喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

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マスターと光の関わり⑤

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「・・・あれ、家に帰ってきた記憶がない?」


いつの間にか布団にくるまって寝ていた自分にびっくりする。
むくりと起き上がってみれば、それは見慣れた自分の部屋。

(お店にいたはずなのだが、もしや、光がつれてきてくれたのだろうか?)

なんていうことを考えていたらあたりだったようで、ひょっこりと光が顔を出してきた。手にフライパンを持っていることから、朝ご飯を作っていたのだろう。光の足元にはハイジ

「おお、起きたか」
「あ、おかえりなさい。あれ、ハイジもいる」
「うむ。お主をおんぶして帰ろうとしたら後ろをついてきてな」

倫がベッドから降りようとするとハイジが足元にすり寄ってきた。ハイジを抱き上げた倫は立ち上がって光の後をついていった。

「やっぱりハイジは賢いよね・・・あ、ごめんごめん」
「そろそろ朝ご飯が出来上がるゆえ、座っておくれ」
「はーい。いこっか、ハイジ」

倫は机の下で餌を咀嚼しているハイジを見ながら、口を開いた。

「で、母様は何だって?」
「姫子様というより、先代当主のお呼びだったの」
「って、輪おじい様が!?」
「うむ、やはり感づいておられたぞ。さすがにあのバカ親父とは格が違う」
「光・・・一応さ、父親なんだし、市松家の当主をバカにしないほうがいいのでは」

棘がきついと暗に諭す倫だったが、笑みを見せている光の様子からして敬う気はないようである。
拗ねている光の様子に倫はため息をつくしかなかった。

(元々仲がいいとはいえなかったのが、俺の誘拐事件で決定的な溝ができたもんなぁ。)

倫はご飯を食べながら、過去に思いをはせていた。

光と正式に引き合わされたのは、小学生高学年の時。
丁度、光が中学1年生の時だったから制服姿が新鮮に見えたっけね。まぁ、はっきり言って興味もなかったのでスルーして絵本を読んでいたけど、会話をしてみて、気が変わった

「・・・何の本を読んでいるんだ?」
「『Die Schnecke und der Buckelwal1』っていう絵本」
「ドイツ語の絵本か。冒険的な感じでよいじゃん」

(・・・啓仁と違って、博識なんだと見直した。啓仁が明らかに興味ないって感じだったから、次男も同じだろうと思っていたのに。)

「・・・あなた、名前は?」
「市松光と申します、お見知りおきを」

この会話で、倫は興味もなかった市松家の次男の名前を頭に刻んだ。それ以来、会ってはたわいのない会話をしてきた。その過程で、倫が光に惹かれたのは必然だったのかわからない。でも、光だって同じ気持ちだろうと感じていたからこそ、お互いに黙っていた。いつかは変化が訪れるのだろうと思っても、お互い口にはできなかった。

(今思うと、我ながら純粋な子どもだったな。いや、単に告白すらできない臆病者だっただけかも。事実、光の方が先を見据えていたしな。)

その日常が変化したのは、光が中学校3年生になった時のある日。

「光、その怪我はどうしたの!?」
「親父に離縁された」
「え、なんで・・・・どうして!?」
「欲しいもののために外に出たいっていったら爆発されたよ。で、俺も売り言葉に買い言葉で家を出てくって言っただけ」
「欲しいもの・・・?」
「そういうわけで、しばらく会えない。でも必ず戻るよ、お前の傍に」
「・・・ん。でも、どこかに行くの?」

最初は困惑したものの、優しく頬を撫でてくる光の態度で、自分が感じていたことは間違いじゃなかったと悟った。思わず真っ赤になる顔を隠そうとうつむくと、光が抱きしめてきた。

「ちょっと金を稼ぐために格闘を始めただけ。家とかもジムの近くをかりたから、心配しなくていい」
「わ、解った。でも、気を付けてね?」
「ん。そんなに待たせないとは思う。でも、俺がいない間に変な男を近づけないようにな、倫姫」

