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5)琴葉の『旦那様』=『城野宮家の主人』
しおりを挟む今の琴葉から見る旦那様の評価は『旦那様』。
世間一般の認識はどうだかわからないが、とにかく琴葉からしたら『家の主人』だった。
珍しく琴葉は、朝食を食べていた旦那様に話しかけた。旦那様が食べ終わったお皿を片付けながら、内容はちょっとそぐわないなと思いつつ、大事なことなのでしっかりと聞いておく。
「・・・昨日の朝、旦那様・・・避妊しました?」
「ちゃんとしたぞ?」
「・・・では、夜に何かしましたか?メイド服で寝たはずがパジャマになっているのですが。」
「それは昨夜母がやった。」
「何故それをご存じなのですか?」
「俺がお前の寝顔を見ていたら突然入ってきて出ていけ!と怒られたからだ。黒川も見ている。」
「はい、この目で確認いたしましたので、確かでございます。」
「どうやら、本当のことのようですね。情報提供をありがとうございます。」
「・・・・・・・。」
巽は何も言い返さずに黙ったまま朝食を食べ続けていた。旦那様から避妊具を外すようにと言われてからたまにこうして確認はしている。琴葉としては、黒川の言うことを信用しようと引きさがろうとしたのだが、巽から思い出したように話があったので足が止まった。
「琴葉、母は今夜帰るそうだから、それまでの間相手を頼む。」
「承知しました。」
「じゃあ、行ってくるからキスを・・・」
「では失礼いたします。」
これ以上はメイド仕事の範囲を超えるなと判断し、お辞儀をした後即座にその場を離れた。がっくりと肩を落とした巽が仕事へ向かっていくのを見送った後で、黒川が琴葉に話しかけた。
「奥様、恐れながら・・・その、椿様が、奥様に話を聞きたいとのことです・・・巽様との関係で。」
「承知しました。大奥様の都合の良い時間に部屋へ参ります。」
「は、お願いいたします・・・あともう一つ、できればメイド服ではなく普通の服でお会いしたいとのことです。」
「『琴葉』としての私とお会いしたいとおっしゃるのですね。承知しました、用意してまいります。」
琴葉の口調に黒川が戸惑っているのもよくわかっていた。それでも4年間は長い。今さらこの関係性を変えたいとは思わないので、態度を変えずに下がった。自室へ戻って服を探し、色々考えた上に、シンプルなカーキのワンピースに決めて着替えた。
こうしてゆっくりとできる自分の時間があるというのは琴葉にとって嬉しいことだった。
(・・・個人的にはこっちの方がまだ自由だと思っているのよね。友達は酷いとかそんな男から離れろとかいうけれど、自由がないわけではない。あの実家の酷さに比べれば、まだ旦那様は優しい方だと思う。・・・大学にはいかせてくれたし、大学の資金作りも手伝ってくださったし、友達と遊んだり、泊まったりすることができるように生活できるだけの自由はもらえている。)
用意が整ったので、椿の部屋へと向かう。ドアをノックすれば、どうぞという声が聞こえたので、中へ入った。
「おはようございます、大奥様。」
「おはよう、琴葉ちゃん。呼び出してごめんなさいね。」
「いえ、とんでもないことです。私の方こそ、昨日は見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ございません。」
「とんでもないことよ。私の方こそ配慮が足らなくてごめんなさい。」
椿の謝る様子に琴葉は無言で横に首を振った。椿に促されて椅子に座ると、黒川が紅茶を差し出してくる。
「本題なのだけれど・・・昨日ね、巽と話をしたわ。巽はこれから1年間、あなたに名前を呼ばれるように頑張るそうで、ムリだったら諦めるとのことよ。・・・もし、無理だったときはあなたを私の養女にしようと思っているの。・・・その方が戸籍も安心だし、我が城野宮家はそれなりに名門だから、あなたを悪く言ったり、脅迫する人がいても助けることが出来ると思っているわ。親戚は安心して任せられないし・・・私があなたにできることを考えたらそういう方法しか思いつかなかったのだけれど・・・あなた個人としてはどういう風に思っていて?」
