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第二章 六色の矢編
第十話 信じること、信じられること
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上空にいる女性はいかにも魔術士、といった格好をしていた。
カーキグリーン色のローブを身につけ、橙色の長い髪は後ろで一つに纏めている。
表情も生気に溢れ、ハツラツとした印象を与えた。
「お前は?」
剣こそ抜いていないが、既に眼は蒼くなっていたディリス。
その間、エリアは今の魔法について思考を巡らせていた。
(確かに言った……『隔絶空間』って)
それは難易度の高い空間操作魔法の一つである。
周りの反転した景色がそのまま彼女の魔法領域。この中にいる間は、時間は緩やかに進み、外からの影響は一切受けない。
要人護衛の一時しのぎだったり、追手から隠れたりなど色々と使いみちは考えられるが、最も効率の良い使い方とは――。
「気をつけてディー。たぶんあの人、正面から戦っても自信があるからこの空間に誘い込んだんだ」
「へぇ! この魔法のことも知ってるんだね! 君、中々知識があるねぇ!」
会話が聞こえていたのか、女性は手を叩き、素直な感想を口にした。
こういう状況じゃなければ、喜べたのだろう。エリアはすぐに頭を切り替える。
何せ、見覚えがある流れなのだ。
「あの! 貴方は何でこんなことをするんですか!? 私かディーに何か用でもあるんですか!」
「用? そんなの一つしか無いわよ?」
次の瞬間、ディリスの眼の前に魔力障壁が発生。同時に魔法弾が着弾した。ほんの少し遅ければ、ディリスの頭に直撃していたコースである。
エリアと女性、驚いたのはそれぞれの魔法の速さであった。
「魔力障壁の展開が速い……!? 私って結構、魔法弾の速さに自信があったのにな」
「いつの間に魔法弾を……!? 気づくのが遅れてたらディーが……!」
女性のエリアを見る目が変わった。ただのオマケ程度にしか視界に入れていなかったからこそ、適当なタイミングで魔法を発動したのだが、少し失敗をしたなと反省する。
しかし、反省をしたならば改善をすれば良い。
そんな彼女の名は――。
「私はオランジュ・ヴェイスト。流離いの魔術士って所かな?」
ディリスはその名を知っていた。最も、面識はないのだが。
「知ってる。《魔弾のオランジュ》だよね」
「あれ? 知ってるの? うれしーな!」
そうなれば厄介な相手が来たな、とディリスはどう相手を殺すか脳内シミュレートを開始する。
《魔弾のオランジュ》とは文字通り、魔法弾を最も得意とする有名な賞金稼ぎである。
攻撃魔法を唱えれば一瞬で発動し、詠唱を必要としない魔法弾はあらゆる形で襲いかかる。
魔法が使えないディリスにとって、相性の悪い相手の一人である。
「《蒼眼》、君の首にお金を出してくれる人がいてね。悪いけど死んでもらうよ。そこの桃髪の子は放っておこうと思ったけど、厄介そうだから君も死んでもらうよ」
鳥のように空中を旋回しながら、オランジュは既に魔法を発動していた。
無数の魔法陣が展開され、そのどれからも氷の槍の先端が見えた。
ディリスはこれを範囲攻撃魔法と断定。エリアに視線を合わせると、彼女は頷き、すぐさま防御魔法を展開しようとする。
しかし、それはディリスの考えとは違う行動だった。
「ううん。エリアは攻撃魔法の準備をして。私があの魔法を防ぐ」
「ええっ!? む、無茶だよディー!」
「いや、多分合理的。私は遠距離を攻撃する手段は無い。エリアにはある。だったら私が守って、エリアが攻撃をすれば良いでしょ?」
ディリスは戦闘に関しては絶対に冗談を言わない。
だから、彼女は本気なのだ。本気であの氷の槍へ挑もうとしているのだ。
正気の沙汰ではない。大人しく防御魔法の中にいればいいのに、それを捨ててまで勝ちの目を見出しにいく。
