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ありえない店員さんと私の今
しおりを挟む不思議なことに、あれから、元彼どもは一切、遙の前に現れていない。
ポストもいつの間にか新しく替えられていることから、嵐が何かをしたのだろうとは思うが、具体的に何をやったのかは、遙にも解らなかった。
もう大丈夫だろうと思いかけていた頃、思いもしない来訪者が現れた。しかも、わざわざ会社の前に張り込んで文句を言いに来た・・・2人そろって仲良く。
「遙、ででこい!!お前のせいで俺の人生はぐちゃぐちゃだ!!」
「そうだそうだ、慰謝料を払えーーー!!」
「「そーのみや、そーのみや!!はーるーか!はーるーかー!!」」
(あんたらは一体どこの団体だと思うようなことを実際にやるとは!!2人ということが、かえって注目を集めてしまっているし。とりあえずいやがらせなんだろうな・・・あれでも。)
「ここまできたら、もう呆れた笑いしか出てこないわ・・・・」
帰ろうと思っていた遙が受付の近くで頭を抱えていると、同僚や友人が声をかけてきた。
「あれ、あんたの元彼じゃん。」
「しかも、もう一人の男って、三股かけたあげくに離婚され、左遷までされた元部長。」
「落ちぶれた男ってみじめよね。」
「あそこまでいくともうコントにしか聞こえない・・・で、どうすんの、遙。」
「警察に通報しても効果なさそうなんだけれど。」
「警察が役に立つとは思えないわね。さっさと、佐野君に連絡なさいな。」
「え、嵐君に?」
朋美の言葉に驚いた遙だが、嵐のバイトを考えてか、少し躊躇った様子をみせた。
「確かに警察よりは頼りになりそうなんだけれど・・・すぐ来れるかどうか・・・。」
「問題ないわよ。」
何故か朋美は言い切る。疑問に思っている遙に対し、朋美はタブレットを見せた。
「・・・佐野君ね、株でかなり儲けているから働く必要がほとんどないらしいの。あんたが言っていたバイトしているっていうゲームの販売店だって、本人は店員だって言っているみたいだけれど、実際はオーナー。ほら、HPに名前があるでしょう?」
「本当だ・・・・。」
「だから、実際はフリー。多分、あんたがいる時間帯を狙って店員のふりをしていただけでしょう。」
だから、安心して連絡しなさいと言われたが、遙としては複雑である。
「・・・・もしかしなくとも・・・計画的だったの?」
「というか、今頃それに気づいたあんたに驚きよ。あの子、やっぱり、前社長の甥っ子っていうこともあって、よく似てたわ・・・。」
主にずる賢いところと猫かぶりなところが。
そう言った後、受付から電話を借りてどこかに繋いでいる朋美。その朋美の横で彼に電話をかけた。
「もしもし・・・嵐君。」
『もしもしーどうしたの?遙から電話って珍しいね?』
「・・・今、会社の前に元彼・・いや、ストーカーが二人来ているんだけれど、どうしたらいいと思う?」
「・・・すぐに手配する。会社の前でってことは佐野家に喧嘩を売ったも当然だから、やりやすいな・・・遙、迎えに行くまでは外に出ないように。」
「分かったわ、オーナーさん。」
「げっ!ま、待って・・・・・・」
ちょっとした皮肉で話しただけなのだが、朋美の情報は本当だったようだ。慌てた声が聞こえたが途中で電話を切った。
「・・・・朋美、なんでそんなに詳しいの?」
「だって、私、ココに入る前は、SANO探偵事務所で働いていたもの。ちなみに、所長は、前社長の双子の弟。」
「…その縁で、秘書になれたってこと?」
「そういうことね。前社長に対するあしらい方が上手いからぜひにって引き抜かれたの・・・手は多い方がいいからって、第一秘書の鹿島さんに。」
「凄くナットクシマシタ。」
「またいろいろと教えてあげるわ・・・あら、真っ黒いベンツが。」
遠い目になった遙と友人、及び、受付、その他の見物人の目の前で、叫んでいた男2人は黒スーツのがたいのいい男3名によって連れ去られていった。何やら喚いていたが、すぐにベンツの中に放り込まれ、あっという間に消えた。嵐に電話してから十分も経っていない。
