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しおりを挟む「遅いじゃないか!!」
「しょうがないだろう、バイト先に顔出ししていたんだから。それより、なんで田中さんがいるの?」
「何でって・・・どういえばいいの、これ」
「なんとなくでいいんじゃね」
「ああ・・・ってことで、なんとなく!だそうです」
「ふーん」
琉生が目の前に座るなり、聡がほっとした様子を見せたが、敢えて気にしないことにした。聡はというと、隣に座っている疾風に目配せしていた。
疾風と目が合ったかと思うと、ビールをぐいっと飲みだしたので、放っておく。琉生は店員を捕まえてビールを注文した。
基本的に聡がぺらぺらとしゃべるだけなので、会話には困らないどころか、ある意味で助かった。琉生にとって謎なのは、疾風が喋る時に聡経由で話しかけてくるというなかなかにカオスな状態の今。
・・・こっちはもうふっきれてるつもりだったんだけれど、何故にこうまでして話す必要があるのかなぁ。
「ああ、今は特には何もしてないよ。バイトで忙しいし」
「え?ああ、あのさ、バイトってどんなの?ってさ」
「となり町の居酒屋で接待してる」
その時、箸が落ちる音が聞こえた琉生の目の前では疾風が固まっていた。というか、まともに顔を合わせたの何気に今日はじめてな気がする。もういい加減イライラしていた琉生は疾風に直球で聞いた。
「田中さん、聡を通して聞くくらいなら直接聞いたらどうです」
「・・・っ」
「あの時のことならもう気にしてませんよ。だから、普通にお願いします」
はぁとため息をついたとたん、彼が机を叩いたことにびっくりした。琉生が思わず身じろぎすると、今度は聡が疾風を宥めるように口を開いた。
「落ち着けよ。そもそも、今日ここに呼び出せって言ったのはお前だろ。そのお前が話そうとしないことはさすがに俺もイライラしてきた。いいか、琉生にとっちゃ、お前に無視された状態で終わってるんだ。お前の名前を出せば来ないことは明白だったし、琉生が別れたと思ったって無理ないんだっつーの。いい機会だからちゃんと話し合え。そうでなきゃ、またあの時の二の舞だろうが」
聡の言葉を信じるとなると、この集まりは疾風が言い出したことになる。一体何が目的で?と琉生が首を傾けると、彼が渋々と口を開いた。
「・・・解った。とりあえず、その田中さんをやめろ・・・気持ち悪い」
「ああ、はいはい」
あ、呼び方が気に入らなかったのかと納得して頷いた。(聡は小さくそれだけじゃないんだけれどなと呟いていたが、琉生には聞こえなかったもよう。)
「・・・ほんとに、あの時のこと気にしてねぇの?」
ビールを飲みながらジト目で見てくるのやめてほしいと思う。
そりゃあ・・・気にはしている。気にしているからこそ、名前を呼びたくないんだがと、琉生は視線を上の方に向けた。こうでもしないとなかなか口に出せない。
「あれから何年たつと思ってるの」
「そうだな、3年ぐらいか」
「そうだよ、それだけあったらもういいやって思うよ」
琉生が大げさにため息をつくと、疾風の眉間に深いしわが寄ったのが見えた。
何をしたいの、お前は。何を言いたいの?余計な期待はいらないんだよね、本当に。
あの頃は何も考えなくて良かった。
ただ、笑いあっていれば良かった。だけれど、今は・・・もうそこまで楽観的にはなれない。
琉生は目の前にあるビールを一気飲みした後、ふうとため息をついた。
「本当に、もういいんだ。あの時と同じ思いはもうたくさんだからさ」
もう、傷つきたくない。
何度考えても、あの電車の時が分かれ道だったとしか思えないから。
俺があの時上の空でいなければ
あの時ちゃんと返事をしていたら何かが変わっただろうかと考えてしまうから。
だから、もういい。
ムカついたのも確かだけれど、きっかけはおそらく俺だ。
それを思い出した時、俺には疾風を責める資格はないと思った。だからこそ、自分から連絡を取ることなどできなかったし、しなかった。
きっと、俺たちはあの時・・・違う道を選んだ。
店員が運んできた焼き鳥を一本手に取る。琉生が大好きなぼんじりを頬張っている時、疾風が焦った様子で口を開こうとしていた。しかし、疾風が声を出すことはなかった。聡がそれを珍しく制していたからだ。
「琉生、お前は・・・」
「待てよ、疾風。お前が言いたいことはわかるぜ。だが、今のこいつに話しても逆効果だ」
「じゃ、どうしろと」
「そりゃ、俺にもわからん!だけれど、一つだけわかった。琉生、お前もあの時のことを引きずったままだってことはな」
「・・・お前もってどういうこと?」
聡の言い方は相変わらずだ。解っているのに、解りたくないと思う時がある。
今のもまさにそういう言い方だった。
解っている。俺以外になんてたった一人しかいないじゃないかと琉生は心で思ったことと一緒に焼き鳥を飲み込んだ。
「ふーん、田中でも引きずる時あるんだね」
もうそれ以外に何を言えたというのか。
琉生が二本目の焼き鳥を手に取ろうとしたとき、疾風の手が伸びて、手首をつかんできた。
いきなり捕まれたことに琉生はあっけにとられていたが、真剣な疾風の表情に何も言えず、困惑するしかない。
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