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41)門出の前に

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たこ焼き屋の娘と紫紺の王子の事情






アリエッタが家の居間に入ると丁度、ルアーが母の写真を眺めていた時だった。一瞬迷いながらも、アリエッタは恐る恐る口を開いた。

「ただいま、お父さん」
「・・・おかえり」

アリエッタだと気付いたはずなのに、ルアーはこちらを視ずに声だけで返事をした。それはいつもと違う雰囲気さえ感じさせる。そっと座っていると、ルアーがなぜか他の部屋へと入っていった。恐る恐るお父さんと声をかけると、何かを探しているようで物音が聞こえる。しばらくしたのち、ルアーは一つの箱を持って、アリエッタの前へ座った。

「これは?」

開けるように言われて開けてみると、そこにあったのは懐かしいモノばかり。ランドセル、教科書、笛、体操服の袋・・・そして、自分が着ていた当時の服さえも綺麗に残されていた。

「これは・・・どうしてここに?」
「カルマリアに残されていたのをザン様が引き取ってくださった」
「まさか残っていたなんて」
「ザン様にこれを渡された時に覚悟した。これを渡す時が・・・お前と別れる時だと」

だから、覚悟はできていたはずだったとつづけたルアーだが、最後の方は嗚咽で言葉にならなかったのだろう、顏を片手で隠すように覆っていた。

「お父さん、私・・・」
「感謝、しているんだ。娘を亡くしたばかりの我々を・・・励まし、癒し、支えてくれたもう一人の娘に。だからこそ、お前が元の世界に戻るのは良いことだと分かっている。だが、それでも・・・寂しいものだ」

ルアー夫婦にはかつて娘がいたが、病死してしまい悲しみに暮れていた。そんな時に、河で見つけたボロボロの娘。
妻が濡れるのも構わずに拾い上げて助けた命。
娘に刻まれた奴隷の印を見るなり、妻が叫んだ。

「女神様が私達にこの子を守るように託してくださったのよ。これはわたし達に与えられた役目だわ!」

確かにタイミングが良すぎた。娘が死んだ後、アリア様が突然倒れたことで我々は身を隠していた。そんな時に助けた娘は傷だらけで奴隷の印さえ痛々しく見えた。だが、妻が言ったことは不思議と胸へと響いた。だから、娘に名を貸し与えた・・・亡き娘の名前である「アリエッタ」という名を。

「お父さん、お母さん!」
「どうした、アリエッタ」
「あらあら、慌てたら転ぶわよ」

言葉が通じない中で築いてきた確かな絆はいつしか親子の繋がりへと変化していった。
それは、親がいない娘にとっても、そして娘がいなくなった我々にとっても必要な変化だった。妻がみるみる元気になり、アリエッタが少しずつ言葉を覚えていく。その時間は自分にとっても癒しの時間だった。

ルアーがアリエッタの頭を撫でる。その手のぬくもりを感じながらアリエッタは強く言い切った。

「お父さん、私は元の世界に帰るけれど親子の絆までは切った覚えはないからね」
「はは・・・そうだ、そうだな」
「ちゃんとごはん食べて、ちゃんと運動してね。お店の売り上げの計算、間違えないでよ。もう私が修正できることなんてないんだから」
「解っているよ。お前も元気で過ごすんだぞ」
「うん」

これが最後。会話をするたびにお互いの顔がにじんで見えるのは気のせい。どちらともなく今までを振り返り、夜遅くまで会話に時間をかけた。

「で、ケイト様はどうされるんだ」
「・・・多分、ついてくるんだろうけれど・・・無理にずっといなくてもいいんじゃないかって思う」
「だが、ケイト様はそのつもりであると。これはもう事実的に嫁に行くことになるのか」

しんみりとするルアーの言葉を聞いたアリエッタはみるみるうちに顔を真っ赤にさせた。それを見たルアーがにんまりと笑みを浮かべたのは当然の流れと言えた。

「い、いや、まだ、だから・・・・」
「そうかそうか、アリエッタも結婚か・・・早いものだな」
「いやいや、やめて!ちょ、そこでお母さんに手を合わせないでぇー!!」






ケイトが扉を叩けばすぐに入れという声が聞こえた。やはりこうなることを予想していたのだろうか。
入ってみると、傍にはラティスにシャラが控え、奥の方に2人がいた。ケイトにとって、父と母が揃ってソファーに座るその光景は最近ようやくみられるようになったものだ。だけれど、もうその光景も見収めになると思うと、感慨深くなる。