「・・・手際が良いわね。さすが、佐野家の男。」
「佐野家って・・・今さらながら、スゴイんだって思い知ったわ。」
感心している朋美の横で、遙は遠い目になった。とりあえずはとホッとしたが、嵐が迎えに来るまでは動かない方がイイだろうと判断した遙はホールのソファで待っていた。
5分ほど待っていると、嵐が恐る恐るというように顔を見せてきた。
「・・・おまたせ、遙。」
「・・・・・後ろめたいコトでもあるような表情だね、佐野君。」
「うっ。・・・なんで解ったの?」
「朋美が教えてくれたの。」
「ああ、トッキーさん・・・そっちからか。」
ため息をついた後、隣のソファに腰かけた。遙の行動を読んでいるのだろう、動こうとしない遙に対して、名刺を取り出し、机においた。
「とりあえず・・・コレが名刺ね。」
「・・・どうしたの、佐野君?」
「こうなったら、本当のことを話したほうがイイかなって思ってさ。」
「・・・・うん。教えて欲しい。」
了解とばかりに、嵐は口を開いた。
「俺がオーナーをやっている店だけれど、実際は友人が店長をやってる店に投資しているだけなんだよね、いわゆる雇われオーナーってやつ。最初はさ、この店長から変わった客がいるって聞いただけなんだよ・・・最近、毎回着ぐるみで現れては消えていく子がいるって。」
「・・・・完全に私のことね。」
「そう。最初は興味をもっただけだったの。その時は客としてふらっと見に行ったんだけれど・・・・まぁ、面白すぎて、気づいたら店員として働いていたな。」
「・・・・・・どういう意味よ、それ。」
「客として見るだけじゃ物足りなくなったというか。店員としてなら、ちょっと話せるチャンスがあるかもって思って。後はもう、前に言った通りだね。嘘はついていないよ。」
「・・・・株については?」
「ああ、俺の親父が教えてくれたんだよな、株について。小さい頃からそういうの詳しくて、遊びでやっていたらいつの間にか、もうかってたって言うだけ。言わなかったのは厭味だって受け止めるバカとお金目当てで群がってくるバカが多いから。」
「確かに群がるわ、それは・・・というか、子どもに株のやり方を教える社長って・・・。」
「母さんも呆れてたな。まぁ、店員をしていない時は、実家の喫茶店を手伝いながら、ゲームをしてて、その休憩の合い間に株のトレーダーをやってるってカンジ。」
「・・・・・ちょっと仕事の度合いがおかしいけれど、とりあえず株が本業なのね。」
「いや、本業は大学院生。」
「・・・・まさかの大学院!!え、じゃあ何、バイトだったのはその関係で?」
「そういうこと。だから、嘘は一つも言ってないんだよな・・・隠していただけで。」
「ああ、それで・・・あ、フィギュアとかは?」
「それは、店長と取引して手に入れたの。貢献度次第では安く卸してくれるっていうから。それもバイトの給料代わりのようなものだけれどね。」
あの店で働くメリットって、本当に遙関係しかないよと、加えつけた嵐。
ちょっと複雑ながらも、嵐の顔を見ると、犬の様にこちらを窺った表情をするものだから、何も言えなかった。
「・・・元彼たちについては何かやったの?」
「ああ・・・大したことはしてないよ。ちょっと伯父さん達に頼んで、力を貸してもらっただけ。後は、親父に頼んで、実家の方へちょっーと牽制を。でも、ちょっと今日はやりすぎたみたいだから、強めに説教しておく。」
「やりすぎじゃない。・・・・でも、ありがとう。」
「・・・下心があってやったことだから、そう言われると複雑。」
「結構、あけすけに言うんだね。」
「これでも健全な男子だから。結構忍耐強い方だと思うよ、俺。」
少し離れだした遙を慌てて、隣に座らせた嵐は、話題を変えた。
「あのさ、すっごく突っ込んだ話になるけれど。」
「うん。」
「一緒に暮らさない?」
「・・・・・本当に突っ込んだわね。」
「今回、あいつらを痛めつけたから、よほどのことがない限りは、遙の前に現れないとは思うけれど・・・やっぱり心配なんだよね。でも、遙のことだから結婚までは踏ん切りつかないだろうし。」
