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9)琴葉と『姉』の再会

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「おーほっほほ、ごきげんよう!!!!」


リムジンから降りるなり、勢いよく放たれたドアから登場し、頬に扇を寄せて高らかに笑っているこの女性こそ、琴葉の敬愛する姉である美琴様だ。
相変わらず見事なロール縦巻きに白いブラウス、赤いバラ柄のスカート、そして頭についている大きなリボンがお似合いになっておられる。(・・・とは黒川談)
あの後、琴葉が友人二人から詰め寄られて自己紹介しろと言われたので、緊急的に連絡をとったところ、快く受け入れて城野宮家へときてくれたのだ。
ちなみに、旦那様は後ろ髪をひかれる思いで仕事へとドナドナされていったが、誰も気にも留めていないところをみるとどうでもいいようである。(←そりゃそうだろう)
唖然としている面々に気づいたのか、コホンと咳を一つついた後、落ち着いた雰囲気で、扇を手に添え、小百合・恵未・智花の3人に向かって流麗なお辞儀をしてみせた。

「直接お会いするのは初めてですわね、小百合様。そしてお二方もお初にお目にかかります四法寺しほうじ美琴みことと申しますわ。妹がいつもお世話になっているようで、ありがとうございます。」

優雅な笑みを見せた美琴に対し、我に返った3人はそれぞれ自己紹介をしあった。慌てた黒川が居誘導して、全員が居間のソファーに座り、お茶を飲んでいる。琴葉も姉に促されて結局隣に座っていた。しばらく談笑していた中、ほっとしたように美琴がそれぞれの顔を見て嬉しそうに口を開いた。

「琴葉にあなた方のようなご友人達がいらっしゃることに安心しましたわ。琴葉はこの通り、あまり感情を出さないほうなので、大学生活も大丈夫だったのかと心配していたのですが、無用な心配でしたわね。」
「姉様、大学生活を楽しく過ごせたのはこの二人のお蔭でもあります。」
「それはありがたい限りですわ。どうかこれからも琴葉と仲良くしてやってくださいませね。」
「は、はい・・・」
「それはもう、もちろんです・・・あの、琴葉の結婚のことはどう思われておいてなのですか?」

恵未が恐る恐るというように質問する。その質問が放たれたとたん、居間は一気にブリザードの世界へと変化していった。

「・・・・・・・・・おほほほほほ。」
「ひぃっ、こ、こわいーーーー!!!」
「美、美琴様・・・どうなされてしまわれたのですか?」

いきなり雪女のように目を見開かせ、ロール縦巻きを宙に渦巻かせたその様はまさに般若の笑み。
それに震えだす智花と顔を引きつらせる小百合。しかし、妹である琴葉は平然と宣った。ちなみに敬語になっているのは城野宮家にいる時の習慣のせいだ。

「姉様はこの話題になると決まってこうなりますの。これでもまだ優しい方ですわ。旦那様がいたらもっと吹雪が吹くほどの勢いですから。」

(・・・恐るべし、美琴様、そしてこれ以上の寒さってどんだけーーー!!!)

琴葉の説明を聞きながら、全員の心は一つになったことであろう。あの黒川でさえ顔を真っ青に引きつらせ黙って立っている。そんな中、沈黙を保っていた美琴がようやく返事をとばかりに口を開いた。

「・・・後悔しておりますのよ、琴葉がいきなり結婚すると聞いた時に不審に思わなかったことを。今思えば、あの母が琴葉の結婚をそう簡単に認めるはずがありませんもの。あの時、あの母から逃げられることを思えば、結婚する方が幸せなのだから祝福するべきだろうと思っていたあの頃の自分を殴ってやりたいですわ。」

バキッと扇が折れる音が響く。もちろん、冷たい笑みを浮かべている美琴がやったことだ。それに震えあがる3人と固まってしまった黒川を余所に、琴葉はどこからか塵取りと箒を持ってきてせっせと、扇を片付けていた。ようやく怒りが収まったのだろう、ようやく温かい雰囲気が戻ってきた。しかし、今度は智花が口を開いたことで、ブリザードが再来襲してしまった。