「やっぱり来たのね」
「・・・最後に家族の語らいぐらいはしたいと思いまして」
「そう、そうよねぇ」

ケイトははぁとため息をついたアリアをじっと眺めた。彼女の黒い髪と瞳はケイトにとって一番身近な黒だった。小さい頃は父親譲りの自分の髪を見てはせめて母のような黒髪がいいと何度も思ったものだ。

「もう気付いているとおもうけれど、俺はこちらに戻るつもりはない」
「・・・覚えてる?あなた、誕生日に熱出してうなされてるくせにたこ焼き食べたいって我がままいって、ルアーに無理やりたこ焼きを作らせたのよ」
「は?」

突然何を言うのか。この人は。
だけれど、彼女が紡いだ言葉は止まらなかった。

「その時はルアーにもかわいらしいお嬢さんが生まれていたわ。残念ながら病死されたそうだけれど」
「・・・それって」
「ついでに言うと、ルアーはそのたこ焼きを作ったことを思い出してたこ焼き屋を営業されたそうよ。つくづく、縁って不思議よねぇ。本来出会うはずのなかった二人が出会うんですもの・・・もうこれはしょうがないことよね」
「母上」
「おじいちゃんに感謝なさい。あの人、貴方の分の戸籍まで用意してくれていたから」
「うん」
「・・・私の生まれ育ったところなら大丈夫と思うけれど、もう魔力を使えないんだからね」
「うん」
「・・・本当に今になって、お父さんやお母さんの気持ちがわかったわ。こんな・・・複雑な気分だったのね」

いつの間にか、アリアがソファーの後ろに立っていて気付けば、ケイトを抱きしめていた。

「・・・ケイフィトラ・ウェルシャーシン」
「はは、うえ?」

突然呼ばれた名前にびっくりしたものの、次に言われた言葉に胸が詰まった。

「あなたはどこにいても私達の大事な子ども。だから、どうか幸せに」
「・・・はい。ありがとうございます」

母のぬくもりを感じながらも、ケイトはとある覚悟をしていた。ここに来る前に、双子からあらかたの経緯を聞いた。父が願いことを聞いてくれたからこそ、おじいちゃんがここに来られたということも含めて。それならば、今なら自分がずっと願っていたことも聞いてくれるだろうか。

「父上、最後にお願いがあるのですが」
「・・・双子に続いてはお前か。願いの内容にもよるが、言ってみろ」

にこーりとその願いを告げれば、珍しく母がびっくりする表情と父が目を丸くする様子が見られた。
場所を訓練場に移動し、ラティスが結界を作動するまでの間、準備運動をするケイトに声をかけたのはザンだった。


「・・・まさか、本気で戦いたいと言われるとは思わなかったな」
「ずっと・・・イラっとしてたんですよね。プリムが父上の一番弟子だっていうのに」

それは掛け値なしの本音だ。自分はどうあっても息子だから一番弟子にはなれない。だけれど、プリムに言われるともやっとくるのだ。ザンと一番多く組手をとってきたのは自分だという自負もあるし、何より、自分にとっての師もまた父だったから。でも、一番弟子になれたらいいかと言われたらそれもまた違うのも確かで。
だけれど、プリムと皇帝をみていてわかった。自分は一番弟子になりたいわけではない。
ようは―――

「でも、プリムに一番弟子の座は譲ってもいいと思っているよ。ようは、父上を超えればいいんだから」

この目の前にいる人に認められたらそれでよいんだと気付いたから。

ケイトはにまぁと手をかざして本来の姿に戻った。それを見たザンもまたため息をついたあと手を翳すのと同時に魔力を開放させた。

「・・・できるものならばやってみろ」

ラティスの声を合図にお互いに魔力をぶつけ合う。ケイトは目の前の父の強さを感じながらも、身体が歓喜に震えるのを感じていた。

「はは、そうだ。これだよ。この久しぶりの高揚感!!やっぱり、これは父上との戦いでしか起こらない。だってこれは俺と父上のコミュニケーションでしか学べないもんな。こうやって、戦って、学ばなかったら、今の俺はなかった!」

呪文を唱えながらそう叫んだケイトの言葉にザンは目を細め、拳を握り締めた。
ずっと、息子とどうかかわっていいかわからなかった。アリアが眠りについてからは尚更ずっと。それでも、息子は勝手に成長していったから、大丈夫だろうと放置していた。

確かに、この・・・そうだよね?と語りかけているような攻撃は確かに、自分でなければ読み取れないだろう。今の叫びを聞いてようやく、気付いた。この子はちゃんと自分の背中を見て育っていたのだと。

ならば、自分はそれに精いっぱい応えるまで。
この子がここを去って、日本へ行くまでの間、最後の最後の時まで父親としての矜持を持って伝える。
ケイトが精霊を出してきたなら、高位の精霊召喚を。ケイトが攻撃してきたならば、自分はさらなる上位魔法で叩きつぶす。
そうやって、この子の壁となることを決めたのはほかならぬ自分であることを思い出した。

