美春と亜樹

巴月のん

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(2)覆水盆に返らず

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月曜日の放課後、葵に土曜日のことを話しながら帰り支度をしていた。
もちろん、内容はあのカラオケ屋のことですよ、ええ。

「へー、亜樹先輩がそんな行動に出たんだ。それで、あの崇臣先輩も登場と」
「うん、なんで、今頃動いたんだろうね。それまでは学校だけだったのに」
「うーん、多分だけれど・・・焦っているんじゃないの」
「焦る・・・って?」

どういうこと?と首を傾げた美春だが、葵は知っていた。
美春は美少女とまではいかなくても、明朗活発な子で、賢いのに偉ぶらない。そして、会話も話題が豊富で色々と話していて意気投合しやすいというのも魅力の一つ。そのため、あわよくば・・・と狙っている男友達も少なからずいる。つまり、人気がある方なんだが当の美春は全く気にせず誰とでも話している。多分、あの先輩は今さらながらに危機感を覚えたのではと思った葵だったが、これらは口には出さない。なぜかって、葵としては傷ついていた親友を優先してやりたいから。

「んー、気のせいかもだから、別にいいや。私があの先輩に気を使う義理もないし」
「まあ、確かに。うー、でもカラオケいけないのは辛い。それに、今日もきっと来そうでコワイ」
「ああ、そうだね・・・というか、もう来ているっぽいけど」
「ええっ?」

そう言いながら、葵が指さした方向を見ると、確かに窓越しに姿が見えていた。校門あたりにちょっと肩や髪がゆれているのが見える。ガンと窓に額をぶつけた美春はがっくりと肩を落とした。

「うわあ・・・今日は裏門から帰るしかないかな」
「だね。私は部活があるから一緒に帰れないしね。気を付けて帰ってよ」
「ん、ありがと・・・またね」
「はーい」

別れを告げて、教室を出て玄関で靴をとってから・・・と思ったら、下駄箱に立っている無駄に顔のイイ男が2人。いつの間に校門から移動したんだ?とびっくりだ。
幸いなのは、部活が始まる時間ということで、誰もいないことだろうか。もし、ココに他の生徒達がいたら大騒ぎになることは確実だ。ある意味、彼らはラッキーだったかもしれない。逆に美春にとってはかなりの不運だったが。

「あ、来たよ、美春ちゃん、土曜日はどうも?」
「・・・・・ははは、今日は2人そろってご登場ってわけ。しかも、それ私の靴だよね」
「逃げられたら困るからな」
「そりゃ、逃げるよっ!!」

返してと文句を言うが、当のセンパイである亜樹は返す気ゼロ。崇臣先輩も土曜日に逃げられたことが不満なのだろう、助けてくれる気配がない。・・・・でも、センパイの完全な味方ってわけでもなさそう。

「・・・美春、ちゃんと話がしたい」
「嫌!!!」
「・・・・・・頼む」
「私が同じことを言った時、拒否した誰かさんの話なんて聞きたくない」
「美春~」
「やっぱりこうなったね。亜樹、だから、言ったのに。今までのことがあるんだから、美春ちゃんが嫌がるのは当たり前だろう。ね、美春ちゃん、嫌だろうけれど、1度でいいから、俺の顔を立てて話を聞いてくれないかな。土曜日に逃げられたこともあって、コイツを宥めるの、大変だったし」
「・・・・・・うっ」
「お願い、美春ちゃん」
「・・・・わかりました。でもっ・・・今回だけ、です」
「ありがとう、美春ちゃん。亜樹、どこで話すつもり?」
「アジトで」

正直、センパイと話すのは嫌だけれど、崇臣先輩には付き合っていた時にいろいろと話を聞いてもらった恩があるし、土曜日に逃げた負い目もある。その恩を思うと拒否できない。
アジトでと聞いて、ため息をついたが、逃げられないので、しょうがなく後をついていった。もちろん、靴は返してもらった。車に乗って、アジトへ向かう。この時も前のように崇臣先輩が車を運転してくれていた。
ただ、いつもと違うことがひとつ。センパイはいつも助手席に座っていたのに今日は後ろの席に一緒に座っている。

(珍しいこともあるもんだわ。というか、話ってなんだろう?まさか、いつものよりを戻すためとか?)

センパイが言うアジトというのは、もちろん、チームのアジトのことだ。何故かは解らないが、センパイは結構大きめの倉庫を持っていて、その二階に事務所みたいな部屋を持っている。2度ぐらいアジトに連れてこられたことがあるが、その部屋の中までは入ったことがなかった。まさか、別れた今になって入ることになるとは思わなかったけれど。

「ほら、入れよ」
「部外者を入れていいの?」
「・・・・ああ」
「亜樹が許可しているし、今は他のメンバーも入れないから大丈夫だよ。ほら、どうぞ」
「そう・・・じゃ、失礼して」

靴を脱いで部屋へと入る。ソファとテーブルがあって、応接間みたいなカンジになっている。そのソファに促されたので座った。崇臣先輩はお茶をということで奥の方へ。その間2人きりになったのでしょうがなく口を開いた。

「・・・で、話って何なの、センパイ」
「あー、話の前に、そのセンパイって言うのやめろ」
「ワガママな。じゃあ、豹紋寺さん」
「そこは前と同じように『亜樹』って呼べよ」
「別れた男にそこまで優しく出来る人間じゃないんで、心の底から遠慮します、豹紋寺さん」
「・・・・・・・」
「亜樹、不満そうな顔をしているけれど、これが別れたカップルの一般的な態度だよ?」
「分かった、不本意だが、センパイとやらで妥協してやる」

