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彼女の変化に一喜一憂(八尋目線)
しおりを挟む最近、香帆がなんというか・・・ちょっとプラス思考になってきているような気がする。
事実、今日も香帆から一緒に帰りませんかと誘われた。傍にいた小娘(=莉里)と隆(=虎矢)も唖然と口を開きっぱなしだった。
一瞬固まったが、慌てて縦に振って返事をしたのは、香帆がやっぱりやめようと言い出そうとしていたからだ。
とにかく、今の俺の気分はまさに天国に昇るような気分・・・いや、まだ死ぬつもりはないけどね?ないったら、ないよっ!!
(愛する香帆が、初めて自分から誘ってくれた―――!?)
「・・・八尋先輩?」
「あ、ううんっ、何でもないヨ~・・・というか、珍しいよね、香帆から一緒に帰ろうって」
「えっと・・・・めいわ・・・」
「じゃないっ、寧ろ嬉しいんだけれど・・・けど、バイト行かなくて良いのー?」
「ハイ。ここ最近働きづめでしたし・・・いっぺん行ってみたかったんですよね」
「へ、ど、どこへデスカ?」
「帰りに二人きりで寄り道とか・・・なんていうか、二人の時間を作るみたいなこと・・・なかなかなかったですし・・・・うん、それに行きたいところがあるんですよ」
(・・・あれ、初めてじゃ、ないや。ずっと前に、こんな風に誘われたことがあるような・・・。)
デジャヴ・・・と思ったその時、思いだしたくなかった過去の一つ(オィ)が、脳裏に浮かんだ。
そうだった、アレはハロウィンに告白してから、少しした後のことだった。
あの時もこうやって、香帆に一緒に帰ろうと誘われて・・・。
「嬉しいな~香帆から誘ってくれるなんてっ♪」
「まぁ、たまにはと思って・・・あ、龍野先輩、あそこです、あそこのクレープ、美味しいんですよ!!」
「香帆、香帆―そこは、八尋ね。はい、もう一度っ!!」
「えっと・・・たつ・・・」
「香帆?」
「や、ひろ先輩」
「・・・先輩はいらないけれど・・ま、いいかぁ・・・今度は呼び捨てできるように頑張ろうな」
「・・・う・・・は、ハイ」
小声ながらも名前を呼んでくれた香帆に萌えて、よしよしと頭を撫でたっけ。
そして、香帆をクレープ屋へと連れて行って、一緒に注文したんだわ。香帆が嬉しそうだったの、今でも覚えているもん。
よっぽど、クレープ食べたかったんだなぁって思えるほど、にこにこしていたし。
至福の時間だったな・・・その後、元カノが彼と一緒にやってこなければ、永遠に幸せに浸っていられたものを。
(そうだよ、あの元カノが来なきゃな・・・・今思えば、あの時会話せずに逃げるべきだった。)
「あら、八尋じゃーんっ!!!」
「げっ」
「おいおい、亜紀。こいつ誰よ?」
「こっちは鬼人族の総長の八尋よ。元彼の。こっちは今の彼の満男ね。・・・あら、八尋にしては可愛らしい子を連れているわね。妹さん?」
「彼女に決まってるデショ」
「あら・・・今度は、純情な子を選んだのねぇ。ふーん・・・お嬢ちゃん、すぐに飽きられるでしょうけれど、八尋は色々とスゴイから、つかの間の時間を楽しみなさいな」
「おいっ!?」
「・・・・・・・・・・」
「ああもう、満男ってば。じゃあ、またねっ!!」
「二度と会わねーよ、ぼけぇっ!!!あ、あれ?香帆・・どこ・・・香帆――――――っ!?」
そうだよ・・・・あの時気づいたら、香帆がいなくなってて。慌てて店を出たら、すでに家の方向に走っていく後ろ姿が小さくなって。
慌てて追いかけようとしたけれど、人混みに紛れて見えなくなってしまって。
次の日に謝った時に、香帆は気にしていないと言っていたけれど、その日から、香帆から話しかけられることがバッタリと無くなって。
SNSの返事もなんだか・・・短くなっていって、必要があるときだけにしか返事をしなくなって。
別れは告げられなかったけれど、なんだか、香帆が一気に遠くに感じてしまった。
(・・・そうだよ、あの時からだ。香帆が離れて行かないかってすごく不安になったのは。)
代わりに、俺が二人でって誘っても、香帆が、小娘や隆を誘って帰ることが増えて・・・。
2人で帰る時があっても、香帆がバイトを入れてたりとか、俺がアジトへ行かなきゃいけなくて、寄り道ができなかったり・・・そうこうしている内に、帰りに2人で遊ぶという選択肢がなくなった。
ちなみに、その時から、八尋先輩という呼び方がガッチリと固定されたことは言うまでもない。
SNSをせっせと送り続けたお蔭か、付き合う前のように会話ができるまでには戻っていたけれど、やっぱり必要な時以外は「そうですね。おやすみなさい。」で終わることが・・・・。
(本当、大変だった・・・。あれ、涙が・・・いや、これは汗なの。違う、汗ったら汗なのよ―――!!!)
