【R18】階段で転げ落ちたシンデレラ

巴月のん

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1)一目ぼれなど信じない

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犬山佳音いぬやまかのんはこの4月に大学生になったばかり。 高校は共学だったし、彼もいたことがあるけれど、いろいろあって結局別れた。それ以来、オシャレに気を遣うこともできず、髪の毛も黒に戻して手芸にせっせと励みながら、教員になることを目指すべく大学受験に追われていた。そこからやっと解放された今は忙しいながらも大学生活をエンジョイしている。
高校生活と違って、何もかもが自分で動く必要があるわけで、戸惑うこともたくさんあるけれど、なんとか新しく友達になったメンバーと一緒に講義を取ることも多いし、ゼミにも入ってようやく慣れてきたところだ。迷わずに食堂にたどり着けるようになった佳音の前では、パフェを献上した友人の麻友まゆが頭を下げていた。

「佳音、お願い。私の入ってるサークルに助っ人として来てほしいの」
「え~ゼミでいっぱいいっぱい・・・・・・」
「解ってる。 実はさ、地域のお祭りで小物を販売することになっちゃって。で、あんたさ、高校の時手芸部だったって言っていたでしょ、助けてほしいの!」

両手で拝まれてしまった。しかも、パフェ付きで。 大学オリジナル牛乳の紙パックを片手に説明を聞いてみると、麻友はボランティアサークルに入っているという。そこで何を売るかと話し合いをしていた時に小物づくりだったら大丈夫だと安易に提案したら、なんとやる気があると思われてリーダーに選ばれたと。

「わあ・・・・・・一年生でリーダーとかスゴイじゃない」
「まぁ、リーダーってのはまだいいのよ。でもね、手芸とは無縁で生きてきた私が小物作りとかできるわけないじゃん!   それで、あんたにサークルにきて指導してほしいのよ!」
「ああ、なるほど。 そのための助っ人ね。 うーん。でもミニレポの提出もあるし」
「材料費とかは予算から出すし、ちょっと勉強に関しては力を貸せるし、ちょっとだけだけれどお礼もするからっ!」

必死に頼み込んでくる麻友を無下にできず、結局縦に頷いてしまった。もちろん、パフェは美味しく頂いた。そしてちょうどこの日がサークルの活動日ということで挨拶に向かうことにした。 研究棟Aの裏にある研究棟Dの230号室が活動場所だという。
友達に連れられて「おじゃまします~~」と佳音が入るといきなり拍手で迎えられ、驚いた。 ざっと見渡すと、麻友を入れて9人。誰もが佳音に期待の目を向けているのが丸わかりだ。

「麻友、なんでこんなに歓迎されてるの・・・・・・?」
「いやぁ、実はメンバーはくじで決まったんだけれどね。そろいもそろって苦手な人が集まってしまってね~」
「それで、私を大歓迎してくれたわけですか。 あ、犬山佳音です。よろしくお願いします」

慌ててあいさつするとよろしくねーと次々と自己紹介を受けた。顔と名前を一致させるのが苦手な佳音にとってはなかなかの苦行だ。はぁと頷きながらも汗びっしょりで座っていた。ようやく全員が終わった。と、思ったら、麻友があれと首を傾げている。

「あれ、10人って聞いていたのに足りないじゃん・・・・・・リスト見せて?   あー、右京先輩かぁ。そりゃ来ないわ!」

麻友が隣にいる男の人に話しかけてリストを見たとたん納得した様子を見せた。右京先輩とやらはあまり来ない人で有名らしい。班のみんなも名前を聞いてお互いに納得と顔を見合わせていたことから頻繁にある事なんだろう。

「じゃ、右京先輩はほっといて始めよっか! 佳音、私達でも簡単にたくさん作れる小物を教えてくださいっ!!」
「え、あ、はい!!  皆さんの意見を聞いて決めたいので、作ってみたいなってのがあれば教えてください」

そこからは真剣に話し合いに没頭した。 あれやこれやと予算を含めて話し合った結果、簡単にできるシュシュとビーズアクセサリーを販売することになった。材料費や買い物も必要だからと、佳音は先に抜けることにした。他のみんなは他にもいろいろすることがあるらしく、遅くなるようだ。申し訳ないなと思いつつ、スマホを見ると乗る予定の電車の時間が迫っていた。

「うわっ、急がないと!!」

足が遅い方だから余計にと思い、慌てて走る。 この大学は無駄に階段も多くて時間もかかる。 しかも、カクカクな階段だから足も疲れて仕方がない!

「ああ、もうっ~~!!」

今日に限って、教授に手伝いを頼まれたからとスーツを着ている。 そして、何故私は着替えを持ってこなかったのか!   と、ちょっと考えれば良かったのに気づけなかった自分に腹を立てながら、少しヒールの高いパンプス階段を下りていた。が、そんなときに限って足を滑らすお約束があるというもので。

「あっ・・・・!」

また、転がって怪我を作ってしまう・・・・・・!  と目を瞑ったのに、痛みがどこにもないように感じた。恐る恐る目を開けてみると、目の前が真っ黒に。えっと思わず声を出したその時、上から笑い声が聞こえる。その声に嫌な予感を感じた佳音が恐る恐る見上げると、芸能人ばばりに顔が良い男の顏が露わになった。 少しくせ毛のある茶色の髪に黒い縁の眼鏡の奥に見える切れ長の黒目。

「・・・・・・え?」
「大丈夫か?とりあえず、靴を履かせるからちょっと失礼するよ」

展開についていけず呆然としていると、脇下に手を入れられ、持ち上げられた。

「うわっ」
「あれ、軽い。ちゃんと食べてるの?」
「あ、はい・・・・・・あ、靴!」

踊り場に転がっているパンプスを見つけると、彼はその方向に向かってくれた。
私を抱きかかえたままで。なんという男前な・・・・・・!  と思いながらも、佳音はお礼を言っていなかったことに気付いて口を開いた。

「あの、助けてくださってありがとうございました。もう大丈夫ですので」
「ん。 今度は前をちゃんと見てね」
「はい、申し訳ありませんでした」

確かに急いでいて足元とスマホを見比べてばかりいた・・・・・・って電車!!!