横出ししてきたのは冷たいお茶を持ってきてくれた崇臣先輩。
彼の至極まっとうな意見に思わず美春は縦に何度も頷いていた。それも面白くなかったのか、センパイは不貞腐れる様に姿勢を崩した。(元々胡坐だったが、机に脚をかけるのはどうかと)
お茶を受け取って吸っていると、崇臣先輩がセンパイに何やら話しかけていた。心底どうでも良かったので、時計をちらっと確認する。そろそろ帰りたいなと思いながら。

「美春、別れた原因は俺の女癖が原因だよな。じゃあ、それを解決したらもう一度付き合えるか?」
「センパイ、ココに割れたグラスがあると想像して?」
「・・・ああ」
「一度割れたこのグラスを元通りに完璧に戻せる?」
「つまり、無理だって言いたいわけだな」
「ご名答。話が以上なら、帰らせてほしいんだけれど」
「・・・・・断る。言っとくが、まだ話は終わっていないからな」

(眉間にしわを寄せて不貞腐れている。これはやっぱりプライドが傷ついているせいか)

めんどくさい男だなと思いつつ、飲んでいたお茶をテーブルにおいてセンパイに話しかけた。

「・・・じゃあ、センパイが私を振ったことにすればいい。そうすれば、問題ないでしょう?」
「は?」
「センパイは私にフラれる形で別れたことが不満。なら、そっちから振ったことにしてもらって構わないよ。そのかわり、もう関わらないでほしい」
「・・・・・・・」
「あー、ストレートど真ん中ストライク。ほんと、今までのツケが一気に来たってこういうことをいうんだよ」

何故かショックを受けた顔を見せているセンパイ。その彼の頭をぶっ叩いた崇臣先輩にも驚いたけれど。
2人を交互に見ていると、無言になったセンパイに変わって崇臣先輩が話し始めた。

「なんてことはない、単純な話。こいつは君にやきもちを妬いてもらえるのが嬉しくて、色々子どものように君の気を引いていただけ。で、それがエスカレートして、君の怒りがたまりにたまっていたことに気づいてなかったのさ。だから、君から別れようって言われた時も、どうせやり直せるって高を括っていたわけね。でも、思いの他、君の頑なな態度で、やっと君の本気を悟って、慌てて必死こいてるわけ」
「・・・・へ?」
「ちなみに、コイツが不満なのはフラれたことじゃなく、君の態度が変わってしまったこと」
「だから、今さらながらに慌てて、餌を与えようとしていると。ああ・・・なるほど、ほんと、相変わらずの・・・自己中だね」
「うん、そこは俺も否定しない。亜樹、さっさと本題を言いな」

どきっぱり言った崇臣先輩に促されてか、亜樹がため息をついた。

「・・・全部、ソイツの言う通り。ほんとに、美春以外の女はどうでもよくて、お前の気を引けるなら別に、誰でも良かった」
「・・・頭、痛くなってきた」
「美春、悪いところは全部直す。もう、ガキみたいな行動もやめる。だから、やり直して・・・欲しい」
「断る」

頭痛がするが、センパイの申し出に対しては脳内感覚1秒で返事を返した。
絶対何があろうとも頷くものか。ここで頷いたら絶対にまた過去に逆戻りだ。
そんなことごめんこうむる。

「センパイ、ここに水が入っているグラスがあると思って」
「またかよ・・・ああ」
「そのグラスが壊れたら、こぼれた水を元通りには?」
「できないな」
「じゃあ、私の答えも解るよね。いくら、センパイでもいうてええことと、わるいことがあるんわかるやろ、こうして会話しとるだけでも破格の対応だって思ったって!」

感情が高ぶったせいで、つい方言がでてしまった。普段は、出来るだけ抑えているだけに恥ずかしい。とにかく深呼吸をしてから、また話しはじめた。

「えっと、ゴホン。第一、やり直すって気軽に言っているけれど、お互いのためにも、別れたままの方がいいよ」
「・・・どういうことだ?」
「デートもしなかったじゃん。キスもそういうことも1回だけで終わったし。それ以降、体の関係もナシで、学校でも会話ナシ。センパイは他の女の人で処理するから、私がよく怒って喧嘩になって逃げていたでしょ。久しぶりに会話しても、私が泣くか怒るかで中断。そのたびにやっぱり逃げるセンパイ。電話もまともに話したことないしメールもしなかったし・・・・ねぇ、これ、付き合うメリット、私にあるの?ないよね?」
「・・・・・・・・・」

問いかけても返事はない。否、多分何も言えないだけだ、現にセンパイは目を泳がせているし、聞き役になっていた崇臣先輩はあきれた表情を見せていた。

「センパイだって、今の方が好き勝手にできるでしょ。正直、今はセンパイのことで頭を悩ませずに済むからすっごく気楽なの」
「・・・・・それは、悪かったとは思う。でも、今は美春だけだ、本当に」
「センパイは性欲処理には困ってないって言っていたじゃん」
「それは・・・違うっ・・・あれは」
「はいはい、解ってる。遊びでしょ。だったら、今のままの方が私を気にせず遊べるよ」
「亜樹、お前が言った言葉が全部そのまま返ってきているじゃねぇか・・・諦めたら?」
「嫌だ。やっと美春が好きだって自覚したのに、なんで、諦めなきゃならないんだよ!」

2人の会話を余所に美春は立ち上がった。今度こそ、出ていくためにドアノブを開ける。一度だけセンパイの方を向いて一言言ってから、逃げた。




「元彼に今更好きとか本気とか言われたって、ときめかない。その程度でころっと考えが変わるようなら、別れてないよ」





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