「で、でも、良かったです。美琴さんのような方が家族にいて安心しましっ・・・ひぃっ!」
「な、何故これだけで般若に戻ってしまいますのーーー!?」
「地雷でも踏んだの、智花?!」
「わ、わからないーーーーー!」
「うふふ、家族・・・家族って何なのかしら。まともな家族があの家に一人としていないってのもおかしいですわよねぇ。琴葉が苦しんでいるにもかかわらず、家に一度も帰らない父。ないがしろにするより酷い扱いをしていた母と愚妹。夜遅く帰宅するだけの役に立たない男兄弟2人。ふふふふ、何が家族の絆?何が家族の愛情?あの家にそんなものなくってよっ!」

それに気づくのが遅すぎましたわ!!!とテーブルを叩いて立ちあがった美琴の目は怒りに燃えていた。そして琴葉というと、やっぱりというかなんというか、こぼれてしまったティーカップを回収し、テーブルを拭いていた。それを見ていた小百合は内心で感心していた。

(さすがですわ・・・このブリザードの中を平然と行動できる姉様・・・さすがは私の義姉ですわ!それだけに、あの馬鹿兄と結婚したという事実が悲しいですけれどもっ!)

固まった智花と恵未を前にようやく、我に返った美琴は謝罪しつつ、座りだした。

「・・・私としたことが失礼しましたわ。とにかく、今は琴葉の気持ちを優先したいので、城野宮様に対してはお情けをかけて月賦げっぷでハリセン打ちしてストレス解・・いえ、裁きを与えていますの。」

さもありなんと思いつつ、琴葉以外の全員が無言で遠い目をしていた。そんな中、琴葉はいつのまにか全員分のケーキを用意し、テーブルに配っていた。

「さぁ、皆様、お食べになってくださいませ。」

・・・ここまで来たらもはや流されるしかないと全員が淡々と食べ続けることに。しかし、ケーキを食べ終えた頃にはすっかり美琴の性格に慣れたのか、打ち解けた様子で会話していた。話題はもっぱら琴葉のことで、美琴はいかに琴葉がかわいらしいかを力説していた。
それに琴葉は聞こえないふりをしながら紅茶をすすっていた。(ちなみに、大人しく座っていたのは、これ以上仕事で動き回るならなら私も手伝いますわ!と美琴に言われたからである。)

「へーじゃ、旦那様との結婚は琴葉がきっかけだったんですか!」
「そうなのですわ。もともと幼馴染で。今さら恥ずかしくて告白できない私にはっぱをかけてくれたのが琴葉だったの。お陰で両想いだということが解って嬉しかったですわね。」
「へ、へー。ねえ、琴葉、美琴さんと結婚した方ってどんな性格をされているの?」
「案外似たもの夫婦とか?」
「・・・姉様は恥ずかしさから義兄様のブラウスをひっぱった勢いで、その・・・真っ二つに引き裂いてしまったことがございます。それも、公衆の面前で。でも、泣きそうになる姉様の前で、義兄様は笑って美琴のそういう所が可愛いんだよとおっしゃってお許しになりました。それほど懐が広い方なのです・・・特に、姉様に対しては大甘ですわ。」
「そうなんです。旦那様はとても優しくて・・・私の失敗を笑ってお許しになる素敵な方ですの。」
「・・・・・・・・・・そ、そうなのデスカ。」

ほんのりと頬を染めてもじもじしている美琴様に(琴葉以外の)全員がさもありなんと再び遠い目をした。容易にその光景が想像できたからだ。
この分だと家事も不器用そうだな・・・と思った方、大当たりである。しかし、心配無用。美琴の嫁いだ先も結構な金持ちであるため、メイドや執事がたくさんいる。美琴がわざわざ家事をする必要はないし、向こうとて、家庭平穏無事のために生涯させるつもりはないだろう。(ちなみに、当の美琴は自分が不器用だとは思っていない。)
そんな風にひとしきり盛り上がった頃、時計を見てようやくかなり時間が経っていたことに気づいた美琴が目を丸くした。

