能性は十分に有り得るかも……。うぅ、いくら彼女が欲しいからって、そんな"面白そう"な事をしなくても……。」
桜華「そ、それは違いますよ!?わ、私は別に、桃馬さんから弱みを握られている訳ではないですよ!?(うぅ、弱みについては、むしろ私の方が握っている様な気がするけど……、今誰か"面白そう"って言わなかった?)」
小頼「ほほぉ~?つまり桜華ちゃんは、直接桃馬と会った事は無いけど、陰ながら桃馬を"見て"行くに連れて惹かれてしまったと?」
桜華「っ、は、はい……。」
次第に心を読まれ始めて行く桜華は、下手に墓穴を掘らない様に、最新の注意を払いながら大人しく頷いた。
小頼「なるほどね~、恋愛展開ならよくある話だけど、まさか編入してまで桃馬と付き合いたいとは、結構大胆な行動に出たものだね~♪」
桜華「あぅ、今思えばストーカー見たいですよね?」
小頼「うぅん、全然そんな事はないよ♪だって、桜華ちゃんは自らの殻を破ろうとして、ここへ来たんでしょ?」
桜華「っ、そ、それは……。」
小頼「ふふっ、まあ~、学園生活にも興味があったかもしれないけど……、何より気になるのは、あの桃馬の"どこ"に惹かれたのかだね~?」
桜華「っ!?」
小頼たちに取って、一番重要とも言える質問に対して、一番答え難い質問を投げ掛けられた桜華は、思わず顔を強ばらせた。
小頼「あはは、流石に恥ずかしい質問だったよね♪ごめんごめん♪」
桜華「っ、い、いえ、そんな……、別に小頼ちゃんが悪い訳では……。」
小頼「…ふふっ、桜華ちゃんは優しいね~?まあ、この学園を金持ち学校と勘違いして、"ご機嫌よう"って挨拶するくらいだもんね~。」
桜華「~っ///」
小頼「あはは、本当に桜華ちゃんは素直で可愛いな~♪うんうん、でもね桜華ちゃん?私はただ、桃馬の幼馴染として、桜華ちゃんの真意が知りたいんだよ♪」
桜華「し、真意ですか?」
小頼「うん♪でもまあ、今の様子を見る限り、恋人ごっこ見たいな"思わせ"の可能性は無さそうだけど、それでも私は、桜華ちゃん口から真意を聞きたいかな~♪」
桜華「…っ。」
まるで面接官見たいな小頼の口ぶりに、徐々に追い詰められる桜華は、これからの学園生活のためにも答える他なかった。
桜華「……うぅ、ご、ごめんなさい!」
小頼「ふぇ、ど、どうしたの小頼ちゃん?」
桜華「あぅ、じ、実は私…、桃馬さんの事よりも……、ただ、"学園に通って見たい"と言う理由で…、編入して来たんです。」
まさかの真意に多くの女子生徒たちが硬直する中、一部の女子生徒たちは、舌なめずりをしながら希望に満ち溢れた表情を浮かべていた。
その中でも小頼は、至って冷静になったまま質問を繰り返した。
小頼「おやおや~、それなら、どうして桃馬に近づいたのかな?」
桜華「っ、そ、それは…。」
小頼「ふふっ、大丈夫だよ桜華ちゃん♪そのまま、桜華ちゃんの声を聞かせてよ♪」
桜華「小頼ちゃん、う、うん。」
小頼から厳しい事を言われるかと思った桜華であったが、意外にも小頼は、親身になって話を聞こうとしてくれていた。
桜華「え、えっと、実は……、学園の編入が決まった時、あわよくば、いつも桜の上から見下ろして来た桃馬さんと、仲良くなりたいと思っていまして……。」
小頼「ふむふむ、それじゃあ、桃馬に向かって"彼氏"って言ったのは?」
桜華「い、勢いでつい……。」
小頼「なるほどね~、うーん、そうなると、全然気にする様な話じゃないね~。」
桜華「ふぇっ?ど、どうしてですか!?わ、私は桃馬さんの"彼女"だと偽ったのですよ!?」
小頼「そんなのこの学園じゃあ珍しくないよ?」
桜華「っ、で、でも、今さっき小頼ちゃんは、恋人ごっこは許さない見たいな事を言っていましたし……。」
小頼「あはは、そんなの全然レベルが違うよ~♪私が言ったのは、相手をその気にさせておきながら、意図も簡単に切り捨てたり、平気な顔して他の相手に乗り換え様とする"腐れ行為"の事だよ?」
女子生徒「うんうん、特に"ヤり逃げ"と貢がせ逃げは、本当にタチが悪いよね~。」
桜華「ふぇ?」
致命的な過ちかと思っていた桜華であったが、実際に蓋を開けて見れば、全く土俵すらも立たされていない事に、思わず唖然とした。
小頼「あはは、桜華ちゃんは真面目だね~♪」
桜華「で、でも……、私は桃馬さんを騙して……。」
小頼「うぅん、桜華ちゃんは何も騙してないよ?」
桜華「えっ?」
小頼「だって、桜華ちゃんがこの学園に編入しようと踏み切ったのは、桃馬が居るから決心が着いたんじゃないかな?」
桜華「っ!」
小頼「ふふっ、桜華ちゃんは分かりやすいな~♪そもそも、好きでも、興味すらも無い相手に対して、平然と膝上に座って授業を受けたり、強引に隣の席に着こうとするなんて、普通はしないよね~。」
桜華「はぅ///」
今思えば小頼の言う通りかもしれない。
元々、学園に通って見たいと思ったのは、桃馬の情けない姿と、楽しそうにしている姿を見てしまったためであった。
