3 / 49
3)聖女は眠り、魔王は仮面をつける
しおりを挟むアリエッタは唖然としたまま固まったが、我に返ってすぐに顔を伏せた。
「恐れながら、お断りしたく思います。私はごくごく普通の庶民、一般市民でございます。故に、この皇宮で守られるなどとてもこの身にはとても。身分相応の立場とてございましょう」
「しかし、そうはいっても…」
「大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
もう無理とばかりに頭を伏せながら必至に拒絶した。ようやく向こうでもアリエッタの決心が固いのだと解った面々もやむを得ないとばかりに頷いて引いてくれた。
がっくりとしながらも、皇帝はこれだけ譲れないとばかりに一つ約束を求めた。
「むぅ、仕方がないな。だが、これだけは頼む。この後、必ず聖女様にお会いしてもらいたいのだ」
「聖女アリア様にですか?しかし、ここにはおられないようですが」
辺りを見回してもいる気配はない。疑問に思っていると、ザンが立ち上がり、アリエッタに微笑んだ。
「それについては、俺が誘導がてら説明しましょう。ケイト王子も一緒に来なさい」
「はい、父上。アリエッタ、俺達も退出しよう」
「あっ、はい」
ザンが出ていくところについていく形で大広間を退出したアリエッタ達。その姿を見守っていた皇帝は皇后と皇太子と顔を見合わせた。
「……アリア妃は、彼女のことに一瞬反応を示されたと聞く。せめて彼女と出会うことで少しでも何かきっかけが掴むことができればよいのだが」
「本当に、そう願いたいですわ。あれからザン殿下もケイト王子も随分変わられましたからね」
「ザン叔父上も期待していらっしゃるんでしょうね。彼女に。だからこそ、滅多に来ないここへ来られた」
その通りだと言わんばかりに頷く皇帝。皇帝たちの憂いを知らぬまま、アリエッタはザンやケイトに連れられて、城を出て皇宮へと足を踏み入れた。
「ひぃいい、なんでこの、皇宮にまで私が入れるんでしょうか!」
「…アリエッタ殿。我が妃であるアリアについて何か聞き知っていることは?」
恐れ多いとばかりに震えていると、ザンがいきなり話しかけてきた。それに対して緊張でなかなか言葉にできなかったが、何とか返すことが出来た。
「あの、世間的には…その、聖女様と言われていて、数年前からお体を崩されて姿をお見せになっていないと、いうことぐらいしか知りません」
「なるほど。まぁ、当然のことですね。では、これから話すことは、一切他言無用に願いたい。実は、病気については表向きの話で、実際はそうではないのです」
「えっ?」
「こちらへ」
ザンが廊下から明るい外へと出る道を示し、その先を歩いていくと庭があり、噴水の上に巨大な水晶が浮いていた。しかし、その水晶の輝きは結界と同じく白い光を放っている。
そのことに驚きもしたがそれよりさらに驚いたことは、その水晶の近くにある大きな鳥かごに1人の女性が横たわっていること。彼女の目は瞑っていて良く見えないが、黒い長い髪に、白いドレスを着て眠っているかのようだった。見た目はどう見てもアリエッタと同じぐらいに見えるほど若い。
少し眺めた後、ザンに向き合い、恐る恐る聞いた。
「もしかして、あの女性が?」
「そう、我が妃にして、聖女アリア・トーリャ。ケイト王子にとっては母親にあたりますね」
「…アリア様……は、眠っておられるんですか?」
鳥かごの中で眠っているようにしか見えない女性。ぼんやりと眺めていると、アリエッタの隣にいたケイトが口を開いた。
「以前は、こんなんじゃなかったんだよ。確か、俺が10歳ぐらいの時かな、母上の身体に不思議な呪文のような印が現れるようになった」
「印ですか?」
