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8)モーント王家の事情
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モーント王国には表に出せないものがたくさんある。それは兵器であったり、知識であったり、人であったり、薬であったり。それら、あらゆる秘密の全てを把握し、内密に封印できるのは王族に生まれし者とその伴侶のみ。
モーント王国は海の女神であるセイレーンの守護せし国。その関係からか、王族の直系の娘は何らかの形で癒しの力を持って生まれてくるのが常だった。それがゆえに王族の娘たちは何代にもわたって『モーント王家の宝石箱』と呼ばれてきた。もっとも、今ではその言い伝えが歪み、ただ美しさを表す言葉となっている。ある意味で都合が良かったのか、歪みを放置した結果、そのまま今世までに至っている。今代においても娘達が力を持って生まれ、『モーント王家の宝石箱』の名を冠していた。
長女のアテナは毒を解除できる力を。
次女のアルテミスは歌で状態異常を治す力を。
三女フレイアは炎で呪いを払う力を
四女のセレスは歌で怪我を治す力を。
そして末娘のディアは……
そこまで考えて思考をとめたのは、ディアの笑顔が脳裏に浮かんだからだ。眉間に皺を寄せた国王は深いため息をついた。それを向かい側で見ていた跡取り娘であるアテナは同情の目を向けた。
「そんな顔をするのは……黒髪に黒目の娘が生まれた時以来ですわね、お父様」
黒い髪に黒目。この国ではそれほど珍しい色ではない。ただし、男に限ってだ。男性で黒髪に黒目は珍しくなく、国王も例外ではない。しかし、黒髪に黒目で生まれた娘はディアのみ。
「そう、だな。あの時は緊急的に会議を開いたものだ」
「色々相談した末に……国の縮小を決めたとおっしゃってらっしゃいましたね」
そうだと頷く。以前は取引を多くし、輸入や輸出も盛んだった我が国だが、ディアが生まれたのを機に少しずつ縮小へと方向転換を行った。少しでも国内で生活できるように。少しでも多くの被害がでないように。そして、あの子の見張りが簡単にできるようにーー。そして、何があろうともあの子を守ることができるようにと防御系に特化した国へと作り替えた。
「……幸い、ディアは読書と勉強が好きな娘であったから守りを固めるには困らない。それには心から安堵したものだ。だが、アレを狙う輩が現れないとは限らない。まさか昔から笑い飛ばしつつ耳にしていた伝承を笑えぬ時がくるとは思わなんだ」
アテナは国王らしくない言葉を吐いた父を笑わなかった。実際、10歳も年下の末っ子に関してはみんな甘いところがある。――いや、全員ではないな。たった一人だけ甘くない子がいた。
「それに、あの子は可愛いですからね……ちょっと無表情ですけれど」
「当然だ、我らの娘でありお前の妹だぞ。可愛くないはずがない。……確かに無表情だがな」
モーント王国は弱小国。にもかかわらず、世界の流通を握る立場に立ち続けている。それは我が国と|女神<セイレーン>の契約のお蔭だと知る者はモーント王国の直系のみ。
『モーント王家に黒き髪に黒き娘が生まれし時、その娘を決して害してはならぬ。類まれなる知識とあらゆる災厄を打ち払う身体を持つその娘が伴侶をきめし時が覚悟の時。伴侶の娘への扱い次第では世界に災厄が訪れる。娘の身体を貪り戦いに投じるならば我ら神が世界へ鉄槌をくだす。逆に、娘に愛情を与え慈しむならば世界に加護を与えよう。モーント王家はそれまで娘にあらゆる知識を、娘が求めるだけの力を与えよ。この世界の運命を握りし娘を預ける対価として、あらゆる知識を、魔法を、兵器を、娘の害にならぬものならばこの世に必要な全てを授けよう。それらを管理し、娘を育てるために癒しの力を有効に使い、世界の中央であり続けるのがモーント王国の役目』
もちろん、この伝承はアテナも跡取り娘として聞かされていたこと。そして、姉妹たちも当然ながらこの伝承を知っている。知らぬのは当の本人であるディア1人。しかし、そのディアは数日前に嫁いでいったーーあのツニャル大国へと。
「お父様、どうして彼の下へ?」
「もし、彼が娘の害になっていたならばとっくにあの国は滅びているはずだ」
「それは、確かに……」
「それに、娘があそこまで驚き叫ぶのを初めて見たからな。ああ、可愛かった……」
国王が珍しく呆けている。きっと思い出しているのだろう――その顏って一体どんな風だったのか。その場にいなかったことを心から悔しく思い、父を睨みつけていたアテナである。
現実に戻ってきた国王が書類を手にアテナといろいろとしゃべっていると、唐突に扉が開いた。息を切らした執事がぜぇぜぇと呼吸しながらも腰を折り、報告を口にする。
「失礼いたします、お嬢様、国王様!」
「一体何事だ」
「騒々しいですよ」
「一大事ゆえ、ご容赦ください。フレイア様が行方不明になりました! 机に書置きがあり、ディア様のところへ向かうから探すなと!」
「はぁっ!?」「な、なんだと……」
「早急にあちこちを調べていますが、これといった情報がありません。唯一外と繋がっている港を封鎖するように伝えましたが、間に合いますかどうか」
どうか、じゃない!!