そのため桜華は、無意識に桃馬の事を意識していたと悟り、午前中にやらかしてしまった行為を恥じらいながら、頬を真っ赤に染め始めた。
女子生徒「あはは、小さな事で深刻に考えるなんて…、桜華ちゃんは本当に可愛いな~♪」
女子生徒「ふふっ、(何て愛らしいのかしら……、あぁ、桃馬の目の前で蹂躙して見せつけてやりたいわ!)」
何とも穢れのない桜華の仕草に魅了されていく女子生徒たちは、ギリギリの理性を保ちつつ、今にも襲い掛かりたい衝動を抑え込んでいた。
小頼「ふふっ、よーし、そろそろ男子たちが帰って来るだろうし、桜華ちゃんへの質問会はここまでにしようか。」
女子生徒「おぉ~!」
この場の主導権を握っている小頼が、桜華への質問会を閉幕させると、瞬く間に女子生徒たちは、二年一組から解散した。
すると間もなくして、購買部での争奪戦を終えた男子生徒たちが、ボロボロの状態で戻って来た。
桃馬「いってて、三組の奏太め……。手こずらせやがって。」
憲明「いや~、今日の争奪戦は、本当に熾烈だったな?」
桃馬「あぁ、特に今日は、各クラスの強者同士でぶつかっていたからな……、お陰で弁当は取れなかったけど、何とか人数分はパンは確保できたよ。」
憲明「うーん、それにしても、あの出遅れからよくそこまで買えたよな……。」
※購買部は、各学年棟に一つずつ設置されている。
周囲の男子生徒たちが、小さな袋を携《たずさ》えているの対して、桃馬が携えている袋は、何とスーパーの袋並みの大きさであった。
何とも完全勝利とも言える戦果に周囲が羨む中、桃馬と憲明は、意気揚々と二年一組に凱旋した。
桃馬「柿崎さん、お待たせしました♪購買部での安物で悪いですが、沢山手に入れましたので早速食べましょうか♪」
桜華「あっ、桃馬さん…って、ふえっ!?ど、どうしたのです桃馬さん!?他の方々よりボロボロじゃないですか!?」
他の男子生徒たちと比べて、激戦区に飛び込んだ桃馬は、ヨレヨレの制服に続いて、顔には乱闘後の痕が残っていた。
何とも痛ましい桃馬の姿に、思わず桜華は驚愕した。
桃馬「あはは、ちょっと頑張り過ぎたけど、この程度の事なら日常茶飯事だし、心配しなくても大丈夫だよ♪」
桜華「っ、や、やっぱり、無理をなされたのですね!?も、もし、大きな怪我でもしたら大変じゃないですか!?」
桃馬「っ、あ、あぁ、す、すまない……。(こ、こんなに心配されたの家族以外で初めてかも……。)」
桜華からの注意を真に受けた桃馬は、家族以外で感じた事が無い程の思いやりを感じた。
小頼「ふ~ん♪可愛い"彼女"から心配されて、ぐうの音も出ないとはね~♪」
桜華「~っ///」
桃馬「そ、そりゃあ、そうだろう?例え日常茶飯事と言っても、現に危険な事をしているからな……。」
憲明「うーん、確かにそうだな。今回は危険な激戦区に飛び込んで、運良くこの程度で済んだけど、酷い時は骨を折る奴も居るからな。」
桜華「っ、そ、そそ、そんなに危険な所にわざわざ!?」
小頼「ふふっ、きっと桃馬は、そこまでして桜華ちゃんを喜ばせて上げたかったんだよ♪」
桜華「…っ///(わ、私なんかのために……。)」
桃馬「あ、あはは、心配を掛けて本当にすまない。けど、お腹を空かせた状態で授業を受けるのは、結構辛いですよ?」
桜華「うぅ、桃馬さんは……、ずるいです。」
桃馬「っ、と、取り敢えず、たくさん買って来たから好きな物を食べてくれよ♪」
一瞬、桜華の初心な仕草に心を射抜かれた桃馬であったが、すぐに何事も無かったかの様に、激闘の末に手に入れた、カレーパン二つと、ジャムパン三つ、メロンパン三つ、クリームパン四つ、最後に牛乳パックを四つ並べた。
※憲明が手に入れた物も含む。
内、ジャムパン二つ、クリームパン二つ、牛乳パック四つである。
桜華「こ、こんなに沢山!?」
桃馬「さあさあ、柿崎さん♪遠慮せずに好きなのをどうぞ♪」
小頼「おぉー!カレーパンとメロンパンまであるじゃないか!?」
憲明「あはは、今回の桃馬は、柿崎さんのために、珍しく頑張ったからな?」
桜華「っ、私のためにこんなに……。」
桃馬「あ、あはは、人数分を確保するために、無意識に動いていたって言えばいいかな。」
憲明に功績を発表された桃馬は、少し照れくさそうにしながら謙遜した。
小頼「と言う事は、私のあんパンも~って、あれ?あんパン……は?」
桃馬「す、すまん、あんパンは奏太に取られた。」
小頼「な、なんと!?」
桃馬「で、でも、カレーパンとメロンパンはあるから、それで許してくれよ?」
小頼「むぅ…、仕方ないな。我慢しよう。」
カレーパンとメロンパンより、手に入りやすいあんパンを取り損ねた桃馬に対して、少し不満そうな表情を浮かべる小頼は、目の前にあるカレーパンとジャムパンを手にして黙々と食べ始めた。
小頼「っ、もくもく!」
桜華「ごくり、え、えっと、わ、私もカレーパンを……。」
カレーパンを美味しそうに食べている小頼に釣られた桜華は、堪らず最後の一つであるカレーパンを手に取った。
桜華「……ごくり、はむっ、~っ!おいひぃ~♪」
桃馬「っ、そうかそうか、喜んでくれてよかった。」