「ケイフィトラ、この攻撃はまだまだ甘いな」

自分でも現金だと思う。父親から久々に呼ばれた名前で涙が出そうになるなんて。ケイトは攻撃を跳ね返しながらも、思い出していた。

昔から父は強かった。
最初は憧れ。そして倒したい最大の好敵手へと。

次は如何どう返そうか。
どんな魔法なら父を倒せるだろうか。
そうだ、あの切り返しなら、父を足止めできるかもしれない。

昔はワクワクと魔法を使って戦いを楽しんでいた。まだ討伐や戦争で血を求めることなく純粋に強くなりたい。そう思っていた時期があった。その最初の原点は間違いなく父上。
だけれど、母の状態がおかしくなるにつれ、父もまた余裕を楽しむことなく、自分と戦うことが減った。そのかわり、弟妹の世話をするのが自分の役目になった。忙しい中、成長期である自分の魔力はどんどん上がり、心を読む力も否応なく発揮された。嫌でも入ってくる負の感情はどんどん膨らみ、そのフラストレーションを戦いにぶつけていたのも否めない。いつしか討伐にいってはストレスを発散して、戦争に自ら入っては殺して血を求める。
そうして、自分は血にまみれ、気付けば魔王の名を冠していた。

でも、今は違う。
かつての自分を思い出して戦うことの楽しさを実感している。
数年ぶりにコミュニケーションがとれるのも、今だからこそだ。

だからこそ、気付いてしまった。

この世界では自分は生きていけないと。

魔力を撃ち合い、精霊を戦わせている今もこうして話ができる。
かつての余裕がなかった自分には絶対できなかったことだ。

「・・・この世界は・・・俺には重すぎる」
「だから、行くんだろう」
「うん・・・魔王なんて俺には到底無理だからね。その称号はずっと父上が持っていてよ」
「お前は昔から優しすぎるきらいがあったからな」

解っているとばかりに片手を振ってさらに魔法を打ち出すザン。息子だからこそ容赦なくできるのだとケイトにも解っていた。だから、自分も精いっぱい応えられるのだ。
これが自分たちの親子の関係だと解っているから。

「・・・それでもいい。父上に勝てたらそれで充分!」





うーんと背伸びしながら、城へと入る。
たくさんの箱を持って、ケイトの部屋に入ると、珍しく寝ていた。だけれど、アリエッタが驚いたのは寝ていたことではなく、ケイトの身体にある無数の傷。
首を傾げながらも、カーテンを開けていたビビに話しかけると、しれっと答えが返ってきた。

「ビビ、ケイトはどうしてこんなに傷を?」
「お父様とのふれあいの結果らしいですわ」

触れ合いでこうなるんだ・・・と驚きながら、アリエッタはケイトを起こす。
普段なら放置だが、持ってきた箱のために起こしておかないと後から文句を言われそうだから。

「起きてよ、ケイト」
「ん・・・・・」
「ちょっ・・・んっ・・・!」

身体を揺らしていると、ケイトがぼんやりと目を開きながらアリエッタを引き寄せた。
箱が・・・!と思っていたら、ちゃっかりビビが抱えていた。目が合うと、お任せくださいとばかりにささっと下がっていく。ちょ、待って!そういう意味じゃないから!と叫ぼうとしたら、ケイトの舌が口の中へと入り込んできた。
抗議しようにも、抱え込まれて口の中を蹂躙される。身じろぎできない状態の中、今度はケイトの手が服の中へと入ってきた。必死に抵抗しようにも、キスのせいで身体中が熱を持って、思うように動かない。
なんとか、キスが途切れて息ができるようになったアリエッタがケイトに言えたのはたった一言だけ。そしてその時になってようやく、ケイトが返事をしたのは降参の合図か勝利の宣言か。それを最後に二人はベッドへと沈んだ。

「寝た振りは・・・卑怯っ!」
「さて、もうひと眠りしようか」





追伸


「ええーたこ焼きだったの?もっと早く言ってよ!」
「言う暇も与えなかった人が何を言ってるのよ!」
「ビビ、マシュー!そこ、適当にするなよ。温めるにもコツがあって・・・」
「ケイト、美味しくたべれたらそれでいいんだから、適当で」
「それはダメだ、アリエッタ。いいか、たこ焼きというのは・・・・」
「あー始まりましたね。ケイトはたこ焼きのことだと妥協しないから」
「ビビ、ケイト様が怒られてますが」
「幸せそうなんだから放置でいいんじゃないかしら」






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