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最終章

第三話 私は人間ですっ!

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「くたばれ? 今、貴様はこの私にくたばれと言ったのか?」

「地獄に落ちろ、の方が良かった?」

 ルドヴィが手を挙げると、背後にいた騎士の集団がジリジリと前へ出てくる。
 剣や槍、そして盾で武装している所を見ると、確実に殺すための準備をしてきている事がよく分かる。

 ディリスも対応すべく、一歩前へ踏み出した。

「お前達、銀髪だけは生かせ。残りはきっちり殺せ」

 多勢に無勢のこの状況。
 ディリスは初めてではない。だが、エリアとルゥにしてみればこれは些かハードすぎる。
 ドレル村でも似たような出来事があったが、それは正気を失っている人間しかいなかったから、切り抜けられた。

 今、ディリス達の眼前にいるのは、冷静に、そして殺しの技術をしっかりと身につけた本当に危険な相手。

 なんとなく、最終防衛ラインを決める。
 そこを突破されれば、恐らく守り切れない。

「エリア、ルゥ。とにかく距離だけは、離して。命大事にね」

「ディー、前!」

 騎士が向かってきていることに気づいていないのか、自分たちの方を向いているディリスへ、思わずエリアは声を荒げた。
 槍を握っていた騎士がそのままディリスの腹部目掛け、両腕を動かす。

「ん、ありがとう」

 槍の穂先が宙を舞う。ディリスは刺突の寸前、天秤の剣を振るい、槍の柄を斬っていたのだ。
 そして繰り出される反撃。

 脚と、腕の腱を斬り、そして致命傷にならない程度に剣を突き刺し、蹴り飛ばした。

「こうなりたい奴からかかってきな」

 これで少しはビビってくれると嬉しい、その程度の軽い考えである。
 だが、しっかりと訓練を受けている者がこれだけの脅しで怯むとはあまり考えていないので、次に備える。

「エリア、援護射撃お願いね」

「うん!」

 そして始まった迎撃戦。
 エリアはなるべくディリスの背後の敵に対して、攻撃魔法を放っていた。

 正面からディリスに勝てる者はそういない。だけど、背後からは?

 その代わり、エリアは決してディリスの前方は守らない。

「ルドヴィ。何故ルゥを、ルゥ達を『宿命の子供達フェイトチルドレンズ』なんていうくだらなさそうな計画に巻き込んだ?」

「くだらなさそうな! はっ! つくづく浅慮だな、殺し屋風情が!」

 ディリスの問いを一笑に付したルドヴィ。
 彼は仰々しく両手を広げた。

「良いか!? 私は正しい事を行っているのだ。本来なら私がプーラガリア領を治め、そしてゆくゆくはファーラ王国を動かしていく存在となるはずだったのだ! だが、我が愚かな兄がそれを全て台無しにした!」

「能力が足りなかっただけだろ、貴様に」

「運が足りなかっただけだ! 能力は足りている! だから私は持てる能力を使い、足りなかった運によって手放すことになった“事実”を手繰り寄せることにした! そのための召喚霊の力だ! そのための『宿命の子供達フェイトチルドレンズ』だ!」

「自分の実力でどうこうするばかりか、子供に動いてもらうだと? 馬鹿じゃないのか」

「お膳立ては全て私がしている! 召喚霊の力を子供に埋め込むことも! 埋め込んだ後のマインドコントロールも! 全て私が筋書きを書いている! だから私は後、一言喋るだけで良かった! “プーラガリア領を、ファーラ王国を掌握せよ!”と!」

 三人がかりで来る騎士の斬撃を防ぎ、腕と脚を斬り付け返すディリス。
 今の時点で人死には無し。だが、後遺症になるレベルには反撃をしている。

 極限の手加減。

 そんな中、ルゥが大声を出した。

「あのっ! 私はそんなことしたくないですっ! 例え、貴方が私にマインドコントロールをしたとしても、私はそんな事絶対やりたくないですよっ! 私は――人間ですっ!」

「黙れ! 小娘が! お前が逃げ出したから! 最高の召喚霊の力を身に宿しておきながら! その穴埋めに一体どれだけの労力がかかったのか! 分かるのか!? 裏切り者がァ!」

「思った以上に酷いな、貴様は」

 騎士たちはまだ沢山いる。
 一体どれだけ気合を入れてきたのかが伺える。

 状況はあまりよろしくない。

 今、ここを切り抜けられたとしても、まだ次がある。
 いつまでもこんな所で立ち止まってはいられない。

「私は! ルゥ・リーネンスは、貴方の道具になるために生まれたんじゃ……ないですっ!」

「ほぉ! 良く言った小娘! だが、お前には帰ってきてもらう! おい貴様ら! あの銀髪の小娘は多少痛めつけても構わん! 生きてさえいれば腕や脚の一本は許す! だから奴らを始末しろ!」

 騎士たちの攻撃の勢いが更に増してきた。
 これ以上は、本当に覚悟を決めなければならない。

 ディリスが戦闘続行の意志を固めたその時――、


「良く言えましたね、ルゥさん」


 一陣の風が吹き、その後、騎士たちが吹き飛んだ。
 そのどれもが鎧が切られており、丸腰の状態になっていた。

 それよりも、とディリスは声のした方を見上げると、思わず口元が緩んでしまった。

「来るならもっと早く来てくれても良かったのに」

 白いロングコート、そして、天秤の刻印が施された仮面を身に纏った女性が現れた。
 その両手に持つ細剣がその正体を如実に示しているが。

 対するルドヴィ、口をあんぐりと開き、驚きを隠しきれていない。

「き、きききききき貴様は!? 何故だ、何故、こんな所にいる!?」

「ルドヴィ・プラゴスカ。ファーラ王国に対する反乱の噂を確かめに来ましたが、今までの会話を聞いた限り、もう疑いの余地はありませんね」

「せ、『七人の調停者セブン・アービターズ』の隊長自らがここに来るだと!? 馬鹿な、プロジアはそんなこと一言も言っていないぞ!? 私はたった三人しかいないと聞いていたから……!」

「ウチに匿名で情報提供がありました。まあ、貴方のその驚きようならもう誰かは見当がつきそうですがね」

「図ったなプロジア! だが! もういい! あいつはどうでもいい! おい貴様ら! 『七人の調停者セブン・アービターズ』を殺せ! 殺せた者には何でもやる! だから!」

 仮面を被った女性は、ため息をついた。
 これは別に、話し合いが通じない相手だからとかではない。

 ただ、身の程を知らないことに対しての、嘆息。

 その場から女性は消え、そして次の瞬間には騎士たちの中央に現れていた。

「まあ、頑張ってください。一対多は私の本領でもあるので、何分保つか楽しみです」

 彼女の周りでどさどさと倒れる音が何度もした。
 全員死んではいない。ただ、致命傷を外して、斬られ、突かれただけだ。

 恐るべきはそれが全く見えずに、そして音もなく行われたということ。

「行きなさいディー。ここからは私が引き受けます」

「ありがと謎の正義の味方さん」

「しくじらないように」

「そっちこそ、よそ見して死なないようにね」

 ディリスがエリアとルゥを連れ、走り去っていったのを確認すると、女性は仮面を少しだけ外した。

「正義の味方、ですか。いつも殺してばかりではいますが、可愛い妹分がそう言うのなら、皆殺しには出来ませんね」

 再び仮面をつけ直し、女性は両の細剣を交差させ、瞑目する。

「『七人の調停者セブン・アービターズ』隊長、フィアメリア・ジェリヒト。推して参ります」

 そしてフィアメリアは戦いの中へと消えていった。
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