憲明「やったな、桃馬!」
桃馬「あぁ、頑張って買って来た甲斐があったよ♪」
桜華の嬉しそうな表情に、心を射抜かれまくりの桃馬は、久々に忘れかけていた喜びに浸っていた。
その後、昼食を終えた桃馬たちは、午前中からずっと気になっていた、桜華への質問を始めようとする。
その一方、既にある程度の事を知っている小頼は、敢えて何も語ろうとせず、まるで初めて聞くかのような姿勢で混ざっていた。
桃馬「さてと、そろそろ本題に入るけど、柿崎さんは一体何者なんだい?もしかして、昔どこかで俺と会った事があるのかな?」
桜華「い、いえ、桃馬さんとこうして会うのは初めてです。…ですが私は、"桜の聖霊"として、いつも桜の上から桃馬さんを見ていましたよ♪」
桃馬「さ、桜の聖霊…?……桜の上?……っ、い、いや、ま、まさかな……、え、えーっと、もしかして柿崎さんって……、河川敷の……?」
桜華「は、はい♪私は、河川敷に連なる桜並木の聖霊です♪」
笑顔で答える桜華に対して、恥ずかしい記憶が次々と蘇る桃馬は、徐々に顔を真っ赤に染めながら取り乱し始めた。
桃馬「な、ななっ!?じゃ、じゃあ、もしかして……、今日の"あれ"も聞いてたとか……。」
桜華「"あれ"?あぁ~♪もしかして、短歌の事ですか?」
桃馬「っ、あがぁぁ!?」
聞かれたくない事を聞かれてしまっていた桃馬は、恥ずかしさのあまり、両手を耳に当てながら蹲った。
小頼「おやおや~?桃馬ったら~、一人でそんな悲しい事をしてたのかい?」
憲明「と、桃馬……、今までそんなに辛かったのか?」
桃馬「や、やめろ~!?そんな寂しい人間を見る様な目で俺を見るな~!?」
桜華「クスッ♪桃馬さんは面白いです♪」
小頼「…ふふっ、ねえ桃馬~?今更だけど、これからずっと、恥ずかしい秘密を握られながら生きて行くんだよ~?ねぇねぇ桃馬~、今どんな気分かな~?」
桃馬「うるせぇ、そんなの言うまでもなく、最悪な気分だよ!」
小頼「ほほぅ~、最悪と来たか~?」
桃馬「と、当然だろ?憲明にバレるならまだしも……、お前に秘密を握られるのは、一生取れない首輪とリードを着けられる様なものだからな!」
小頼「ふーん、そんな事を言うんだ……。じゃあ、"あの写真"をばら撒こうかな~。」
桃馬「"あの写真"?……っ、や、やめろ!?それだけは許してくれ~!?」」
桜華の正体が判明したのも束の間、桃馬は知られたくない日課を明かされた挙句、既に弱みを握っている小頼に煽られる始末。
これもまた、普段と変わらない日常とは言え、皮肉にも購買部での争奪戦の方が、まだ優しく見えてしまう程である。
なんせ、小頼の言う事を聞かなければ、黒歴史、または、恥ずかしい写真をばら撒かれてしまうのだから……。
こうして、不思議な縁によって導かれた出会いは、この昼休みをもって更に強まると共に、桃馬と桜華の恋物語がスタートするのであった。
そう……、教室の扉越しから覗き込む、一匹の"黒い獣"に気づかずに……。
※この時ジェルドは、妹のエルゼと一緒に昼食を取っていた。
桃馬は、男子たちに詰め寄られ、一方の桜華は、女子たちに連れ去られてしまい、それぞれ絶え間ない質問攻めを受けていた。
しかし、授業後の休憩時間は、十分程度と短く。
身に覚えがないと言い張る桃馬はさて置き、今段階で一番謎が多い桜華を知るには、あまりにも足りなかった。
そのため、編入したての桜華は、これから当分の間は、絶え間ない質問攻めを受ける事になるだろう。
その後、休憩時間の終わりが差し迫ると、そこへようやく、桜華が使用する机と椅子、そして大量の教材が運び込まれた。
これを見た桃馬は、一限目で味わった気まづい授業スタイルから解放されたと思い、"ホッ"と一息をついた
しかし、安心するのも束の間。
運び込まれた机を持ち上げた桜華は、"しれっ"と桃馬の隣に机を持って来るなり、そのまま"席と席"の間に机を置いた。
つまり桜華は、通路側に机を置いたのである。
桜華の大胆な行動に思わず驚く桃馬であったが、それより驚いているのは、本来隣の席に座っている男子生徒であった。
ちなみにその驚き様は、顔を真っ赤に染めながら、今にも昇天しそうなっていた。
桃馬「え、えっと、か、柿崎さん?また何をしているのですか?」
桜華「えっ…?桃馬さんのお隣で授業を受けようかと思ったのですが……、だ、だめだったでしょうか?」
桃馬の問いに、平然と答える桜華であったが、桃馬の隣に座れないと思うなり、悲しそうな表情を浮かべ始めた。
桃馬「っ、あっ、いや、別にだめって訳じゃないんだけど、一応、そこは通路だからね。」
桜華「あぅ……、そ、そうですか。」
桃馬としても、桜華の気持ちを汲んで上げたい所であるが、流石に机を通路側に置くのは、移動時に支障が出たり邪魔になったりと、何より、他の先生からのツッコミが間違いなく飛んで来るため、容認出来なかった。
するとそこへ、桃馬の後ろの席に居る憲明が、見兼ねて声を掛けて来た。
憲明「何をしているんだよ桃馬!?ここは素直に喜んで受け入れろよ!?」
