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第二章 六色の矢編
第二十一話 『調停』とは
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学園長室に集まったディリス達。
それぞれの顔にはもう不安の色はなく、頼もしく見えた。
クラークは一つ咳払いをし、単刀直入に聞くことにした。
「それでディリス、君いまどんな厄介事抱えてんの?」
あえて今まで聞かなかった。だが、ああして学校の生徒に危害が及ぶ寸前ともなれば、もはや無視することは出来ないのだ。
それはディリスにも分かっていたようで、エリアとルゥを一度見た後、事情を話すことにした。
「はぁ……」
「あ、あのクラーク様大丈夫ですか? ため息すごかったですけど……」
「あ、あぁ。ごめんねエリアちゃん、まさかプロジアとそのお仲間さんとやり合っているとは思わなくてね……」
「巻き込んでしまって、すいません」
「ううん、良いんだ。それぞれ“元”だから掟に反することは無さそうだし」
掟、という言葉にエリアは興味を示すような表情を浮かべる。
ちらりと、ディリスを見てからクラークは言った。
「『七人の調停者』には一つだけ鉄の掟があるんだ。身内同士で殺し合わないっていうね。昔なら、それを破ると怖い怖~い《蒼眼》が両方を抹殺しに来るんだ」
抹殺、というだけでもエリアは気絶しそうになるが、もっと分からない事があった。
何故両方? と。
「な、なんで両方なんですか? 最初に仕掛けた方がその、やられるものかと」
「『七人の調停者』にとって“調停”とは、立ちはだかる者全てを平等に皆殺すことで争いを止めることを言うんだよ。それに則り、ディリスは両方を平等に殺す。まあ、喧嘩両成敗の更に重いバージョンっていう押さえで良いと思う」
“調停”とは、立ちはだかる者全てを平等に皆殺すことで争いを止めること。
その言葉は、ディリスと初めて会った時に、彼女自身が口にしていたものであった。
聞いていた。だが、それで全てを受け止めろというのは、エリアには出来ない。
「そんな事を今までディーは……」
そこでディリスが口を開いた。ここから先の自分の事は、他でもない自分で説明するのが筋なのだから。
「平等じゃなければ駄目なんだ。どちらかを生かしたらどちらかに肩を持ったということになる。だから駄目なんだ。きっちりどちらも殺さないと私達がファーラ王国の擁する部隊の一つなのに、何で正体を隠しているのかが分からなくなる」
「そもそもディー、なんで皆正体を隠すの? そのまま顔を出せば良いって話にはならなかったの?」
「顔を出して“調停”を執行すると、調停者が民衆に善悪を問われてしまう。だから駄目なんだ。知られていないからこそ、皆殺せる。分からないからこそ、私達は恐怖されるんだ」
淡々と語るディリスに、エリアは何も言い返せなかった。
否、言い返せる者がこの世界にいるのか?
「さっき言った『七人の調停者』の両成敗もそう。己の思想を土に埋め、粛々と調停を執行しなければならない者達が自分の思想をぶつけ合っているってことだからね。それじゃ示しがつかないんだよ」
その眼で一体、どれほどの死を視てきたのか。
喉元まで出かかったが、エリアにはとてもじゃないがコレを口にする勇気はなかった。これは、そう容易く口に出来るものではないと、彼女は理解していた。
「とまあエリアちゃん、そういうことなんだ。私も掟破りたくないからねーはははっ」
「あの……ちょっと良いでしょうか?」
おずおずとルゥは手を挙げる。皆との身長差もあってか、自然と上目遣いになっていた。
「どうしたんだいルゥちゃん?」
「その、殺……す、役割をしていたディーさんが今こうして私達といるのに、それは続けられているんですか?」
“殺す”という言葉をあまり口にしたくないルゥが歯切れ悪そうにそう質問すると、クラークはすぐに返す。
「それはもちろん《蒼眼》の代理が立てられ、その人が代わりに処刑人の役割を担っているんだ」
その説明に、眉をひそめたのはディリスである。
「代理? クラーク、言い間違いをしたのかな? 私はあそこを抜けて来たんだ。その言葉は違うんじゃないか?」
彼女の指摘に、クラークは口を手で覆った。その挙動不審な様子に察しがついたディリスは頭を抱える。
「……まだ、私がいつか帰ってくると思っているのかあの人は」
「せーかい。というかその辺の話抜きにして、たまには顔出しに行ってきな? だいぶ落ち込んでいるんだぞ彼女」
