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第二章 六色の矢編

第十一話 ルゥに向いている魔法

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「あ、当たった……!?」

「うん、だけど一手惜しかったみたいだ」

 襲雷神の剣が直撃した所には煙が立ち込めていた。
 オランジュの様子が分からなかったが、それでもこの空間が直ぐに解除されていないということが何よりの生存の証拠である。

 煙が晴れる。

「あっっっぶな! 反応遅れてたら死んでた。絶対に死んでた!」

 彼女の防御方法を見ていたディリスは、その腕前を手放しで称賛する。

「五重の魔力障壁に、自分自身に防御魔法を掛けてやり過ごしたか。本当に、速い魔法だ」

「お褒めに預かり、こーえいこーえい! でも! そっちのエリア! 貴方、どんな魔力と操作精度あったらあんな攻撃魔法と召喚魔法の合いの子が出来るのよ!?」

「やっぱり、気づかれましたか」

「貴方は、召喚霊に自分で作った攻撃魔法を“持たせて攻撃させた”。これなら超短い時間だけど上位の召喚霊を喚ぶ事が出来る……って言うだけなら簡単だけどね」

「思いついたのでやってみたら、出来ました」
 
 オランジュはもう笑うしかなかった。

 凡人が数万回生まれ変わっても到達出来ない境地だぞ、と言いたかったが、それを言ってしまえば調子づかせることになる。

 そして、今自分が置かれている状況はそれほど笑い話が出来るほど優しい状況ではない。

「この『隔絶空間マイルーム』に回してる分と、今の防御に使った魔力で、私の魔力は底をつきそうだ」

「このまま大人しく殺されるなら楽に殺してあげるよ」

「冗談。このまま死んだら、私がこの程度と思われることになるでしょ? それだけは絶対にイヤ」

 オランジュの上下に魔法陣が展開される。それと同時に、隔離空間にヒビが入る。

「ディリスにエリア、顔は覚えたわよ。これ以上やるとプロジアに殺されそうだからこれで帰るわ」

「やっぱり、『六色の矢』なんですね!」

「ありゃ? 知ってる系? あーじゃあ、最初にそれ付け足しておけば良かった」

 上下の魔法陣がそれぞれオランジュの胴体を包み込むように移動する。魔法陣に飲み込まれるように、彼女の身体はどんどん消えていった。

「アディオース! 次は『六色の矢』の一人、“だいだいの矢”として貴方達を殺しに行くからね~」

 そう言い残し、オランジュ・ヴェイストは完全に姿を消した。
 術者の居なくなった魔法空間は形を崩し、ディリスとエリアはようやく現実空間へと帰還した。

「ディー……なんとか、なった、ね」

 緊張の糸が途切れ、エリアはディリスへもたれ掛かるように倒れる。
 抱きとめた時には、既にエリアは魔力を回復させるために眠りへ落ちていた。

 生きるか死ぬかの瀬戸際であれだけの魔法を放てた彼女の勇姿を、ディリスはしかと眼に焼き付けている。

 その上で、言った。

「お疲れ様エリア。もうエリアは、誰にも負けないと思う」

 一件落着、と言いたい所だが、ぞろぞろと集まっている生徒相手にどう誤魔化そうかと再び思考を巡らせるディリスであった。


 ◆ ◆ ◆


「うん、やっぱり君の強さは相変わらずなようだねディリス。そして、コルステッドの娘さん。君も、一枚壁を乗り越えられたみたいだ」

 特定の場所を見ることが出来る魔法が施された鏡で、最初から最後まで見ていたクラークは満足げに頷く。
 最初から最後まで、というのは文字通りの意味である。

「まさか『隔絶空間マイルーム』をあんなに実戦的に使える人がいるとはね。そんな人間を差し向けられるのは誰だい? ディリス、君に強い想いを持っている人しかそんなことは出来ないだろうね」

