喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

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マスターと光の関わり③

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満里江は封筒を置いて出ていった。なんでも用事があるとかで。
そうこうしている内に、閉店の時間となり、最後のお客様を見送った光と倫は顔を見合わせ・・・読まずに置いた封筒を開封した。
手紙を読み終えた後、倫はぐったりと肩を落とし、光はふぅと、深いため息を吐いた。

「・・・・相変わらずだな、母様は」
「やはり、姫子様は倫の性格をよくわかっておいでだのう」

ほおづえをかきながら、光は細長い人差し指で手紙をとんとんと叩いた。その音を聞きながら、倫は唸っている。反論できないということだろう。

「・・・早いもんだよ。あの事件からもうたいぶ経つんだな」

光は思わず固まった。倫が珍しくそのキーワードを出してきたからだ。
倫のほうも思うことがあったのか、それ以上は口にしなかった。静かに食器を片づけ、カウンターの裏へと歩き出した倫を見送った光もまた静かに思いをはせていた。

(・・・気を使わせてしまった。ああ、もう・・・・)

光は腕に頬をうずめながら思い出していた。

かつての自分たちの関係を、そして懐かしい過去を。

『佐野家を守ること、佐野家の血筋を絶やすことなく守っていくのが我らの役目。佐野家の人間を守るどころか自分の身すら守れない弱い人間は市松家に要らぬ』

父の口癖は耳にタコができそうなほど聞かされてきたし、厳しい訓練に、英才教育を受けてきた。そして、俺達は佐野家の至宝だともいわれていた双子の姫の護衛につくことになった。
菜津姫様はこちらに興味を示してくれたが、倫姫は一切興味を示さず、読書に没頭していた。この対応だけでも二人がいかに違う性格なのかよくわかるだろう。
光は、彼女が読んでいる本がドイツ語で書かれていたことに驚いたことを今でもよく覚えている。そして、倫がこちらにちらっと顔を向けてきた時に感じた一瞬のときめきも忘れられない。

倫姫は賢才で、その時の当主だった倫姫の祖父が跡取りだと断言するほどで、大人たちは何かにつけて倫姫を優先していた。

(だから、父は兄貴を倫につけ、俺を菜津姫様の護衛役にしたんだろう。その判断は後々に失敗だとわかるがこの時にはまったくもって問題ない采配だったと思う)

慣れていくにつれて、菜津姫の悪いところが目立ち、何度か注意を促したが無駄だった。
そうこうしている内に、俺は格闘技にハマり、家のことより好きな格闘技に熱中し始めた。

(・・・役目を放り出して格闘技に熱中したあの時期だけは悪かったなーとはちょっとばかり思ってるよ。でもさ・・・菜津姫様の性格を理解しているだけに仕える気持ちにはなれなかった。何より・・・兄貴と倫が一緒にいるのを見るのが嫌だった)

あの時は感情のコントロールがうまくできず、周りによく当たった。だけれど、今なら単なるやきもちとか嫉妬だとわかるだけに恥ずかしい気持ちが大きい。

(・・・・今思えば、最初から倫が気になっていたのだな)

そうこうしている内に俺は格闘技の試合デビューを勧められた。それに興奮していた俺を諫めようとした親父と喧嘩したことをきっかけに家出をして・・・それ以来、倫とは疎遠だった。高等部1年の二学期ぐらいから・・・会わなくなった気がする。


うーんと考え込みながら、髪の毛を整えなおしていた光の隣に、倫が座ってきた。
光がちらっと見ると、倫は珈琲を飲みながら首をかしげていた。

「・・・何だよ?」
「いやぁ、昔は腰あたりまで髪の毛が伸びていたなと」
「ああ・・・そういえばそうだったね。何、もしかして思い出していたの?」
「否が応でも思い出してしもうての」