話についていけないエリアとルゥになんて説明しようかとディリスは思案する。
組織を抜けたとはいえ、あまりペラペラと個人情報を喋る性格でもないため、悩んでしまう。
クラークへ助けを求めるが、彼はにやにやして全く取り合う気はないというのが見て取れる。
「今、話に出てきた奴はそうだね……エリアには以前、少しだけ言ったかな? いつも戦闘訓練で私の骨折ってきてた狂人の上司のことだよ」
「き、聞いたことある……! めちゃくちゃバイオレンスな人だ!」
「そうそう、そいつ。まあ、色々と世話になった人なんだけど、私は苦手だ」
「またまたディリス~。そんな事言ってるとあの人泣いちゃうゾ?」
あっ、とクラークが小さく漏らす。
その漏れ方は何だか聞き流せなかったディリスは問い詰めた。すると、彼はディリスから目をそらしながら、言う。
「いや、ほら、ここって国立じゃん? それでここに通っている生徒ってだいたい貴族だったり有名所じゃん? 情報なんかすぐ広まるじゃん? 極めつけに君達、突然来て私の元へやってきたイレギュラー中のイレギュラーじゃん?」
「じゃんじゃんうるさい。何が言いたいの?」
「だから、もしうっかり誰かが君の外見の特徴を言いふらそうものなら……」
そこでようやくディリスは言いたいことを悟った。同時に、どうしてここなら何も外に漏れないと勘違い出来たのだろうか。
「エリア、ルゥ。事情は必ず説明するから一旦この学校から出よう」
状況が掴めないエリアとルゥの手を引き、学園長室から出ようとした。
その時。
「ここにいたのねディリス! このフィアメリア・ジェリヒトが貴方を迎えに来たわよ!!」
扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、薄紫色の長い髪を持つ女性であった。彼女はとてもとても、生き生きとした表情を浮かべていた。
それぞれの顔にはもう不安の色はなく、頼もしく見えた。
クラークは一つ咳払いをし、単刀直入に聞くことにした。
「それでディリス、君いまどんな厄介事抱えてんの?」
あえて今まで聞かなかった。だが、ああして学校の生徒に危害が及ぶ寸前ともなれば、もはや無視することは出来ないのだ。
それはディリスにも分かっていたようで、エリアとルゥを一度見た後、事情を話すことにした。
「はぁ……」
「あ、あのクラーク様大丈夫ですか? ため息すごかったですけど……」
「あ、あぁ。ごめんねエリアちゃん、まさかプロジアとそのお仲間さんとやり合っているとは思わなくてね……」
「巻き込んでしまって、すいません」
「ううん、良いんだ。それぞれ“元”だから掟に反することは無さそうだし」
掟、という言葉にエリアは興味を示すような表情を浮かべる。
ちらりと、ディリスを見てからクラークは言った。
「『七人の調停者』には一つだけ鉄の掟があるんだ。身内同士で殺し合わないっていうね。昔なら、それを破ると怖い怖~い《蒼眼》が両方を抹殺しに来るんだ」
抹殺、というだけでもエリアは気絶しそうになるが、もっと分からない事があった。
何故両方? と。
「な、なんで両方なんですか? 最初に仕掛けた方がその、やられるものかと」
「『七人の調停者』にとって“調停”とは、立ちはだかる者全てを平等に皆殺すことで争いを止めることを言うんだよ。それに則り、ディリスは両方を平等に殺す。まあ、喧嘩両成敗の更に重いバージョンっていう押さえで良いと思う」
“調停”とは、立ちはだかる者全てを平等に皆殺すことで争いを止めること。
その言葉は、ディリスと初めて会った時に、彼女自身が口にしていたものであった。
聞いていた。だが、それで全てを受け止めろというのは、エリアには出来ない。
「そんな事を今までディーは……」
そこでディリスが口を開いた。ここから先の自分の事は、他でもない自分で説明するのが筋なのだから。
「平等じゃなければ駄目なんだ。どちらかを生かしたらどちらかに肩を持ったということになる。だから駄目なんだ。きっちりどちらも殺さないと私達がファーラ王国の擁する部隊の一つなのに、何で正体を隠しているのかが分からなくなる」
「そもそもディー、なんで皆正体を隠すの? そのまま顔を出せば良いって話にはならなかったの?」
「顔を出して“調停”を執行すると、調停者が民衆に善悪を問われてしまう。だから駄目なんだ。知られていないからこそ、皆殺せる。分からないからこそ、私達は恐怖されるんだ」
淡々と語るディリスに、エリアは何も言い返せなかった。
否、言い返せる者がこの世界にいるのか?