気づけば、汗びっしょりになっていた。
嫌な過去を思い出してしまったとばかりに八尋は首を振る。香帆はきょとんとしているが、八尋自身は不安で仕方がないのだ。
(折角、香帆が近くなったと感じたのに、またあの時みたいに、遠く感じてしまうのは嫌だ。)
衣替えで、半袖になっていたことが幸いだった。腕で汗をぬぐいながら、香帆に恐る恐る聞いた。
「か、香帆・・・・ほっんとうに大丈夫?まさか、これ、別れる前兆と言わないよね・・・?」
「うーん、クレープとどっちにするか迷ったんですが、やっぱり、あそこにしましょう」
「あ、あそこって?」
「大丈夫です、先輩も良く知ってるところですし、今回は私が払いますから」
「え、え???」
珍しく、香帆に引っ張られて歩いている八尋の脳みそは予想を超えてパニック状態になっていた。
そして、我に返った時、八尋は何故かテーブルで、香帆と向かい合わせに座っていた。
「か、香帆さん・・・っ・・・怒ってないよね?怒ってるの?ねぇええええ?」
八尋が小声になっているのは、この店をよく知っているだけに、後ろめたい気持ちが大きいからだ。しかし、香帆は気にした様子もなく、サクサクと注文していた。
「あ、八尋先輩の好きなエビチリも注文しましょうね♪」
「・・・・ハイ。」
「注文は以上で。でも、良かったですね、八尋先輩のいつもの席が空いていて」
「香帆ぉ」
この時ばかりは、にこにことしている香帆の笑顔が怖い。だって、この店は・・・・『Perfume』。
つまり、香帆の兄の店であり、八尋が数々の浮き名を流し、黒歴史を作ってきた店でもある。
しかも、香帆にとっては、バイト先でもあったので、八尋の黒歴史も当然知っているはず。にも、拘わらず、香帆はここに連れてきた。きっと何らかの意味を持って。
そう考えていた八尋にとっては、今の香帆のテンションは恐怖の対象でしかなかった。
(俺がよりによって、一番いちゃこらしていたこの店を何故、選んだの―ッ!!!!香帆のことだから、嫌がらせではないと・・思いたい。思いたいけれどっ・・・・やっぱり、俺何かしたのかなっ?!やばい、前にマスターに言われたことが、当たりそうで怖いっ!!)
『もし、お前が別れを告げられるんだったら確実に、『Perfume』で決まりだよな』
(ひぃいいいい、志帆さぁあああんっ、俺、マジで過去に行きたいよう!!!いや、志帆さんでもいいから、過去に行って俺をぶん殴ってきてぇええええ!!!!)
