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43)新たな旅立ちとこれから(END)
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たこ焼き屋の娘と紫紺の王子の事情
アリエッタとケイトが眠気を抑えながら城の隠し通路へ向かうとおじいちゃんが扉を開いてまってくれていた。以前は王族の負の遺産が大量にあったが今は綺麗さっぱりない。あるのはただ一つの扉のみ。コレを見るとおじいちゃんはすごいんだなと改めて考えさせられる。元々が皇族の先祖なんだから当然ではあるのだが。
アリエッタは父から返してもらった荷物をリュックに詰め込んでワンピース姿で立っていた。ケイトもラフな服装で特に荷物ももってきていない。
「来たか・・・・ケイト、アリエッタさん。もういいのかね」
「うん。もうみんなとは別れを済ませたしね」「はい、大丈夫です」
今ここにいるのはこの三人だけ。見送りについては昨日のたこ焼きパーティーの時に笑顔で見送れない人は来ないでほしいと釘をさしておいたから多分誰も来ないだろう。アレスが一番泣いていて鬱陶しかったとはケイト談だけれど。
アリエッタもケイトも、こちらも泣き顔をみたくなかったし、どうせ思いだすなら泣き顔より笑顔の方がいいと判断してのことだ。
ケイトのはっきりとした声に納得したのか、おじいちゃんは扉の先へ入るようにと促してきた。
いよいよだと思うと胸が熱くなる。ケイトが先導すべく手を差し伸べてくれたのを手に取ったアリエッタは最後におじいちゃんに向かってお辞儀した。
「ありがとうございました」
「なんの・・・孫をよろしくな。それとケイト、しばらくは鏡も使えるからうまく使うように」
「鏡・・・ああ、双子の部屋の。解ったよ」
「君たちの未来に幸あれ」
そうおじいちゃんが呟きながら両手を広げたとたん、足を踏み入れた扉が輝いた。その瞬間眩しさで周りが見えなくなった。アリエッタがおそるおそる目を開いた時には真っ暗な世界が広がっていた。しかも手を繋いでいたはずのケイトも傍にいなかった。
「え、な、なんでっ?」
『大丈夫よ、私がちょっと呼び寄せただけ』
「・・・あなたは?」
宥めるように女性らしき声が降ってきた。訝しく思いながらも問いかけてみると、空にキラキラと光る銀色の輝きが見えた。
『大地の女神のディアナ。・・・報告とお詫びをしたくてね』
「・・・私を召喚した女神ですか!」
じりっと下がる。いくら女神とはいえ、いきなり召喚されたことに腹を立てていないわけじゃないし、警戒もしている。女神も気付いたはずだが、悪びれた様子もなく淡々と言葉を紡いでいる。姿が見えないということもあってあまりいい気分はしなかった。
『・・・まずカルマリアの方は私の方から王様や大樹の精霊に話して手をまわしておいたわ』
「つまり、聖女をやらなくてもいいということですか」
『ええ。あの国の状態じゃしばらくは聖女を降ろしても難しいでしょうし、様子を見たいといえば、王様も納得していたわね。それから大樹の精霊から頼まれたのだけれど、貴方にどうしても名前を付けてもらいたいと・・・どうしたらいいかしら?』
「・・・名まえはジュジュと。それから彼女にごめんなさいと伝えていただけますか」
『もちろんよ。今回は私の不手際だしね・・・それから、ごめんなさい』
最後の最後に小さく聞こえた謝罪を最後に光は消えていった。その瞬間、真っ暗だった周りがドンドン小さく渦巻いていく。そしてアリエッタの目の前でパァンと音を立ててはじけた。
そしてー目の前に広がったのは懐かしい光景。踏切の音、すれ違う人たち、音を立てて走る車に電車。そして、大小のビルに屋根のある家。それらすべてが、ブラパーラジュやカルマリアでは見られなかったモノだ。
やっと帰ってこれたのだと思うとこれまでの思い出が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
