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5)思い出したくない過去

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ひっく・・・・・ひっく・・・

お父さん、お母さん・・・・どこにいるの・・・・

わたしがわるいの?

これからいいこにするから、むかえにきてよ・・・・

もう、いや・・・・たすけて、だれか・・・・!!




「―――――――――!!!」

汗びっしょりになってしまった身体を起こし、窓を見やる。そこに見えるのは雲が一つもない白いオーロラが見える青空。
外を眺めていたアリエッタは静かな部屋の中でポツリと呟いた。


「もう、朝なんだ」


今日も、いつもと変わらない毎日が始まる。そう、いつものようにたこ焼きを配達して、あの店で働いて・・・・店長と言い合う日々がまたやってくる。

「…ぐぬぬ」
「女の子がそんな言い方をしちゃだめじゃん」
「店長のせいですよっ!!」
「はい、キス追加ね」
「だから、なんでキスされなきゃならないんですか…んっ~~!!」

(しかも、唇にだよ!)

アリエッタは今日何度目になるか解らないキスを受けていた。ここ数日、この魔法のランプに行きたくないと思っても、給料をもらっている以上、行かねばならないことが恨めしい。

「君が敬語をやめればいいだけのことだと思うんだけれどな」
「そういう問題じゃないです。唇にキスということ自体が問題なんだと思いますよ?」
「そうは言うけれど、そんなに嫌がっていないじゃない。彼氏だっていないんだろう?」
「ムカつきます。やっぱり、殴りたいので殴らせて」
「なんでそんな時だけ敬語が取れるのさ。相変わらず面白いよね、アリエッタは」

当の店長・・・いや、ケイト王子はこの通り、外面が良いこと以外はイイ性格をしている・・・。アリエッタは呑気に言ったケイトに対して何度目になるか解らないため息をついた。
と、その時、ドアが開いた。客だろうかと思い、2人はドアの方向に顔を向けた。
すると一人の青年が立っており、アリエッタの名前を口に出した。その声を聞いたアリエッタはすぐに青年が幼馴染であることに気づき、驚いた。

「よう、アリエッタ!」
「ま、マシュー?!どうしてここに?仕事は?」
「昨日帰ってきた。たこ焼き屋に行ったら、こっちで働いているって聞いたから来てみたぜ」
「えっと、やむにまれぬ事情があってね。そ、それより、いつまで休みなの?」
「ああ、3日ぐらい休みを貰っているよ。その後は城で門番の予定が入っているから。それもあって話をしたくてさ」

久々に出会った彼と会話が弾んだその時、ケイトが近寄ってきて声をかけてきた。

「ねー、ソレ、知り合い?」
「私の幼馴染をそれ扱いとかやめてくださいよ。こちらは幼馴染のマシューです。マシュー、この人が店長のケイトさん」
「あっ、マシュー=ブライアンっていいます。いつもアリエッタがお世話になってます」
「マシュー、それだと私が仕事していないみたいじゃないの」
「いやいや、アリエッタは仕事をちゃんとこなしてくれているから大丈夫。マシューだったかな、よろしく。そうそう、呪符も良かったら買って行ってくれると嬉しいな」

どちらともなくお互いに笑顔で握手しあう。その時、アリエッタは気づいていなかった。マシューとケイトが笑顔の裏で火花を散らしていたことに。

「アリエッタは優しいから、イロイロと誤解してしまう面もあるだろうけれど、本人はそんな気まったくないから安心してくださいよ?」
「その言い方だと、君も男扱いされていないみたいだよね。それはさぞ男除けとしては便利だろうと思うよ」
「……店長さんは面白いな。でもご心配なく、俺が一番彼女に近い位置にいるんで」
「はははーその割には全然っ気づかれてないよねー?!」
「はははははは。そのうち、変化があるかもしれませんよ」
「そうかもね、まぁ、君なら大したことないし、大丈夫じゃないかな」

アリエッタからすれば訳の分からない会話だったが、2人の気が合って話が通じ合っているならいいかと思い直し、魔呪符の入れ替えのために少し離れた。(もちろん、アリエッタの誤解である。)
商品を整理していたら、マシューが隣に近寄ってきた。

「あのさ、店長さんがカウンターに座っているけれど、客はあまり来ない方なのか?」
「ああ、ここはどちらかというと結構値段高めの呪符が多いし、限定ものもあるからね。だから、普段は何人かの太い客ぐらいしか来ないわ。でも、セールとかイベントがある時は稼ぎ時みたいで、けっこう人が来て忙しそうにしていたわね」
「へー、結構詳しいんだな」
「毎日、たこ焼きを配達しに来ているから嫌でも様子を見れば解るよ」

本当に溜め息しか出ない。でも、今となってはここへ来たのも良かったと思う。たまに来るザン殿下の催促を除けば。

(前は、家の方にカルマリア関連の本まで送りつけてきたからなぁ。ザン殿下も必死なんだろうね、あの聖女様のために。)

思いだすだけでげっそりしてしまう。心配したのか、マシューから大丈夫かと声をかけられたので慌ててなんでもないと首を振った。

「本当か?アリエッタは我慢強いからなぁ」
「あはは、それだけが取り柄だからね」

マシューの言葉に笑顔を作っていると、カウンターにいたケイトと目が合った。手を振ると、向こうも笑顔で手を振ってきたが、ちょっと困ったような表情だ。

(・・・・・あれ・・・・気のせいかな?)