桃馬「だ、だけどよ……。通路側に机なんか置いたら邪魔にならないか?」
憲明「何を言ってるんだよ?まだ前方の席なら分かるけど、ここは窓側の後方だぞ?通路の一つ塞いでも支障はないだろ?」
桃馬「っ、だ、だとしてもだよ?他の先生が見たら絶対にツッコんで来るぞ?」
ジェルド「うんうん、桃馬の言う通りだ。授業中は離れた方が良いよ。」
二人の話を耳にしたジェルドは、思わず桃馬の肩を持つ様な指摘した。
※ジェルドの席は、桃馬の席から左斜め前の席である。
憲明「…やけに当たりが強いなジェルド?あっ、もしかして妬いているのか?」
ジェルド「っ、ふ、ふん。気のせいだろう……。」
憲明の指摘に思わず視線を逸らしたジェルドは、少し頬を赤く染めながら窓の方を向いた。
桜華「わ、分かりました。流石に通路側はご迷惑ですよね……。すみません、元の位置に戻して来ます。」
桃馬「あっ……ぅぅ……。。」
桃馬に取って、少し悲しそうな表情を浮かべる桜華の姿は、見ているだけでも胸が張り裂けそうなものであった。
そのため桃馬は、思わず桜華を呼び止めてしまう。
桃馬「っ、わ、分かった!隣に居てもいいですから戻って来てください!?」
桜華「っ、いいのですか!?」
思い切った桃馬の引き止めに、悲しそうな表情を浮かべていた桜華は、瞬時に明るい表情へと変わった。
桃馬「え、えぇ…、でも、ちょっと待っててくださいね。」
桜華「わ、分かりました。」
一旦、桜華を待たせた桃馬は、右隣の席にて昇天しそうになっている男子生徒に声を掛けた。
桃馬「おい、石山?昇天中の所悪いんだけど、今から柿崎さんと席を替わってくれないか?」
桜華「っ、と、桃馬さん!?べ、別にそこまでしなくてもいいんですよ!?」
まさかの席替えの頼み込みに、桜華は思わず声を上げてしまった。
憲明「あはは、大丈夫だよ柿崎さん?今の席順なんて、二日前の進級時に配置された物だから、特に気にする事はないよ?」
桃馬「そうそう、どうせ二学期になれば席替えもあるからな。」
桜華「で、でも……。」
桃馬「まあ、見てなって……おーい、石山?生きてるか~?」
石山「……。」
桃馬「……ダメだ、完全に昇天してるな……。それなら……。」
一瞬とは言え、桜華の隣に座れた事が嬉しかったのだろうか。
桃馬の右隣に座る男子生徒は、机に突っ伏したまま反応がなかった。
そのため桃馬は、人差し指を構えながら腕を伸ばすと、男子生徒の首筋をスーッとなぞった。
石山「っ!?な、なんだ!?」
こそばゆい感覚に驚いた男子生徒は、体をビクンと跳ねさせながら目を覚ました。
桃馬「よっ、やっと目覚めたな?」
石山「と、桃馬……、うぐぅ、首筋をなぞったのはお前か!?」
桃馬「あはは、そう怒るなよ?わざわざ昇天している所を起こしてやったんだ。むしろ、感謝して欲しいくらいだよ?」
石山「っ、うぐぐ。」
これも桃馬の策略なのだろうか。
憎たらしくも、恩を売りつけていた。
桃馬「さてと、無駄話はここまでにして、早速本題に入ろうか。」
石山「ほ、本題?」
桃馬「あぁ、石山には悪いんだけど、今から柿崎さんと席替えをしてくれないか?」
石山「えっ、席替え?」
桃馬「あぁ、どうだろか?」
石山「っ、ま、まあ、別に構わないけど……。」
桃馬「おぉ、ありがとうな石山!本当に助かるよ!」
男子生徒の了承を得た桃馬は、何とも嬉しそうな笑みを浮かべながら頭を下げると、続いて桜華も頭を下げ始める。
桜華「あ、あの、あ、ありがとうございます。石山さん。」
石山「あ、あはは、席替えくらい大丈夫ですよ。」
それにしても、桃馬は卑怯な男である。
例え、席の位置に"こだわり"がなくても、昇天した原因である桜華が近くに居ては、断ろうにも断れるはずがなかった。
その後、急いで席替えを済ませた桜華は、ようやく桃馬の隣に着席したのであった。
桃馬「ふぅ、これで解決かな?」
桜華「は、はい♪本当にありがとうございます、桃馬さん♪」
桃馬「気にしなくてもいいよ?それより、柿崎さんは一体何者なのですか?どうして俺の事を知ってるのですか?」
桜華「え、えっと、それはですね……。」
"キーンコーンカーンコーン!"
ようやく一息ついて、色々と聞けるかと思った桃馬であったが、肝心の所で授業開始のチャイムが鳴ってしまった。
桃馬「っ、うぅ、間が悪いな。」
桜華「え、えぇ、この話の続きは、また後ですね。」
授業開始のチャイムが鳴り止んでから数秒後。
数学教師の吉田先生が教室に入って来た。
吉田「よーし、みんな席につけ~。」
この数学教師の名前は、吉田鷹幸。
大して特徴がある訳でもなく、髪型も黒髪の短髪と言う、至ってどこにでもいる様な先生である。
強いて特徴を挙げるとするならば、陽気な性格に加えて、話し方に一切トゲの無い事だろうか。
しかし、地味であるからこそ、隠れた素質があるものである……。
その後、二限目の数学を見事に"こなした"桜華は、このままの勢いで、三限目、四限目と、真面目に授業を受けるのであった。
"キーンコーンカーンコーン!"