言葉に迷いながらも、いろいろと考えてくれている様子が伝わってくる。琴葉自身の意見を聞いてくれるぶん、誠実な人だと琴葉は思うが、自分の考えをと言われても正直困る。
それに、どうも琴葉に対してなんというか、同情的というか、気を使ってくれている雰囲気だが、琴葉としてはそういう気づかいは要らなかったし、そういう目で見られるのも困惑する。
(何故この人も友達と同じような雰囲気なんだろうか。私に対して腫れものを触る扱いだし、旦那様に対してちょっと辛辣すぎる・・・・。)
「・・・あの、なぜそう悲観的に言われるのかわかりませんが、私にとって旦那様はもともと『旦那様』です・・・旦那様から私が引き取られた経緯をご存知ですか?」
「え、ええ。その、お母様からお姉様の身代わりに嫁ぐようにといわれたのよね?それに、そのあの子からその、性的な扱いも受けていたと聞いたのだけれど・・・。」
「ああ、それで解りました。大奥様もそういう認識でみておられるのですね。友達と同じようなことを言うと思ったら・・・あの、私は周りが思うほど、旦那様にひどい目に合わされたとは思っていないのです。」
「え???どういうことなの?正直に言ってくれていいのよ?世間一般から見てもそれこそ酷い認識なのよ? その、言葉は酷いけれど・・・バカ息子はあなたのお母様から引き取って性的処理に使ったのよ?・・・あなたのお母様が虐待していたことも、あなたの初めてを友達に任せたとも聞いたわ、これは刑罰をうけても無理ないぐらい酷いことなの。」
「・・・旦那様はそういう風に説明をなさったのですか?」
「黒川がそういう風に説明してくれたけれど、巽は否定しなかったわ。」
琴葉はがっくりと肩を落とした。それに益々、椿ははてなマークが飛び交っている状態だ。
「昨日、見苦しい様子を見られましたのでお話ししますが、私の実家はろくでもない家なのです。小さい頃から双子にもかかわらず、差をつけて育てられました。寅治郎様・・あ、私の父のことです。寅治郎様は忙しくてほとんど家にいないので問題以外でしたが、真琴様は・・・理由はわかりませんし、覚えていませんが、昔から、琴華様の方を可愛がっていて私に辛く当たることが多かったように思います。
中学校、高等学校も美琴様の説得のお蔭で何とか行かせてもらえたぐらいです。琴華様もそんな人の娘ですから・・・親子揃って、やることなすことそっくりで、本当に酷い目にあいました。高校を卒業した後は一生あの家に飼い殺しされるのかと思って絶望していたぐらいです。」
「・・・酷いお家だこと。」
「あの家では美琴様とおしゃべりしたり、こっそり歌を歌うぐらいしか楽しみがなかったのです。ですが、そんな私に救いを与えて下さったのがほかならぬ巽様でした。巽様には申し訳ないのですが、あの時、真琴様が、私を身代わりに5年間引き取れとおっしゃったのは私にとって天啓でした。」
「天啓・・・つまり、あなたはあの家から出たかったからこそいい機会だと思ったのね?」
その通りとばかりに大きく頷く琴葉。椿は少し考え込み、話を続けてほしいと促した。それに琴葉は過去を辿りながら再び口を開いた。
「私にとってはどんな理由があろうとも、あの家を出られるならなんだってよかったんです。美琴様と離れ離れになったのは寂しいことですが、それ以上にあの家を出られる喜びが勝ちました。巽様がいきなりメイドとして働けというのは説明がなかったので怒りましたが、生活費をもらえると聞いた時は、とても嬉しかったですね。実家じゃ何もかも頭を下げてようやく出してもらえるという感じでしたので。大学に行けるだけの自由な時間もある。自由に寝ることもできる。給料も自分の好きなように使えるとあってありがたく思いました。」
「性欲処理については怒っているのではないの?」
「何故、性欲処理という認識になるのかわかりませんが、私が自らホイホイと便器扱いされているみたいで不愉快です・・・そもそも、三ヶ月前までを換算しても抱かれたのは2回だけです。大学の友達も大奥様のように言って怒っているのですが、その見解は正直嬉しくありません。」
