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第二章 六色の矢編

第三十三話 胡蝶幻影。不可避の霧刃(むじん)――“緑の矢”

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 ディリスの凄みに、ヴェールは一言しか返せなかった。

「そうやってボクに脅しをかけたって無駄だよ。結局君はボクの精神魔法を破れず、そのまま死ぬんだ」

「分からせてやる」

 先程と同じく、ディリスは地面を蹴り、ヴェールの喉元目掛け駆け出す。

 応戦する三体のヴェール。
 先ほどと同じ三方向からの斬撃。

 今度こそ確実に殺す。
 必殺の意志を以て、ヴェールはナイフを振るった。

「――!?」

 ディリスが串刺しにされる未来が視えていた。
 結局、どの攻撃を防いだら良いか分からず、ナイフを突き立てられる。
 そんな間抜けな最期を予想していたはずなのに、どうして、何故。

 何故、自分が斬られているのだろうと、ヴェールは驚愕に表情を歪ませる。

「ちっ、腕の薄皮斬っただけか。ま、良いか。要領は掴めた」

「な、何で分かった……!? いや、まぐれだ」

 三人のヴェールは一度集まり、再び、散る。

 一体目は足を狙い、二体目は胴、三体目は首を狙う。
 どれかが本物、後はフェイク。

 迫りくる刃に対して、ディリスはとある一体目掛けて剣を払う。

「くっ……!」

「今度は服の端っこか。まあ、いいか。次は心臓か首を狙えば良いだけだしね」

「い、イかれてる……! 棒立ちで本物のボクだけを狙うだなんて!」

「別に不思議なことじゃない。ただ一番殺気が濃い奴を狙っているだけなんだから」

「それで防御行動取らないの!? イカれてるよ!」

 再度、攻撃を試みようとするが、ヴェールは動けなかった。

 先程のようなカウンターを見せられたのだ、無理もない。
 ――それこそがディリスの狙いである。

 確かに殺気を読むことで、本物の特定は可能だ。だが、それは今時点では出来ていない。
 少しでも時間を稼ぐためのフェイクである。
 やっていることはさっきと変わりない。勘で索敵をしているだけだ。

「ようやく視えてきたんだ。さっさと殺されるなよ」

 再び、的を絞らせない足捌きでディリスは前進する。ひたすら前進あるのみ。

 臆してはいけない。臆せば、死ぬ。
 この状況で、今この瞬間どちらに分があるのか。

 そこを理解させてやらなければ、泥仕合になる。

「この……ッ!」

 更にヴェールの数が増えた。合計五人。

 そして、彼女らの持つナイフに魔力の光が宿る。

「ボクの分身含め、全てに魔力を付与した! つまり今度こそお前は死ぬ」

「本当かな?」

「ボクは『六色の矢』の一人、“緑の矢”! 《殺しの奇術師》ヴェール・ノゥルド! 依頼された任務は確実にこなす! 相手が誰であろうとも!」

「《蒼眼ブルーアイ》、ディリス・エクルファイズ。私の命が欲しいなら全力で来ないと死ぬよ」

 そうして五人のヴェールは地面を蹴る。

 今度こそ確殺しなければならない。
 ただでさえ、分身体を作り出す精神魔法『幻影の義手ミラージュ・ハンド』を使用しているに加え、分身体が物理干渉出来るように魔力を更に回してしまった。

 奥の手中の奥の手。

 これでしくじれば、本当に死ぬ。

 決死の決意で、ヴェールはディリスの命へと刃を突き立てる――!


魔力の散弾スキャター・ショット!!」


 その瞬間、エリアは魔力を込めた拳を突き出した。
 そこから放たれるは小さな魔力の散弾。

 ディリスに当たらぬよう、上手く位置調整をした上で飛び散る魔力弾が、ヴェールの本体・偽物へ纏めて襲いかかる。
 そうなれば、当然起こりうることがある。

 本体を残し、分身体が偽物の証拠とばかりにブレるのだ。

「なっ……!? いつの間に……!?」

 僅かな時間。
 だが、極限まで集中していたディリスの瞳は、全くブレないヴェールを捉えていた。

 彼女にとっては、それで十分すぎた。

 天秤の剣がヴェールの胴体を駆け抜ける。

「ぐ……はっ……!!」

 腹部から血が滲むのを確認したと同時、彼女の分身体が全て消え失せた。

 死にかけにより、術が解除されたのだろう。村人へ掛けられた魔法もこれで解けたはず。

 決着が、ついたのだ。

「ふざ、けんなよぉ……! どうしてボクが、やられているんだい……!?」

「ただ遠くから誰かを操り、高みから見下ろしていたお前には一生理解できないよ」

「く、そ……分かるか。分かって、たまるかよぉ……!」

 バタリ、とヴェールは倒れる。

 六色の矢、二人目の撃破の瞬間であった。

「終わった……んですね」

「そうだね。ありがとうエリア、おかげで倒せた。さて」

 言いながら、ディリスは倒れているヴェールへと近づく。天秤の剣は逆手に持ったまま。

「でぃ、ディー。何をするつもりなの!?」

「トドメを刺す。殺しきれていなかった、っていう展開が一番厄介だからね。肺と心臓を刺しておけばもう安心だよ」

「駄目! もう決着はついたんだよ!? 追い打ちをかけるなんて、駄目!」

「これで何かがあったら、私は後悔することになる。だから、自分のためにもやるんだ」

 蒼い眼のまま、ディリスはそう言う。
 エリアをどかそうと、肩に手を乗せるが、彼女は動かない。

「私だって後悔する。だから私は必要のない殺しは駄目だって言い続けるよ。……これで何かがあったら、私が責任を取る。いや、何かが起こる前に、ちゃんとやる。お願いディー。自分のためにもそうしたいんだ」

 見つめ合う二人。

 ディリスにとって、強行は簡単だった。
 彼女を押しのけ、止められる前にヴェールの身体へ剣を突き立てる。

 簡単なのだ、実に、命を奪うことは。

「……ふぅ。じゃあ、この竜の祠から出して、ファーラ王国へ引き渡す。フィアメリアもいるから話は簡単なはずだ。それでいいね?」

「……ありがとう、ディー」

「はぁ……エリアと出会ってから私、一回も殺してない気がするなぁ」

「それで良いの。でも、聞いてくれて、本当にありがとう」

 ディリス・エクルファイズにとって。

 血風を常に纏ってきた彼女にとって、最大の壁はエリアなのかもしれないと。

 彼女は、割と本気でそう思った。
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