喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

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マスターと光の関わり②

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倫がマダムたちに出すハムサンドセットを作っていた時、カウンターの方から盛大な悲鳴が聞こえたことに慌てて飛び出した。

「今の声って何が・・・・?」

驚いた倫の目の前では見張りに来た女の子がおろおろしており、中央では、啓仁が顔に張り付いた猫を必死に引き離そうとしていた。
啓仁の顔に痛々しい爪痕が見えていることから猫を怒らせたのだと察した。
唖然としていたら、光がハンカチを抑えながら近寄ってきた。ちなみに、両手で頬を支えてため息をつく美人はどこからどうみても女にしか見えない。これで性別が雄とか・・・と遠い目をしていた倫だが、光の言葉で現実に引き戻された。

「倫よ、変なことを考えている場合ではない。」
「・・・・・それより何があった?」
「啓仁があの客を連れて行こうとしたのだが、猫を手荒く扱ったためか反撃をうけておるところよ。本当に・・・泣けるわ~。」
「光、本音がうっかり出てる・・・主に顔の方に。」
「大丈夫だ、ハンカチで隠しておるから。」

(そういう問題じゃないんだよ・・・)

光の家の面倒くさいところは倫も十分理解していた。
光の家は代々佐野家に仕えているため、護衛としてのSPを輩出する家系として、名を知られている。今は光の父親が当主として動いているが、その長男であり跡取りとなるのが、今まさに悲鳴をあげている啓仁その人である。
そして、光はその家の次男でもあった。

(啓仁はこれでも元は、俺のお目付け役兼ボディガードだったはずだけれど・・・不思議なもんだ、馬が合った記憶がとんとない。)

「・・・・ええい、離れろ、この猫・・・と、倫姫様っ!?」
「あ、気づかれた。ちっ、久しぶりだね、啓仁。」
「お、お久しぶりですっ、お、お、おかわりないでしょうか?」
「見ての通り。それより、さっさとその子を連れて帰ってくれる。」

ネコを剥がしてこちらに向き直ったとたん、硬直した啓仁。その様子を見た倫は昔と変わってない・・・と思いながら会話をしていたが、そばで見ていた光と満里江は遠い目をしていた。

「・・・倫さんも罪作りな方ですわね。」
「しょうがないのだ。家系を考えれば、どうあがいても佐野家の人間に惹かれるのは当たり前としかいいようがない運命。だからといって、はいどうぞとは渡さないがの。」
「難儀な血筋ですこと。」
「ほんにな・・・ねぇ、お兄様。いい加減に倫から離れていただけませぬか。」
「・・・・ひぃっ!?」

業を煮やしたのか、光は眩い笑みを啓仁に向けた。その際、肩を強く掴まれた啓仁が何かを言おうとしたが、光がさらにつま先を踏んだことで口を閉じざるを得なかった。

「ぐっ・・・・」
「お利巧な犬ですわね。よい子だからそのままさっさとお帰りなさい。・・・我らが主である倫姫様の怒りが爆発しないうちに。」

できる限り冷たい声で放ったつもりの光だったが、なけなしのプライドを振り絞ったのか、啓仁はスーツを直しながら必死に倫の方に顔を向けた。

「と、倫姫様、恐れながら申し上げます!」
「・・・・・おい?」
「お、お前はお目付け役としての役割を果たしていないと父が言っていた!それならば、俺が・・・・」

啓仁の言葉に満里江はああ・・・と呟いた。
まぁ、つまりは啓仁も倫姫を主と崇めていると。だからこそ、余計に光と比べられることを嫌っている。そこに恋愛感情が絡むかは別として、倫姫の隣に光が立っているのは、啓仁としては気に入らないところだろう。
しかし、今の倫姫には逆効果であることを知っている満里江は、見て見ぬふりをすることに決めこんだ。
カウンターで醒めた紅茶を飲んで、無心のまま黙っていた満里江の横では光がいら立ったようにパンプスのつま先で床を叩いている。そんな光のいら立ちが伝わったのか、倫も啓仁に対して遠慮がなかった。

「啓仁、光が言ったことを聞くことができないの?」
「倫姫様っ?」
「お前に指示をしているのは佐野家に仕えている市松家の方でしょ。・・・俺の代理である光の言う事が聞けないというのなら、市松の家の方に一報入れようか?俺の大事な喫茶店で騒いでいるバカがいるけれどさっさと引き取って欲しいと。」
「申し訳ございませんでした。早急に引き上げます。」
「最初から素直にそうしたらよかったのに、なんで猫を怒らせて騒ぐのかな。いい迷惑だよ。」
「う、あ、その、迷惑料を置いていきます・・・」
「あー、それは倫の怒りをさらに増幅させるからよしたほうが良い。さっさとそちらのお嬢さんを連れて行きなさいね。」

業を煮やした光が啓仁の首ねっこを掴み、玄関に放り出したことでようやく、喫茶店に平穏が戻った。遠巻きに見ていたマダムたちを誤魔化しつつ、謝るとさらっと「あれぐらいどうってことはないわよ~」と流すだけに終わった。

「・・・・本当によいお客様ばかりで良かった。」
「それはいいのですけれど、倫さん。この猫はどうしますの?」

どういう意味だと聞いた倫の前で、満里江はテーブルを指さしている。そこに座っていたのは、にゃーと鳴く灰色の猫。倫はため息をついて光に声をかけた。

「おいていきやがったのか・・・ねぇ、光。」
「早急に手続きをする・・・まずは動物病院だね。」

倫が何を言いたいのか理解した光はすぐにスマホを取り出した。その阿吽の呼吸を目にした満里江は猫に小さく話しかけた。

「・・・良かったわね。あなたはどうやらここで飼われることになりそうよ。」

満里江の声が聞こえたのか、倫は肩をすくめてカウンターに入っていった。

「とりあえず、仕切り直しに珈琲を飲もうか。満里江も飲んでいってよ。」
「もちろん飲ませていただきますわ。」
「そういえば、最上殿はどうしてこちらに来たのだ?」

スマホを切った光が思い出したように聞くと満里江は鞄からとある封筒を取りだして微笑んだ。

「ああ、姫子様からの手紙をお渡ししようと思いまして参りましたの。」
「・・・・・・・・姫子様からだと!?」
「満里江・・・そういうことはもっと早く言ってよ。」

呆れる倫と顔を引きつらせた光の前で、目を丸くさせた満里江は顔を含まらせて返事を返した。

「だから、私を単なるあの姫様の子飼いと侮ってもらっては困りますわ。これでも最上家の人間ですもの。」

満里江の最もな言葉に、倫はため息をついて両手を挙げた。

「降参。やっぱり、満里江は俺の親友だね。」
「当たり前ですわ。あれから何年たったと思いますの。私だって、ちゃんと足固めをしてまいりました・・・あの時は不意打ちをくらって、あの姫様のいいなりになるしか道はなかった・・・でも、今度は絶対にあなたをお守りしますわ。」

優雅に笑う満里江はさっと片手をあげた。その意味に気づいた倫はにやりと笑いながら、彼女の手を軽く叩いた。

「・・・それでこそ、最上満里江。」
「ふふん、そうでなくては、佐野倫姫の親友なんて名乗れませんわ。」


硬く手を握り合った二人を見た光は目を細めて微笑んだが、小さく漏らした呟きは誰にも聞かれることなく消えた。




「・・・・・やはり嫉妬するのう。あの二人の関係には。」





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