喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

文字の大きさ
上 下
10 / 12
番外編

マダムの優雅なカフェの一時(マスター話番外編)

しおりを挟む







皆様、ごきげんよう。
わたくしは今日もお友達と一緒にこのカフェに愛用のコップを持って訪問しておりますの。このお店には先々代の佐野輪様が経営されていたころから、ずっと通っていますが、相変わらず居心地の良いところですわ。
珈琲を専門としている店なのですが、先々代が愛する奥様のためにと、一種類の紅茶とアップルパイをこっそりとメニューに残しているところがこれまたにくいところですわね。
ちなみに、このアップルパイは私たちの中でも人気のあるデザートですわ。

今は三代目のマスターが店のマスターを引き継いでいるのだけれど、この子がまた面白いこと。
姫子様もいろいろ面白かったけれど、この子はそれ以上ですわね。

「いらっしゃいませ、マダム。今日はマイセンですか」
「ええ。この花柄が気に入ってね」
「素晴らしい薔薇柄だ。では、今日はこちらの豆を使いましょうか」
「ええ、お願いするわ」

・・・造詣にも深い方でね、若いのに大したものですわ。
ちなみに、マイコップを持参しているのは、わたくしがそそっかしく、何度もこちらのコップを割ってしまうからです。それでは申し訳ないとこちらから持ってくるようになりました。

それはそうと、マスターの見た目は黒髪のベリーショットに黒い瞳。どことなく、雰囲気が先々代によく似ておられるわ。血筋を考えれば当然なのだけれど・・・ここにいる時はウェイターの恰好でズボンをはいているからか、男と間違われがちですわね。
まぁ・・・本人がそれを狙っている節があるので、苦言は申しませんけれども・・・ちょっともったいないと思うときはありますわ・・・。

「大変なのだ、倫!!!」
「・・・光、うるさい。マダム達の迷惑になるだろう」
「む、す、すまぬ・・・そ、それはそうと、レポート提出の締め切りが明日に早まったのだが、どうするつもりじゃ?」
「は?一週間後じゃなかったの?」
「教授が海外旅行に行かれるとかで」
「あんの教授がっ・・・・!!!!」
「倫、落ち着いて~っ! ほら、ほら、ハイジがびっくりしているからねっ?」

わなわなと震えだしたマスターを宥める美少女を眺めた私たちは遠い目になった。
誰もが思っただろう・・・この二人、性別が逆のくせに、見た目を裏切らないと。

倫と呼ばれているマスターは、佐野倫様のお孫さんで、本名は倫姫とおっしゃる。
ボーイッシュな姿だが、完全なる女性だ。
そして、そのマスターを宥めている人は、市松光という方。
見た目はスカートをはいている美少女ですが、性別はれっきとした男性・・・・。極まれに男として来る時があり、その時に正体を知った時、絶叫したぐらい。本当に今の時代は変化しているものですわね。
なんというのだったかしら・・・ああ、そうそう、男の娘というらしいですわ。
口調はこの素っ頓狂なものが本来のものなのかわかりませんが、この店ではこういうしゃべり方をしていますわね。
まぁ、この店の近くに潜む愚か者たちへの対策なのでしょうが・・・もったいないこと。
2人とも大学院に通っていて、マスターは市松様に代理を頼むことが多いとか。
ちなみに、ハイジは最近飼われた猫ですわね。
今や、この店の看板猫として人気を集めているのですが、それはまた別の話ですわ。
ハイジは眠いようで、窓際で寝ていますし。

お友達と珈琲を飲んでいる内に、マスターと市松様の会話が終わりました。
市松様が出ていった後に話を聞いてみると、資料を持ってくるためにいったん家に戻られたとのこと。

「そういえば、一緒に住んでおいでだったわね」
「ええ。こういう時は便利だなぁと思いますよ。・・・はい、お待たせいたしました」
「ありがとう。まぁ、美味しいわ」
「ありがとうございます。今日もお友達と内緒話ですか?」
「うふふ、わたくし達はここでしかおしゃべりできませんもの。」
「重々存じておりますよ。お邪魔はしませんので、どうぞ、ごゆるりと」
「おほほ、ありがとう」

にっこりと微笑を見せてからカウンターの方へ向かったマスター。
彼女を見ていると、昔を思い出す。

「・・・はぁ、懐かしいですわね」
「あら、珍しく思い出にふけっておいでなのね」
「そうなのよ。藍様を思い出したせいかしらね・・・」
「あはは、懐かしい名前が出てきたわ!! そういえば、マスターは藍様にも似ていらっしゃるわね。ちょっと天然っぽいところとか。わたし、今でも彼女の前で元彼をひっぱたいたことを覚えていてよ」
「わたくしもですわ。マスターがさらっと元カレの悪事をばらす横で、藍様がきょとんと立っていらしたわ。うふふ、懐かしい・・・もう結構前のことよね」
「もう彼女はこの世にいないものね。そう考えると、私たちも年を取ったものだわ。あの頃を考えれば、私たちが、まさかこのカフェで集まるようになるだなんて思いもしなかったわ。佐野様・・いえ、先々代マスターの声かけがなければ集まろうとは思いもしませんでしたけれど」
「ええ。私たちの内緒話もその時から始まりましたわね・・・」

懐かしい会話に花が咲く。きゃきゃっと笑いあう私たちの手はもうしわだらけで、肌も衰えた。
それでも、笑顔だけは忘れまいと心掛けている。
それは、懐かしい彼女・・・藍様に教えていただいたことだから。
藍様の死をきっかけに、落ち込んだ先々代に成り代わって娘の姫子様がカウンターに立ったあの時、わたくし達は決めた。

わたくし達のやり方でこのお店を守ろうと。
色々話し合って、やっぱりこのカフェに地道に通うことが大事だろうということになった。
その時以来ずっとこのカフェを見守ってきた。

「・・・この珈琲もようやく、カフェの味になりましたわね」
「ええ。最初は飲めたものではなかったけれど・・・成長されたものですわね」

倫様もいろいろとあった。最初から完璧なわけではなかった。
それでも、一歩ずつ彼女は学んで、カフェの味を覚えようとしたし、引き継ぎにも必死に取り組んでいた。

「でも、アップルパイはもう少しですわねぇ」
「これでも十分美味しいけれど、やはり先々代の味には負けますわ」
「それはしょうがないですわ。何しろ、藍様のためにおつくりになったものよ?」

アップルパイもこの店のレシピを使って作っているが、先々代にはまだまだ負ける。それは無理もないこと。
たった一人のためだけに捧げられたアップルパイはこのカフェの客に出すのとまた意味合いが異なるのですしね。
それでも、藍様がおいしいといわれた味は私たちにとっても懐かしい思い出。
ですから、私たちは時折、このアップルパイを無償に食べたくなってしまいますの。

「ああ、食べたくなりましたわね。」
「ええ。ひとまず食べましょうよ。マスター、アップルパイを3人分いただけるかしら?」
「はーい、少しおまちくださーい」

注文を頼むと、カウンターから遠い返事があった。大丈夫そうなので、満足して会話に戻ることにする。

「今のマスターが、先々代が作られるようなアップルパイを作れるようになるのはいつになるかしらね」
「あら、そう遠くないと私は思っていてよ。あの市松様との関係を思えば。如何かしら?」
「そうね、わたくしもそう思うわ」
「・・・昔は姫子様や嵐さんも、先々代の後をついてお手伝いしていらしたわねぇ。いつか、またあの光景を見られるかしら」
「見られるに決まっているでしょう。わたくし達はひ孫の代まで見届けて、いずれはあの世で藍様に報告しなければなりませんのよ?」
「そうよ、そうよ」

友人とともに笑いあうわたくし達は机に出されたアップルパイを食べながら、彼女を想う。
温かいアップルパイを一口かみしめるたびに、リンゴの味が口の中に広がってゆく。
その味は懐かしい一コマを思い出させる。
カウンターを見れば、温かな家族が目の前に浮かび上がるかのよう。

丁度あの日のように。

『藍、アップルパイは逃げないから落ち着いて食べな?』
『だって、また病院にしばらく入院するんだもん。今のうちに食べて、輪の味を覚えておかないと!』
『心配しなくてもまた差し入れしてやるから。ほら、姫子や嵐も心配してるぞ?』
『無理はしないでね?』
『大丈夫よ。お母さんは頑張るからね!絶対完治して、このカフェにもう一度通うんだから!』
『うん、頑張って、お母様!!』

・・・その会話を最後にもう彼女は現れなかったけれど、このカフェは今も続いている。

先々代の輪様が社長になった時は姫子様がこのお店を守っていらした。
そして、姫子様の次は、倫姫様が。

・・・いつか、わたくし達もこの店から去らなければいけない時が来るだろう。
それまでに仲間たちを集めておかなくては。
先々代マスターと藍様のために、そして、このカフェのために。

だから、わたくし達は今日もこのカフェで一時を過ごす。

「まぁ、もうこんな時間に」
「さぁ、今日のお茶会はお開きね。また明日」
「ええ、それではお先にごきげんよう」
「ごきげんよう」

立ち上がって、扉の方へいくと、マスターがレジでお釣りを渡してくれた。

「今日もありがとうございました」
「今日もおいしゅうございましたわ、また明日」
「・・・はい、また明日お待ちしております」

一礼して外に出ると、目の前には一台の車。
迎えがちょうど来ていたようで執事が立っていた。
ゆっくりと階段を降りながら思い出したのは、さっきのマスターの笑顔。


ふんわりと笑ったあの子の笑顔はやはり、藍様とよく似ておいでだった。


『また明日』

ええ、また明日集まりましょう。
そして優雅な一時を繰り返しましょう、あの日々を懐かしみながら。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

君は妾の子だから、次男がちょうどいい

月山 歩
恋愛
侯爵家のマリアは婚約中だが、彼は王都に住み、彼女は片田舎で遠いため会ったことはなかった。でもある時、マリアは妾の子であると知られる。そんな娘は大事な子息とは結婚させられないと、病気療養中の次男との婚約に一方的に変えさせられる。そして次の日には、迎えの馬車がやって来た。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

彼を追いかける事に疲れたので、諦める事にしました

Karamimi
恋愛
貴族学院2年、伯爵令嬢のアンリには、大好きな人がいる。それは1学年上の侯爵令息、エディソン様だ。そんな彼に振り向いて欲しくて、必死に努力してきたけれど、一向に振り向いてくれない。 どれどころか、最近では迷惑そうにあしらわれる始末。さらに同じ侯爵令嬢、ネリア様との婚約も、近々結ぶとの噂も… これはもうダメね、ここらが潮時なのかもしれない… そんな思いから彼を諦める事を決意したのだが… 5万文字ちょっとの短めのお話で、テンポも早めです。 よろしくお願いしますm(__)m

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

【完結】婚約破棄されたので隠居しようとしたら、冷徹宰相の寵愛から逃げられません

21時完結
恋愛
「君との婚約は破棄する。新しい婚約者を迎えることにした」 社交界では目立たない公爵令嬢・エレノアは、王太子から突然の婚約破棄を告げられた。 しかもその理由は、「本当に愛する女性を見つけたから」――つまり、私ではなく別の令嬢を選んだということ。 (まあ、王太子妃になる気なんてなかったし、これで自由ね) 厄介な宮廷生活ともおさらば! 私は静かな領地で、のんびりと隠居生活を送るつもりだった。 ……しかし、そんな私の前に現れたのは、王国宰相・ヴィンセント。 冷酷無慈悲と恐れられ、王宮で最も権力を持つ彼が、なぜか私のもとを訪ねてきた。 「エレノア、君を手に入れるために長く待った。……これでようやく、俺のものになるな」 ――は? ちょっと待ってください。 「待ってました」とばかりに冷酷な宰相閣下に執着されてしまった!? 「君が消えてしまう前に、婚約破棄は阻止しておくべきだったな」 「王太子に渡すつもりは最初からなかった。これからは、俺の妻として生きてもらう」 「逃げる? ……君は俺から逃げられないよ」 私はただ田舎で静かに暮らしたいだけなのに、なぜか冷徹宰相の執着から逃げられません――!?

処理中です...