「よくわかってらっしゃる。」
「まぁ、ぶっちゃけ、俺は結婚でも同棲でも願ったりかなったりだけれど、遙はどう思う?」
「同棲からオネガイシマス・・・ただ、両親が納得するかどうか・・・。」
さらっというあたり、さすがだなと思った嵐だがツッコミはしなかった。やっぱりなしでと言われる方がダメージがでかいと踏んだからだ。
嵐は、遙の肯定的な態度を追及しない代わりに、立ち上がって爆弾を落とした。
「遙の両親がいる料理店なら何度も家族で通ってるから顔見知りだよ。心配しなくても、もうすぐ卒業で、来年にはここの社員になるしね、それを理由に説得するよ。」
「・・・・・。」
「大丈夫。遙の両親攻略法はとっくに対策を考え済み。佐野家の名前を出せば、ほぼ99%の確率で受け入れてくれると断言できる。」
「・・・・確かに、あの両親なら受け入れるわね・・・というか、社員になるの・・・本当に?」
複雑そうな表情で立ち上がった遙が、疑いの目を向けると、嵐は本当だととばかりに首を縦に振った。
「うん、部署も同じになる予定だから、よろしく、遙先輩。」
「・・・・私、コネを使うバカには優しくないから。」
「あー、大丈夫。コネは一つとして使ってないし、親父もそういうの嫌いだから。」
「だとしても、手加減はしないわよ。ゲームと違って、仕事だもの。」
嫌そうな顔で話し出した遙の手を握って、歩き出した嵐は余裕綽々で返事を返した。
「それでこそ、遙。・・・俺は、遙がここで働いてなかったら、働こうという気にもならなかった。正直、ずっと、ニートでもイイかって思っていたぐらいだし。だからさ、俺にやる気を出させたって言う意味じゃあ、遙はすごいよ?俺の親父も母さんも、遙に感謝していたし・・・あ、また両親にも会ってね。」
「・・・・結婚は、嵐君が社長になった時でいいよね。」
「なにソレ、長すぎない?それだったら、今すぐ親父を蹴落とした方が早いような。」
手を繋げながらも、真剣に考えだした嵐に呆れながら、遙は口を開いた。
「ありえない店員さんに対してはこれぐらいが丁度いい難易度だよ。」
「・・・これだから、遙には敵わないんだよな。」
「そうだ、今日は新しいゲームの販売日だよね。行こうよ、嵐君!」
「へいへい。」
少しした後、ため息をついた嵐を引きずってゲーム店に入る遙の姿が見られた。
その数日後、お互いの両親を連れて顔合わせをした際にとんとんと婚約が決まったことは、遙にとって予想外だったが、当の嵐は計算通りとばかりに動じなかった。
両親は顔見知りということもあって、お互いに好意的だった。遙の母親など、ようやく娘にまともな相手が現れたということでうれし涙を流していた。そこを利用して、婚約話を持ち掛けた嵐に対して、遙は恨めし気な視線を向けた。
「あ、嵐君・・・同棲の許可を貰うだけって言っていたのに・・・嵌めたわね?」
「人聞きが悪い。そもそも結婚をするなら、最初っから婚約しておいた方が安心でしょ。同棲の理由付けにもいいし、外聞にも話しやすい。ご両親も安心だし、いいことずくめじゃん。」
「君にとってはね!!ああもうっ、朋美が言っていた意味がやっと解ったわ!!侮りがたし・・・佐野家の男。」
「心配しなくても、遙もその佐野家の家系に入ることになるから。」
「そう言う問題じゃあないっ!!!!」
ありえない店員との出会いは、遙にとっての人生の転機だったのだと、彼女が気づくのは、嵐が社長に就任する5年後の未来にたどり着く時。
その時、遙は思い知ることになるだろう、佐野家の男の執念深さと一途さを。
就任報告会でプロボーズをされた遙は、目を丸くした後、笑顔でプロボーズを受けとったが、その時の返事はかなり軽いもので、何故か新社長になった嵐が同情されたほどである。
「・・・・・まぁいいか。嵐君だし。」
「・・・遙、せめてプロボーズぐらい素直に受け取ってよ。」
「だって、嵐にとっては計算通りなんでしょう。じゃあ、いいじゃない。」
「ほっんとう・・・遙には敵わない。」
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