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魔法使いに捕まったシンデレラ
6)心配と無謀と病院
しおりを挟む右京からの電話を受けた左京は眉間に皺を寄せていた。物凄く物凄く不機嫌だという様子を隠さずに。講義を途中で抜けたせい?いや、違う。コレはどう考えてもあれだ。さすがの左京にもイライラの原因はわかっていた。頭では解っていても抑えられない苛立ちはどうしたものか。
講義室を抜けてはE棟への通り道を大股でさっさと抜けていく。その間にも双子のやり取りは続いていた。
「なんで?」
「だから、佳音がストーカーに追われて」「それはわかる。それも一大事だけれど、なんでお前が麻友から電話をうけてんの? おかしくない? 普通、俺に助けを求めるもんじゃないのか!?」
イライラする。なんで、こいつに電話をしたんだ。今日の朝には一緒に大学に着いていたんだから、俺の方がよほど近いというのに。大体、麻友も麻友もだ。俺ってそんなに頼りないのかなぁ~!?
「……そっちかよ。お前のやきもちは榊ちゃん本人にぶつけてくれ。とにかく俺がそっちに向かうまでなんとか持たせてくれないか」
「今、E棟に向かってるよ!!」
「だから、俺にやつあ――」
途中で電話を切りながら、E棟の玄関に駆け込んで階段を駆け上がった。電話を切ってもなお、イライラが収まらない。一体何なんだ。自分でも不合理だと思っている。冷静に考えれば、佳音ちゃんの彼である右京に連絡するのは当然だとは思う。それでも、それでも――
できれば、一番に自分に相談してほしかったと思うのは俺の我がままだろうか。
大股で駆け上がっていると、佳音ちゃんとばったりと出会った。いつも笑顔だった彼女が顔をくしゃくしゃにさせて泣きじゃくっていた。
「あ、左京さん、麻友が、麻友があの人を食い止めてくれてて……どうしよう!!」
――変なものだ。以前の俺なら、佳音ちゃんを優先していただろうに。
いつの間にか、こんなにも君の存在が大きくなっていたとは思いもしなかった。
ああと呟きながら上を仰ぎながら、ぎゅっと佳音を抱きしめた。前だったら切ない気持ちを抱いて、心で叫んでいただろう。でも今は不思議と穏やかだ。麻友を抱きしめている時と全然違う。慌てふためいていた佳音だったが、左京の真剣な声に何かを察したのか、抱きしめ返さずにまっすぐ左京を見あげていた。
「こんな時だけれど、俺…‥佳音ちゃんのこと好きだったんだよね」
「え、は、はい……」
「でも、今はもっともっと好きな子ができた。だから、ごめん、佳音ちゃんは一人で右京のところへ行ってくれる? 多分、玄関で待っていれば大丈夫だから」
「……はい、大丈夫です」
左京の言いたいことを悟った佳音は涙をぬぐいながらすれ違うように下の方へと階段を下りていく。それを確認した左京が最期の階段を駆けようとした時、激励が飛んできた。
「お義兄さん!! 麻友を、大事な親友をお願いします!」
うん、任せてよ。
心の中で返事をしてから、最後の段を昇った。息を切らせながら廊下の方を見た時、左京の目の前に大小の深紅色の水玉が散らばっているのが見えた。
「――っ、麻友、どこだ!!」
嫌な予感を感じて叫ぶが、返事はない。血だまりを辿っていくと部屋の中で争っている2人が見えた。ドアを開けようとするが、開かない。
この血だまりがどころどころにあって、この配置からして、2人が部屋へとなだれ込み、おそらく佳音ちゃんを逃がすために鍵をかけて、応戦していたっていうところか。
なんていう無茶をする。血が凍りそうで背中が寒くなる。
この時唐突に麻友が言っていた言葉が頭に過ぎった。
『前に、ちょっとトラブルで、刺された、だけ…‥』
皮肉なことにドアの窓は曇りガラスで見えない。仕方がなく、隣の部屋にあった椅子でドアの窓ガラスをたたき割った。
ガッシャーンと盛大な音が聞こえたのと同時にガラスが割れる。そこから見えたのは、ぐったりと倒れている麻友に跨って、ナイフを振り下ろしている男の後ろ姿。
瞬間、頭が真っ白になった。身体じゅうが沸騰して、もう何も考えられない。ああ、こいつを、こいつだけは、殺さなければ―――――!!
ガンガン!!
何かを打ちたたく音が聞こえる。ぼんやりする頭でなんとか目を開けようとするが、痛みで意識が朦朧としている。なんとか腕を動かそうとすると、榊ちゃんと呼ぶ声が降ってきた。
「大丈夫か、榊ちゃん」
「う、きょ……さ、ん」
「おい、聞こえたか!? 左京、ほら、麻友ちゃんが目を覚ました!」
ぼんやりとしていると、ようやく輪郭がはっきりした。息をするのが苦しい。それでも、右京さんの声が飛ぶのが聞こえた。それに応えるように叩く音が止まった。駆け寄ってくる足音と声に今度こそはっきりと意識が覚醒した。
「麻友、大丈夫か!?」
「……せんぱ」
「……なんで、そこ!?」
「おい、左京、そういう問題は後だ、彼女を早く病院へ!」
「くそっ、麻友、後で説教するからな」
双子の訳の分からないやり取りの流れで何がどうなったのかわからないが、麻友はいきなり左京に抱っこされる形で救急車へと搬送されていった。玄関からは佳音が泣きながら付き添ってくれた。隊員さんに意識があるうちにといろいろと質問を受けてーー
その後は、もう覚えていない。恐らく途中で意識を手放したのだと思う。
そして、あたしは気付けば病院のベッドの上に横たわっていた。窓を見るとすっかり陽が暮れている。
「……あれ?」
ちょっと、待って。なんであたしは病院にいるの?