午前授業の終了を告げるチャイムが高らかに鳴り響くと、多くの男子生徒たちが、一斉に廊下へと飛び出して行った。
桜華「ふぇっ、み、皆さん!?急に走り出してどうしたのですか!?」
桃馬「っ、あ、あぁ、今から購買部で争奪戦が始まるんですよ。一応、昼飯を安価で済ませようとする生徒たちで"ごった返し"ていますので、あまり近づかない方が良いですよ。」
憲明「おい桃馬!早くしろ!急がねぇと食う物が無くなるぞ!」
桃馬「あぁ、分かってるよ。後で追い付くから憲明は先に行っててくれ!」
憲明「はいよ~!」
桃馬に促された憲明は、一足先に購買部へ向けて走った。
桃馬 「さてと、柿崎さんは、今日何か食べる物は持って来ていますか?」
桜華「っ、そ、そう言えば、何も持たずに来てしまいましたね……。」
殆ど成り行きで編入を遂げた桜華は、お昼の事など全く考えていなかった。
そのため、無意識にお腹を擦ると、タイミングよくお腹の虫が鳴り始めた。
ぐぅぅ~。
桃馬「ん?」
桜華「~っ///き、聞きましたか?」
桃馬「ま、まあ、バッチリ聞こえたな。」
桜華「あ、あぅ///」
お腹の虫を聞かれた桜華は、頬を真っ赤に染めながら涙目になっていた。
桃馬「……もしよければ、買って来ましょうか?」
桜華「い、良いのですか?」
桃馬「まあ、編入祝いって事でね。小頼?柿崎さんを頼むよ。」
小頼「はいはーい♪あ、そうだ。もし、あんパンがあったら買って来てよ~♪」
桃馬「はいよ。それじゃあ、行って来るよ。」
どさくさに紛れてパシられた桃馬は、急いで憲明の後を追い掛けた。
すると間もなくして、周囲に居た女子生徒たちに続いて、廊下で待機していた他クラスの女子生徒たちが、一斉に小頼と桜華の元へ集まり始めた。
桜華「ふえっ!?」
小頼「ふふっ、さてと……、邪魔な男たちは居なくなった事だし、今からこれまでの"おさらい"を踏まえて、みんなで桜華ちゃんの事を知ろうじゃないか~♪」
桜華「ふえっ!?お、おさらいですか!?」
小頼「そうだよ~♪あ、でも、単に"おさらい"と言っても、私たちのアピールタイムばっかりだったから、"おさらい"じゃなくてスキンシップか~♪」
桜華「で、ですよね~。」
何とも気が抜ける様な小頼の進行に、少し気が張っていた小頼は、そのまま流されるかの様に緊張がほぐされて行った。
すると、今か今かと桜華について知りたがっている女子生徒たちが、次第にざわつき始める。
女子生徒「あぁ~♪私も桜華ちゃんについて知りたいな~♪」
女子生徒「うんうん、休憩時間に全く聞けなかった分、ここで沢山知りたいな~♪」
桜華「え、えぇ~と。」
突然、多くの女子生徒たちに取り囲まれてしまった桜華は、思わず"タジタジ"になってしまった。
小頼「こほん、ではでは、皆の衆♪ここからは、この私、長岡小頼が直々に仕切らせてもらうわ♪では早速、桜華ちゃんに質問するけど、桜華ちゃんは人間なのですか?」
主導権を握った小頼からの質問に、その場にいる"同志"たちは、固唾を飲みながら桜華に注目した。
すると桜華は、少し動揺しながら答え始める。
桜華「えっ、えっと~、わ、私は、見ての通り"人の姿"をしていますが、実際は人間ではありません。」
小頼「ほほぅ~、人間ではないと……。ふむふむ、なるほど……、つまり桜華ちゃんは、高貴な魔族なのでしょうか?」
桜華「い、いえ、私は高貴な魔族でもありません。少し期待外れかもしれませんが、そもそも私の正体は、近くの河川敷にある桜並木の"聖霊"でして……。」
女子一同「えぇ~!?」
女子生徒「お、桜華ちゃんって、聖霊だったの!?」
桜華「は、はい…、うぅ、や、やっぱり、期待外れでしたよね?」
女子たちの異様な驚き様に、幻滅させてしまったと思った桜華は、申し訳なさそうに表情を曇らせた。
女子生徒「っ、全然期待外れじゃないよ!?むしろ、期待以上だよ!?」
桜華「えっ?」
一人の女子生徒からの励ましの言葉を受けた桜華は、思わず唖然とした表情を浮かべた。
女子生徒「そうだよ、桜華ちゃん!そもそも聖霊って、滅多に姿を現さない種族だから、今こうして会えるのは非常に貴重なんだよ!?」
女子生徒「そうそう、どれだけ多くの種族が通っている学園と言っても、聖霊と神様は居ないからね~。」
桜華「っ、そ、そうだったのですか……うぅ///」
何とも桜華への価値を上げるような励まし方に、先程まで自信がなかった桜華は、次第に恥ずかしくなっていた。
女子生徒「きゃ~♪恥ずかしがっている桜華ちゃん可愛い~♪」
女子生徒「はぁはぁ、その初心な仕草……はぁはぁ、最高過ぎる!(あぁ…、叶う事なら、今すぐにでも桜華様を押し倒し、犯しまくりたい!)」
桜華の初心な仕草に心を奪われた一部の女子生徒は、初々しく恥ずかしがる桜華を狙っていた。
その一方で、桜華と言う絶世の美女が、すぐ近くに居た事に驚いている女子生徒たちは、自らのサーチ能力に悲観していた。
女子生徒「うぅ、河川敷の桜並木って、本当に近くじゃないですか……。」
女子生徒「くっ、普段目には見えない聖霊とはいえ……、あのゴーグルさえ付けていれば……、もっと早く見つけられたかもしれないと言うのに……不覚だ。」
女子生徒「えぇ、ほんとその通りね……。」
次第に話が盛り上がるに連れて、自分の世界に入ろうとする女子生徒たちに対して、ここで小頼が引き締めに掛かる。
小頼「はーい、みんな静粛に~。話を盛り上げるのは良い事だけど、今は気になる点をみんなで共有する時だよ?」
女子生徒「っ、あぅ、そ、そうだったね。」
女子生徒「あ、あはは、ごめんね、小頼ちゃん。」
興奮状態に陥った女子生徒たちを冷静に静めた小頼は、ゆっくりと息を吸った。
小頼「ふぅ、さあ桜華ちゃん?あのモテない桃馬とは、一体どう言う関係なのですか?」
大胆に踏み込んだ小頼の質問に、再び心を一つにした女子生徒たちは、一斉に桜華の方に視線を向けた。
桜華「…っ、そ、そうですね。(うぅ、ど、どうしよう……、あの時は、つい"彼氏"って言っちゃったけど……、今更、桃馬さんの事よりも、"学園に通いたい"思いが勝っていたなんて……、絶対に言えない。)」
小頼「ん?どうしたの??」
桜華「っ、い、いえ、何でも無いですよ♪え、えっと、その~、じ、実は私…、桃馬さんと会うのが、今日が初めてで……。」
小頼からの問い掛けに、思わず動揺してしまった桜華は、ちょっとした言葉の地雷を踏んでしまった。
そのため、周囲の女子生徒たちは混乱と共に騒ぎ始める。
女子生徒「ちょ、ちょっと待ってよ桜華ちゃん!?今日初めて桃馬に会ったって、一体どう言う事なの!?」
女子生徒「も、もしかして、あの桃馬に弱みでも握られているんじゃ……。」
女子生徒「っ、そ、その可能性は十分に有り得るかも……。うぅ、いくら彼女が欲しいからって、そんな"面白そう"な事をしなくても……。」
桜華「そ、それは違いますよ!?わ、私は別に、桃馬さんから弱みを握られている訳ではないですよ!?(うぅ、弱みについては、むしろ私の方が握っている様な気がするけど……、今誰か"面白そう"って言わなかった?)」
小頼「ほほぉ~?つまり桜華ちゃんは、直接桃馬と会った事は無いけど、陰ながら桃馬を"見て"行くに連れて惹かれてしまったと?」
桜華「っ、は、はい……。」
次第に心を読まれ始めて行く桜華は、下手に墓穴を掘らない様に、最新の注意を払いながら大人しく頷いた。
小頼「なるほどね~、恋愛展開ならよくある話だけど、まさか編入してまで桃馬と付き合いたいとは、結構大胆な行動に出たものだね~♪」
桜華「あぅ、今思えばストーカー見たいですよね?」
小頼「うぅん、全然そんな事はないよ♪だって、桜華ちゃんは自らの殻を破ろうとして、ここへ来たんでしょ?」
桜華「っ、そ、それは……。」
小頼「ふふっ、まあ~、学園生活にも興味があったかもしれないけど……、何より気になるのは、あの桃馬の"どこ"に惹かれたのかだね~?」
桜華「っ!?」
小頼たちに取って、一番重要とも言える質問に対して、一番答え難い質問を投げ掛けられた桜華は、思わず顔を強ばらせた。
小頼「あはは、流石に恥ずかしい質問だったよね♪ごめんごめん♪」
桜華「っ、い、いえ、そんな……、別に小頼ちゃんが悪い訳では……。」
小頼「…ふふっ、桜華ちゃんは優しいね~?まあ、この学園を金持ち学校と勘違いして、"ご機嫌よう"って挨拶するくらいだもんね~。」
桜華「~っ///」
小頼「あはは、本当に桜華ちゃんは素直で可愛いな~♪うんうん、でもね桜華ちゃん?私はただ、桃馬の幼馴染として、桜華ちゃんの真意が知りたいんだよ♪」
桜華「し、真意ですか?」
小頼「うん♪でもまあ、今の様子を見る限り、恋人ごっこ見たいな"思わせ"の可能性は無さそうだけど、それでも私は、桜華ちゃん口から真意を聞きたいかな~♪」
桜華「…っ。」
まるで面接官見たいな小頼の口ぶりに、徐々に追い詰められる桜華は、これからの学園生活のためにも答える他なかった。
桜華「……うぅ、ご、ごめんなさい!」
小頼「ふぇ、ど、どうしたの小頼ちゃん?」
桜華「あぅ、じ、実は私…、桃馬さんの事よりも……、ただ、"学園に通って見たい"と言う理由で…、編入して来たんです。」
まさかの真意に多くの女子生徒たちが硬直する中、一部の女子生徒たちは、舌なめずりをしながら希望に満ち溢れた表情を浮かべていた。
その中でも小頼は、至って冷静になったまま質問を繰り返した。
小頼「おやおや~、それなら、どうして桃馬に近づいたのかな?」
桜華「っ、そ、それは…。」
小頼「ふふっ、大丈夫だよ桜華ちゃん♪そのまま、桜華ちゃんの声を聞かせてよ♪」
桜華「小頼ちゃん、う、うん。」
小頼から厳しい事を言われるかと思った桜華であったが、意外にも小頼は、親身になって話を聞こうとしてくれていた。
桜華「え、えっと、実は……、学園の編入が決まった時、あわよくば、いつも桜の上から見下ろして来た桃馬さんと、仲良くなりたいと思っていまして……。」
小頼「ふむふむ、それじゃあ、桃馬に向かって"彼氏"って言ったのは?」
桜華「い、勢いでつい……。」
小頼「なるほどね~、うーん、そうなると、全然気にする様な話じゃないね~。」
桜華「ふぇっ?ど、どうしてですか!?わ、私は桃馬さんの"彼女"だと偽ったのですよ!?」
小頼「そんなのこの学園じゃあ珍しくないよ?」