「あの、クラーク様?」

 戦闘を眺める事に集中しすぎてしまった。

 ルゥが手持ち無沙汰で自分をじっと見つめていたことに気づき、大変申し訳無い気持ちである。

 その穴埋めをするように、クラークはお互いのテンションを上げるために、まず大きく手を打ち鳴らした。

「よぅし。それじゃ君のぴったりな戦い方、というか魔法だね。何が君に向いているか探ってみようか」

 そう言って彼が取り出したのは、三つの指輪であった。それぞれ赤、青、黄色の宝石が埋め込まれている。
 それを着けるよう言われたルゥは指示に従い、赤の指輪を人差し指、青の指輪を中指、黄の指輪を薬指にはめた。

「これは私が独自に行っている簡単な適性検査、みたいなものでね。その指輪に順番に魔力を流してもらうんだ」

「これをすることによって……私が何に向いているか分かるのですか?」

「ざっくり私なりの考えを説明するとね。攻撃魔法だったり補助魔法だったり、召喚魔法にはそれぞれ適した魔力の相性があると私は考えているんだ。これはそんな相性を簡単に確かめるために私が自作した指輪なんだ」

「じ、自作!? そんな大事なものを使わせてもらっても良いんですか!?」

 想像以上に貴重な物で、ルゥは驚きで思考が埋め尽くされそうになる。
 そんな彼女の慌てる様子についついクラークは笑ってしまった。

「あっはっは! 良いの良いの。あのディリスが連れてきて頼んできたんだ。それを無碍にするのは考えられないよ。おっと喋りすぎたね。じゃあ、さっそく赤の指輪から魔力を流してみてくれ」

「はい!」

 ルゥは失敗できない、と目をつむる。

 まずは赤の指輪に意識を集中させた。身体の内側から指輪に意識を接続させる要領で。
 指輪が反応する。すると、ポッとまるで蝋燭ろうそくのように小さな炎が灯った。

 それを見て、軽く頷くクラーク。

「じゃルゥちゃん。次行こうか」

「はいっ」

 続けて青の指輪へ魔力を流す。すると赤の指輪から炎より小さな青い光が浮かび上がった。
 クラークは特にリアクションを取らず、最後の指輪へ魔力を流すよう指示を出す。

「これが最後……えいっ……!」

 途端、黄の指輪が強烈な発光を見せる。学園長室が一瞬何も見えなくなってしまったくらいの規模である。
 ルゥはその時、不思議な感覚に陥った。

「これは……何ですか? 門が、視える……」

 まるで巨大な門の前にいて、全方位から“何か”に見られているような、そんな感覚だ。
 だが、それは一瞬の話。クラークが肩を掴んだことで、ルゥは意識を戻せた。

「『封印シールド』!」

 黄の指輪に付けられた宝石に、魔力で構成された錠前と鎖が何重にも巻きついていく。
 すると、もうおかしなことは起きなくなり、ただただ静寂な室内へと戻っていった。

 それを確認したクラークは大きくため息をつく。だが、それは呆れだとかそういう次元の話ではない。

「危なかった……もう少しで意図せず召喚魔法が発動するところだったね」

「え? 私、今召喚魔法を発動しそうになったんですか……?」

「そういうこと。事前にディリスからは聞いていたけど、なるほどこれは私の元へ直行してくるわけだ……」

「もしかして私……とんでもない失敗をしそうになったんでしょうか……?」

 涙目でそう尋ねるルゥの言葉に対し、クラークは首を横に振る。

「ううん、その逆さ。成功以上の成功だよ。私が今、動いたのは厄介なものが出てきそうだったからさ。……良いかい?」

 一拍置き、クラークは告げた。
 ルゥが今、どんな怪物を召喚する寸前だったのかを。

「魔界か精霊界か天界かはさておいて、君は今、その中でも上から数えたほうが強い召喚霊を喚びかけたんだよ」

 彼が何を言っているのか、ルゥには一瞬理解できなかった。
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