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鬼人族のメンバーの恋
【巳編】捻れた好き*13*
しおりを挟むひたすら走った。
坂道を、小川が流れる細道を、そして、交差点を。
「・・・・っ・・・」
ここまでくれば追いかけはしないだろう。
事実、後ろを振り返っても誰もいない。すれ違う人が、眉をひそめて通り過ぎるだけ。
汗をぬぐいながら、呼吸を整えた。
辺りを見回すと、公園が見えたので、座る場所を求めて噴水広場へと向かった。
噴水前のベンチに座って、ようやく一息つけた。
思い出すのは、キスされた時の感触。
それから、錦蛇君の告白。
「・・・・・・・笑えない」
そもそも、何の冗談だ。錦蛇君・・・あれ、錦蛇君?いやいや、もうキス魔でいいよね?
・・・とにかく、義理の兄だと認識していたのに、その人は私のことを好きだって。
冗談だよね?
でも、冗談でキスを何度もできるわけないし・・・多分・・・。
・・・・でも、もし・・・それが本気で言っているとしたら。
「・・・どうしよう、家に帰りにくい」
困って頭を抱えたその時、声がかかった。
「・・・やっぱり。朱莉、やっぱり、巳園ちゃんだよ。どうしたのさ、こんなところで?」
「奈津!あんた、泣いているじゃん、どうしたの!?何があったの!?」
・・・・顔を見上げると、親友・・・と、彼氏が覗き込んできていた。
思わず、潤んだ目で、朱莉に抱きついたのは当然だと思って欲しい。朱莉も驚いたのか、なんとか私を宥めようと背中をさすってくれた。
「・・・・・というわけで。」
「ああ、そう・・・・やっとアイツ、あんたに告ったのね・・・」
「とはいえ、やり方がかなりアレだったみたいだけれど・・・朱莉、巳園ちゃんの彼って水族館で会った奴だろ?」
「・・・・え、猿渡君のことですか?」
「違うよ、君の言う・・・えーと、錦蛇クンだっけ、ソイツの方だよ。そうだよね、朱莉?」
「そーよ。アイツ、やり方をほんと間違えまくってるよね」
「ま、待って、朱莉、どういうこと・・・・せ、説明してよ?!」
頭が追い付かない。朱莉の肩を揺さぶると、ショウガナイとばかりに、あの時のWデートに錦蛇君が後を付けていたことを話してくれた。
(あ、だから、猿渡君が辺りを必死に気にして見まわしていたんだ!)
あの時の行動にようやく納得がいった。
でも、だからといって猿渡君が怯える理由はないのでは?
「・・・いやぁ、男の嫉妬ってスゴイからね」
「嫉妬・・・ということは、錦蛇君が、猿渡君に嫉妬していたと。それって!!」
「奈津、分かってると思うけれど、そういう逃げは止めなね。現実逃避しても変わんないから」
「ほんと、朱莉はシビアだよね。うん、解ってるよ。朱莉の言う通りなんだけれどさ・・・」
わずかな希望でBLの方向に考えていたのに、朱莉によって遮断された。
さすがは朱莉。ほんとに私のことを一番に考えてくれていることがよくわかる。
でも、でも・・・・現実逃避したくなる私の気持ちもわかってよ・・・!
「うん、解ってるからこそ、言うのよ」
・・・・あれ?
何電話しているの?
え、どこに?あの、いやな予感しかないんですけれど?
あの、彼氏さんっ、止めてください、朱莉を!!え、無理?
それ、のろけですよね、ええ、解ってるんで止めてくださいぃいいい!!
