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28)魔窟にようこそ
しおりを挟む胃が痛い。
アリエッタは胃を抱えながら、煌びやかな大ホールの片隅で座っていた。ケイトからもらったシンプルなドレスはアリエッタによく似合っていた。しかし、裾が広がって動きにくいドレスでは歩きにくく、とてもじゃないが、歩き回れる気がしない。
「はぁ・・・ケイト王子達は凄いな」
皮肉ではなく、純粋に思うのは、彼らも皇族としての義務を果たすべく、あらゆる人の対応や挨拶周りにと歩き回っているからだ。当然、この場には皇帝陛下はもちろん、ザンやアリアもどんどん増えていく貴族の群れ・・・もとい、集団を相手に挨拶に応じていた。
「うわぁ・・・すごい。全然アリア様の姿が見えない」
「ああ、ここにいましたか、アリエッタ」
「はい、丁度、アリア様やザン様が埋もれていくのを眺めていたところです」
ちなみにお互い敬語なのは、貴族たちに揚げ足を取られないようにするためだ。アリエッタの率直な言い方に苦笑しているケイトの横ではプリムがあっさりと内情を暴露。これでいいのか、貴族たちよ、あなた方の目論見は皇族に筒抜けですよとばらしたくなるのは無理ないことであろう。そんな優しさを持ち合わせていないアリエッタはあっさりと黙った。
「ああ、何十年ぶりかの聖女の登場ですしね。しかも、ザン叔父上を制御できる唯一の存在ですからそりゃ全力でゴマすりをしに寄りかかってきますよ」
「身も蓋もない!いいんですか、そんなことを言って!」
「大丈夫だよ、どうせ父上のことだ。その辺は対処済みのはず」
「ああ、物凄く納得しました」
「でしょ?あの父上のことだ、抜かりなく後から報復すると思います。特に今、母上の手をベタベタと触っている貴族なんかは確実に消されるでしょうね」
「怖くてザン様の方に目を向けられません」
「叔父上の笑顔はいろんな意味で怖いからね。無理もない・・・気付いていない貴族の末路はきっと・・・」
皇太子でありながらも、ケイトのいとこであるプリムは最後まで言うことなく合掌しているし、息子であるケイトは遠い目をしている。アリア様を溺愛しすぎて子どもたちを放置しているという話を聞いたことがあるアリエッタは物凄く納得できたとばかりに頷いた。
「そういえば、双子たちのこともほとんど乳母や教育係に任せていたとか」
「ええ。父上にとっては子どもは繋ぎでしかありませんから」
「ケイト王子はそれでいいんですか?」
「うーん。あの夫婦を当たり前の基準にしているので・・・特には」
そりゃそうだと納得したアリエッタはふとプリムに声をかけた。当然、婚約者とやらのことについてである。
「そういえば、婚約者様はどちらに?」
「そこにいるよ?」
微笑んでいるプリムの指先にいたのは、アリエッタの近くに控えているメイド。
「プリム様、そこは黙っているところでございますわ」
「ビビのことだったの!?」
「そういえば、ビビも貴族だったね。すっかり忘れていたけれど君も七賢人の血を引く家系だったな」
「七賢人・・・?」
納得とばかりに手を打ったケイトだったが、アリエッタは聞きなれない言葉にきょとんとしていた。それを見たビビが周りを気にしつつ、嚙み砕いて説明してくれた。
「七賢人とは、この国の初代皇帝を支えた国の重鎮の子孫に代々伝わる称号でございます。当時、国は新たな体制、改革を行ったために経済は貧窮状態でした。それを自分たちの財産を投げ打って支えた貴族たちがいて、その彼らの名誉を称えたのだとか・・・」
「へぇ、すごいじゃない」
「「ああ・・・・まぁね」」
感心するアリエッタとは裏腹に目を細める皇族2名。ビビもなぜか苦笑している。それはそうだ、美談の裏にはろくでもない真実が隠されているパターンもある。今回の七賢人についての裏には表に出せない数々の不祥事があった。それを知っているのは七賢人の当主と皇族のみ。当然ながら、ビビはもちろん、ケイトやプリムが知らぬはずはない。だが、知っていたとしても真実は隠した方がいいこともある。
そんなこんなもありながら、会話で盛り上がっていた中、近づいてくる気配に気づいたアリエッタは慌てて立ち上がった。ケイト達も気配に気づいたとたん、姿勢を正していた。
「楽しんでいるかしら?」
「もちろんですよ、母上」
「あなたには聞いていないわ、ケイト」
「辛辣に言わないでください」
アリアの見た目はあの空間で会った時と同じく、とても三人の子持ちとは思えないほど若く見えた。腰よりも長い髪をなびかせながら、手を振ってころころと笑っている。(当然ながらザンも隣に立っている)
「アリア様、挨拶が遅くなりましたが、お招きありがとうございます」
「堅苦しい挨拶はいいっこなしよ。それはそうと、そのドレス似合っているわね」
「ありがとうございます。ケイト王子殿下から戴いたもので、私も気に入っています」
「へぇ、ケイトにしてはやるじゃない」
「アリア、口調を直しなさい」
「我が君、身内相手には別に構わないでしょう?」
