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最終章
第八話 黒騎士の決死、“後”へと繋ぐ
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天界を治める王がいる。
かの者はその手を翳すだけであらゆる穢れを祓い、生命すら蘇らせうる回復魔法を持ち、そして何物をも通さぬ鉄壁の防御力を持つとされる。
そして、何よりもその威光である。
かの者が翼を広げると天界の住人は沸き立ち、かの者が言葉を投げかけると天界の住人は死をも恐れぬ兵士となる。
そうするのが当然と、そう遺伝子レベルに刻みつけられていたかのように。
「我がパートナー、アズゥ・ヒーメルンよ。我の目の前に転んでいるのは魔王ゼンティムトの使い走りと見受けるが、これは如何なることだ?」
「……アズゥの敵。いいから殺して。あの子と、その手に掴んでいる黒騎士を」
「ふむ……この天界王を呼びつけるからには如何な難事かと思えば……」
黒騎士クァラブ、イェスハの腕を斬り裂き、その場から離脱していた。
剣を握り直し、水平に構える。それはクァラブが得意とする構えの一つであった。
そこから一気に間合いを詰め、目標を真横に切り捨てるというシンプルな攻撃方法だ。
対するイェスハ、斬られた腕をつまらなそうに見つめた後、もう片方の手を傷口に翳した。
そこから光が放たれ、それが収まる頃には、斬られたはずの腕が生えていた。
「浅いなぁ魔王の飼い犬よ」
「アユフザユアイカ?」
「はははは! 吠えるのが上手だな! 良かろう躾をしてやる」
イェスハの翼から光が放たれる。放たれた光はいくつもの線となり、様々な軌道を見せながら、クァラブへと襲いかかる。
「クァラブさん!?」
人外の脚力で天界王の光線を引き離そうとするが、光の速度も早く、徐々に徐々に黒騎士へと追いついていく。
そして、とうとう片足を射抜かれた。
バランスをを崩し、地面へと倒れ伏すと、まるで死体に群がるカラスのように、光線は次々にクァラブへと降り注ぐ。
「うぅ……!」
全身に激痛が走るルゥ。
己の魔力を使っている召喚霊のダメージは少なからず自分へフィードバックされる。
彼の死がルゥの死とは言えないが、それでもそこからのダメージの逆流は決して見過ごすことは出来ないものである。
息も絶え絶え、といった様子でクァラブが立ち上がる。
鎧のいたる所に穴が開き、これが人間だったなら一体どれだけの血が流れているのだろう。
人間的に言えば重傷。
しかし、それでもクァラブは剣を構え直す。
「駄目、クァラブさんが死んじゃう……!」
身体の修復をすべく、ルゥは一旦、もう一体の召喚霊の召喚を中止しようとした。
その時! ルゥの真横を強烈な剣風が通り過ぎていく。
「ドホユニトド」
黒騎士はここで死ぬつもりであった。
既に黒騎士はこれ以上、ルゥへとダメージがいかないよう、魔力の供給をカットしていた。
彼女からもらった魔力と、そして己自信がもつ魔力を燃やし、今こうして立っている。
だが、ただで死ぬ気は毛頭なかった。そして、“次”に繋げる。
まだ未熟な召喚士が今、喚ぼうとしている存在。
予想が正しければ、命を張る価値がある。クァラブはそう考えていた。
「……分かり、ました!」
ルゥは召喚を続行する。
もう少しなのだ。もう少しで“手を掴めそう”なのだ。
己の中で高ぶっている感情、そして魔力、それらがこの世と異界を繋ぐ“門”から何かを喚んでいるのだ。
かぁっと胸の中が熱くなる。マッチに火が灯るように、それは徐々に勢いを増していく。
「ふむ……」
天界王イェスハは、あえて捨て置いていた召喚士の方を見やる。
徐々に湧き上がってくる不愉快な感覚。
予想が正しければ、即刻焼き払わなければならに。イェスハはそう考えた。
「人の子よ。我が光の抱擁に消えるがいい」
イェスハの翼と、そして両腕に光の粒子が集まっていく。天界王から溢れる魔力は、不毛な地面に花を咲かせていく。
想像を絶する力。魔力で作られた紛い物ではあるが、それは逆に“もしも本物が来たら”という空想を激しくさせる。
「せめて塵となれ。『神の慈悲』」
放たれた。極光が。
あらゆる生命を飲み込む奔流が。
同時に、黒騎士がルゥの前に躍り出る。
「駄目! 駄目です! クァラブさん!」
黒剣と己自信を盾にし、極光を遮るクァラブ。
身体は崩壊を始めていた。
目にたっぷりの涙を浮かべるルゥを見て、黒騎士は一喝した。
「ドノク。ザパウカ、アリス」
「あの、方……?」
ドクン、とルゥの胸が鳴った。
聞こえてきた。足音が。闊歩する音が。
生物に刻み込まれている危険察知能力が警鐘を鳴らしている。
危険だと、だが、同時にルゥはほんの少しの安らぎを感じていた。
まるで家に帰ってきたような、そんな安心感。
天界王イェスハの表情が次第に不愉快な色に染まっていく。
「……誰が来させるものさな!」
光の勢いが強くなっていく。
押され始めるクァラブ。このままではルゥヘと被害が及んでしまう。
そうなれば、全てが終わってしまう。
クァラブは両手の剣に力を込めた。己の魔力、そしてルゥから託されていた魔力を。
その瞬間だけ、黒剣は剣という概念を超越した。
「アァァァァァァァァァァ!!!」
霊語にすらならない咆哮、そして黒剣に己を託した黒騎士にもはや己の意志はなかった。
生命ごと剣を振り上げる黒騎士は確かに視た。
真上へと方向を逸し、天界王の光を空へと帰す瞬間を!