呟いた光の肩に倫が身体を持たれかけてくる。
珍しくすり寄ってくれている倫に甘えようと、光は倫の頭を撫でた。

「・・・後悔はしておらぬよ。あの日に倫を助けられたからこそ、今の関係があるのじゃから」
「うん・・・そう、だよね」

(倫はいまだに気にしているが、俺自身は身体に支障がでようとも、格闘技の試合に出れなくなったとしても問題はないんだよなぁ。そりゃ、未練がないといったらうそになる。だけれど、あの日俺は・・・試合と倫を天秤にかけて、倫を選んだ)

「本当に後悔していないぞ、大事で愛する俺の倫を守れたんだから」
「時々さらっと男前になるのずるい。」
「はっはっはっ。俺は男の娘であって、女じゃないからな」
「知ってるよ・・・で、母様からの手紙だけれど・・・受けるの?」
「もちろん」

満里江が置いていった姫子からの手紙には、娘である倫姫の無事の確認と・・・光に対して、倫姫抜きで佐野家に来るようにという内容がかかれていた。
一時は家出したこともあったとはいえ、光もまた佐野家に仕える市松家の人間。
これで佐野家に行かなかったら、市松家の先祖に申し訳が立たない。

(口うるさい親父のお陰で、市松家の家訓や役割は体中に叩き込まれている。しかも、姫子様は今の佐野家の当主でもある)

「しかし、姫子様とお会いするとなると親父にも会わないといけないか」
「それぐらいは仕方がないと割り切ったら」
「・・・あの事件以降、姫子様と直接お会いする時間がなかったからな。いい機会だ、近状報告もしよう」
「・・・・・母様ならちゃんと聞いてくださると思う」
「ああ、俺もそう思うよ」

ぼんやりしていると、腕を引っ張ってくる倫姫の表情が目に入った。いつになく真剣な表情があの時に見た表情と重なった。

『・・・あれ?』
『どうしました、光さん』
『・・・・・倫姫だ。え、なんで・・・兄貴は何をやってるんだよっ!?悪い、ちょっと抜ける!』
『光さんっ?どうしたんですか、明日の試合に備えないと・・・!!!』
『悪い、みんなに謝っといてくれ!』

複数の男に引っ張られて車の中へと消えていく制服姿の倫姫を見たあの時、次の日に開催されるはずだった試合のことも対戦相手の顔も頭から吹っ飛んだ。ただただ、倫姫を助け出すことしか考えていなかった。
頭の中では倫姫を守っていたはずの兄に対して罵倒の嵐だったのは言わずもがな。
格闘技の道へ突き進んでいた俺が、倫姫と再会したのは、まさに彼女を助け出すことができたあの日だ。

『・・・・光、ひかる・・・っ、しっかりして!』

(とはいえ、双方が落ち着いて会話ができたのは病室でだったな。あの時から、俺達の関係はより深まったと思う。結果的にはという但し書きがつくが)

『光、しばらくあの家から離れるけれど・・・最終的には戻ってくるために力もつけるつもり。だって、私はどうあがいても佐野家の血を引く人間だもの。いつかは菜津姫と戦うことになる。だから・・・私に力を貸してほしい』

はっきりと言い切った倫姫の強い意志は、俺の心を揺さぶった。幸いにして、試合ができない身体でも、まだ倫姫を守れるだけの力はある。退院してすぐに自分を鍛えなおすためにジムに再び通った。当時のジム仲間たちが協力してくれているおかげで、今でも護衛ができるぐらいには鍛えられている。

長いこと思いふけっていたようで、気づいたら、倫が目の前で手を振って確認してくれていた。心配してくれている倫のお陰で光自身も落ち着くことができている。

「光、本当に大丈夫なの?なんだか、ぼんやりしているしさ」
「ふふふ、心配無用であるぞ。私には佐野家以上に愛する倫がいるのだ、それを思えば、大した苦労ではなかろう」
「・・・・あ、いつもの光だ、心配して損した・・・さーて、帰ろうっと」
「え?え?ちょ、ちょっと、倫さんや、お主、私に対する扱いがちょっとひどくないですかっ!!あ、猫はかごに入れたほうが・・・・ああもうっ・・・待ってちょうだいよ~~!!!」



さっさと猫を連れて店を出ようとしている倫を慌てて追う光の姿が日常に溶け込んで消えていった。




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