いろいろと話をしてから、帰っていったマシューを見送り、店内に戻ると、それまで黙っていたケイトがようやく口を開いた。

「しかし、相変わらず仲がいいんだな」
「そうですね。って、どういうことですか、その相変わらずって」
「前に言わなかった?俺、姿を変えてたこ焼き屋さんに来ていたんだよね」
「ああ、そういえば、お父さんが女装で来ることが多かったと言ってました」
「そうそう。その時にあのマシューも良く来ていたじゃん」
「本当にたこ焼きが大好きなんですね」
「そうだねー。」
「って、なんで近づいてくるんですか……っ?」
「なんでって、君が敬語使ってるからだけれど?」

敬語・・・と言われ、思い当たったその時、ケイトがいきなり、口を塞いできた。
熱いと思う間もなく、後ろから頭を抑えられた上に、片腕を掴まれて動けなくなった。

「んっ…んっ……!!」

何故か、いつもより深いそのキスに違和感を感じながらも、アリエッタは呼吸をするのに必死だった。ようやく唇が外れた時、アリエッタは文句を言おうとしたが、当のケイトが複雑そうな表情を見せたので、何も言えなくなった。

「ケイト王子?」
「んー、なんだかなぁ。アリエッタ、俺はさ、ここにいる間ぐらいは王子としての立場を忘れていたいの」
「え、あ、はい……」
「君が言う王子の立場ももっともだけれどさ、ここにいる間ぐらいは見逃してほしいと思うよ。まぁ、俺は君が気に入っているから、毎日キスしたって支障はないけれどね」

最後はへらりと笑ったケイトを見たアリエッタはがっくりと肩を落とした。

(真面目くさって言うことがソレか・・・!!!最後まで真面目に聞いて損したっ!!)

だけれど、ケイト王子の言うことを最もだと思いなおしたアリエッタはしばらく唸った後、渋々と口を開いた。

「ワカリマシタ。今晩、検討します」
「うん、そうしてくれると嬉しいな・・・さて、もう帰るんだっけ、家まで送ろうか?」
「大丈夫です、王子の手を煩わせるなとお父さんがうるさいのでお断りします」
「はぁ、解った。ルアーにも今度説教しておくよ」
「よろしくお願いします。では」

何とも言えない表情で見送ってきたケイトに手を振ってから5分もかからない家へと向かった。

「うう、ただいまぁ、お父さん」
「おかえり、アリエッタ。王子の様子はどうだったね?」
「いつもと変りなかったよ」

(今日もキスされましたとは言いたくないし、イエナイ。そんなことしたらこの父のことだ、慌てふためていて混乱して王子の所へ飛んで行きかねない。)

そんなわけで、アリエッタは当たり障りないコトしか言えなかった。とりあえず、夕飯を食べながら、いつもの様に仕事をしていたと報告したら、父は安堵した様子で微笑んだ。

「いやぁ、お母さんが死んでからどうなることかと思ったが・・・たこ焼き屋も順調にいってるし、良かったよ」
「うん、そうだね。いろいろあったしね」
「アリエッタ、ケイト様と出会ったことにはびっくりしただろうが、大丈夫だ。もうあんな目に遭うことはないよ」
「そうだね、ここは平和だもん」

過去に思いを馳せて目を瞑った。

(王子と出会ったせいかな、やけに最近・・・過去を思い出してしまうのよね・・・。)

目を開けた後、父の顔を眺めた。かつての若かった父の姿は少し年老いて、皺が深くなった気がする。母も、引っ越しして間もなく病死した。それから二人三脚で頑張ってたこ焼き屋をやってきた今、より絆が深まったように思う。だからこそ、アリエッタは笑って言えた。

「お父さん。私、感謝しているの、お父さんに。だからこそ、言わせてね」
「うむ?改まって何を言うつもりだ」
「もし、あの王子様達から何か言われたらその時は、正直に全部話していいからね?」
「アリエッタ!」
「お父さんの立場は理解しているの。元貴族であり兵士でもあったお父さんが、皇族への忠誠を未だに誓っていることぐらい解る。だからこそ、万が一の時は私を切り捨ててくれても構わない。そうなったとしても私はお父さんを絶対に恨まないと断言するよ。だって、貴方は私の恩人だもの」
「何を言っている。お前は父さんの子だ。ずっと、今までもこれからもだ!」
「うん、ありがとう。でも、万が一ってこともあるから」
「もうこの話は止そう。いいか、お前がそんなことを考える必要はどこにもない!」

夕飯が冷めるからと話を逸らした父を見ながら、アリエッタもまた食事に手を付け直した。
父はそう言うが、アリエッタはいつかはこの楽しい時間も親子の時間も終わるのではないかと不安を感じていた。

(正直、この国の皇族が無能だとは思っていない。いずれは私が養女であることも知られてしまう可能性だってある。その時に、父に何かあったら私は自分を許せない・・・。)

シャワーを終えたアリエッタは部屋へと戻り、一冊の本を取り出した。

「……あの国から持ち出せたのはこの一冊だけ」

古びた本を眺めた後、手を伸ばして机の上においてあったザン殿下から借りた本を掴んだ。そして、2冊の本を同時に開いて眺めた。

「やっぱり逃げられないのかも知れないね…でも戻りたくない」

思いだすだけで胸が苦しくなる。

冷たい床、格子の入った窓、誰もやってこない牢獄
むせかえるほどの魚が腐ったような臭いと煤が入り混じる空気
積み上げられた死体の山
あちこちで聞こえる怒鳴り声と悲鳴


『……助けて……だれか!!』


そこを裸足で歩いて何度も泣いて叫んだあの時を今でも忘れられない。

いつの間にか、目の前が滲んでいた。気付いた時には頬に涙がこぼれ落ちていた。




「カルマリア……もう二度とその名を聞くことなんてないと思っていたのにな」



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