首を傾げる琴葉に思わず椿はこの子は騙されているのでは、息子に毒されて被害者という認識がないのかもと悩んでしまった。黒川に頼んで、カウンセリングを受けさせた方がいいのかしらと思い詰めた時、琴葉が口を開いた。
「・・・大学に行きたかったのです。美琴様や琥一様が大学の思い出をいろいろ話してくださっていたので。それで、ダメもとで旦那様に話をしたら、黒川執事長と一緒にいろいろ調べて、費用も見積もりを出してくださったし、家庭教師もつけてくださいました。ちなみにその家庭教師が、私の初体験の相手です。」
「・・・その処女を他の男に奪わせておいて、都合の良い時だけストレス発散のために抱くというのは、私の認識だと、強姦とかレイプされたようなものだと思っていたのだけれど、違うのかしら?あなた、本当に大丈夫?あのバカ息子を庇っていないでしょうね?」
本当に頭大丈夫かとまではっきりと言われてしまった。正気に戻りなさいと肩を揺さぶってくる。こういうところは親子そっくりだなと思いながらも、琴葉は淡々と話を続けた。
「庇っていませんよ。旦那様は私を引き取る際に、俺はお前の身体を好んで抱いても心から愛することは絶対ないから惚れる心配はするなと言ったんですよ?それを聞いて安心していたんです。」
「まぁ、そうでしょうね。あのバカは琴華とやらに惚れていたわけだから。」
「ええ、だから、私はメイドを止めて別の仕事をすることも考えていたんです。なのに、やっぱり『夫婦関係』を作りたいから出ていくなという。おかしくないですか?」
「・・・・・解った!あなたにとって、バカ息子は初めから『結婚相手』ではなかったのね!!」
ようやく合点がいった。何故ここまで認識がずれにずれまくっているのか。この子が言いたいことはそういうことだったのだ。これはどう考えても実家がひどすぎた弊害ではないのか。
椿は琴葉が世間一般とかなりずれた考えを持っていることをようやく理解した。
「え?そりゃそうでしょう。あの人は私を担保にして引き取ったわけですから。」
「・・・よくわかったわ。つまり、あなたにとってバカ息子はずっと『自分を引き取ってくれた城野宮家の主人』だったのね・・・。」
「それ以外に何の関係性があるというんですか?」
「・・・あなたはいずれここを出るつもりでせっせとメイドをしていたのに、『主人』の考えがかわったことに怒っていた?」
「そうです。誤解されているようなので断っておきますが、旦那様は、最初から性欲処理という扱いで私を抱いたわけではありません。」
琴葉が失礼しますと前置きして紅茶を飲む。喉が渇いたのだろう。それでも、飲んだ後は再び淡々と無表情で話し続けていたが。
「・・・どういうことなの?」
「旦那様は最初、私に彼を作るようにとおっしゃったんです。」
「そうなの?」
「ええ、1年前に言われたのです、男に飢えているなら、俺の信頼できる友達を紹介する。お前も俺の友達相手なら遊ぶことなく真面目に交際はできるだろうと。それで、タイプを聞かれて、優しい方がいいですと話をしました。その後、紹介していただいたのが、大学受験の際に家庭教師をしてくださった森野徹様です。」
「ああ、あの子の幼馴染ね。小さい頃から優しい子で、今も付き合いがあると聞いているわ。」
「ええ。本当に優しい方だったので、徹様をすぐに受け入れられたのですけれど、旦那様はどうも私が初めてということを森野様に言ってなかったようで、いろいろと手間をかけさせてしまいました。森野様は私の身の話を真剣に聞いてくださって、そういう事情なら、交際はできないと言われました。」
「つまりその初体験をした後の男女としての交際はなかったということかしら?」
「そのとおりです。私が本当に心から好きだからという理由なら、話は別だけれど、君はそういう風にみえないと言われました。事実その通りでしたね。いろいろと気を使って優しくしてくださっていたので本当に申し訳なかったです。このことは後で旦那様に文句を言わせていただきましたが。」
本当に今でも申し訳ないぐらいですと、琴葉が表情を崩してため息をついている。
話を整理しているとどうも、話が違うように思える。巽は全部自分のせいだからと肯定しているが、琴葉が具体的に説明していることだからもっと詳しく聞かないと本当のことはわかりそうもない。とりあえず、椿は具体的に話を聞くことに決めた。
「じゃあ、何故、巽とそういう関係になったの?それはいつからなのかしら?」
「旦那様に初めて抱かれたのは、多分、7ヶ月ほど前のことです。琴華様と喧嘩して、別れ話が出てうっぷんがたまっていたんでしょうかね、酔っぱらっていました。」
「・・・・・・・馬鹿だわ。」
「その時は謝られました。で、それから、二回目は、一回目から一ヶ月ほどだった後でした。なぜか怒られてその後、今まで言われなかった鳥肌が立つような告白をされた後に抱かれました。もう混乱して抵抗する間もなかったですね。」
「何を怒られたというの?」
「私が歌を歌っていたことを黙っていたことを。話を聞くと、旦那様は私の歌を聞いていて、その歌を歌っているのが琴華様だと勘違いして結婚を申し込んでしまったということでした。それを聞いた時、私には関係ないなと思ったので、一発股間を蹴って帳消しにしました。で、三度目がちょうど、三ヶ月程前。朝に屋敷のみんなに私が奥様だと宣言した日の夜ですね。それ以降は頻繁に抱かれて今にいたります。」
「・・・つまり、三ヶ月前までに貴方が抱かれたのは2回。」
「ええ。三ヶ月前から頻繁に抱かれるようになったので・・・多分琴華様と別れた後でストレスが溜まっているんでしょう。ストレス発散に抱かれるのは困ります。私は『メイド』なのに。」
琴葉の話に益々遠い目になってしまった椿は何を言えばいいか解らずそれでも、これだけはと言い聞かせた。
「・・・琴葉ちゃん、貴方がどう思っているかよくわかったわ。話を整理すると、あなたはバカ息子に対しては主人という認識がない。そして、初体験については・・・彼氏を紹介され、その人と性交をした際に明らかになった。お互いに愛情がなければ意味がないと諭されて別れた。その彼はあなたが初体験だと知らなかったのでびっくりしていた。」
「その通りです。」
「で、バカ息子が、酔っぱらって抱いたのが1回。言い方が酷くて申し訳ないけれど、あなたに告白してきてから1回あったものの、それ以降はなかった。そして、三ヶ月前に入籍してから一気に性交が増えたということね?」
「はい。馬鹿げてますよね。私の初体験を他の方に任せておいて、自分は彼女と別れたからって、ストレス発散に抱くんですよ、ありえません。」
「話を聞いていると一気に、悲壮感が減ったわね・・・いえ、それでも、酷いことには変わらないけれども。」
琴葉は腕を組みながら、うーんと考え込む。
「・・・多分これが『恋人』とか『彼氏』とかの関係であれば確かに友達や大奥様の言うように最低かもしれませんが、『主人』としては優しい方ですよ。私が怒っているのは、『主人』だった人をいきなり『夫』扱いしろと言われたことです。」
「ああ、そうなの・・・」
「考えてみてくださいよ、姉と別れた『主人』である旦那様がいきなり『夫』になるんですよ?嫌だ、そんなの!」
最後に敬語がすっぱ抜けたのは本心だろう。遠い目で椿は琴葉の独白を聞きながら、やりきれない思いで紅茶を一気に飲んだ。
「失礼いたしました。・・・とにかくも、旦那様の都合も入っていたでしょうが、私も今後のことも考えると、避妊具を入れてくれていたことはありがたかったんです。なのに、突然三ヶ月ほど前にいきなりプロボーズしてきて奥様扱いし、避妊具を外されるは、何度も抱かれるはで、もう混乱しましたよ、心底!」
「・・・琴華さんとやらと別れた理由は聞いたのかしら?」
「いえ、『旦那様』の恋愛関係に『メイド』ごときの私が理由を聞いていいはずがないですから、全く何も聞いておりませんし、聞きたくもありません。」
当たり前じゃないですかと言った琴葉に、今度こそ、椿はよろめき、呼び鈴で黒川を呼んだ。
「・・・琴葉ちゃん、申し訳ないけれど下がってもらえるかしら。黒川と話すことがあるの。」
「承知しました、長々と申し訳ございません。」
「いいえ・・・大丈夫よ、長々とごめんなさいね。」
ぐったりとした椿が気になるものの、琴葉はメイドとしての仕事があるため、部屋を退出した。それと入れ替わりに黒川がやってきた。
黒川も遠い目をしていたということは、恐らく部屋の入り口で聞き耳を立てていたのだろう。黒川は椿の隣に立ちながら敢えて黙っていた。ようやく気持ちが落ち着いたのか、椿は黒川に向かって力強く言った。