「間に合わせなさいっ!」
「こうしてはおれぬ。これより緊急体制に切り替える! すべての村人を招集し、動かせ!」
「仰せのままにっ! なお、私も兵士として参りますゆえ」
「ああ、ここは気にするな!」
他国ではモーント王国には兵士はいないと言われている。が、実際は国民全体が役割をもっており、村人に擬態して暮らしているようなもの。緊急の時、いざという時、村人の顔を脱ぎ、兵士として、時には看護師として、医者として、隠密として、国のために動くことを親から叩き込まれ、その役割を次代へとまたつなげていくのがこの国の昔からのならわしであり、国民性でもある。
バタバタと消えていく執事を見送った国王はアテナに命じた。父からそう命じられるであろうことは予想できていたのですぐに頷いた。―――後から聞こえた愚痴は聞かなかったことにした。
「アテナよ、いますぐにツニャル王国へ向かえ! そしてディアと王太子殿下にお伝えするのだ。フレイアが……そちらにいくから気を付けよと。できるな?」
「もちろん、お受けします」
「フレイアは何故ああなのか……ディアと同じく扱いにくい娘であったが素直な分ディアの方がましであったな」
確かに王太子に会わなければと話し合ったけれど、こんなに早くは考えていなかった。だけれど、フレイアだと彼に何をするかわからない。今はディアが人質のようなものだから、あまり刺激しないでほしい。
――でなければ、あの伝承の通りになってしまうかもしれないのだから
モーント王国は海の女神であるセイレーンの守護せし国。その関係からか、王族の直系の娘は何らかの形で癒しの力を持って生まれてくるのが常だった。それがゆえに王族の娘たちは何代にもわたって『モーント王家の宝石箱』と呼ばれてきた。もっとも、今ではその言い伝えが歪み、ただ美しさを表す言葉となっている。ある意味で都合が良かったのか、歪みを放置した結果、そのまま今世までに至っている。今代においても娘達が力を持って生まれ、『モーント王家の宝石箱』の名を冠していた。
長女のアテナは毒を解除できる力を。
次女のアルテミスは歌で状態異常を治す力を。
三女フレイアは炎で呪いを払う力を
四女のセレスは歌で怪我を治す力を。
そして末娘のディアは……
そこまで考えて思考をとめたのは、ディアの笑顔が脳裏に浮かんだからだ。眉間に皺を寄せた国王は深いため息をついた。それを向かい側で見ていた跡取り娘であるアテナは同情の目を向けた。
「そんな顔をするのは……黒髪に黒目の娘が生まれた時以来ですわね、お父様」
黒い髪に黒目。この国ではそれほど珍しい色ではない。ただし、男に限ってだ。男性で黒髪に黒目は珍しくなく、国王も例外ではない。しかし、黒髪に黒目で生まれた娘はディアのみ。
「そう、だな。あの時は緊急的に会議を開いたものだ」
「色々相談した末に……国の縮小を決めたとおっしゃってらっしゃいましたね」
そうだと頷く。以前は取引を多くし、輸入や輸出も盛んだった我が国だが、ディアが生まれたのを機に少しずつ縮小へと方向転換を行った。少しでも国内で生活できるように。少しでも多くの被害がでないように。そして、あの子の見張りが簡単にできるようにーー。そして、何があろうともあの子を守ることができるようにと防御系に特化した国へと作り替えた。
「……幸い、ディアは読書と勉強が好きな娘であったから守りを固めるには困らない。それには心から安堵したものだ。だが、アレを狙う輩が現れないとは限らない。まさか昔から笑い飛ばしつつ耳にしていた伝承を笑えぬ時がくるとは思わなんだ」
アテナは国王らしくない言葉を吐いた父を笑わなかった。実際、10歳も年下の末っ子に関してはみんな甘いところがある。――いや、全員ではないな。たった一人だけ甘くない子がいた。
「それに、あの子は可愛いですからね……ちょっと無表情ですけれど」