落ち着こうよ、自分‥…そうだ、佳音の元カレと言い争ってとっつかみあいになって……このままだとヤバいから、佳音に部屋から出るように言って、そして襲い掛かってきたヤツに...…あ。
「そういえば、右京さんと先輩の声が聞こえたっけ。佳音も大丈夫っぽかったし、よかったけれど、奴はどうなったんだろうか」
かなり激しく争ったから血もたくさん出たし、大学には迷惑かけちゃったなぁ…。
頭を抱えて項垂れていると、ドアが開く音が聞こえた。そっちに反応して顔をあげると、左京が入ってきていた。なぜかしかめ面で……。
「麻友」
「あ、先輩。助けてくれてありがとうござ……ぐは、な、なんちゃらにゃ?」
いきなり頬を引っ張られた。解せぬ。声にならない声で抗議していると、左京はめったにみたことのない笑顔で爽やかに言い切った。
「ねぇ、麻友。俺が怒っている理由わかんないでしょ? そんな君に反論など許さない」
痛くはないけれど、ぷにぷにと変形されると困るんだが、ここで何か言おうなら、何かが起こる予感がして黙っているしかなかった。それぐらい圧がすごい。仕方がなく黙って左京が何か言うのをひたすら待つ。待つ。待って、ようやく左京がため息を吐くように口を開いた。
「佳音ちゃんはずっと付き添いたいって言っていたけれど、さすがにあれだからね。右京の家で休んでもらっている。それから、大学の方は俺の方でなんとか処理したよ」
「……処理。え、そんなのできるんですか?」
「この病院も、大学も、佐野グループがスポンサーやってるからね~。まぁなんとかなったよ」
「佐野グループ、侮りがたし」
「そうそう。さっきまで君のご両親が来ていてね。一応こっちで説明しておかえり願ったよ。君が無事なことを確認できて安堵されていた」
「あ、ありがとうございます。そうだ、ここ個室ですよね?できれば相部屋で……」
「あ、それ以上は言わないで。ここは右京がお礼に支払うから存分に甘えるがいいよ~」
「は?なんでですか?!」
「未来のお嫁さんになる人を守ってくれてありがとうってさ」
肩を竦めるように言う左京に麻友は何ともいえない表情を見せた。
「それは違うかなと。あたしにとって佳音は親友で、だから、守るのは当たり前のことだから。別にそういうつもりで守ったんじゃないのに」
「それでも、右京は嬉しかったんじゃないかな。佳音ちゃんにそういう友達がいてくれたことが」
「そう、ですかね」
「嫌なら、また利子付けて返すといいんじゃない?多分突っ返されるだろうけれど」
「……一応試してみます」
確かに拒否されるかもしれないけれど、誠意を見せることは大事だ。貯金している金額を思い浮かべながら、返す算段を考えているとようやく頬から左京の手が離れた。
――温もりが離れたら離れたで寂しいと思うのは気のせいということにしておこう。
そのかわり、頭をポンポンと叩いてくる彼は何とも言い難い表情をしていた。
「とりあえず、今は安静にしな。幸い致命傷になる傷はなかったけれどあちこちに切り傷ができているからね~」
「あ、護身術を覚えたおかげですね。良かった、無駄じゃなくて」
「あと、佳音ちゃんの元カレのことだけれどさ、(処分は)こちらに任せてもらっていいかな?」
「あっ、そういえば、なんで奴は佳音の場所が分かったんですかね?」
「あ~うー、それは……その……」
「教えてください」
言いづらそうな左京の様子に何かを察した麻友は強い口調で左京の胸倉をつかんで迫った。
「あたしのことは気にしなくていいですから!!」
「はぁ……あんまり言いたくなかったんだけれどね。あの君の元カレと同じ高校にいたみたいで、そっから情報を得ていたみたいだよ」
「元カレって、あの飛朗斗のことです、か?」
「そう、そいつっぽいね」
「……‥‥‥あいつ、今度あったら覚えてやがれ」
「あーそれは多分無理かな、わざわざこっちから会わせるつもりはないしね」
「へ?」
「とりあえず、そいつらは俺達に任せておいて? ね……?」
不穏なオーラを嗅ぎ取った麻友は恐怖から思いっきり縦に頷いた。もう怖いからあとは知らないとばかりに勢いよく何度も。左京はそれに満足したようで深く頷いていた。
「今日はもう帰るよ。また明日来るから」
「あ、いつまでここにいれば……」
「早くても明後日ぐらいまでかな」
「うう……早く退院したいな」
麻友がそう呟いた時、左京がぎゅっと麻友の手首を強く掴んできた。痛みに思わず何かを言おうとした麻友だったが、左京の真剣な顏に押されて何も言えなくなった。
「あのね。深い傷がなかったのは本当に運が良かっただけ。本当なら殺されていてもおかしくなかったし、出血多量で死んでいたかもしれない。もしそうなったら、佳音ちゃんが負い目を感じるし、俺達も心配どころじゃなかっただろうな。そういうことをちゃんと考えた?
……前にも奴に刺されたことがあるんだろう? それでたまたま生き延びたからって、簡単に一人で立ち向かおうとか間違ってるって解ってないよね? 佳音ちゃんもだけれど……麻友もちょっとそこらへんを反省したほうがいいよ」
そう言い残して、左京はさっさと部屋を出ていった。つよく掴まれたためか、少し赤くなっている。だけれど、その痛みより、刺された痛みより心がずっと痛んだ。
(先輩のあんな顏……初めて見た)
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