「あら、もうこんな時間ですのね。いけない、今晩は旦那様と約束がありますの。申し訳ないですがここで失礼いたしますわ。」
「あっ、私達も帰らないといけない時間だね。」
「本当に。こんなに盛り上がるとは思わなかったですわ。ぜひまたこのメンバーで集まりたいですわね。」
「小百合ちゃんの言う通りですね。私達も失礼します。琴葉、またねー!」
「はい、また。」

全員で玄関まで移動し、先にリムジンで美琴がさっそうと消えていく。それを見送った友人二人も小百合と黒川の配慮によって、リムジンで家まで送られることになった。

「うわー!!いいの、こんな高級な車に・・・乗せてもらえるなんて!」
「すごい。こんな経験滅多にできないよー。」
「うふふ、喜んでいただけて嬉しいです。今日は突然とはいえ、ご一緒出来て楽しかったですわ、本当にありがとうございました。」
「小百合様のお礼ということで遠慮なくお乗りくださいませ。そしてよろしければ、今後も奥様に会いに来ていただければ幸いでございます。」
「わーありがとうございます!」
「もちろん、また遊びに来ます!小百合ちゃんともまた会いたいですし。」
「ありがとうございます!」

嬉しそうにリムジンに乗った智花と恵未も帰っていった。それを見送った小百合は先にと玄関ホールへと入っていく。それに続こうとした琴葉だったが、ふと、庭掃除でゴミ袋を残していたことを思い出し、踵を返して走り出そうとした。それを見止めた黒川だが、琴葉の返事が返ってきたため、気にも留めず先にホールへと戻っていった。

「奥様、どちらへ?」
「庭に置きっぱなしだったゴミを倉庫へ捨ててくるだけでございます。どうぞお先に。」
「わかりました。では先に入らせていただきます。」

黒川の返事を後ろに庭の奥へと走っていく。奥にあったゴミ袋を発見した琴葉は誰ともなく呟いた。

「いけない、明日のゴミ出しを忘れるところだったわ・・・よいしょっと。」

ゴミ袋を持ち、玄関の方へと歩き出した琴葉。


しかし、琴葉は気づいていなかった。

その後ろに忍び寄る影に。


そして・・・・・その影が琴葉の後頭部目掛けてバットを振りだしたことにも――。




屋敷にいたみんなが異変に気付いたのは、1時間後、寒さに震えながら帰ってきた巽が玄関に立った時だった。

「ただいま。寒かった・・・うぅ。」
「おかえりなさいませ、旦那様。」
「ああ。あれ?琴葉はどこにいるんだ?」
「・・・そういえば、先ほどから姉様をみかけておりませんわ。」
「おかしいですね、庭のゴミを倉庫に置きに行くと言っていらしたのです。時間を考えれば、もう戻っているはずなのですが。」
「嫌な予感がするな・・・。」

眉間に皺を寄せた巽が踵を返して庭の奥へ向かって行った。懐中電灯を準備した黒川がついていくと言い、小百合も心配だからと一緒についていく。そして3人が庭の奥で見たのは、琴葉が履いていた片方の黒い靴と、身に着けていたエプロンだった。
まさかと思いつつあたりを見回すが、琴葉本人が見つかるどころか、もう片方の靴も見つからなかった。

「靴が片方しか見つからないとはおかしいな。」
「旦那様!先ほど確認したのですが、玄関のセキュリティービデオに不審な車が映っていたとのことです!」
「じゃあ、お姉さまはまさか・・・!」
「さらわれたということか。黒川、車のナンバーは?」
「現在、今まで訪問のあった車のナンバーと照合を命じております!」

靴とエプロンを持って玄関ホールへ戻る巽達の前に執事が進み出てきた。そして、黒川の耳元に何やら呟き、消えていった。それを見届けた巽は黒川に目配せしたところ、黒川は険しい顔で口を開いた。

「黒川、どうだったんだ?」
「・・・以前、琴華様が来られた時の車のナンバーと一致したそうでございます。」
「琴華・・・って、兄様の以前の恋人で、姉様と双子の姉の方ですわよね?」

黒川の返事に愕然とし、手を口元に当てて座り込む小百合、そして、小百合を慌てて支えようとする黒川。その2人の前で拳を握りしめた巽は嫌な結論を口にした。




「つまり、琴華が琴葉を誘拐したということになるな。」




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