桜華「っ、で、でも、今さっき小頼ちゃんは、恋人ごっこは許さない見たいな事を言っていましたし……。」
小頼「あはは、そんなの全然レベルが違うよ~♪私が言ったのは、相手をその気にさせておきながら、意図も簡単に切り捨てたり、平気な顔して他の相手に乗り換え様とする"腐れ行為"の事だよ?」
女子生徒「うんうん、特に"ヤり逃げ"と貢がせ逃げは、本当にタチが悪いよね~。」
桜華「ふぇ?」
致命的な過ちかと思っていた桜華であったが、実際に蓋を開けて見れば、全く土俵すらも立たされていない事に、思わず唖然とした。
小頼「あはは、桜華ちゃんは真面目だね~♪」
桜華「で、でも……、私は桃馬さんを騙して……。」
小頼「うぅん、桜華ちゃんは何も騙してないよ?」
桜華「えっ?」
小頼「だって、桜華ちゃんがこの学園に編入しようと踏み切ったのは、桃馬が居るから決心が着いたんじゃないかな?」
桜華「っ!」
小頼「ふふっ、桜華ちゃんは分かりやすいな~♪そもそも、好きでも、興味すらも無い相手に対して、平然と膝上に座って授業を受けたり、強引に隣の席に着こうとするなんて、普通はしないよね~。」
桜華「はぅ///」
今思えば小頼の言う通りかもしれない。
元々、学園に通って見たいと思ったのは、桃馬の情けない姿と、楽しそうにしている姿を見てしまったためであった。
そのため桜華は、無意識に桃馬の事を意識していたと悟り、午前中にやらかしてしまった行為を恥じらいながら、頬を真っ赤に染め始めた。
女子生徒「あはは、小さな事で深刻に考えるなんて…、桜華ちゃんは本当に可愛いな~♪」
女子生徒「ふふっ、(何て愛らしいのかしら……、あぁ、桃馬の目の前で蹂躙して見せつけてやりたいわ!)」
何とも穢れのない桜華の仕草に魅了されていく女子生徒たちは、ギリギリの理性を保ちつつ、今にも襲い掛かりたい衝動を抑え込んでいた。
小頼「ふふっ、よーし、そろそろ男子たちが帰って来るだろうし、桜華ちゃんへの質問会はここまでにしようか。」
女子生徒「おぉ~!」
この場の主導権を握っている小頼が、桜華への質問会を閉幕させると、瞬く間に女子生徒たちは、二年一組から解散した。
すると間もなくして、購買部での争奪戦を終えた男子生徒たちが、ボロボロの状態で戻って来た。
桃馬「いってて、三組の奏太め……。手こずらせやがって。」
憲明「いや~、今日の争奪戦は、本当に熾烈だったな?」
桃馬「あぁ、特に今日は、各クラスの強者同士でぶつかっていたからな……、お陰で弁当は取れなかったけど、何とか人数分はパンは確保できたよ。」
憲明「うーん、それにしても、あの出遅れからよくそこまで買えたよな……。」
※購買部は、各学年棟に一つずつ設置されている。
周囲の男子生徒たちが、小さな袋を携《たずさ》えているの対して、桃馬が携えている袋は、何とスーパーの袋並みの大きさであった。
何とも完全勝利とも言える戦果に周囲が羨む中、桃馬と憲明は、意気揚々と二年一組に凱旋した。
桃馬「柿崎さん、お待たせしました♪購買部での安物で悪いですが、沢山手に入れましたので早速食べましょうか♪」
桜華「あっ、桃馬さん…って、ふえっ!?ど、どうしたのです桃馬さん!?他の方々よりボロボロじゃないですか!?」
他の男子生徒たちと比べて、激戦区に飛び込んだ桃馬は、ヨレヨレの制服に続いて、顔には乱闘後の痕が残っていた。
何とも痛ましい桃馬の姿に、思わず桜華は驚愕した。
桃馬「あはは、ちょっと頑張り過ぎたけど、この程度の事なら日常茶飯事だし、心配しなくても大丈夫だよ♪」
桜華「っ、や、やっぱり、無理をなされたのですね!?も、もし、大きな怪我でもしたら大変じゃないですか!?」
桃馬「っ、あ、あぁ、す、すまない……。(こ、こんなに心配されたの家族以外で初めてかも……。)」
桜華からの注意を真に受けた桃馬は、家族以外で感じた事が無い程の思いやりを感じた。
小頼「ふ~ん♪可愛い"彼女"から心配されて、ぐうの音も出ないとはね~♪」
桜華「~っ///」
桃馬「そ、そりゃあ、そうだろう?例え日常茶飯事と言っても、現に危険な事をしているからな……。」
憲明「うーん、確かにそうだな。今回は危険な激戦区に飛び込んで、運良くこの程度で済んだけど、酷い時は骨を折る奴も居るからな。」
桜華「っ、そ、そそ、そんなに危険な所にわざわざ!?」
小頼「ふふっ、きっと桃馬は、そこまでして桜華ちゃんを喜ばせて上げたかったんだよ♪」
桜華「…っ///(わ、私なんかのために……。)」
桃馬「あ、あはは、心配を掛けて本当にすまない。けど、お腹を空かせた状態で授業を受けるのは、結構辛いですよ?」
桜華「うぅ、桃馬さんは……、ずるいです。」
桃馬「っ、と、取り敢えず、たくさん買って来たから好きな物を食べてくれよ♪」
一瞬、桜華の初心な仕草に心を射抜かれた桃馬であったが、すぐに何事も無かったかの様に、激闘の末に手に入れた、カレーパン二つと、ジャムパン三つ、メロンパン三つ、クリームパン四つ、最後に牛乳パックを四つ並べた。
※憲明が手に入れた物も含む。
内、ジャムパン二つ、クリームパン二つ、牛乳パック四つである。
桜華「こ、こんなに沢山!?」
桃馬「さあさあ、柿崎さん♪遠慮せずに好きなのをどうぞ♪」