ぽろぽろと零れる涙を抑えきれない。へたりこみそうになるアリエッタだが、後ろからの呼びかけに思わず固まった。
「・・・莉愛・・莉愛なのね!?」
後ろから懐かしい声がする。まさかと思いながら恐る恐る振り返るとそこには記憶より少し歳をとった母親が立っていた。思わず叫びながら抱きつこうと駆け寄った。どうしてわかったのかわからない。でも、気付いてくれた、それが嬉しかった。気付けば、お互いに座り込みながら抱き合っていた。何十年ぶりの再会を喜びながらも涙で言葉にならない。
「お母さん・・・・お母さん、会いたかった!!」
「ええ、ええ・・・!!!」
みっともなくずっと叫んでいた。ずっとずっと呼んでも会えなかったお母さんに会えた。それがとても嬉しくてどうしようもなくて。周りの目も構わずずっと泣いた。
「莉愛・・・本当にあなたなのね。藁にも縋る思いで手紙を信じて良かった・・・!」
手紙・・・どういうことかと聞くと、数日前に差出人不明の手紙が届いたのだと。そこには地図が書いてあり、ココに行けば娘に会えるという内容が書いてあったという。その手紙を見せられた時、アリエッタはこの手紙を書いた主がおじいちゃんだとすぐに解った。おじいちゃんに渡されたケイトに関する手続き等の書類が入った封筒と同一のものだったから。
フォローも完璧なおじいちゃんにはもう一生頭が上がらない。もう会えないけれど、心の中で感謝をささげておいた。
立ち上がったお母さんに連れられ、アリエッタは自分の家へと帰っていった。家の玄関で待っていた父や兄の姿にまた涙を流すことになるのはこの後すぐ。
「莉愛・・・!おかえりっ・・・おかえりぃいああああおおお」
「ただいま、お父さん、お兄ちゃん・・・!!」
奇しくもこの日は、アリエッタの誕生日。
数年ぶりの再会に越田家に笑顔が戻った日であり、アリエッタがようやく莉愛と名乗ることができた日でもあった。
それから一年後
越田家の玄関では理仁が仁王立ちで立っていた。そしてもう一人、男の人が向かいあって立っている。二人の対峙する姿は最近よく見られるようになった光景で、隣の家の人や近所の人たちからも囃し立てられている。
「くそ、今日こそは!」
「いい加減諦めてくださいよ、未来の義兄さん♪」
「ぐああああ!お前なんかに可愛い妹をやるかぁあああ!」
くわっと襲い掛かるが、彼はなんなくひょいと躱した上で、腕をねじ上げた。ぎゃああと悲鳴を上げる理仁をよそに観客のみんなはやっぱりかーという感じで手を叩いた。あきれるように理仁を押さえつけた男は二階を見上げて、声をかけた。声が聞こえたのか、窓から顔を出したのは、莉愛だった。
押さえつけらえている兄にあきれながらも、男の方に返事を返した。
「はい、これで俺の100勝目~♪ おーい、莉愛、まだなのー?」
「お兄ちゃん、もういい加減にしてよ・・・。ケイト、もうちょっとだから待って!」
「りょーかい」
莉愛は最後の仕上げと唇にリップを塗る。そして慌てて玄関の扉を開くと、母が呆れたように立っている。一体どうしたのかと聞けば、ケイトと兄の会話を聞いていたという。
「ねー、義兄さん、もういい加減諦めましょうよ」
「お前は血も涙もないのか!!半年前にひょっこりやってきては俺の前でいきなり妹にキスをかまし、プロポーズまでしやがって!!」
「でも、反対されましたよ。だからしょうがなくお義兄さんの意向を汲んで一年間我慢するって言ったじゃないですか。結婚を延期した分、デート位快く許してください」
「お前が俺に勝てばっていう話だっただろうが!」
「・・・一勝もしてないのにまだあきらめてないんですか」
「諦められるかああああああ!」
地団駄を踏む兄の姿にがっくりと肩を落とした莉愛。その隣にいた母はため息をつきながらも、ケイトに声をかけていた。
「ケイト君、莉愛をお願いね。それから、理仁、いい加減になさい。お父さんももう諦めてるんだから」
「お母さん!!」
「さすが、義母さんとなる人ですね。ありがとうございます」
「娘が拒否していない以上反対はしないけれど・・・節度は守っていただけるわね?」
「・・・善処します」
「お母さんもそこまでにして!もう、ケイトもケイトだよ。あまりお兄ちゃんをからかわないで」
「我慢しているといろいろとたまるものだよ」
「もういいから行くよ! じゃ、行ってきまーす」
兄を放して近寄ってきたケイトは悪びれもせず莉愛に抱き着いた。それを見てきゃーと騒いでいる近所のお姉さんにすら手を振る余裕がある。呆れた莉愛が手を引っ張って歩き出すと、後ろからお兄ちゃんの「避妊はちゃんとしろー」という叫びが聞こえた。近所迷惑で・・・恥ずかしすぎる!!帰ったら説教しようと心に決めた莉愛の隣でケイトがぼそっと呟いた。
「避妊って・・・今更だよね。もう散々セックスしたし」
「そういうことじゃないし、今言うことでもないよ!」
莉愛はそういいながらケイトの頭をバシッと叩いた。痛いと頭をなでているケイトとは半年前に再会した。本当にびっくりすることに、家族で来ていたショッピングモールにあるたこ焼き屋の前で。お互いに目が合った瞬間に抱きしめられたのにはびっくりしたけれど、会えてうれしかったのはこちらも同じだからほっとした。
・・・その後がカオスだったけれど。幸いというか、私が異世界に行っていたことを家族は受け入れてくれたから、ケイトのことを説明しても驚きはしなかった。
奴隷の印も見ていた母は特に色々と思うことがあったらしくケイトに対しての態度が柔らかい。・・・お父さんとはきちんと話はしていないけれど、お兄ちゃんはあの通りケイトに対して頑なだ。ケイトはそれすら楽しんでいる節があるけれど。
そうそう、ケイトの髪の毛や目の色は徐々に黒くなっている。魔法がないこの世界では魔力を開放しても問題ないらしく、染めているとかで誤魔化して最初は地毛の紺色の髪や紫色の目で過ごしていたらしい。でも、環境故かどんどん黒くなり、今では光の加減でわずかに元の色が解るぐらいだ。
戸籍には高原慧斗と登録されていたのでその名前を使っておじいちゃんの家だった高原の家で暮らしている。
「あー、この新作のたこやき、美味しいね」
そして今日のデートでもたこ焼きを食べているケイトに莉愛はやれやれとため息をついた。
「慧斗、もう落ち着いたの?」
「やっとね。もうちょっとしたらオープンする予定」
「店の名前も決まった?」
「ああ、名前は最初からもう決めているよ」
「そうなの?どんな名前?」
「ふふふ、『ルアーエルジュ』にしようと思って!」
「それって」
「そう、ルアーのたこ焼き屋の名前をもらおうと思うんだ。ダメかな?」
「ううん、嬉しい」
アリエッタ・・・莉愛がこの世界に戻ってきてから1年ちょっと。ケイトと再会してから半年ぐらい。もちろん、ブラパーラジュにいたことも忘れてはいない。空を見上げては思う。きっと今も王都リートットでもう1人の父がたこ焼き屋でせっせとたこ焼きを作っているに違いないと。ルアーを思い出すとたこ焼きがむしょうに食べたくなった。
ケイトが食べていたたこ焼きを一つぱくっとつまみ食いする。ケイトがああっと言っていたけれどスルーだ。
「ん、美味しいね」
「ん。ね、たこ焼き屋をオープンさせたら、義父さんに会いに行くって言っておいてね」
「・・・自分で言って」
「ええーじゃあ、義兄さんに伝言頼もうかな」
ケイトがそういうのはあれだ、もう一度結婚の挨拶にということなのだろう。それはお父さんが逃げそうだから無理かも。でも、ケイトならどんなことしても会いそうだな。
・・・何がスゴイって、この人、大学を受けてあっさり受かってるんだよね。おじいちゃんが残した財産が思っていた以上にたくさんあったから、有効に使いたいとかいって株の勉強もしているし、いつの間にかパソコンやスマホを使いこなしている。
こうしてみると、本当にケイトはこっちの方があっていたみたいで、すごく生き生きしてる。
「あー美味しかった。もう映画の時間もそろそろだから行こう?」
「うん」
ケイトが立ち上がるのにあわせて、莉愛も手を繋いで歩き出した。
本当にいろいろあったけれど、今こうして2人でいると、それさえも尊い宝物だとさえ思う。
あの国でたくさんの思い出を作った事は無駄じゃないとようやく思えるようになった。
その思い出があるからこそ、莉愛もケイトも前を向いて歩いていけるのだから。
「ねぇ、向こうもきっと幸せに過ごせているかな?」
「そうだと思うよ。双子たちが俺達のことを絵本にしたぐらいだからね」
「ええっ、何それ!!」
くわしく!と問い詰めるがケイトは速足で逃げていった。呆然としながらも、こうやってなんでもない日々の積み重ねが思い出へと変化していくんだなとおもいながら莉愛はダッシュでケイトを追いかけた。
「こら、まちなさーい!!!」
「・・・ってことで、たこ焼き屋の娘は紫紺の王子様と旅に出ました。そして数年後、結婚して幸せになりましたと」
「めでたしめでたし~」
訪問した孤児院でせっかくだからと絵本の読み聞かせをしていた双子達は口を揃えながら本を閉じた。わっと拍手する子どもたちが手をあげながらいろいろと質問してくる。マーティはひとりひとりに応じて返事を返した。その中で、不満そうに1人の子どもが大声をあげた。
「ねぇ、王子様、どうしてたこ焼き屋のお姉ちゃんはお父さんと離れたの?それに、しこんの王子様も王子をやめたのたいへんじゃないの?お城でくらせばよかったのに」
「それにはねいろいろな事情があったんだよね~でも、2人はすごくすごく幸せにくらしていると思うよ」
「そうよ~きっとにぎやかな家族をつくって幸せに暮らしているに違いないわ」
えっへんと胸を張るルーティにあきれたマーティは不満を口にした子どもの頭を撫でながら諭した。
「だから、家族の幸せの形は一つじゃないんだ。君たちだってこうやって出会えて家族になっているんだから似たようなものだよ」
「そっか、私達が家族なのと一緒だ。そうか、血のつながりがあってもなくても同じなんだね・・・」
マーティが諭したのをみたルーティはふと窓の方を見上げた。真っ青な空に太陽がまぶしい。
きっとこの空の先で兄もきっと幸せに過ごしているのだろう。彼女の傍で。
かつて別れた懐かしい兄を思い出しながらルーティはぼそっと呟いた。
「・・・たこ焼き屋のお姉ちゃんとお兄ちゃんの事情を語るのはここまで☆あとは、もう女神様のみぞ知るってやつよ・・・!」
結局はみんなが幸せであればそれでいいの。
アリエッタとケイトが眠気を抑えながら城の隠し通路へ向かうとおじいちゃんが扉を開いてまってくれていた。以前は王族の負の遺産が大量にあったが今は綺麗さっぱりない。あるのはただ一つの扉のみ。コレを見るとおじいちゃんはすごいんだなと改めて考えさせられる。元々が皇族の先祖なんだから当然ではあるのだが。
アリエッタは父から返してもらった荷物をリュックに詰め込んでワンピース姿で立っていた。ケイトもラフな服装で特に荷物ももってきていない。
「来たか・・・・ケイト、アリエッタさん。もういいのかね」
「うん。もうみんなとは別れを済ませたしね」「はい、大丈夫です」
今ここにいるのはこの三人だけ。見送りについては昨日のたこ焼きパーティーの時に笑顔で見送れない人は来ないでほしいと釘をさしておいたから多分誰も来ないだろう。アレスが一番泣いていて鬱陶しかったとはケイト談だけれど。
アリエッタもケイトも、こちらも泣き顔をみたくなかったし、どうせ思いだすなら泣き顔より笑顔の方がいいと判断してのことだ。
ケイトのはっきりとした声に納得したのか、おじいちゃんは扉の先へ入るようにと促してきた。
いよいよだと思うと胸が熱くなる。ケイトが先導すべく手を差し伸べてくれたのを手に取ったアリエッタは最後におじいちゃんに向かってお辞儀した。
「ありがとうございました」
「なんの・・・孫をよろしくな。それとケイト、しばらくは鏡も使えるからうまく使うように」
「鏡・・・ああ、双子の部屋の。解ったよ」
「君たちの未来に幸あれ」
そうおじいちゃんが呟きながら両手を広げたとたん、足を踏み入れた扉が輝いた。その瞬間眩しさで周りが見えなくなった。アリエッタがおそるおそる目を開いた時には真っ暗な世界が広がっていた。しかも手を繋いでいたはずのケイトも傍にいなかった。
「え、な、なんでっ?」
『大丈夫よ、私がちょっと呼び寄せただけ』