「我が極光を……」
「――ドイ」
既に下半身はなく、左腕もない。だが、剣を握る右手と右半身だけは残っている。
役目は果たした。後は、朽ちて消えていくだけ。
良き、戦いだった。そう清々しい気持ちとなっていたクァラブ。
思い残すことはない。最後に、天界王を相手に一泡吹かせる事ができたのだから。
意識がそろそろ消え失せる。
その刹那、確かに黒騎士は聞いた。
「はっ! やるじゃあないかクァラブ。流石は俺の右腕だ。漢を見せたな」
その言葉だけで、黒騎士は歓喜して消えることが出来るのだ。
「……来たか」
長い赤紫の髪を持つ男がルゥの隣に立っていた。
黒いボロキレを纏っているが、上半身はほぼ裸である。
だが、ルゥには分かっていた。
彼が、一体どのような存在なのか。
そして、なんとなく、彼が来るだろうと。彼女は悟っていた。
「よう。お前が俺を喚んだ奴か。ちっこいな」
「私、会いたかったです。――魔王ゼンティムトさん」
魔界を統べる魔王ゼンティムト。
ルゥの呼びかけには、確信が込められていた。
ゼンティムトはルゥの呼びかけに笑って応える。
「ははは! いきなり“さん”付けか。さて、お前の中に俺の力を感じる訳を知りたいところだが……」
「魔王ゼンティムト。薄汚れた野良犬の王がお出ましか」
「イェスハお前、こんな下界に何しに来たんだ? ああ、そうか。やらかして天界王からただのハエにでも格下げになったのか?」
大地が震え、空が戦慄く。
魔界王ゼンティムト、そして、天界王イェスハ。古の頃より犬猿の仲である両者の間に、言葉は不要。
物を語るのは互いが纏う殺気と闘気であった。
かの者はその手を翳すだけであらゆる穢れを祓い、生命すら蘇らせうる回復魔法を持ち、そして何物をも通さぬ鉄壁の防御力を持つとされる。
そして、何よりもその威光である。
かの者が翼を広げると天界の住人は沸き立ち、かの者が言葉を投げかけると天界の住人は死をも恐れぬ兵士となる。
そうするのが当然と、そう遺伝子レベルに刻みつけられていたかのように。
「我がパートナー、アズゥ・ヒーメルンよ。我の目の前に転んでいるのは魔王ゼンティムトの使い走りと見受けるが、これは如何なることだ?」
「……アズゥの敵。いいから殺して。あの子と、その手に掴んでいる黒騎士を」
「ふむ……この天界王を呼びつけるからには如何な難事かと思えば……」
黒騎士クァラブ、イェスハの腕を斬り裂き、その場から離脱していた。
剣を握り直し、水平に構える。それはクァラブが得意とする構えの一つであった。
そこから一気に間合いを詰め、目標を真横に切り捨てるというシンプルな攻撃方法だ。
対するイェスハ、斬られた腕をつまらなそうに見つめた後、もう片方の手を傷口に翳した。
そこから光が放たれ、それが収まる頃には、斬られたはずの腕が生えていた。
「浅いなぁ魔王の飼い犬よ」
「アユフザユアイカ?」
「はははは! 吠えるのが上手だな! 良かろう躾をしてやる」
イェスハの翼から光が放たれる。放たれた光はいくつもの線となり、様々な軌道を見せながら、クァラブへと襲いかかる。
「クァラブさん!?」
人外の脚力で天界王の光線を引き離そうとするが、光の速度も早く、徐々に徐々に黒騎士へと追いついていく。
そして、とうとう片足を射抜かれた。
バランスをを崩し、地面へと倒れ伏すと、まるで死体に群がるカラスのように、光線は次々にクァラブへと降り注ぐ。
「うぅ……!」
全身に激痛が走るルゥ。
己の魔力を使っている召喚霊のダメージは少なからず自分へフィードバックされる。
彼の死がルゥの死とは言えないが、それでもそこからのダメージの逆流は決して見過ごすことは出来ないものである。
息も絶え絶え、といった様子でクァラブが立ち上がる。
鎧のいたる所に穴が開き、これが人間だったなら一体どれだけの血が流れているのだろう。
人間的に言えば重傷。
しかし、それでもクァラブは剣を構え直す。
「駄目、クァラブさんが死んじゃう……!」
身体の修復をすべく、ルゥは一旦、もう一体の召喚霊の召喚を中止しようとした。
その時! ルゥの真横を強烈な剣風が通り過ぎていく。
「ドホユニトド」
黒騎士はここで死ぬつもりであった。
既に黒騎士はこれ以上、ルゥへとダメージがいかないよう、魔力の供給をカットしていた。
