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6)マシューが来た理由

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マシューも門番を頑張っているんだろうなと呑気に思っていた一週間後、アリエッタは彼と再会した。

「え・・・マシュー?」

マシューは何故か顔に怪我をした状態で立っていた。隣にいる明るい店長の顔とは裏腹に嫌そうな表情を見せている。

「ということで、今日から仲間が増えたからよろしくしてやって☆」

突然の店長の宣言と隣にいる人物にアリエッタは驚いていた。

「え?なんで?それにその怪我は?」
「聞かないでくれ。俺だって、門番に戻るはずだったのに!うううう!!!」

なんで俺は気づかなかったんだよと叫んだマシューにうるさいとばかりに鉄拳を与えたのは他ならぬ店長であるケイトだった。

「うるさい、マシュー。ととっと働け」
「あの、何故、マシューを雇用したんですか?」
「3つ理由がある。理由その1、協力者は多い方がいい」
「ああ。ということは、マシューも知っちゃったんですね、店長の正体を」
「正確には俺がばらしたんだけれどね。理由その2、知り合いがいるほうが君の態度も軟化しそうだなと思ったんだけれど無駄だったな」
「そ、そうですか(人前ならキスされないからいいかな)」
「ああ、俺なら大丈夫。人前でもキスしてばっかりの両親で慣れているから人前でもキスできる」
「そういう問題じゃないです!っていうか、人の心を読まないで下さいよ!そして、ちょっと離れてください!」
「心を読まなくても、顔を見れば解るよ」

必死に逃げようとするアリエッタを前にため息をついて離れていく店長。
どう見ても距離が近い2人の様子をバッチリ見ていたマシューは固まっていた。

「え、な、なっっつ・・・・・・」
「うう、マシュー、あまり気にしないでっ。店長の嫌がらせだから!」
「だから敬語をやめたら一切しないって言ってるのに」
「うっ、け、検討しますって、言ったじゃないですか!すぐには変えられませんってば」
「そういうもの?うーん・・・あ、マシューはアリエッタの下について。俺は城の方の仕事にいくから後はよろしくね」

アリエッタの文句を余所に、仕事があるからと抜けたケイトは瞬時に転移魔法で消えていった。それを見送った彼女の前に、ようやく我に返ったマシューが慌てて近寄った。

「ありありりいいった」
「何を言ってるか解らないよ!」
「お前、キスされたのかよ」
「うっ、ふ、不可抗力だから!」
「せめて嫌そうにしろよ!!どう見ても、どうでもいい、気にしてないって態度じゃねぇか!」
「よくわかるよね。さすが、幼馴染。って、それより、なんでまたここで働くことに?門番の仕事はどうなったの?何度も聞くけれど、その怪我は何よ?」

アリエッタが何度も指摘した通り、マシューは顔全体に傷をつけていた。マシューは一旦黙ったものの、ぼそぼそと口にした。

「えっと、これはちょっとやむにまれぬ事情が」
「それ、どっかで聞いたような気が」
「そりゃ、お前だって口にしていたしな。とにかく怪我については突っ込むな、思いだしたくもない」

あんな悪夢・・・とぶつぶつ口にしだしたマシューに引いたアリエッタはもう何も言わないことにした。これ以上話ができそうもなかったということもあるが。

「わかったわよ。もう聞かない。で、門番の仕事は?」
「王子に今後は警護担当なって言われたからクビになったと思う」
「ああ、うん」
「周りは喜ばしいことだ、ラティス殿のように一気に昇進されることもありえるって言っているけれど、肝心の親父は怒り狂って大変だった」
「え、どうして!?」
「親父は皇太子派で、皇弟のザン殿下や王子をあまりよく思っていないから」
「あ、派閥問題か。大変だね」
「周りは出世コースだといい、親父からはバカかと怒鳴られて、板挟みだ!」