「・・・あなたは?」
宥めるように女性らしき声が降ってきた。訝しく思いながらも問いかけてみると、空にキラキラと光る銀色の輝きが見えた。
『大地の女神のディアナ。・・・報告とお詫びをしたくてね』
「・・・私を召喚した女神ですか!」
じりっと下がる。いくら女神とはいえ、いきなり召喚されたことに腹を立てていないわけじゃないし、警戒もしている。女神も気付いたはずだが、悪びれた様子もなく淡々と言葉を紡いでいる。姿が見えないということもあってあまりいい気分はしなかった。
『・・・まずカルマリアの方は私の方から王様や大樹の精霊に話して手をまわしておいたわ』
「つまり、聖女をやらなくてもいいということですか」
『ええ。あの国の状態じゃしばらくは聖女を降ろしても難しいでしょうし、様子を見たいといえば、王様も納得していたわね。それから大樹の精霊から頼まれたのだけれど、貴方にどうしても名前を付けてもらいたいと・・・どうしたらいいかしら?』
「・・・名まえはジュジュと。それから彼女にごめんなさいと伝えていただけますか」
『もちろんよ。今回は私の不手際だしね・・・それから、ごめんなさい』
最後の最後に小さく聞こえた謝罪を最後に光は消えていった。その瞬間、真っ暗だった周りがドンドン小さく渦巻いていく。そしてアリエッタの目の前でパァンと音を立ててはじけた。
そしてー目の前に広がったのは懐かしい光景。踏切の音、すれ違う人たち、音を立てて走る車に電車。そして、大小のビルに屋根のある家。それらすべてが、ブラパーラジュやカルマリアでは見られなかったモノだ。
やっと帰ってこれたのだと思うとこれまでの思い出が走馬灯のように脳裏に浮かぶ。
ぽろぽろと零れる涙を抑えきれない。へたりこみそうになるアリエッタだが、後ろからの呼びかけに思わず固まった。
「・・・莉愛・・莉愛なのね!?」
後ろから懐かしい声がする。まさかと思いながら恐る恐る振り返るとそこには記憶より少し歳をとった母親が立っていた。思わず叫びながら抱きつこうと駆け寄った。どうしてわかったのかわからない。でも、気付いてくれた、それが嬉しかった。気付けば、お互いに座り込みながら抱き合っていた。何十年ぶりの再会を喜びながらも涙で言葉にならない。
「お母さん・・・・お母さん、会いたかった!!」
「ええ、ええ・・・!!!」
みっともなくずっと叫んでいた。ずっとずっと呼んでも会えなかったお母さんに会えた。それがとても嬉しくてどうしようもなくて。周りの目も構わずずっと泣いた。
「莉愛・・・本当にあなたなのね。藁にも縋る思いで手紙を信じて良かった・・・!」
手紙・・・どういうことかと聞くと、数日前に差出人不明の手紙が届いたのだと。そこには地図が書いてあり、ココに行けば娘に会えるという内容が書いてあったという。その手紙を見せられた時、アリエッタはこの手紙を書いた主がおじいちゃんだとすぐに解った。おじいちゃんに渡されたケイトに関する手続き等の書類が入った封筒と同一のものだったから。
フォローも完璧なおじいちゃんにはもう一生頭が上がらない。もう会えないけれど、心の中で感謝をささげておいた。
立ち上がったお母さんに連れられ、アリエッタは自分の家へと帰っていった。家の玄関で待っていた父や兄の姿にまた涙を流すことになるのはこの後すぐ。
「莉愛・・・!おかえりっ・・・おかえりぃいああああおおお」
「ただいま、お父さん、お兄ちゃん・・・!!」
奇しくもこの日は、アリエッタの誕生日。
数年ぶりの再会に越田家に笑顔が戻った日であり、アリエッタがようやく莉愛と名乗ることができた日でもあった。
それから一年後
越田家の玄関では理仁が仁王立ちで立っていた。そしてもう一人、男の人が向かいあって立っている。二人の対峙する姿は最近よく見られるようになった光景で、隣の家の人や近所の人たちからも囃し立てられている。
「くそ、今日こそは!」
「いい加減諦めてくださいよ、未来の義兄さん♪」
「ぐああああ!お前なんかに可愛い妹をやるかぁあああ!」