小頼「おぉー!カレーパンとメロンパンまであるじゃないか!?」
憲明「あはは、今回の桃馬は、柿崎さんのために、珍しく頑張ったからな?」
桜華「っ、私のためにこんなに……。」
桃馬「あ、あはは、人数分を確保するために、無意識に動いていたって言えばいいかな。」
憲明に功績を発表された桃馬は、少し照れくさそうにしながら謙遜した。
小頼「と言う事は、私のあんパンも~って、あれ?あんパン……は?」
桃馬「す、すまん、あんパンは奏太に取られた。」
小頼「な、なんと!?」
桃馬「で、でも、カレーパンとメロンパンはあるから、それで許してくれよ?」
小頼「むぅ…、仕方ないな。我慢しよう。」
カレーパンとメロンパンより、手に入りやすいあんパンを取り損ねた桃馬に対して、少し不満そうな表情を浮かべる小頼は、目の前にあるカレーパンとジャムパンを手にして黙々と食べ始めた。
小頼「っ、もくもく!」
桜華「ごくり、え、えっと、わ、私もカレーパンを……。」
カレーパンを美味しそうに食べている小頼に釣られた桜華は、堪らず最後の一つであるカレーパンを手に取った。
桜華「……ごくり、はむっ、~っ!おいひぃ~♪」
桃馬「っ、そうかそうか、喜んでくれてよかった。」
憲明「やったな、桃馬!」
桃馬「あぁ、頑張って買って来た甲斐があったよ♪」
桜華の嬉しそうな表情に、心を射抜かれまくりの桃馬は、久々に忘れかけていた喜びに浸っていた。
その後、昼食を終えた桃馬たちは、午前中からずっと気になっていた、桜華への質問を始めようとする。
その一方、既にある程度の事を知っている小頼は、敢えて何も語ろうとせず、まるで初めて聞くかのような姿勢で混ざっていた。
桃馬「さてと、そろそろ本題に入るけど、柿崎さんは一体何者なんだい?もしかして、昔どこかで俺と会った事があるのかな?」
桜華「い、いえ、桃馬さんとこうして会うのは初めてです。…ですが私は、"桜の聖霊"として、いつも桜の上から桃馬さんを見ていましたよ♪」
桃馬「さ、桜の聖霊…?……桜の上?……っ、い、いや、ま、まさかな……、え、えーっと、もしかして柿崎さんって……、河川敷の……?」
桜華「は、はい♪私は、河川敷に連なる桜並木の聖霊です♪」
笑顔で答える桜華に対して、恥ずかしい記憶が次々と蘇る桃馬は、徐々に顔を真っ赤に染めながら取り乱し始めた。
桃馬「な、ななっ!?じゃ、じゃあ、もしかして……、今日の"あれ"も聞いてたとか……。」
桜華「"あれ"?あぁ~♪もしかして、短歌の事ですか?」
桃馬「っ、あがぁぁ!?」
聞かれたくない事を聞かれてしまっていた桃馬は、恥ずかしさのあまり、両手を耳に当てながら蹲った。
小頼「おやおや~?桃馬ったら~、一人でそんな悲しい事をしてたのかい?」
憲明「と、桃馬……、今までそんなに辛かったのか?」
桃馬「や、やめろ~!?そんな寂しい人間を見る様な目で俺を見るな~!?」
桜華「クスッ♪桃馬さんは面白いです♪」
小頼「…ふふっ、ねえ桃馬~?今更だけど、これからずっと、恥ずかしい秘密を握られながら生きて行くんだよ~?ねぇねぇ桃馬~、今どんな気分かな~?」
桃馬「うるせぇ、そんなの言うまでもなく、最悪な気分だよ!」
小頼「ほほぅ~、最悪と来たか~?」
桃馬「と、当然だろ?憲明にバレるならまだしも……、お前に秘密を握られるのは、一生取れない首輪とリードを着けられる様なものだからな!」
小頼「ふーん、そんな事を言うんだ……。じゃあ、"あの写真"をばら撒こうかな~。」
桃馬「"あの写真"?……っ、や、やめろ!?それだけは許してくれ~!?」」
桜華の正体が判明したのも束の間、桃馬は知られたくない日課を明かされた挙句、既に弱みを握っている小頼に煽られる始末。
これもまた、普段と変わらない日常とは言え、皮肉にも購買部での争奪戦の方が、まだ優しく見えてしまう程である。
なんせ、小頼の言う事を聞かなければ、黒歴史、または、恥ずかしい写真をばら撒かれてしまうのだから……。
こうして、不思議な縁によって導かれた出会いは、この昼休みをもって更に強まると共に、桃馬と桜華の恋物語がスタートするのであった。
そう……、教室の扉越しから覗き込む、一匹の"黒い獣"に気づかずに……。
※この時ジェルドは、妹のエルゼと一緒に昼食を取っていた。
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とかげになりたい僕
ファンタジー
不慮の事故で死んだ俺は、女神の力によって転生することになった。
「どんな感じで転生しますか?」
「モテモテな人生を送りたい! あとイケメンになりたい!」
そうして俺が転生したのは――
え、ここBLゲームの世界やん!?
タチがタチじゃなくてネコはネコじゃない!? オネェ担任にヤンキー保健医、双子の兄弟と巨人後輩。俺は男にモテたくない!
女神から「クリアすればもう一度転生出来ますよ」という暴言にも近い助言を信じ、俺は誰とも結ばれないバッドエンドをクリアしてみせる! 俺の操は誰にも奪わせはしない!
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