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17)大樹の精霊
しおりを挟むアリエッタは涙を拭い、立ち上がった。
隣にいたケイトは何かを考え込んでいたようだが、自分に関係ないと思い直して、さっさと目的の場所へ向かった。もちろん、この国の頂点に立つ男に会うためだ。
城の城壁近くで、部下たちを引き連れて唸っている様子が見えた。壁近くとなれば、外で黒の魔物が暴れている様子も見える。あれこれと指示を出しているのだろう、険しい表情をしている王を前に兵士たちもいつになく緊張している。
そこに場違いな雰囲気を伴ったアリエッタが登場となれば、一斉に注目されるのも無理ないこと。
「アリエッタ殿」
「もうすぐ、1時間が過ぎるので様子を見に来たのですが」
「見ての通りだ」
「ですね」
「本のほうはすでに回収してあるのだが」
「それは良かったです。でも、まだ私を出していただけないのですね」
王がだんまりになったのを確認したアリエッタは魔物のほうに目を向けた。
「結構暴れてますね。いいんじゃないでしょうか、この城が半壊しようと問題ないと思います」
「そういうわけにはいか…」
王が声を荒げるのを止めたのは、ケイトまでが登場したからだ。
訝しく思うも、すぐに警戒せざるをえなかった。なぜなら、彼は私を見て・・・・笑った。
(っ・・・なん、で、笑えるの?わたし、何か・・・見落としている?)
作戦はうまくいくはずだった。穴などないはず。
アリエッタは穴などないと思っていたが、ケイトはその思惑を完全にぶち壊した。
「悪いけれど、君の計画はぶち壊すよ。そのためにも俺は動く。王、ここは俺に許可を」
「な、なにをするつもりだね?」
「あの魔物を俺に任せてください。悪いようにはしません」
「そんな、できるはずが―――」
「アリエッタ、君は気づいていないみたいだけれど、我が国は精霊とともに生きる国だよ。当然、俺も、精霊が見えるし、精霊と協力し合うことができる」
「あっ!」
その言葉にようやく、思い立った。精霊と交信ができるケイト王子であれば、確かにあの魔物と話せるかもしれない。なぜなら、あれは、もとは・・・
「精霊だから……!!」
「でも、あれは聖女でなければ、不可能ではないのか?」
「あははー、俺を誰だと思ってるんですか」
「そういう、ことですか。あなたもまた聖女の血を引く人間ですものね」
「そ、そういうことか、なるほどな!」
ケイト王子の意図に気づいた王は驚いているが、自分としては面白くない。
(・・・忘れていたわ、そうよ。この人、聖女と魔王の子どもなんだった!)
「ということで、行ってくるよ。アリエッタも来る?」
「ええ、不本意ですがお供します。」
ケイト王子であれば、確かに不可能じゃない。
自信満々に飛び出していった王子の後を追って、城壁を駆け下りる。
地面をこする足音と同時に、聞こえてくるのはあちこちから響く悲鳴。そして、轟音。
あちこちが破壊され、瓦礫があちこちに落ちてくる。
器用によける王子の後ろについていくと、いきなり振り返った彼に声をかけられた。
「ねぇ、アリエッタ」
「うわ、と、突然なんですか!」
「あの取引、俺も諦めるつもりはないよ。君に理由があるように、俺にも理由がある。だから、先に謝るね。ごめん、俺は君をこの世界に縛り付ける鎖になる」
「そんなことを言われても」
「そのかわり、絶対に守るから」
「え?」
「君にこの世界にいてもらうためにも、俺は変わらないといけない」
突然の言葉にあっけにとられているアリエッタをよそに、ケイトは黒の魔物の前に立った。少し離れて立っていたアリエッタはケイトが息を整えていることに気づいた。
(・・・あ、魔法を、使うのね。)
アリエッタの言う通り、ケイトは魔法を使える状態にと力を開放させた。
その瞬間、あたりに風が吹き荒れ、その中央から、父親であるザンと同じ色をまとったケイトが立っていた。
『大樹の精霊よ。我の声が聞こえるなら聞き入れよ。我は聖女の血を引くものにして、精霊を友とするものなり』
王子の呼びかけに気づいたのか、魔物の攻撃が止まった。ゆっくりと王子のほうを見て動きだす様子からして言葉が通じているのだとわかる。
(・・・私は精霊が見えないけれど、なぜかケイト王子の言葉はわかるのよね。何故かしら。)
よぎる疑問を抱えながら、アリエッタは様子を見守っていた。