「当然だ、我らの娘でありお前の妹だぞ。可愛くないはずがない。……確かに無表情だがな」
モーント王国は弱小国。にもかかわらず、世界の流通を握る立場に立ち続けている。それは我が国と|女神<セイレーン>の契約のお蔭だと知る者はモーント王国の直系のみ。
『モーント王家に黒き髪に黒き娘が生まれし時、その娘を決して害してはならぬ。類まれなる知識とあらゆる災厄を打ち払う身体を持つその娘が伴侶をきめし時が覚悟の時。伴侶の娘への扱い次第では世界に災厄が訪れる。娘の身体を貪り戦いに投じるならば我ら神が世界へ鉄槌をくだす。逆に、娘に愛情を与え慈しむならば世界に加護を与えよう。モーント王家はそれまで娘にあらゆる知識を、娘が求めるだけの力を与えよ。この世界の運命を握りし娘を預ける対価として、あらゆる知識を、魔法を、兵器を、娘の害にならぬものならばこの世に必要な全てを授けよう。それらを管理し、娘を育てるために癒しの力を有効に使い、世界の中央であり続けるのがモーント王国の役目』
もちろん、この伝承はアテナも跡取り娘として聞かされていたこと。そして、姉妹たちも当然ながらこの伝承を知っている。知らぬのは当の本人であるディア1人。しかし、そのディアは数日前に嫁いでいったーーあのツニャル大国へと。
「お父様、どうして彼の下へ?」
「もし、彼が娘の害になっていたならばとっくにあの国は滅びているはずだ」
「それは、確かに……」
「それに、娘があそこまで驚き叫ぶのを初めて見たからな。ああ、可愛かった……」
国王が珍しく呆けている。きっと思い出しているのだろう――その顏って一体どんな風だったのか。その場にいなかったことを心から悔しく思い、父を睨みつけていたアテナである。
現実に戻ってきた国王が書類を手にアテナといろいろとしゃべっていると、唐突に扉が開いた。息を切らした執事がぜぇぜぇと呼吸しながらも腰を折り、報告を口にする。
「失礼いたします、お嬢様、国王様!」
「一体何事だ」
「騒々しいですよ」
「一大事ゆえ、ご容赦ください。フレイア様が行方不明になりました! 机に書置きがあり、ディア様のところへ向かうから探すなと!」
「はぁっ!?」「な、なんだと……」
「早急にあちこちを調べていますが、これといった情報がありません。唯一外と繋がっている港を封鎖するように伝えましたが、間に合いますかどうか」
どうか、じゃない!!
「間に合わせなさいっ!」
「こうしてはおれぬ。これより緊急体制に切り替える! すべての村人を招集し、動かせ!」
「仰せのままにっ! なお、私も兵士として参りますゆえ」
「ああ、ここは気にするな!」
他国ではモーント王国には兵士はいないと言われている。が、実際は国民全体が役割をもっており、村人に擬態して暮らしているようなもの。緊急の時、いざという時、村人の顔を脱ぎ、兵士として、時には看護師として、医者として、隠密として、国のために動くことを親から叩き込まれ、その役割を次代へとまたつなげていくのがこの国の昔からのならわしであり、国民性でもある。
バタバタと消えていく執事を見送った国王はアテナに命じた。父からそう命じられるであろうことは予想できていたのですぐに頷いた。―――後から聞こえた愚痴は聞かなかったことにした。
「アテナよ、いますぐにツニャル王国へ向かえ! そしてディアと王太子殿下にお伝えするのだ。フレイアが……そちらにいくから気を付けよと。できるな?」
「もちろん、お受けします」
「フレイアは何故ああなのか……ディアと同じく扱いにくい娘であったが素直な分ディアの方がましであったな」
確かに王太子に会わなければと話し合ったけれど、こんなに早くは考えていなかった。だけれど、フレイアだと彼に何をするかわからない。今はディアが人質のようなものだから、あまり刺激しないでほしい。
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