ここで失敗したら、そんなもしもがエリアの脳裏をよぎる。
「エリア、他のクソ雑魚なら不安になるのも不思議ではないよ。でも――今ここにいるのは誰だ?」
ディリスとエリアの視線が重なる。
真っ直ぐ見つめてくれるその眼に応えたい、とエリア・ベンバーは素直に思えたのだ。
「ディー。私の今から撃つ攻撃魔法は四十秒……ううん、三十秒欲しいな」
「オーライ」
「天才って呼ばれているだけの活躍はしようと思う。出来る限り、ううん、絶対に!」
作戦会議を見届けていたオランジュは、逃げも隠れもしないその二人に思わず笑みが溢れてしまった。
今までの有象無象ならばしゃらくさい防御魔法でお茶を濁していたところだろう。
それなのに、それなのに! 馬鹿みたいな反撃、こんな物を見せられれば、オランジュ・ヴェイストも“やる気”になるというものだ。
「《蒼眼》の隣にいる子! 名乗りなさい!」
オランジュは手を高く掲げた。
「私はエリア、エリア・ベンバーです!!」
「エリア・ベンバー……アハハハ! 私もこの学校に居たことがあってね! 私が卒業した後に天才が現れたと聞いたから会うのが楽しみだったんだ!」
ひとしきり笑った後、オランジュは引き金を引くかのように、腕を下ろした。
少しの溜めがあった後、とうとう氷の槍が振ってくる。
一本一本はそこまで巨大ではないが、それでも直撃すれば重傷確定。
そんな暴力の雨の中、ディリスは剣を抜き、ただ悠然と構える。彼女の後ろにいるエリアは、オランジュを見据え、魔法の発動準備に取り掛かる。
開戦まであと三秒。
「じゃエリア、ここからは自分との勝負だね」
「……うん」
二秒。
「クラークが言っていた事、覚えてる?」
「え、……うん」
一秒。
「多分、クラークはたった今、本当にエリアへアドバイスをすることがなくなった」
「え――」
「じゃあ死のっかぁ!! 『殲滅の飛氷槍』!」
次の瞬間、エリアの眼に、常識が狂いそうになる神速の攻防が飛び込んだ。
エリアに当たりそうな攻撃を最優先で斬り落とし、自分に当たりそう攻撃は最小限の動きで避けるディリス。防御と、回避で地面に当たった氷の槍が辺りに飛び散り、周囲の気温をどんどん下げていく。
「天上の雷鳴り響く時、汝来たり……」
攻撃を防ぐディリスの背中は言っている。“任せているぞ”、と。
エリアには攻撃が掠りもしていない。だって全てディリスが守ってくれているから。だからこそ、彼女は全部の意識を攻撃に集中させられるのだ。
「馬鹿でしょあいつ!? 馬鹿馬鹿馬鹿すぎる! 普通死ぬでしょそこは!? 馬鹿じゃないの!?」
どんな手品を使って、自分の『殲滅の飛氷槍』を防ぐのかと思えば、何と力押し。全てを叩き落とすだけの実にシンプルな行動。
防御魔法も張らずに? 命が惜しくないのかとオランジュはただただ理解不能であった。
そんなオランジュの声が当然、氷槍の降り注ぐ絶殺空間に届くわけがなく、件のディリスはそのどれもが当たれば重傷の死の雨をひたすらやり過ごしていた。
(ありがとうね、ディー。ディーがどんな時も変わらないで私の事を見てくれるから、私はようやく少し一歩前に進めるんだ)
エリアの右手に一瞬電気が迸る。
やがてどんどんその勢いが増し、その電気が空間に亀裂を走らせる。
その空気を察し、ディリスは氷の槍を叩き折りながらも、薄く笑みを浮かべた。
「やっぱりエリアはやるね」
エリアは右手を掲げ、その電気を亀裂へと渡した。
瞬間、亀裂から太く青白い筋肉質な腕が伸びてきた。
その“腕”を見たオランジュが目を見開く。
「あ、あの腕は……!?」
エリアから渡った電気を掴むと、青白い手の中でそれが剣の形へと変わっていく。
「精霊界に存在する雷の国王の腕……!!」
おもむろに腕が剣を振るうと途端、雷の刀身が伸び、未だ降り注ぐ氷の槍を全て蒸発させ、オランジュを捉えた。
その間はきっと、瞬きをしている時間だった。
「『襲雷神ゾンダの雷撃剣』……ッ!!」