「彼女の実家があまりにも酷すぎて、世間とのずれが酷いわ・・・しかし、まったくもって『男』としても見られず、『主人』というカテゴリーに入れられているとはさすがの巽も気づかないんでしょうね。ある意味天然最強ともいえるんでしょうけれど・・・黒川、大学については本当なの?」
紅茶のお代わりを入れてもらい、ゆっくりと飲み干す。その間に黒川は黒いファイルを探してとってきて説明をしてくれた。
「あ、はい。男遊びをするよりはずっと有意義だと、女性のみが通う大学であることを条件にお許しになりました。音楽を学びたいとのことでしたので、音楽関係の・・・ええと、こちらですね、このファイルのとおり、木下大学をお選びになり、受験して合格しております。」
「その費用は?」
「琴葉様は優秀な成績をおさめておいでで、大学の制度を活用して、授業料免除もうけておられました。必要な費用や生活費も含め、旦那様からの命令で、琴葉様専用の貯金から払っております。」
「そう・・・ここまで認識がずれているとなれば、第三者としてもどうしようもないわ。やっぱり1年間様子を見て、あまりにも酷いようならすぐにでも引き離すことにするわね。でも、あの子にいろいろと忠告してくれる友達がいることがわかっただけでも良かった。」
「しかし、琴葉様の話を聞く限り・・・『旦那様』扱いなら、名前を呼び捨てになど絶対できないのではないでしょうか。」
「・・・・・いいんじゃないかしら。琴葉ちゃんの認識がどうであれ、世間一般からすれば酷いことにはかわりないのよ。むしろそれぐらい甘んじて受けるべきね。」
「ともあれ、琴葉様が、実家が酷すぎて恋愛面での免疫がまったくないということ、恋愛観がすっぱりきっぱり抜けているということが解りましたので、引き続き注意しながら様子をみてまいります。」
「そうして頂戴・・・琴葉ちゃんは、ああ言っているけれど、世間一般のズレから考えても、巽があの子をそういう風な立場にしてしまったことが最悪の結果を招いたと思うのよね。まぁ、その責任を感じてか、全面的に自分が悪いと話しているみたいだけれど。」
「とりあえず、いろいろわかったから今夜は安心して帰れるわ」とため息をついて準備するからと椿は動き出した。
その動きから、自分は不要だと判断した黒川は退出していった。玄関に向かうと琴葉が楽しそうに窓を拭いている姿が目に入る。
ふと、琴葉と椿の会話を思い出したのだろう、遠い目をしながらも、巽の苦労を慮った。彼女の認識を改めさせなければいつまでたっても気持ちが伝わらないだろうと感じたからだ。そして、それと同時に琴葉の実家の酷さにも怒りを覚えた。
「・・・・奥様、一つだけ、質問をよろしいでしょうか。」
「執事長・・・はあ、私でよろしければ。」
「『メイド』を止めるとしたら、どんな仕事がよろしいでしょうか?」
「・・・・うーん、資格を活かして、ピアノの先生とか、図書館の司書とかをやってみたいなという気持ちはありますね。でも、旦那様があんな様子では、いずれこの家を出なければいけないのかと心配です。『主人』が『メイド』に手を出すなんて悪い評判が流れても困りますし。」
ああ、そういう意味での心配で・・・よく納得できた黒川はわかりましたと頷き、礼を言って消えていった。琴葉はそれにきょとんとしながらも、再び拭き仕事に戻った。
その日の夜、椿は「何か困ったことがあればこの携帯電話で知らせて!」と琴葉に携帯電話をプレゼントした上で何度もそれこそ耳タコができるぐらいに念押しをしていった。
ちなみに、巽は椿が帰るギリギリまで説教を受けていたせいか、もはや屍状態だった。
「やっと嵐が去った・・・。」
げっそりとしていた巽に対し、黒川は無情にもトドメを刺した。
「旦那様、奥様。明日、椛屋家の寅治郎様と美琴様がおみえになるということです。」
玄関ホールにばたりと倒れた巽だが、誰も助けようとはせず、黒川でさえ、介抱しなかったので、しばらくその場に放置されていた。(合掌)
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