彼女からもらった魔力と、そして己自信がもつ魔力を燃やし、今こうして立っている。
だが、ただで死ぬ気は毛頭なかった。そして、“次”に繋げる。
まだ未熟な召喚士が今、喚ぼうとしている存在。
予想が正しければ、命を張る価値がある。クァラブはそう考えていた。
「……分かり、ました!」
ルゥは召喚を続行する。
もう少しなのだ。もう少しで“手を掴めそう”なのだ。
己の中で高ぶっている感情、そして魔力、それらがこの世と異界を繋ぐ“門”から何かを喚んでいるのだ。
かぁっと胸の中が熱くなる。マッチに火が灯るように、それは徐々に勢いを増していく。
「ふむ……」
天界王イェスハは、あえて捨て置いていた召喚士の方を見やる。
徐々に湧き上がってくる不愉快な感覚。
予想が正しければ、即刻焼き払わなければならに。イェスハはそう考えた。
「人の子よ。我が光の抱擁に消えるがいい」
イェスハの翼と、そして両腕に光の粒子が集まっていく。天界王から溢れる魔力は、不毛な地面に花を咲かせていく。
想像を絶する力。魔力で作られた紛い物ではあるが、それは逆に“もしも本物が来たら”という空想を激しくさせる。
「せめて塵となれ。『神の慈悲』」
放たれた。極光が。
あらゆる生命を飲み込む奔流が。
同時に、黒騎士がルゥの前に躍り出る。
「駄目! 駄目です! クァラブさん!」
黒剣と己自信を盾にし、極光を遮るクァラブ。
身体は崩壊を始めていた。
目にたっぷりの涙を浮かべるルゥを見て、黒騎士は一喝した。
「ドノク。ザパウカ、アリス」
「あの、方……?」
ドクン、とルゥの胸が鳴った。
聞こえてきた。足音が。闊歩する音が。
生物に刻み込まれている危険察知能力が警鐘を鳴らしている。
危険だと、だが、同時にルゥはほんの少しの安らぎを感じていた。
まるで家に帰ってきたような、そんな安心感。
天界王イェスハの表情が次第に不愉快な色に染まっていく。
「……誰が来させるものさな!」
光の勢いが強くなっていく。
押され始めるクァラブ。このままではルゥヘと被害が及んでしまう。
そうなれば、全てが終わってしまう。
クァラブは両手の剣に力を込めた。己の魔力、そしてルゥから託されていた魔力を。
その瞬間だけ、黒剣は剣という概念を超越した。
「アァァァァァァァァァァ!!!」
霊語にすらならない咆哮、そして黒剣に己を託した黒騎士にもはや己の意志はなかった。
生命ごと剣を振り上げる黒騎士は確かに視た。
真上へと方向を逸し、天界王の光を空へと帰す瞬間を!
「我が極光を……」
「――ドイ」
既に下半身はなく、左腕もない。だが、剣を握る右手と右半身だけは残っている。
役目は果たした。後は、朽ちて消えていくだけ。
良き、戦いだった。そう清々しい気持ちとなっていたクァラブ。
思い残すことはない。最後に、天界王を相手に一泡吹かせる事ができたのだから。
意識がそろそろ消え失せる。
その刹那、確かに黒騎士は聞いた。
「はっ! やるじゃあないかクァラブ。流石は俺の右腕だ。漢を見せたな」
その言葉だけで、黒騎士は歓喜して消えることが出来るのだ。
「……来たか」
長い赤紫の髪を持つ男がルゥの隣に立っていた。
黒いボロキレを纏っているが、上半身はほぼ裸である。
だが、ルゥには分かっていた。
彼が、一体どのような存在なのか。
そして、なんとなく、彼が来るだろうと。彼女は悟っていた。
「よう。お前が俺を喚んだ奴か。ちっこいな」
「私、会いたかったです。――魔王ゼンティムトさん」
魔界を統べる魔王ゼンティムト。
ルゥの呼びかけには、確信が込められていた。
ゼンティムトはルゥの呼びかけに笑って応える。
「ははは! いきなり“さん”付けか。さて、お前の中に俺の力を感じる訳を知りたいところだが……」
「魔王ゼンティムト。薄汚れた野良犬の王がお出ましか」
「イェスハお前、こんな下界に何しに来たんだ? ああ、そうか。やらかして天界王からただのハエにでも格下げになったのか?」
大地が震え、空が戦慄く。
魔界王ゼンティムト、そして、天界王イェスハ。古の頃より犬猿の仲である両者の間に、言葉は不要。
物を語るのは互いが纏う殺気と闘気であった。
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