「貴方の場合、癖になるから危険だと言っているのですよ」
「うわぁ、物凄く優しい声」
「いつもこんな感じですよ・・・ただし、母上限定という言葉がつきますけれどね」
イチャコラとしか思えない会話をしているザン夫婦を前に、アリエッタはどうしていいかわからなかったが、ケイトが反応してくれたので助かっていた。
ようやく二人の世界から戻ってきたアリアがふと思い出したようにプリムに話しかけた。
「そういえば、プリムに婚約者がいると聞いたの。お会いしたいわ!」
「もちろん、名付け親である貴方には紹介するつもりでいました。こちら、婚約者のビビ・ポールです」
「現在アリエッタ様の護衛担当のため、メイド服で失礼いたします」
「あら・・・ビビだったのね。まぁ、こんなに大きくなって・・・プリムも私の背より高くなっているし、本当に時が経つのは早いものね」
プリムに話しかけているアリアを見ながら、アリエッタはそっとケイトに質問するが、ケイトが答えるより早くザンが返事を返していた。恨みがましく見ているケイトは見なかったことにする・・・。
「あの、名付け親ってどういう・・・?」
「そのままの意味です。聖女から名を与えらればゲン担ぎにもなるだろうと、直々にお願いを受けたのですよ」
「じゃあ、結構可愛がられたでしょうね」
「とても可愛がっていましたよ。プリム王子もケイトの面倒をよく見てくれていましたしね」
「三つ違いってこともあるけれどね」
「二人揃ってやんちゃだから大変だったわ。ビビちゃんも一緒に育っているから仲良くなるのも当然かもね・・・うん、一部の貴族はうるさいかもだけれど、いい組み合わせだと思うわよ」
「このような場で聖女お二人に認められるとは光栄至極。ありがとうございます、アリア様」
「ふふふ、プリムのしたたかなところは変わっていないわね」
何故だろう、プリムとアリアのやり取りにいろんな思惑を感じてしまう。アリエッタは目をそらすが、当の皇族である親子は空気を読まなかった。
「まぁ、ぶっちゃけやれ宣言ですよね、あれ」
「我が妃も貴族達には辟易してますからね・・・ケイト、そっちは?」
「道は険しいとだけ」
「ぜいぜい苦労するがよいですよ」
父親とは思えない言い方をするザンに眉間にしわを寄せるケイトだが、何を言っても無駄なのは解っているので、だんまりだ。方や、食べ物の話で盛り上がる女性達。
「この世界というか・・・この国の食事事情は凄いと思いますよ。日本にあるものが普通に食べられるんですから」
「ここは特に日本人の聖女が多いらしいの。だからか、和風的なところもあるわ。畳とかこたつもワンダーギフトとして落ちてきたこともあるらしいし」
「ワンダーギフト?」
「人と同じように物も、稀に時空のひずみで落ちてくることがあるのよ」
「それを解析したり、分析してこの世界でも対応できるようにするのも、この国の聖女様の仕事でございます」
「なるほど、そう考えるとこの国の聖女の仕事や役割に対する体制は凄いと思います。他の国ではどうなんでしょうか」
「それぞれの国で扱いが違うらしいわね。私もあまりあったことがないのだけれど、何年か前にアメリカ人の聖女と会ったわ。日本人では貴方が初めてよ」
「・・・それは言わないでください。あまり考えたくないのです」
この国にきてようやく落ち着いたとはいえ、故郷である日本を思う気持ちは変わらないという。それを聞いたアリアはちらっとケイトを見ながらアリエッタに耳打ちした。
「じゃあ、ケイトとはどうなっているの?」
「・・・うーん、お互い利用しあっている感じですかね。あれです、雇用の関係に近いかと」
「何故かしら・・・昔を思い出してしまったわ。ねぇ、我が君?」
「いらんことは言わなくて結構。それよりも、皇帝陛下の下にそろそろ戻らなければいけませんよ。貴方が主役なのですから」
「んもう、我が君は相変わらずですね・・・はいはい、今行きますわ。そうそう、アリエッタさん」
しぶしぶ離れようとしているアリアは思い出したようにアリエッタに指を突き付けた。
「ここが魔窟ということを肝に銘じて発言なさいね。これからケイトと一緒にいるつもりならなおさら気を付けなければいけないわよ。特に七賢人や貴族に対してはね・・・じゃあね~」
さらっと意味深な言葉を残して消えた夫婦に対して思うことがあったのか、アリエッタはケイトを振り返った。しかし、当のケイトはただひたすら首を縦に振るだけ。
「・・・魔窟?」
「そうだけれど、まぁ、大丈夫。今のところ目立ってはないから」
「止めて、それフラグっぽい感じがする。あ、ダメ、嫌な予感しか感じない」
「それ、聖女としての力?それとも勘なの?」
「両方よ」
ちゃっかり二人そろって敬語じゃなくなっている。いや、お互い気付いていたが、突っ込んだら負け的な気持ちもある。お互い顔を見合わせていると、プリムが嫌そうな顔でボソッと呟いた。
「噂をすれば、ご登場だ」
「え?」
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