それは、雷が落ちたときのような。
決定的な爆音が隔離空間に響き渡った。
カーキグリーン色のローブを身につけ、橙色の長い髪は後ろで一つに纏めている。
表情も生気に溢れ、ハツラツとした印象を与えた。
「お前は?」
剣こそ抜いていないが、既に眼は蒼くなっていたディリス。
その間、エリアは今の魔法について思考を巡らせていた。
(確かに言った……『隔絶空間』って)
それは難易度の高い空間操作魔法の一つである。
周りの反転した景色がそのまま彼女の魔法領域。この中にいる間は、時間は緩やかに進み、外からの影響は一切受けない。
要人護衛の一時しのぎだったり、追手から隠れたりなど色々と使いみちは考えられるが、最も効率の良い使い方とは――。
「気をつけてディー。たぶんあの人、正面から戦っても自信があるからこの空間に誘い込んだんだ」
「へぇ! この魔法のことも知ってるんだね! 君、中々知識があるねぇ!」
会話が聞こえていたのか、女性は手を叩き、素直な感想を口にした。
こういう状況じゃなければ、喜べたのだろう。エリアはすぐに頭を切り替える。
何せ、見覚えがある流れなのだ。
「あの! 貴方は何でこんなことをするんですか!? 私かディーに何か用でもあるんですか!」
「用? そんなの一つしか無いわよ?」
次の瞬間、ディリスの眼の前に魔力障壁が発生。同時に魔法弾が着弾した。ほんの少し遅ければ、ディリスの頭に直撃していたコースである。
エリアと女性、驚いたのはそれぞれの魔法の速さであった。
「魔力障壁の展開が速い……!? 私って結構、魔法弾の速さに自信があったのにな」
「いつの間に魔法弾を……!? 気づくのが遅れてたらディーが……!」
女性のエリアを見る目が変わった。ただのオマケ程度にしか視界に入れていなかったからこそ、適当なタイミングで魔法を発動したのだが、少し失敗をしたなと反省する。
しかし、反省をしたならば改善をすれば良い。
そんな彼女の名は――。
「私はオランジュ・ヴェイスト。流離いの魔術士って所かな?」
ディリスはその名を知っていた。最も、面識はないのだが。
「知ってる。《魔弾のオランジュ》だよね」
「あれ? 知ってるの? うれしーな!」
そうなれば厄介な相手が来たな、とディリスはどう相手を殺すか脳内シミュレートを開始する。
《魔弾のオランジュ》とは文字通り、魔法弾を最も得意とする有名な賞金稼ぎである。
攻撃魔法を唱えれば一瞬で発動し、詠唱を必要としない魔法弾はあらゆる形で襲いかかる。
魔法が使えないディリスにとって、相性の悪い相手の一人である。
「《蒼眼》、君の首にお金を出してくれる人がいてね。悪いけど死んでもらうよ。そこの桃髪の子は放っておこうと思ったけど、厄介そうだから君も死んでもらうよ」
鳥のように空中を旋回しながら、オランジュは既に魔法を発動していた。
無数の魔法陣が展開され、そのどれからも氷の槍の先端が見えた。
ディリスはこれを範囲攻撃魔法と断定。エリアに視線を合わせると、彼女は頷き、すぐさま防御魔法を展開しようとする。
しかし、それはディリスの考えとは違う行動だった。
「ううん。エリアは攻撃魔法の準備をして。私があの魔法を防ぐ」
「ええっ!? む、無茶だよディー!」
「いや、多分合理的。私は遠距離を攻撃する手段は無い。エリアにはある。だったら私が守って、エリアが攻撃をすれば良いでしょ?」
ディリスは戦闘に関しては絶対に冗談を言わない。
だから、彼女は本気なのだ。本気であの氷の槍へ挑もうとしているのだ。
正気の沙汰ではない。大人しく防御魔法の中にいればいいのに、それを捨ててまで勝ちの目を見出しにいく。
ここで失敗したら、そんなもしもがエリアの脳裏をよぎる。
「エリア、他のクソ雑魚なら不安になるのも不思議ではないよ。でも――今ここにいるのは誰だ?」
ディリスとエリアの視線が重なる。
真っ直ぐ見つめてくれるその眼に応えたい、とエリア・ベンバーは素直に思えたのだ。