・・・と、脳内で志帆に助けを求めるほど、パニックになっていた八尋だが、表面上は少し困っている顔を見せているだけで、そこまで大きな変化はない。しかし、緊張を読み取ったのか、香帆は心配そうに尋ねてくる。
「どうしました、先輩?」
「あのー、夕食を一緒に食べれるのは嬉しいんだけれど・・・・どうしてこの店を?」
「え、先輩と一緒に行ってみたかったからですけれど・・・一回は行ってみたいなって思ってたんですけど、ちょっと遠慮していたんですよね。でも、もういいかなって思ったので」
「えーと、えーと、そのもういいって言うのは、諦めたっていう意味でデスカ?」
「違いますよー、何を言ってるんですか、先輩は」
ヘンな先輩ですねーと呟いて笑っている香帆を見ると、余計に申し訳なさが募るのは何故だろうか。
(・・・第一、俺ここで女の子と向かい合ったことなんてないし)
「そういえば、先輩はいつも横に女の人がいましたよね」
「か、香帆ッ・・・た、タイムリーなとこで・・・それを…何故・・・」
「純粋に聞きますけれど、あれって、やっぱりそういうことのためですか?」
「香帆・・・・あの、その・・・そういうことはその、ですね、香帆様の口から出ていい言葉じゃないのでぇ」
「あ、やっぱりそういうことですか。ごめんなさい、そこまでは恥ずかしくて真似できないし、したくありません」
「しなくていいっ、しなくていいからッ!!!!!」
(第一、香帆に、元カノどもと同じ行為は求めてないのーーーっ!!!あいつらと違って、ピュアな香帆だからこそ、俺の欲望を抑え込んでるのよーっ!!!!!)
「あ、来ましたよ。ん、やっぱりお兄ちゃんの料理は美味しいですよね」
「そ、そーですね」
(はっ、コレは俺ヘの罰っ?もしや、ちゃんと料理を食べろということで、志帆さんから?)
もし、そうであれば、まだ救いはあるかも!と前向きになりかけた八尋は食事に手を付けだした。しばらく食事を楽しんでいると、香帆を探す声が聞こえた。その声の主を見ると、八尋も良く知る人物だった。
「どこだ・・・・あっ、いた、いた。香帆に八尋クン!!」
「あ、お兄ちゃん」
「志帆さん、こ、こんばんはっす」
「おうよ、まさか客としてくるとは。いや嬉しいんだが、一体いきなりどうしたんだ?」
「へ?し、志帆さんも知らなかった・・・んすか?」
「そりゃそうだろ、俺はここで働きっぱなしだぜ。連絡を貰う余裕もねえっつーの。で、どうした?」
「八尋先輩の彼女として、ココに来てみたかっただけですよ」
食べている間にも、兄である志帆に対してさらりと返している香帆。
(あ、エビチリを食べてる香帆、可愛いー。ちろっとみえる舌がたまんないっすわ・・・キスしてぇ・・・。いや、いかんだろ、俺。ここでやってしまったらまた黒歴史ができてしまう・・・!!)
ぼんやりと眺めていると、はっとしたように眉間に皺を寄せた志帆の顔がこっちの方を向いてきた。いきなり凶悪な顔つきで、殺気をビシバシぶつけてくる志帆に対して、八尋は必死に弁解していた。
当然ながら、香帆に対するアピールも含まれているのは言わずもがな。
「へー物好きだな・・・はっ、八尋クン!まさか、ここで過去と同じ行為を!?」
「しない、するわけないっす、絶対にしませんよっ!!!!!!!」
「いや、前科がありまくりだろうが、お前の場合は。太い客だからこそ、立ち入り禁止になっていないだけで」
「少なくとも、リニューアルしたこの八尋、香帆フェチ第一者としての名誉にかけて、ぜぇってぇえええええ、愚行など犯さないと誓いますよっ!なんなら、血判状でも、誓約書でも書きますっ―のっ!!」
「それならよいけれどよ・・・あ、八尋クン、ちゃんと香帆を送って行けよ」
「了解です。ああもう・・・香帆、聞いてる?ねー?」
まだ言い足りないという顔をしている志帆だったが、厨房からお呼びがかかったようで、渋々と離れて行った。見送った八尋とは違い、香帆は兄をスルーしたまま、食事を堪能していた。
「ああ、美味しかったです」
「・・・香帆、本当に俺払わなくてもいいの?俺の分ぐらい支払えるよ?」
「今日は、私の我儘できたんですし、ちゃんと全額負担しますよー。大丈夫です、八尋先輩に払ってもらうほど図太くないんで」
「いや、香帆は貪欲じゃないし・・・むしろ、どんどん奢ったっていいぐらいよ?」
「・・・私は、八尋と対等の彼女でいたいんですよ。あまり、甘やかさないでください」
呆れたような声で笑う香帆に、八尋は何かを言おうとして、固まった。
(あれ・・・・今、先輩ってつけて呼んだっけ・・・?)