くわっと襲い掛かるが、彼はなんなくひょいと躱した上で、腕をねじ上げた。ぎゃああと悲鳴を上げる理仁をよそに観客のみんなはやっぱりかーという感じで手を叩いた。あきれるように理仁を押さえつけた男は二階を見上げて、声をかけた。声が聞こえたのか、窓から顔を出したのは、莉愛だった。
押さえつけらえている兄にあきれながらも、男の方に返事を返した。
「はい、これで俺の100勝目~♪ おーい、莉愛、まだなのー?」
「お兄ちゃん、もういい加減にしてよ・・・。ケイト、もうちょっとだから待って!」
「りょーかい」
莉愛は最後の仕上げと唇にリップを塗る。そして慌てて玄関の扉を開くと、母が呆れたように立っている。一体どうしたのかと聞けば、ケイトと兄の会話を聞いていたという。
「ねー、義兄さん、もういい加減諦めましょうよ」
「お前は血も涙もないのか!!半年前にひょっこりやってきては俺の前でいきなり妹にキスをかまし、プロポーズまでしやがって!!」
「でも、反対されましたよ。だからしょうがなくお義兄さんの意向を汲んで一年間我慢するって言ったじゃないですか。結婚を延期した分、デート位快く許してください」
「お前が俺に勝てばっていう話だっただろうが!」
「・・・一勝もしてないのにまだあきらめてないんですか」
「諦められるかああああああ!」
地団駄を踏む兄の姿にがっくりと肩を落とした莉愛。その隣にいた母はため息をつきながらも、ケイトに声をかけていた。
「ケイト君、莉愛をお願いね。それから、理仁、いい加減になさい。お父さんももう諦めてるんだから」
「お母さん!!」
「さすが、義母さんとなる人ですね。ありがとうございます」
「娘が拒否していない以上反対はしないけれど・・・節度は守っていただけるわね?」
「・・・善処します」
「お母さんもそこまでにして!もう、ケイトもケイトだよ。あまりお兄ちゃんをからかわないで」
「我慢しているといろいろとたまるものだよ」
「もういいから行くよ! じゃ、行ってきまーす」
兄を放して近寄ってきたケイトは悪びれもせず莉愛に抱き着いた。それを見てきゃーと騒いでいる近所のお姉さんにすら手を振る余裕がある。呆れた莉愛が手を引っ張って歩き出すと、後ろからお兄ちゃんの「避妊はちゃんとしろー」という叫びが聞こえた。近所迷惑で・・・恥ずかしすぎる!!帰ったら説教しようと心に決めた莉愛の隣でケイトがぼそっと呟いた。
「避妊って・・・今更だよね。もう散々セックスしたし」
「そういうことじゃないし、今言うことでもないよ!」
莉愛はそういいながらケイトの頭をバシッと叩いた。痛いと頭をなでているケイトとは半年前に再会した。本当にびっくりすることに、家族で来ていたショッピングモールにあるたこ焼き屋の前で。お互いに目が合った瞬間に抱きしめられたのにはびっくりしたけれど、会えてうれしかったのはこちらも同じだからほっとした。
・・・その後がカオスだったけれど。幸いというか、私が異世界に行っていたことを家族は受け入れてくれたから、ケイトのことを説明しても驚きはしなかった。
奴隷の印も見ていた母は特に色々と思うことがあったらしくケイトに対しての態度が柔らかい。・・・お父さんとはきちんと話はしていないけれど、お兄ちゃんはあの通りケイトに対して頑なだ。ケイトはそれすら楽しんでいる節があるけれど。
そうそう、ケイトの髪の毛や目の色は徐々に黒くなっている。魔法がないこの世界では魔力を開放しても問題ないらしく、染めているとかで誤魔化して最初は地毛の紺色の髪や紫色の目で過ごしていたらしい。でも、環境故かどんどん黒くなり、今では光の加減でわずかに元の色が解るぐらいだ。
戸籍には高原慧斗と登録されていたのでその名前を使っておじいちゃんの家だった高原の家で暮らしている。
「あー、この新作のたこやき、美味しいね」
そして今日のデートでもたこ焼きを食べているケイトに莉愛はやれやれとため息をついた。
「慧斗、もう落ち着いたの?」
「やっとね。もうちょっとしたらオープンする予定」
「店の名前も決まった?」
「ああ、名前は最初からもう決めているよ」
「そうなの?どんな名前?」