「ぎぎぎぎぎぎいいぃいいいいいいいいい」
『声が届いているのなら、どうか応えてください。何をお望みですか、どうすれば、怒りをおさめていただけるのでしょうか』
「ぃいいいぃぎゃ・・・・ぁ・・・・あ・・・・」
『大樹の精霊、俺の精霊たちがあなたを見ています、どうか、本来の姿で話してやっていただけませんか』
『・・・・・・ぁ・・・・・・・・』
『大樹の精霊様!』
会話にならないやりとりを何度か繰り返していくうちに、魔物の動きが次第におとなしくなっていく。少しずつ少しずつ軟化するのと同時に、精霊の言葉が漏れ出していた。
『・・・ぁあ・・・わ・・・は・・・・な、かった』
ようやく、言葉をとらえたと思ったのか、王子はさらに魔物に近づいた。迷ったものの、アリエッタも後を追って、魔物の目の前に立った。
ケイトが今度こそとばかりにさらに魔力を込めた精霊語を発したその時、ようやく魔物が言葉を話しはじめた。
『わ、らわは・・・・・・思った、だけじゃ』
『何を思ったのでしょうか』
『たすけ、たいと・・・ず、っと…ずっと、見てきた哀れな・・・いとし、子』
『愛し子・・・・もしや、聖女様のことでしょうか』
『そう、じゃ・・・・我がめが、みさ、まから・・・・授か、った・・・』
『女神様が遣わした聖女様を理不尽に扱った人達が許せなかったのですね』
『我が、声が・・・届く、ならば・・・なんとうて、やったわ。でも、届かなんだ』
少しずつ意識がはっきりし始めたのだろう、少しずつ言葉が流暢になっていく。その様子を眺めていたアリエッタは不思議な感覚にとらわれていた。
同じ空間にいるようで、少し違う感覚。
王子はおそらく、黒の魔物と話しているのだろうが、アリエッタの目には、女の子と話しているようにしか見えなかった。
花冠を被った緑色の長い髪に赤い目。背中に妖精のような羽を持ち、薄い緑の布をまとったその小さな女の子は、間違いなく、黒の魔物がいる場所に立っていた。
(もしかして・・・この子が・・・大樹の精霊!?)
<精霊は見た目より長生きだから、子どものようで子どもじゃないわよ>
唐突に理解した瞬間、頭に響く声に驚いたアリエッタはすぐに王子を見た。だが、普通に会話を続けていることからして、同じ経験はしてないようだとわかる。
気を取り直したアリエッタは、声に耳を傾けた。
(・・・・・一体、誰ですか。)
<んー、面白そうだから、今は言わないでおくわ。ただ、これは私の力ではなく、女神様の力よ。それよりも、ケイトを助けてあげて>
(は?なんで私が・・・)
<いいから、早く。保証する、ケイトは絶対あなたの助けになるわ。今は、理不尽に思えるこの世界だけれど、きっと・・・いつかは・・・・・から・・・>
途中で途切れたその声に思うことはあったが、不思議と動かされたとは思わなかった。
(・・・・なんだろう、懐かしくて、温かい・・・あの声は・・・・)
時間が経ったと思っていたのに、一瞬の時間だったようで、王子と魔物の話し合いは続いていた。
『精霊様、どうか怒りを鎮めていただけませんか』
『ならぬ。ならぬのじゃ・・・・もう、何度も、壊された、我が愛し子達の、苦しみはいかばかりか』
王子と一瞬目が合う。少し困ったように笑う彼を見たアリエッタは、先ほどの声を思い出した。
「…しょうがない、ですね。どいてください」
あの声に発破をかけられたとはいえ、ここで何もせず逃げるわけにはいかない。
王子を押しのけ、魔物の前に膝をつく形で座る。
「え?」
「聞こえますか、大樹の精霊」
『そち、は・・・・その、色はまさか』
「ええ、私にもあなたの本来の姿が見えます。怒りは最もですが、どうか収めてください」
『・・・じゃが』
「ご心配なく、自分のことは自分で片を付けます。今までの聖女様の分まで怒りを込めてやってもいい。それで、あなたはどうすればもとの姿に戻れるのですか?」
『・・・聖女が、わらわに、この国の守護を命じてくれば・・・だが、そなたは』
「そうですね、この忌々しい国のためになるつもりはない。だから、貴女を助けるためだけにやりましょう」
立ち上がった時、なぜか口をあけっぱなしで立っているケイト王子に・・・ちょっと不謹慎ながら笑ってしまった。
うん、せめてこれぐらいはね…?
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