喫茶店のマスターと男の娘の恋の行方

巴月のん

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マスターと光の関わり①

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マスターである倫はいつものように喫茶店で常連のマダムたちと会話を交わす。その間にもずっと光はカウンターでお茶を飲んでいた。
珍しく静かな光に倫は内心でため息をついた。

(・・・一旦回復したとはいえ、こんな調子だもんな・・・)

ニャー

ふと猫の鳴き声に誘われて玄関の方を見ると、同年代ぐらいの子が猫をつれて困ったように立っていた。

「こ、んにちは。こちらは・・・猫は大丈夫でしょうか?あの、ほんの10分ほどでよいのですが。」
「少々お待ちくださいませ。皆様、猫アレルギーの方や苦手な方はいらっしゃいませんか?」
「大丈夫よ~」「ええ、問題ありませんわ。」「長居するわけでもないですし、かまわないのでは。」

協力的な声が聞けたことにほっとした倫は立っていた子に短時間なら問題ないと告げ、席へと案内した。
安堵したのか、その子は猫を抱えて席へ着いた。そこへ水を出すべく、倫は動き出した。

「どうぞ。もしや待ち合わせか何かでしょうか?」
「あ、そういうわけではないのですが・・・あの・・・頼まれたのです。」
「・・・・・どういう意味でしょうか。」

周りの目を気にするようにその子はあたりを伺った後、倫の耳元に囁いた。

「・・・姫様にあなたのことを監視するようにと言われています・・・。」

(姫様・・・・)

思わず倫は舌打ちをかましていた。その舌打ちに驚いたのか、女の子はすでに耳元から離れて再び縮こまっていた。

「・・・・つまり、あそこから来たと。」
「あの、その・・・一か月前から働いております。」
「ああそう・・・ご随意にどうぞ。見飽きたら勝手に帰ってください。」
「も、申し訳ございません。あの・・・アメリカンコーヒーをお願いします。」
「かしこまりました。」

他のお客さんがいる手前、倫はこの女の子を追い出せなかった。この時点で倫はおそらく猫に何かが仕込まれているのだと気づいた。どう見てもなついている雰囲気はない。

(姫も相変わらずだな。あいつについているのは満里江だけかと思っていたら、他にも子飼いがいたのか。)


蘇る過去。
姫に関しては、どう考えてもどう好意的にとっても、自分にとっていい思い出はない。
だが、自分と光にとっては避けられない人物でもあるから厄介だ。

「どうしたのだ、倫。そんなしわを寄せて。」
「・・・・ネコを抱えてる子いるでしょ。あれ、姫がよこしたらしいよ。」
「なぬ!?・・・どうする、必要とあらば私が対応するが・・・」

立ち上がろうとする光を押しとどめ、再び座らせた。ほうっておけという意味を込めて。倫は少し落ち着けるためにと、自分もコーヒーを入れだした。幸い、今は常連も落ち着いている。
珈琲を飲んでいると、光の方も解せぬとばかりに顔をかしげていた。はた目からすれば完全に化粧が整っている美女だ。これで男の娘とかありえぬと思いながら、倫は光の長いまつ毛に見入っていた。

「しかし、どういうことなのだ。最上殿はお役目ごめんになったと申すのか?」
「そういうわけじゃないと思うよ。たぶん、複数抱えてるんじゃないの。」
「ふむ。しかし、あの姫様も諦めたわけではないのだな。ここしばらくは平和だったのだが。」
「大方、抜け出したか、目を盗んだかのどちらかだろうな。」

はぁと二人してため息をついているといきなりドアが盛大に開き、おーほほほという盛大な笑い声とともに満里江が登場した。

「ごきげんよう、来て差し上げたわ・・・・あら、どうしましたの?」
「・・・・いや、噂をすればと思って。」
「相変わらず派手な服が似合うことで・・・こきげんようなのだ、最上殿。」
「ほめても何も出ませんことよ。で、どういう意味ですの、噂って。」

頬を染めながらもバラ柄のワンピースを翻した満里江はカウンターにいる二人の方へと近寄る。他の常連たちは光達の知り合いと分かると自分たちの談笑に戻っていった。近寄ってくる満里江に女の子の方を指さして答えると、満里江は苦々しい顔を見せる。