「やっぱり、まだ、先輩を付ける方が言いやすいですね。うーん、いきなり全部は、さすがにできませんしね。よし、帰りましょう」
固まった八尋の腕をこれまた、来た時と同じように引っ張っていく香帆。
引っ張られていくうちに、ようやく、名前を呼ばれたと気づいた八尋は顔を真っ赤に染めた。
(今、今言ったよねっ!?『八尋』って・・・・!!あの香帆が!?)
「か、か、香帆っ・・・名前っ、今、名前呼んだよね?呼び捨てたよね!?」
「・・・・気のせいですよ。うん、気のせいです」
「お願いだから、もう一回!もう一回だけ、言ってぇえええええ!!」
「嫌ですよ・・・八尋先輩」
照れからか、手を外して先に行こうとしている香帆を慌てて追いかけた。
すぐに追いついて必死に懇願するも、その日は結局、呼んでくれなかった。香帆を家まで送り届けて、アジトに行った八尋は機嫌がよく、テンションMAXだった。
(結局、何かなんだかわからなかったけれど、別れ話じゃなかった!!!それだけはすっごくホッとしたよう!!)
「ふっふっ、今の俺なら、どんどこいやってカンジだわー世界征服だって夢じゃねえよなっ!」
「おーい、八尋、香帆ちゃんから聞いた?」
「・・・・・・ふへ、な、何を?」
「今度、俺ら四人で遊園地に行って、Wデートするって話」
「・・・・・・・え?」
「あ、まだ聞いてなかったのか。じゃあ、また香帆ちゃんに聞いて都合の良い日確認しておいて」
「なにソレなにソレ、俺全く聞いてないよッ――――!?今日ずっと一緒だったのにぃいいっ!?」
「・・・・もしかして、そのデートで別れ話とか」
「いやだああああそんな、不吉なことfきいfsks!!!香帆、香帆に連絡っ、連絡――!!」
「・・・・なんだか、天国から地獄ってカンジだな・・・・まあ、ガンバレや」
スマホと格闘を始めた八尋を余所に、副総長である虎矢は、総長をスルーして、恒例の幹部達との会議を進めだした。
慌てる八尋を見た幹部達から質問が飛ぶが、心優しい副総長はにっこりと微笑んでたった一言だけ告げた。もちろん、すぐに八尋の反論が返ってきたことは言うまでもない。
「別れ話になるかもしれない危機だからほっておいてやって」
「んなわけあるか!!!俺と香帆の愛は永久不滅なのっ!!!」
「でも、今日は志帆さんの店に行ったんだろう?」
「そうだけれど」
「それって、香帆ちゃんなりのケジメかなんかじゃないの?つまり、今までできなかったことをやって綺麗におわらせようみたいな」
「ははは、そんなわけないっしょ・・・・・・・香帆に聞くっ!!!!」
「まぁいいけれど、香帆ちゃんはもう寝ている時間じゃないの?ほら、夜の12時だし」
もっともな言葉に、八尋は首をロボットの様に動かした後・・・崩れ落ちた。
「・・・・・・・・・・俺ってこんなオチばっか・・・・・!!!」
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