喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

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マスターと光の関わり④

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※にゃんこの名付け親はアルファポリスで人気作家のひろかさんです^^
ありがとうございましたー!(ペコリ(o_ _)o)






窓に座っていた猫は餌を求め、マスターである倫の足元へとすり寄った。

「あれ、ハイジ。もうおなかすいたの?」

ハイジの鳴き声に応じるためにと倫が裏へ餌をとりに行く。
その最中にもカウンターの向こう側のテーブルではマダムたちの話し声、そして、お客様の珈琲を飲む音が聞こえている。
ハイジは待つ間、カウンター側の椅子の近くで待っていた。倫が餌を持ってきたのをみたハイジは、灰色のモフモフな箒型の尻尾をバタバタさせて餌に食らいついた。
ハイジが食事を堪能する様子を見ながら、倫ははぁとため息をついた。

「・・・・大丈夫かなぁ、光」




心配そうに呟いた倫の声に呼応するようにくしゃみを吐いた光は鼻をこすった。隣にいた着物姿の女性が嫋やかに笑いながら、廊下を誘導してくれている。
今日は光も本来の姿でスーツを着ているが、長い髪だけは一本に束ねていた。

「あらあら、噂でもされてるのかしら」
「多分、倫姫様あたりが私を心配してくださっているのでしょう」
「娘が本当に迷惑をかけているわねぇ。あの子は大丈夫?あなたやお店に迷惑をかけていないかしら?」
「よく頑張っていらっしゃると思いますよ」
「・・・うふふ、市松家を出たあなたが一番に倫姫のそばにいてくれるだなんて、一体何がめぐりあわせになるかわからないモノね」
「ところで、当主はどうして私をお呼びになられたのですか?それも、貴方直々にお出迎えとは仰々しい気がいたしますが」

佐野家の現当主、佐野姫子。佐野輪の一人娘。佐野グループの社長は婿がやっているが実際に佐野家を取りまとめているのは彼女だ。そして、それはイコール・・・倫姫と奈津姫の母親ということでもある。

「・・・確かに私の名前で呼びよせたけれども、貴方の相手は私ではないのよ」
「・・・といいますと?」
「こちらの部屋へどうぞ。お父様がお待ちですわ」

ころころと笑いながら、襖を開く彼女の姿と、部屋にいる人物を見比べた光は納得とばかりにため息をついた。
彼女がお父様と呼ぶ相手はたった一人だけだ。先代当主である佐野輪。その権威はいまだに健在で今の当主でさえその決定権には口を挟めないほどだと聞いている。

「お久しぶりです」
「久しいなあ。入るがいい。姫子、お茶を」
「はい、お父様」

声に促される形で輪の前へ机を向かい合わせて座ると、お茶が差し出された。当主直々にか・・・と小さく呟いた光は改めて姿勢を正してお辞儀した。

「・・・それで、ご用件は何でしょうか、先代当主」
「わしの性分や、単刀直入に言おう。お前は、一体何を企んでいる?」
「はてさて、どういう意味か分かりかねます」
「そうよ、いきなり何を言うの、お父様」
「いきなりではないわい。お前は気づいておらんのか?うちの株が少しずつ買い取られとる。名義は倫姫だが、実際は動かしているのはお前だと聞いた」

「そうだろう?」と確信をもって指をさしてくる当主を前に光はここにきて初めて深い笑みを見せた。

「確かにその件に関しては倫姫様の命令でやっています。それでも、まだ佐野家の方が上ですよ」
「まだと抜かすか・・・仮に倫姫の命令だとしよう。何のためじゃ?」
「もちろん、倫姫様の願いを叶えるため。それ以外に何もないですね」
「・・・倫姫の願いとな、姫子は知っておるのか?」
「ちらっと聞いたことがございます。『佐野家を動かす立場に立ちたい』と」

親子のやり取りを澄ました顔で聞いていた光は静かにうつむき、口元だけ笑みを殺す様に動かした。しかし、その内心はすぐに現実に引き戻された。

「・・・その後は?」
「え?」
「倫姫はその後どうしたいと言っておったのだ?」
「そこまでは・・・」
「ふん、なるほどな。その後が狙いか・・・倫姫もお前も」
「はは、さすがは先代当主ですわね。あのバカ父でさえ突っ込まなかったところを突っ込んでくれるとは」

思わず女言葉が出てしまう。だが、輪はさすがに気にした様子はない。ふんと鼻を鳴らしてお茶をぐいっと煽る。湯呑を置いた後、輪は話題を変えた。

「ふん、お前の女装についてもあのバカは突っ込まなかったのう」
「そうなんですよーもー、ダメダメな父ですよ。だから、あんな男の跡を継ぐなんてまっぴらごめんってもんですぅ」
「お前、外におる市松に聞こえるように言っているな。啓光けいみつ、久々の再会であろう。許可するゆえ、部屋に入ってこい」
「いえいえ、そんなお気遣いは結構です。あんな馬鹿・・・」