「あちらの女の子もお前と同じだとよ。」
「・・・そう、ですの。少なくとも私はあの子については聞いておりませんわね。」
「へー、信頼されてないのか?」
「こちらも信頼していないのですからお互い様ですわ。」

ツンと顔をそむける満里江に光も倫も目を見合わせた。

(満里江は・・・姫が仕向けたスパイというかそんな立ち位置にいながら、なぜか自分の方にも情報を流している。彼女曰く、家の関係上言う事を聞かねばならないだけだそうだが。)

「しかし、佐野社長は厳しく姫様に注意されたとお聞きしていたのだが、懲りなかったのであろうか・・・。」
「あれが懲りるぐらいなら俺は命を何度も狙われてやいないよ。」
「それは仕方がないのでは。何しろ、倫さんが正統な佐野家の後継者ですもの。」
「・・・本当に厄介な家だ、潰れてしまえばいいのに。」
「それは止むなきことだ。我らは生まれてくる場所を選べないからの。」

メンドクサイという表情を隠さずにちらっと女の子の方を見ると、さっと目を逸らしてきた。どう考えてもバレバレの視線で、彼女はこの仕事に向いていないのではと思うぐらいである。

「光。あれ、うっとうしいからあいつに引きとってもらってよ。」
「え、あ、ああ・・・そうだな。」

いきなり出た倫の発言に目を丸くさせつつ、光はスマホを取り出した。光が外へと出ていったのを見つつ、満里江は倫に話しかけた。

「・・・姫様は光様にまだ執着しておいでですわ。」
「ふーん。で、満里江はどうするの。」
「今は見逃してくださると大変助かるのですけれど。」
「・・・私の平穏を壊さないならお好きにどうぞ。」
倫姫ともき様の寛大なお心に感謝いたします。」

深くお辞儀をした満里江を放置してカウンターの裏へと戻った倫は包丁を取り出し、パイを切り出した。仕事に戻るのだと察した満里江は適当な席に座る。
窓からは光が電話を終えて戻ってこようとする様子が見えた。

「おい、倫・・・あれ?」
「倫さんなら、裏で仕事をなさっておりますわ。」
「・・・・そう。とりあえずバカが引き取りに来るって。」
「バカって・・・一応身内の方ではなくて?」

珍しく口調が荒い光に気づいたのか、満里江は光に対して、隣の席に座るよう促した。光も抵抗感はないのか、あっさりと座る。

「バカは父の顔色を伺い、意志なく動くことしかできないからの。」

辛らつな光の言葉を聞き、満里江の頭によぎったのは姫様から言われた言葉。

『光はね、啓仁たかひとより優秀なの。啓仁はずっと優秀な弟に追い抜かれることに焦っているから、囁くのは容易かったわ。でも、光は私の甘言には騙されないでしょう。そこが光の良いところであり、私が嫌いな部分よ。』

「光様はかつて、姫様のお目付け役だったとか。でも、あの事件をきっかけに倫様の方へつけられたと聞いていますが。」
「・・・最上殿に関係あるわけではないのに、なぜそんな事をご存知なのだ?」
「姫様がもったいないことをしたとおっしゃっていたので。」
「ふん、相変わらずであるな。だが、あの姫様はそんな甘い理由で私を呼び寄せたいわけではなかろう。」

おおかた、倫にダメージを与える、もしくは自分の実家を従わせたいのか・・・もしくは、自分を傷つけたいかのどれらかであろうと光は言う。
淡々と話す冷静さを見せた光に満里江は思わず本音を呟いてしまった。

「多分・・・光様があの時に姫様の計画を邪魔なさったことを根に持っておいでかと。」
「倫があの時のことを許した意味も解っておらぬのか、あのバカ姫は。」
「光様!」
「全くなぜこうも違うのであろうな、おなじ母の腹から生まれた姉妹であろうに。」

静かに光が呟いていたころ、倫の方でも思案していた。

(・・・双子で生まれた姉妹でありながら、俺を殺そうとした姉に今さら姉妹愛も家族愛も含めて情など感じない。だが、売られた喧嘩は買おう。お前だってそのつもりであの子をこちらに寄越したんでしょう?)


「・・・菜津姫なつき、今度という今度は容赦しないよ。」





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