本当に何故、名前を聞いた時に気づかなかったんだ、俺!!と叫び出したマシューを無視して、アリエッタは在庫整理に戻った。スルーされたことに哀愁漂う顔をしながら、マシューも渋々と仕事をこなしはじめた。
昼休みでお茶を飲んでいた時、アリエッタはふと気づいてマシューに質問しだした。

「ねぇ、ケイト王子は仕事だって言っていたけれど、何か仕事を任されているの?」
「ごほっ、ごほごほごほ、なんで知らないんだ!」
「私は市民だよ?マシューみたいに城で働いているわけじゃないし、そうそう仕事のことなんて聞けないし」

コーヒーにむせた後、汚れた服や机を拭きながらマシューは説明し出した。

「悪い、普通は知らないもんだよなぁ。いい機会だから噂についても一緒に説明してやるよ」

聖女様のことは知っているだろう?
そうだ、アリア様のことな。あ、知ってる?ま、有名だし、当然だな。

じゃあ、ザン・トーリャ殿下の噂は?
うん、『魔王』の呼び名が有名だよな。聖女アリア様が正妃になられてからは笑顔が増えたからそうそうやっかまれることもなくなったけれど、元々は魔力が桁違いに高いために恐れられていた方なんだ。ここ数年はアリア様が体調を崩しておられるからザン殿下もピリピリされていらっしゃるが・・・。
とにかく、ザン殿下とアリア妃の間にお生まれになったケイト・トーリャ様はその上を行く力を持っておられる。
父親譲りの魔力の高さ、母親譲りの五大精霊の加護を持って生まれたあの方は、至上稀にみる五大元素を操ることができる。
だからこそ、あの方は5歳の時から王騎士兵団に入っていらっしゃる。ちなみに、今はザン殿下が忙しくなったんで、その後を継いで総団長になっているから、その仕事のせいで忙しいんだと思う。

「5歳の時から?!」
「そうだ。ただ、それは良くも悪くも、ケイト王子に影響を与えたみたいだな。凄いって褒めたたえるやつもいたし、うちの親父のようにバケモノだって罵るやつもいた」
「え、なんでなの?」
「ケイト王子をやっかむ人間には親父の様に気味悪がる奴が多いんだよ」
「嫌だね、それ。というか、城の中じゃ有名なんだ。そのケイト王子にどうして気づかなかったの?」
「あのな、俺は下っ端なの。騎士よりさらに下にいる兵士の中でも下っ端なんだぞ!王子の顔を近くで拝見する機会なんてあまりねぇんだよ。そこにいきなり王子が現れてみろ!!誰だって驚くわっ!!」

必死に訴えてくるマシューにびっくりしたアリエッタは縦に頷くことしかできなかった。
ようやく落ち着いたマシューは改まって表情を見せ、口を開いた。

「なぁ」
「うん?」
「こんな言い方はしたくないけれどさ、あの方は良くも悪くも皇族だぞ」
「うん、解っているよ。立場だって全然違うしね」
「まあ、でも・・・驚いたよ。あんな気さくに笑う王子の姿ってなかなか見られないからな」
「ここにいる間は、皇族の義務を忘れていたいって言ってたからね」
「あ~なるほど。確かに、城や皇宮の中じゃそれは難しいよな。そういう意味じゃ、俺も理解できるけれど。いやぁ、ここでは普通にしろって言われてもホントに大丈夫か不安になるぜ」

よほどのことがない限り大丈夫だとは思うけれど・・・と呟いているマシューだが、アリエッタは別にその辺は心配していなかった。あのケイトの様子からして、『普通』を求めている部分があることが窺えたから。
そんなこんなで仕事をこなしていたら夕方になり、アリエッタがそろそろ帰ろうかと思ったその時、ケイトがいきなり光る魔方陣から現れた。

「店長、遅かったですね、おかえりなさい」
「ん、ただいま。ちょっと手こずることがあってね。どうだった、今日は?」
「お客様が15人ぐらいです。今日はまぁまぁの入りかなと」
「そ、ありがと・・・マシューは?」
「あ、今、裏で呪符の注文確認をしています」
「へぇ、結構頑張っているじゃないか」