光の言葉の最後が舌打ちになったのは、輪に言われた通り、光の父親でもある市松啓光が入ってきたからだ。

「先代当主を前にする非礼を承知で息子に言わせていただきます・・・光、お前はなんという言葉遣いをしとるのだ。そうでなくとも、親をバカバカと連呼しおっ。」
「バカをバカと言って何が悪いのかさっぱりわかりませんわ。そもそも、私は家出してからは縁を切られているじゃないですか。そして、あの倫姫様の誘拐事件の時から私のあなた達に対する評価は犬・・・・いえ、ミジンコ以下です。父であるあなたに抱いていた敬意などきれいさっぱり消え去りましたよ。それだけ、あの時に倫姫様が受けたダメージは甚大だったのだといい加減理解されては?」
「・・・・確かにあの事件は我々の手落ちだ。だが、それとこれは・・・」
「同じですわよ。少なくとも、貴方の指導のお陰で、馬鹿兄は菜津姫様のいいなりですしね。いや、本当に良かったです。貴方に縁切りされたおかげであの姫の言う事を聞かずに済んだことだけは感謝していますわ」

有無を言わせずにすべてを言い切った後、光は輪の方に向き直った。

「ということで、用件がそれだけならば私は失礼します。大事な倫姫様とハイジがまっていますので。あ、菜津姫様に子猫をありがとうございましたとよろしくお伝えください」
「・・・菜津姫には蟄居を命じておる」
「それは何より。しばらくは平和で倫姫様も喜ぶでしょう」

一礼してから立ち上がる。廊下へと足を一歩踏み入れた時、背後から父である敬光のため息が聞こえた。

「光、お前は何を考えてるのだ?親である私にもお前の考えはさっぱり読めん」
「俺の望みは後にも先にもただ一人だけ。その願いを叶えるためなら、何だって切り捨てますよ。ご心配なく、俺も市松家の人間だ。縁切りされようとも、その家訓だけは守ります。ただ、貴方のレールに乗っかるつもりはない」

光はすべてを言い切った後、襖を閉めた。

(後は部屋に残った人達で判断してもらえばいいことだ。全くもって無駄な時間だった。いや、そうとも言えないか。さすがに先代当主と会うのは久々で緊張したな。最後に会ったのは・・そうだ、あの誘拐事件の時だ。)



目を閉じれば思い出す。
あの日のことを。


格闘技を極めるために家出した俺は順調に試合に勝ち進み、プロデビューも無事終わったところだった。
チャピオンになってから初めての試合を控えていた先日、まさかの現場を目撃してしまった。

(運がいいのか悪いのか。まさか、倫姫が誘拐されるという現場に遭遇するとはの。)

倫姫と目が合ったあの日、揺れる長い髪と一緒に口元が動いたのを見ていなければ、俺が動くこともなかった。

『アネノシワザ イチマツケモテキ。』

消え去った車のナンバーを覚え、その辺にあったちゃりをかっぱらって追いかける。色々とあったものの、ようやく、倫姫を助けることができた。
ただし、俺の格闘技生命と引き換えに。

「・・・まぁ、足の一つや二つ、後悔はしていないけれどよ」

ズボンだと動きにくい上になかなか義足を隠せるスタイルができない。しかし、倫姫の安全を考えれば、動きやすさや警護のしやすさは外せなかった。だから、試行錯誤の末に、男の娘になることを選んだ。

(予想外に楽しくてどっぷりハマっているけれど、あの時の自分からすれば考えられない変化だ。)

そして、あの事件の後、倫姫も変わったと思う。長かった髪の毛を切ったかと思えば、母親に直談して、お店で働き始めた。大学進学を条件に認めてもらったと入っているが、店を経営する理由を知っている自分としては複雑この上ない。

「倫も大概頑固だからのう。まぁ、私も似たものだからよいとしても・・・先代当主に目をつけられたことは厄介であるの」



(今日の話し合いは完全に牽制けんせいのためだろう。勝手に動くなという。)


「でも、遅かったわ。惜しいの、惜しかったわ。ふふ、残念だったのう、先代当主」


小さく呟いたうえで、唇を舐める。芝居がかかった言葉遣いで話すのは楽しい。わくわくする。計画が予定通り進んでいるということを実感するから。

歩きながらも独り言は止まらない。幸いだったのは夜遅いことで人が少ないことだ。おかげで、怪しまれずに店まで帰れそうである。

「いかんな、つい。倫姫の言う通り自重しなければ。俺の本性はまださらけ出すわけにはいかないと命令も受けているしね。さてはて、倫姫とハイジは大人しく待っててくれているかのう?」

たどり着いた店はすでに閉店となっていたが、明かりがついている。
ドアを開けると、鳴いてるハイジが近寄ってきた。灰色の縞模様のコントラストが効いていて凛々しい雰囲気だ。
光は屈んでハイジの頭を撫でた。

「おお、ありがとう、出迎えてくれたのじゃな。して、倫は?」

ハイジに言ってもわかるまいが、幸運なことにハイジは倫のいる方に歩き出してくれた。奥の方へ行くと、テーブルに座る形で寝ている倫姫が見えた。

「おやおや、お姫様は待ちくたびれてしまったか」

寝息を立てている倫姫を起こすのはかわいそうだと思い、少しそのままにしておくことにした。
寝ている倫姫に目を細め、さらさらな短い髪にそっと触れる。



「倫の願いは必ず叶えよう。だから、忘れないで、俺との約束を」




光が寝ている倫姫の頭に口づけるまであと一秒。




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