「ふふふ、『ルアーエルジュ』にしようと思って!」
「それって」
「そう、ルアーのたこ焼き屋の名前をもらおうと思うんだ。ダメかな?」
「ううん、嬉しい」
アリエッタ・・・莉愛がこの世界に戻ってきてから1年ちょっと。ケイトと再会してから半年ぐらい。もちろん、ブラパーラジュにいたことも忘れてはいない。空を見上げては思う。きっと今も王都リートットでもう1人の父がたこ焼き屋でせっせとたこ焼きを作っているに違いないと。ルアーを思い出すとたこ焼きがむしょうに食べたくなった。
ケイトが食べていたたこ焼きを一つぱくっとつまみ食いする。ケイトがああっと言っていたけれどスルーだ。
「ん、美味しいね」
「ん。ね、たこ焼き屋をオープンさせたら、義父さんに会いに行くって言っておいてね」
「・・・自分で言って」
「ええーじゃあ、義兄さんに伝言頼もうかな」
ケイトがそういうのはあれだ、もう一度結婚の挨拶にということなのだろう。それはお父さんが逃げそうだから無理かも。でも、ケイトならどんなことしても会いそうだな。
・・・何がスゴイって、この人、大学を受けてあっさり受かってるんだよね。おじいちゃんが残した財産が思っていた以上にたくさんあったから、有効に使いたいとかいって株の勉強もしているし、いつの間にかパソコンやスマホを使いこなしている。
こうしてみると、本当にケイトはこっちの方があっていたみたいで、すごく生き生きしてる。
「あー美味しかった。もう映画の時間もそろそろだから行こう?」
「うん」
ケイトが立ち上がるのにあわせて、莉愛も手を繋いで歩き出した。
本当にいろいろあったけれど、今こうして2人でいると、それさえも尊い宝物だとさえ思う。
あの国でたくさんの思い出を作った事は無駄じゃないとようやく思えるようになった。
その思い出があるからこそ、莉愛もケイトも前を向いて歩いていけるのだから。
「ねぇ、向こうもきっと幸せに過ごせているかな?」
「そうだと思うよ。双子たちが俺達のことを絵本にしたぐらいだからね」
「ええっ、何それ!!」
くわしく!と問い詰めるがケイトは速足で逃げていった。呆然としながらも、こうやってなんでもない日々の積み重ねが思い出へと変化していくんだなとおもいながら莉愛はダッシュでケイトを追いかけた。
「こら、まちなさーい!!!」
「・・・ってことで、たこ焼き屋の娘は紫紺の王子様と旅に出ました。そして数年後、結婚して幸せになりましたと」
「めでたしめでたし~」
訪問した孤児院でせっかくだからと絵本の読み聞かせをしていた双子達は口を揃えながら本を閉じた。わっと拍手する子どもたちが手をあげながらいろいろと質問してくる。マーティはひとりひとりに応じて返事を返した。その中で、不満そうに1人の子どもが大声をあげた。
「ねぇ、王子様、どうしてたこ焼き屋のお姉ちゃんはお父さんと離れたの?それに、しこんの王子様も王子をやめたのたいへんじゃないの?お城でくらせばよかったのに」
「それにはねいろいろな事情があったんだよね~でも、2人はすごくすごく幸せにくらしていると思うよ」
「そうよ~きっとにぎやかな家族をつくって幸せに暮らしているに違いないわ」
えっへんと胸を張るルーティにあきれたマーティは不満を口にした子どもの頭を撫でながら諭した。
「だから、家族の幸せの形は一つじゃないんだ。君たちだってこうやって出会えて家族になっているんだから似たようなものだよ」
「そっか、私達が家族なのと一緒だ。そうか、血のつながりがあってもなくても同じなんだね・・・」
マーティが諭したのをみたルーティはふと窓の方を見上げた。真っ青な空に太陽がまぶしい。
きっとこの空の先で兄もきっと幸せに過ごしているのだろう。彼女の傍で。
かつて別れた懐かしい兄を思い出しながらルーティはぼそっと呟いた。
「・・・たこ焼き屋のお姉ちゃんとお兄ちゃんの事情を語るのはここまで☆あとは、もう女神様のみぞ知るってやつよ・・・!」
結局はみんなが幸せであればそれでいいの。
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