被っていたフードをとりながら、ケイトはカウンターに座って、帳簿を確認している。それを眺めていたアリエッタはふと思い出してケイトに近寄って聞いた。

「そういえば、聞きたかったんですけれど」
「何を?」
「マシューを雇用した最後の理由って何ですか?」
「自制のため、かな」
「自制ですか?」
「そう。甘えすぎるのもよくないなって。やっぱり二人だけだと気が緩んで色んな意味で度を超えそうで怖いなって思ったから」
「皇族としていろいろと我慢している部分と戦っているんですね」
「ああ、それもあるね・・・うん、そうかもね」
「え、それもって他にあるんですか?」
「いや、特に。まぁ、マシューがバカじゃなくて良かったよ。ああ、でも、今日、父親の方に会って恨み言を散々これでもかって言われたけれど」

あれでも一応貴族の次男だからなと呟いたケイトに、アリエッタは話を逸らされたことも忘れてびっくりするはめになった。

「え、マシューが貴族!?」
「知らなかったの?」
「聞いてないです。確かに小さい頃は身なりが上等だとおもったけれど、少しいい家の子かなって思う程度でした」
「へぇ。一応、七賢人の孫の立場だけれどね、あいつ」
「もしかしてけっこう上位の貴族なんですか?」
「ああ。だが、本人は兵士だから特別扱いされたくないとコネを断った気概あるヤツだと聞いているよ。そういう奴だから、市民が多い兵士の中でも人気があって友達が多いんだろうな」

肘をつきながら笑っているケイトにアリエッタは目を丸くした。

「ケイト王子は、マシューのことを元々知っていたんですか?」
「騎士団の奴らの顔と名前は全員頭に入れている。でも、詳しい素性とか、人付き合いについては、後から調べたよ」

ケイトは帳簿を規定の場所に戻し、レジの鍵を閉めてから、アリエッタに向かって微笑んだ。

「これから、アリエッタも俺の父に呼ばれて城に行くことも増えるだろうしね。マシューは、貴族の怖さもマナーも知り尽くしているから、城に行くときは連れていくといい。彼なら、下級貴族程度は蹴散らせる」
「わかりました」
「そろそろ帰るんだろう?見送るよ」

立ち上がったケイトはアリエッタを玄関まで誘導し、ドアを開けた。

「本当は転移魔法で送れば一発なんだけれどな」
「五分程度の距離でそれは大袈裟です。また明日・・・会えますよ」
「また、明日」

手を振ろうとしたアリエッタだが、手を振ることはできなかった。いきなりケイトが手首を掴んだから。

「え?」
「敬語使ったら、キス。忘れてたでしょ」

そういいながらケイトはアリエッタが逃げないようにと頭の後ろを抑えながら口づけた・・・唇に。

「不意打ちは卑怯です・・・!!!」
「安心しなよ、マシューの前じゃ自制をもってキスしないようにしてあげるから」

そう言ったケイトはアリエッタの肩を押して、何事もなかったように手を振っている。固まったアリエッタはのろのろと歩き出した。手を振ることなど当然やるはずがない。よろめきながら帰り道を歩いていた時、ようやく“自制”の意味に気づき、公衆の面前も憚らず真っ赤になって叫んだ。

「自制って、もしかしなくても、キスしないようにってこと?ってか、キスされてばっかりじゃない、私の馬鹿ああああ!」



・・・・次の日、アリエッタはマシューを盾にしてケイトからこそこそと逃げ回っていた。それをどう思ったのか、ケイトが笑顔でマシューを見つめるようになるまでそう時間はかからなかった。その感情をどうとらえるかはマシュー次第だが、彼は正しく読み取った模様。


「俺はなんでここにいるんだよ!!!!まさか、まさかとは思うけれど、俺が当て馬パターンなのか!?」




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