「さっき言った『七人の調停者』の両成敗もそう。己の思想を土に埋め、粛々と調停を執行しなければならない者達が自分の思想をぶつけ合っているってことだからね。それじゃ示しがつかないんだよ」
その眼で一体、どれほどの死を視てきたのか。
喉元まで出かかったが、エリアにはとてもじゃないがコレを口にする勇気はなかった。これは、そう容易く口に出来るものではないと、彼女は理解していた。
「とまあエリアちゃん、そういうことなんだ。私も掟破りたくないからねーはははっ」
「あの……ちょっと良いでしょうか?」
おずおずとルゥは手を挙げる。皆との身長差もあってか、自然と上目遣いになっていた。
「どうしたんだいルゥちゃん?」
「その、殺……す、役割をしていたディーさんが今こうして私達といるのに、それは続けられているんですか?」
“殺す”という言葉をあまり口にしたくないルゥが歯切れ悪そうにそう質問すると、クラークはすぐに返す。
「それはもちろん《蒼眼》の代理が立てられ、その人が代わりに処刑人の役割を担っているんだ」
その説明に、眉をひそめたのはディリスである。
「代理? クラーク、言い間違いをしたのかな? 私はあそこを抜けて来たんだ。その言葉は違うんじゃないか?」
彼女の指摘に、クラークは口を手で覆った。その挙動不審な様子に察しがついたディリスは頭を抱える。
「……まだ、私がいつか帰ってくると思っているのかあの人は」
「せーかい。というかその辺の話抜きにして、たまには顔出しに行ってきな? だいぶ落ち込んでいるんだぞ彼女」
話についていけないエリアとルゥになんて説明しようかとディリスは思案する。
組織を抜けたとはいえ、あまりペラペラと個人情報を喋る性格でもないため、悩んでしまう。
クラークへ助けを求めるが、彼はにやにやして全く取り合う気はないというのが見て取れる。
「今、話に出てきた奴はそうだね……エリアには以前、少しだけ言ったかな? いつも戦闘訓練で私の骨折ってきてた狂人の上司のことだよ」
「き、聞いたことある……! めちゃくちゃバイオレンスな人だ!」
「そうそう、そいつ。まあ、色々と世話になった人なんだけど、私は苦手だ」
「またまたディリス~。そんな事言ってるとあの人泣いちゃうゾ?」
あっ、とクラークが小さく漏らす。
その漏れ方は何だか聞き流せなかったディリスは問い詰めた。すると、彼はディリスから目をそらしながら、言う。
「いや、ほら、ここって国立じゃん? それでここに通っている生徒ってだいたい貴族だったり有名所じゃん? 情報なんかすぐ広まるじゃん? 極めつけに君達、突然来て私の元へやってきたイレギュラー中のイレギュラーじゃん?」
「じゃんじゃんうるさい。何が言いたいの?」
「だから、もしうっかり誰かが君の外見の特徴を言いふらそうものなら……」
そこでようやくディリスは言いたいことを悟った。同時に、どうしてここなら何も外に漏れないと勘違い出来たのだろうか。
「エリア、ルゥ。事情は必ず説明するから一旦この学校から出よう」
状況が掴めないエリアとルゥの手を引き、学園長室から出ようとした。
その時。
「ここにいたのねディリス! このフィアメリア・ジェリヒトが貴方を迎えに来たわよ!!」
扉が勢いよく開かれた。
そこに立っていたのは、薄紫色の長い髪を持つ女性であった。彼女はとてもとても、生き生きとした表情を浮かべていた。
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