靴を履いて我に返った佳音は急いでスマホを見て悲鳴を上げた。その時に男性がびくっと仰け反ったことには気づかなかった模様。

「すみません、時間がないので失礼しますっ!本当にありがとうございました!」
「え、ああ。本当に気を付けろよー!  ・・・・・・あれ?」

後ろから聞こえる声を振り切って、駅まで走る。さすがに間に合わなかったが、次の電車に乗ることができたので一安心だ。座席に座ってはぁと一息をついたその時、鞄につけていたバッグチャームが消えていたことに気付く。 
つい最近買ったばかりの猫のふわふわなキーホルダー・・・・・・。

「え、やだ、そういえば鞄も床に落としたんだった!!   もう、踏んだり蹴ったりだなあ」

その時、受け止めてくれた彼の顏が脳裏に浮かんだがすぐに首を振る。

「まさか漫画のような展開を経験することになろうとは。でも、さすがに恋に落ちるってことはないわ。あれはさすがにイケメンすぎて逆に無理・・・・・・!!」

とりあえず、チャームは明日探そうと決めて目を閉じた佳音だったが、次の日の朝、階段を探しても見つからず、ため息をついた。

「うう、見つからなかった」
「あんた、今日も牛乳買ったのね・・・・・・」
「うん」
「元気ないなー、どうしたのよ」

今日も食堂で麻友とランチ。でもバッグチャームが見つからなかったことでテンションが低いと伝えると、ありゃと同情をもらった。
うん買ったばかりだったからほんと残念・・・・・・と牛乳のストローを咥え直す。 と、いきなり食堂の入り口の方から黄色い叫び声が響いた。奥にいる佳音達にも聞こえるのだから相当なものだ。 佳音はいきなりでびっくりしたが、麻友はああ・・・・・・と慣れたように肘をつきながらポテトを食べていた。

「な、なんなの、 この歓声は!?」
「あ、右京先輩でしょ。多分ね」
「サークルでも出ていた名前だね。そんなに有名なの?」
「本当に疎いよね~。ま、あたしもサークルに入らなかったら知らなかったかもだけれど。  右京先輩って去年この大学のイケメンコンテストで優勝してんだってさ。 なんかどっかの会社の御曹司って噂もあって、そらもうスゴイ人気みたい」
「へぇ~~」

あまりいい恋愛をしてこなかった佳音としてはこの騒がしさの原因が解ればそれでよかった。ただ、なぜか、騒音がどんどん近くなっている気がするのは気のせいだろうか。 あまりにも煩いので、イヤホンをつけながら、ノートに目を向けることにした。麻友の方はさすがに我慢できなかったのか騒音が聞こえる方向に目を向けていた。

「え、なんで先輩がこっちに来てんのよ?」
「あーいたいた。ほんと探すの骨が折れたよ。 あれ、榊ちゃんもいたんだね」

麻友が誰かと話していることに気付いた佳音は先輩とやらの顔を拝もうと見上げた。

「あ」
「昨日は無事に帰れたようで何より」

昨日自分を抱きしめていたあのイケメンが目の前に立っていた。あ然とした佳音と先輩を見比べていた麻友がなぜかびっくりしている。いや、びっくりしたいのはこっちだよ!

「え、知り合いだったの?」
「というか・・・・・・話したでしょ?  転んだの助けてもらったって。この人だよ」
「マジで?  ってか、探していたのって佳音のことだったんですか、先輩」
「うん。彼女のだと思ったから確認しようと思ってさ」

右京先輩とやらは少し微笑んだあと、鞄からふわふわもこもこな猫のキーホルダーを取り出した。

「それ、私のです!」
「あ、やっぱり」
「わ、ありがとうございます。すみませ・・・・・・あれ?」

諦めていたバッグチャームが戻ってきたことがあまりにも嬉しくて思わず立ち上がっていた。  そんな佳音を前になぜか右京先輩は見せたキーホルダーをじらすように上へと持ち上げて、佳音が取れないようにしていた。佳音が首を傾げると、右京先輩は無駄にイケメンな声でとんでもないことをのたまってくれた。


「返してもいいよ。その代わり、しばらく俺と付き合って?」
「・・・・・・どこへ?」
「どこへでも、君となら遊園地でも動物園でも。もちろん、ホテルでも付き合うよ?」



・・・・・・・・・・・・悲鳴をあげたいところだったが、あいにく先に悲鳴を上げたのは親友の麻友の方だった。  いや、それより周りの女子の悲鳴の方が早かったかもしれない。
とりあえずここから出たいと切実に思った佳音であるが、この様子だと・・・・・・無理そうだなと肩を落とした。


「だから、もう恋愛はしたくないんだってばーー!!」



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