「ディー。私の今から撃つ攻撃魔法は四十秒……ううん、三十秒欲しいな」
「オーライ」
「天才って呼ばれているだけの活躍はしようと思う。出来る限り、ううん、絶対に!」
作戦会議を見届けていたオランジュは、逃げも隠れもしないその二人に思わず笑みが溢れてしまった。
今までの有象無象ならばしゃらくさい防御魔法でお茶を濁していたところだろう。
それなのに、それなのに! 馬鹿みたいな反撃、こんな物を見せられれば、オランジュ・ヴェイストも“やる気”になるというものだ。
「《蒼眼》の隣にいる子! 名乗りなさい!」
オランジュは手を高く掲げた。
「私はエリア、エリア・ベンバーです!!」
「エリア・ベンバー……アハハハ! 私もこの学校に居たことがあってね! 私が卒業した後に天才が現れたと聞いたから会うのが楽しみだったんだ!」
ひとしきり笑った後、オランジュは引き金を引くかのように、腕を下ろした。
少しの溜めがあった後、とうとう氷の槍が振ってくる。
一本一本はそこまで巨大ではないが、それでも直撃すれば重傷確定。
そんな暴力の雨の中、ディリスは剣を抜き、ただ悠然と構える。彼女の後ろにいるエリアは、オランジュを見据え、魔法の発動準備に取り掛かる。
開戦まであと三秒。
「じゃエリア、ここからは自分との勝負だね」
「……うん」
二秒。
「クラークが言っていた事、覚えてる?」
「え、……うん」
一秒。
「多分、クラークはたった今、本当にエリアへアドバイスをすることがなくなった」
「え――」
「じゃあ死のっかぁ!! 『殲滅の飛氷槍』!」
次の瞬間、エリアの眼に、常識が狂いそうになる神速の攻防が飛び込んだ。
エリアに当たりそうな攻撃を最優先で斬り落とし、自分に当たりそう攻撃は最小限の動きで避けるディリス。防御と、回避で地面に当たった氷の槍が辺りに飛び散り、周囲の気温をどんどん下げていく。
「天上の雷鳴り響く時、汝来たり……」
攻撃を防ぐディリスの背中は言っている。“任せているぞ”、と。
エリアには攻撃が掠りもしていない。だって全てディリスが守ってくれているから。だからこそ、彼女は全部の意識を攻撃に集中させられるのだ。
「馬鹿でしょあいつ!? 馬鹿馬鹿馬鹿すぎる! 普通死ぬでしょそこは!? 馬鹿じゃないの!?」
どんな手品を使って、自分の『殲滅の飛氷槍』を防ぐのかと思えば、何と力押し。全てを叩き落とすだけの実にシンプルな行動。
防御魔法も張らずに? 命が惜しくないのかとオランジュはただただ理解不能であった。
そんなオランジュの声が当然、氷槍の降り注ぐ絶殺空間に届くわけがなく、件のディリスはそのどれもが当たれば重傷の死の雨をひたすらやり過ごしていた。
(ありがとうね、ディー。ディーがどんな時も変わらないで私の事を見てくれるから、私はようやく少し一歩前に進めるんだ)
エリアの右手に一瞬電気が迸る。
やがてどんどんその勢いが増し、その電気が空間に亀裂を走らせる。
その空気を察し、ディリスは氷の槍を叩き折りながらも、薄く笑みを浮かべた。
「やっぱりエリアはやるね」
エリアは右手を掲げ、その電気を亀裂へと渡した。
瞬間、亀裂から太く青白い筋肉質な腕が伸びてきた。
その“腕”を見たオランジュが目を見開く。
「あ、あの腕は……!?」
エリアから渡った電気を掴むと、青白い手の中でそれが剣の形へと変わっていく。
「精霊界に存在する雷の国王の腕……!!」
おもむろに腕が剣を振るうと途端、雷の刀身が伸び、未だ降り注ぐ氷の槍を全て蒸発させ、オランジュを捉えた。
その間はきっと、瞬きをしている時間だった。
「『襲雷神ゾンダの雷撃剣』……ッ!!」
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決定的な爆音が隔離空間に響き渡った。
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