「朱莉っ、誰に電話を!!!」
「あーもー、解ってるんでしょうが。あ、やっと出た・・・・何よ、その不機嫌な声は」
『・・・・・お前にかまってる暇はないんだよ。こっちは探し人でいそが・・・』「あんたが奈津を泣かさなきゃ私もあんたに電話なんて必要なかったんだけれどね?」
『彼女はどこ?』
「あんたの代わり身の速さは見習いたいところね。駅近くの公園よ。一時間以内に、奈津の大好物を厳選して10個持ってきなさい。それで、誠意を見せることね。そうすれば彼女は泣き止むわ」
『解った』
朱莉がスマホをしまう様子を見ていた奈津は唖然としていた。
「朱莉・・・こっちは会いたくないんだけれど」
「奈津」
いつになく真剣な朱莉の声に固まる。目の前にいた朱莉に笑いは一切なかった。
「あたしはあんたの親友よ。だからこそ、知ってる。あんたが逃げようとしているのは、彼の気持ちからじゃない。彼についてくる付録よね」
「朱莉ちゃん・・・」
「あんたがちゃん付けする時って、大概が弱っている時なのよね。はぁ。あんたのトラウマがかなりひどいのは知ってるわよ」
どういうことなの?と間に入ってくる朱莉の彼氏。朱莉はこっちに目配せしながら、ため息をついた。
「奈津には現役アイドルのいとこがいるの。中学校の時にね、その彼と同じクラスになった奈津は、彼の取り巻きやファンからヒドイいじめを受けたの。恋愛感情なんてなかったにも関わらず、思い込みの激しい馬鹿どもには通じなかった」
「うげぇ、えげつない」
「だから、奈津は少し遠い学校を選んだの。いとこの厄介ごとに巻き込まれたくなかったから」
「なるほど。錦蛇君は人気者だから、同じことになるかもって心配があるんだ」
「そ。それこそが、奈津が自分の気持ちを否定している最大の原因。どうよ、間違ってる?」
・・・・間違ってないよ。
言葉にできなかった奈津は首を振った。
朱莉ちゃんは気づいていた。
ずっとずっと戸惑いながらも、隠していた私の気持ちに。
・・・・嫌いなはずないよ。
でもね。
嫌われたほうがまだ楽なの。
だから、ほっとしたところもあるの。名前を変えないって言われた時、寂しさと同時に嬉しさもあった。
認めないほうが楽なの。
だって、認めてしまったら、面倒なんだもの。こんな気持ちを抱えていても、周りにきっと否定される。
・・・錦蛇君って呼ぶほうが楽なのは、周りが私を敵認定しないから。
彼をお兄ちゃんと思っているほうが精神的にはよほど楽。
楽なほうへ
楽なほうに
捻れていない楽な道を行きたいの。
そのほうが傷つかなくてすむでしょう?
「確かに間違ってない。誰だって楽なほうを選ぶわ。でも、本当にそれでいいの?あんただって、本当はいいわけないってわかってんでしょうがっ!」
「うっ・・・・」
珍しく声を荒げた朱莉の勢いに、奈津は震えた。
その様子を見ても、朱莉や彼は動こうとしない。この程度で奈津が泣くとは思っていないから。
「ねぇ、奈津。あたしはあんたの親友よ。何があろうとも、あんたを全部受け止める。あんたが間違っていたら怒るし、あんたが違うって言ったらあたしも受け入れる。でもさ、あんたが抱えている思いはさ、楽なほうへ行っても消えないし、余計に苦しくなるだけよ」
余計に
朱莉の言葉が、一言一言が重い。
奈津も、心の中で朱莉の言うとおりだとはわかっていた。だからこそ、奈津は唇をかみしめた。
(・・・・・苦しい・・・・ああ、そうか。やっとわかった。)
ずっと感じていた不可解な気持ち。
ゆらゆらとゆれて言葉にならないこの気持ちはなんなのか。
(これは・・・この気持ちは。)
気付けば、奈津は地面をただ眺めて立っていた。
朱莉も彼も何一つ口を挟まず見守ってくれているのは、私が答えを出すのをわかっているからだろうか。。
「あ、いたいた。翔、こっちだー」
猿渡君の声を聞いた朱莉は彼に向かって話しかけていた。
「・・・邪魔者がきちゃったわね。私たちで引きはがしていい?」
「はいはい。従いますよ、俺のお姫様の仰せの通りに~」
文句を言うでもなく、彼女の言うとおりに彼は動いた。近くなってくる猿渡を見つけ、即座にUターンさせている。
「えっ?えええ?」
「猿渡、ここからさきは二人きりにさせたほうがいいわ。あんたは邪魔」
「という、お姫様のお達しだ。さ、行こうか」
猿渡がずるずると引きずられているところに彼が立ち止まって唖然としていた。
「・・・あれ、何なの?」
「さぁ・・・わかんない」
心の奥でカチリと音がする。
ずっと考えないようにしていたこの気持ちがあふれ出す
楽なほうへいけばいい
そう思っていたからこそ、ふたをしていた。
でも、もう止まらない。止められない。
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