ケイトの言葉を繋ぐようにザンが再び話し出した。
「そう。今思えば、あれが最初の変化でした。しかし、我らはそれを気にもとめなかった。だが、少しずつ、その印がどんどん模様のように広がっていき、次第に彼女が意識を失う時間が増えていった時、ようやく異変に気付いたのです。ですが、その時にはもう手遅れでした。・・・原因が呪詛ということまでは解ったのですが、一切解き方が解らないため、進行が進み、このような状態になっています」
「では、あの鳥かごは?」
「あの鳥かごは彼女の身体を少しでも癒すために作った結界です。もうお気づきと思いますが、今この国全体に張られている結界が白くなっている原因は聖女である彼女だけが為せる結界の修復ができないために力が弱まっているためです」
アリエッタは思いだした。父から聞いていたことを。
かつてこの国はピンクのオーラに包まれ、天気が良い時は空がピンク色に輝くほど美しかったと。だが、聖女様が姿を見せなくなった頃から、ピンク色が白に変化してしまい、その頃から治安も少し悪くなったという。
ザンの説明を聞いた時、アリエッタは矛盾に気づいた。慌ててその矛盾について聞いた。ケイトもそれを思いだしたのだろう、ザンに向かって疑問をぶつけている。
「で、でも、確か…アリア様が私を見たいと仰せになって、そのためにここに呼び出されたと」
「そうですよ、父上。あれは一体どういうことですか?」
「…我が妃は見ての通り、ここ数年は意識を取り戻したことはありません。しかし、アリエッタ殿、あなたの名前を聞いた時、それまでの様子がウソのように意識を取り戻したのです。そして、会いたいと一言言い残してまた意識を失いました」
「えっ……」
「だからこそ、理由をつけてでもと思い、一縷の望みをかけて、貴方にここへ来ていただいたというわけですよ」
ザンはそう言い終えると、アリアの近くへと座った。
「さぁ、アリエッタ殿。どうぞ近くに」
ザンに促されて、近くに近寄る。檻越しに見えたのは、アリアの腕に刻まれた呪詛の印らしき模様。アリエッタはそれを見つけたとたん、真っ青になって叫んだ。
「えっ……なんでこの呪詛が!!!」
ザンとケイトは一斉にアリエッタに注目した。いきなり叫んだ彼女の言葉には何か意味があると踏んだザンは、一体どういうことかと目を細め、ケイトは訝しくアリエッタに聞いた。
「アリエッタ、君はこの呪詛について何か知っているの?」
「ザン殿下…少し、で、構いません。この結界を解いて、アリア様に触らせてくださいませんか」
「そうすれば、何か解ると?」
「多分ですが」
「解りました。但し、彼女に対して変な行為はしないほうがあなたのためだ。もし彼女に何かあれば、迷わずあなたを殺します。それでもかまいませんね?」
ザンの鋭い殺気を感じとったアリエッタは震えながらも、縦に頷いた。
その頷きを了承ととったザンは無言のまま、魔法を唱え、魔方陣を浮かび上がらせた。その魔方陣が光った時、鳥かごの扉が開く。
「今から五分間ならば入れますが、それ以上は無理です。いいですね?」
「充分です」
ザンの念押しに頷いたアリエッタはそっと鳥かごの中へ入った。猫のように蹲って寝ているように見えるアリアに近寄り、彼女の腕をそっと触った。
「間違い、ない…コレはあの………っ……」
思いだす。
忘れようとしていたかつての過去を。
もう忘れたはずの過去を。
二度、思いだすこともないと思っていたかつての国。
我が生まれ故郷のことを。
(・・・何故、今になって・・・っ!!)
もう、決めていたのに。この国に骨を埋めると。
もう関わることもないだろうと、夢に見ることも薄れ、ようやく、普通の生活ができると思っていたこの今になって。
(・・・・・一体、誰が・・・・?)