(あ、思い出したら恥ずかしい会話しているな、自分たち。そうだよ、あの時に初めて様付けじゃなくて、呼び捨てにされたんだっけ。)

ご飯を食べて固まっていた倫の様子を訝しく思ったのか、光が首をかしげた。

「どうしたのだ、倫?」
「いや、初めてお前に呼び捨てにされたことを思い出してさ」
「ぶはぉあだっ・・・・なん、なんで突然そんなことを言うのだ!!!」

倫の言っていることがどの過去かわかったのだろう、光は盛大に牛乳を噴出し、真っ赤な顔で立ち上がった。
ちなみに光の朝食はパンにサラダ、牛乳といったメニューであるが、倫の分は和食だ。

飛び散った牛乳から条件反射でご飯を守っていた倫は眉間にしわを寄せながら、牛乳まみれの顔になった光に命じた。

「顔を拭いてきて」
「ハイ・・・」

洗面所に向かった光の後ろ姿を見てため息をついていると、ハイジがテーブルに乗っかってきた。どうやら牛乳に興味を持ったのか、コップに残っている牛乳に興味津々の様子である。

「ハイジ、光のだから飲んじゃだめだよ」
「にゃー」
「ね、ハイジも光には気を付けるんだよ。あいつはいろんな顔を持っているからどれが本当だかわかりやしないの。だから油断だけはだめだよ?」

ハイジを撫でながらつぶやくと、背中が重くなった。考えるまでもない。光が後ろから抱き着いてきたからだ。

「人聞きの悪いことをいうでない。私はこんなにもお主一筋というに」
「本当のことじゃーん。で、おじい様はなんて?」
「株のことと、これからのことを聞かれただけ。ああ、後、馬鹿親父から考えが読めんと言われたの」
「ああ、至極真っ当な意見かと」
「とーーーーもーーーーーきーーーーー?」
「まぁまぁ、いいじゃん。光のことだ、誤魔化してきたんでしょ?」
「むろんだとも」
「じゃ、大丈夫じゃん。それにしても、おじい様も惜しいなぁ」


(本当に惜しい。株については勘づかれるとは思っていたけれど、俺や光の思惑に気づくのが遅かった。だってもうすでに・・・)


「『佐野家』の屋台はもうとっくに崩れてるもんねぇ」
「・・・崩したの間違いではないのか、倫姫」
「そこはほら、オブラートに包むべきかなって思ってさ」
「まぁ・・・確かにそうではあるが。私も大概だが、お主も大概ぞ?そこはやはり、先代当主と似ているのう」
「そりゃ、俺も一応『佐野家』の人間ですから」

熱いお茶を飲みはじめるのと同時に、光が離れて食器を片づけだした。ふと思い出したように声をあげた光に対して、あっさりと返事を返した倫はハイジを伴って居間へと移動しはじめた。

「ああ、そうだ。菜津姫様は先代当主の命令で蟄居されているそうだ。私たちの望みの障害にはならんゆえ、放置するが良いかの?」
「うん、そのまま計画通りでいいよ」
「了解した」
「・・・ところで、光」
「なんぞ?」
「最近、口調がころころ変わっていて不安定だよ?意外に動揺しているんでしょ」
「そういうところにすぐ気づくのはお主の悪い癖であるの」
「そう思うならばれないようにしてよ」
「・・・善処しよう」

はぁとため息をついた光は眉間にしわを寄せてキッチンへと引きこもった。光の様子を確認した倫は脳内ですべてを整理し始める。

(・・・・市松家の家訓も、佐野家のしがらみも、厄介。だが、自分の望みを果たすためにも越えなければならない壁でもある。その壁を壊す日が来るまでは・・・)


「とりあえず、マスター業を頑張りますか。ね、ハイジ」


にゃーんと返ってきた返事に満足した倫は、猫じゃらしを装備した。装備されたおもちゃに気づいたハイジはすたっとばかりに身構え、倫が猫じゃらしを振る旅に尻尾を揺らして楽しんでいた。


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