アリアの腕をそっと元に戻し、鳥かごから出る。拳を握りしめながら目を瞑った。
「アリエッタ殿。何か解っただろうか」
「確証はありませんが、恐らくあれは『カルマグロソラリア』かと」
「カルマグロソラリア…?」
「カルマリア国を知っていますか?その国に伝わる呪詛の一つです」
「カルマリアだと!?」
「父上、何かご存じなんですか」
「かつてここに侵攻しようとした国に経済協力をしていた国だ。その制裁にと俺が滅ぼしたが、久しぶりにその名を聞くことになろうとはな」
ザンが腕を組むのを眺めながら、ケイトはアリエッタに言葉を選ぶように聞いた。
「その、どういう呪詛なのかな。えっと、カルマグロソラリアって?」
「特徴は重ね掛けによって効果が増幅すること、ですね。最初は小さな星のような印が出ます。その時に対処していればすぐに解ける弱いものなんですけれど、放置している間に、呪詛がさらに注がれるとさらに呪いの効果が強く深くなっていきます。最初は、体調不良、次に体の痙攣、そして、呼吸困難、意識不明に陥り、最後は眠るように…」
「死ぬ、と?」
「ええ。残念ながら、この呪詛を解く方法は2つしかありません」
「どうやってですか?」
「一つは、呪詛封じができる人間に頼むこと。そして、もう一つは…呪詛をかけた人間を殺すこと」
ザンとケイトは顔を見合わせた。アリエッタの言いたいことに気づいたのだろう、すぐに厳しい声になった。
「言い換えると今もずっと、誰かが母上に呪詛をかけ続けている可能性があるってことになるけれど?」
「はい。その通りです。でもおかしいですね」
「何がです?」
「このカルマグロソラリアはカルマリア国の中でも特に禁じられた呪詛なんですよ。だから、高位の人間にしか使えないと聞いたことが・・・」
「高位ですか。例えばその国の皇族のような?」
「そう、ですね。皇族、もしくはそれに近しい人間であれば可能性があります」
「アリエッタ殿、呪詛封じが出来る人間というのは具体的に一体どういう人でしょうか?」
「カルマリア国は、魔呪符を最初に作り出した国でもあり、呪文の解析に一番長けている国でもあったんです。特に皇族はいろいろと呪詛に対しての対策として、呪詛返しについても研究を深めてきたので、大抵の呪詛を返す力を持っていたんです。先ほどザン殿下がおっしゃったように滅ぼされた今となっては多分生き残っている人はいないのではと思いますが」
白乳色の髪をいじりながらアリエッタはため息をついた。
「アリエッタは何故知っていたの?」
「ああ、魔呪符が好きでその歴史を調べる時に知ったんですよ」
「ああそういえばそうだったね。そういえば、配達の時も熱心に魔呪符を見ていたっけ」
ケイトの言葉に頷いたアリエッタはザンに向かって口を開いた。
「さしあたり、アリア様の周りの人間については、敵意を持った人間がいると思って、厳重に注意を払った方がいいと思われます」
「解りました。だが、どうやって呪詛を?この宮は万全の体制を敷いているというのに」
「方法はいくらでもありますよ。歌にして聞かせるとか、お札にしてどこかに忍ばせるとか。だから、あまり考えすぎると良くないですね」
アリエッタはうんうんと頷きながら鳥かごから離れた。しばらく思案していたザンだが、意を決したようにアリエッタに向かって微笑んだ。
「いきなりだが、アリエッタ殿は、副業をする気はありますか?内職という形でも結構ですよ」
「え、ええ?」
「丁度、ケイトのお店で人手を探していると聞いているのです。良かったら、そこで働きつつ、ここにきて協力していただけると、俺としてもありがたいと思うのですよ。あなたは呪詛について知識が豊富そうだし、これからも世話になりそうな気がしますしね」
「えっ」
「ということで決まりですね。ルアーには俺から頼んでおくから心配無用です。ケイト王子なら護衛もできるし、もちろん、仕事が終わったらちゃんと家へ送ることも約束させましょう」
「ち、父上っ、何を勝手に話を!!」
慌てふためくケイトに対して、ザンは鋭い目を向けた。ここ数年は見なかったソレにケイトは身震いし、一歩下がった。
「……やっと、手かがりができたんですよ?ずっとずっと意識を失っていたアレが元に戻るというのであれば、手段は問わない。そのためなら、例え息子であろうとも、どんな人間であろうとも、利用しますし、悪魔とだって喜んで手を組みましょう」
ケイトの隣で冷や汗をかいていたアリエッタはポツリと呟いた。その呟きはザンの耳にも入ったようだ。だが、特に気を悪くした様子もない。それどころか、楽しそうに微笑んでいる。
「……アリア様至上主義なんですね」
「ああ、いいですね、その響き。アリエッタ殿、今日は久々に生きていることを実感できました。あなたに出会えた幸運に心から感謝しますよ。これからも協力をよろしくお願いします。それでは」
返事を聞かずにアリエッタの前を通り過ぎた。要するに、アリエッタに拒否権はない、ということだ。
(ああもう、厄介というか面倒なことに巻き込まれちゃった・・それもこれも全部・・・・彼のせいだ。絶対に店長・・・いや、王子のせいだよね、コレ。)
その場から離れて行ったザンの後ろ姿がようやく消えたのを確認したアリエッタは、とりあえずとばかりに、ケイトに向かって一言放った。
「ケイト王子、とりあえず、今日は一回でいいので殴らせてください」
「アリエッタ、今日はってどういうこと!?」
6
お気に入りに追加
287
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます
おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」
そう書き残してエアリーはいなくなった……
緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。
そう思っていたのに。
エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて……
※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる