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第36話 不憫なイルウィーンッ!
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話題の人物であるクリムとイルウィーンはとある場所へやってきていた。
「クリム先輩、ここは?」
「このコルカス王国を守護している軍の基地よ」
石造りの大きな建物。旗でも立てれば、城にでも見えるような外見。無骨な雰囲気を感じさせる場所であった。
あまり地上に来ないイルウィーンは物珍しげに眺めていた。対するクリムは何の感慨もなく、その建物を見つめていた。第一級天使という立場上、あらゆる場所に精通していなければならないという意識があるため、彼女はこういう場所をたまに見に来ていたのだ。
イルウィーンは基地を指差す。
「もしかして基地をぶっ潰しに来たかったんスか? それならわざわざここまで来なくても、自分の弓があれば、即終わらせられるっスよ」
「イルウィーン!!」
「はいっス!」
「ここのヒューマン共を半殺しにしてきなさい」
「はいっス! ……って、え? 半殺し? 皆殺しじゃないんスか?」
「小物を何万匹狩っても価値はないわ。それよりも、もし次回目の前に現れたとき、恐ろしく強くなっているかもしれないじゃない。その時のそいつを倒した方が良いでしょう?」
クリムは人間を大事にしたいわけではない。ただ、純粋な損得勘定だけしかない。小さな羽根虫を百匹殺した所で、それが強さの証明になるだろうか? 否。答えは否だ。倒すなら竜だ。それくらいの相手ならば、少しは強さの証明になるだろうから。
イルウィーンは、数秒で彼女の意図を理解し、首を縦に振った。根っこの所では、彼女も戦闘マニアなのだ。
「おっけーっス! とりあえず軽くボコしてくるっス」
気合満点でイルウィーンは基地に突撃していった。
直後、鳴り響く戦闘音を聴きながら、クリムは空を見上げる。
「イルウィーンの実力ならば、秒で制圧できる。だけどこれは終わりじゃない、むしろ始まりの始まり」
クリムの脳裏に浮かぶは、ウィズたち三人の顔。
「アタシたちは、本当に成し遂げられるのだろうか」
敵は三大代行最強、そして第一級天使最強、そして人間。単純な戦力だけで言えば、この世に勝るもの無しの最強戦力。
壁は高いほうが燃えるクリム。しかし、壁には限度というものがある。
常識的に考えると難攻不落の要塞。
(それだけヴァールシアと心の翼の力は異常だ。異常が過ぎる。ヴァールシアだけで世界は滅ぼろせるし、心の翼が気まぐれに力を振るうだけで世界は十回滅亡する)
それだけ絶望的な力量差だ。――封印されていなければ、だが。
(ヴァールシアと心の翼は力が封印されている。そのはずなのに、何でアタシはこんなに臆病なの……!)
行けば良いのだ。今ならば、理論上は倒せるはずなのだ。それだけ一級天使の力は保証されている。力を封じられている者に、負ける道理はない。
だというのに。
基地が火を吹き、煙が上がっていく。当然の結果を眺めながら、ヴァールシアは歯ぎしりをする。
(でもアイツらは何? 力を封じられているっていうのに、それを全く感じさせない。心を重視した存在と、その下位存在だから……?)
思考がぐるぐると渦巻く。
これ異常考えると、おかしくなりそうだった。クリムの片手には愛用の突撃槍があった。剣に酷似した槍を高く掲げると、穂先にクリムの闘気と魔力が収束する。
「だ、ま、れ、ェェェェェェッ!!!」
クリムが突撃槍を振るうと、強烈な魔力の奔流が基地の中心を穿つッ!
「うおわああああああああっ!? クリムせんぱぁぁぁぁぁいッ!? 自分ごと殺すつもりっスか!?」
基地の中からイルウィーンの声が響く。ご丁寧に拡声魔法でクリムにまで声が届いていた。
「この程度で死ぬなら、もうアンタに用はないから安心して死になさいッ!」
「馬鹿クリム先輩ッ! 自分、一生呪ってやるッス!!!!」
「あ! アンタ、今馬鹿って言ったわね! 言った回数ぶん殴る!」
ちょうど制圧が終わったようで、イルウィーンが神速でクリムの元に戻ってきた。イルウィーンは肩で息をしていた。これは断じて制圧した時の苦労ではない。パワーハラスメントを行う先輩に怒られたくないための、必死な行動だった。
「そ、ん、な、わけないっス! 自分はクリム先輩のことを尊敬しているっス!」
「ふぅん……まずは視線があっちこっちに行っているのを修正してからにしましょうか?」
「そ、そそそそそんなことないっス! ええもう! 自分は常にクリム先輩のことを尊敬しかしていないというか、むしろ尊敬一択! クリム先輩を尊敬しない奴ってむしろいるんスか? ってレベルで自分はクリム先輩のことしか考えていないっス! はい!」
「……ほぉ?」
クリムの絶対零度の瞳がイルウィーンを貫く。そこでイルウィーンは負けた。
「すんません。殺意マシマシでしたっス」
イルウィーンは土下座をしていた。それは立派な土下座だった。ここまで潔いと、逆に責められなかったクリムは振りかぶっていた突撃槍を下ろした。
「まぁ、良いわ。許してあげる。今、アンタに死なれると、今後に響くから許してあげるわ」
「ありがとうございますっス」
イルウィーンの土下座は変わらなかった。
「ちなみに、今後と言うと……?」
「愚問ね。ヴァールシアたちへのリターンマッチよ」
「よっしゃぁっス! また戦えるんスね! 今度こそ完全勝利っス!」
「いい心がけね。ぜひ死ぬ気で戦いなさい」
クリムの心の中は決戦でいっぱいだった。
「クリム先輩、ここは?」
「このコルカス王国を守護している軍の基地よ」
石造りの大きな建物。旗でも立てれば、城にでも見えるような外見。無骨な雰囲気を感じさせる場所であった。
あまり地上に来ないイルウィーンは物珍しげに眺めていた。対するクリムは何の感慨もなく、その建物を見つめていた。第一級天使という立場上、あらゆる場所に精通していなければならないという意識があるため、彼女はこういう場所をたまに見に来ていたのだ。
イルウィーンは基地を指差す。
「もしかして基地をぶっ潰しに来たかったんスか? それならわざわざここまで来なくても、自分の弓があれば、即終わらせられるっスよ」
「イルウィーン!!」
「はいっス!」
「ここのヒューマン共を半殺しにしてきなさい」
「はいっス! ……って、え? 半殺し? 皆殺しじゃないんスか?」
「小物を何万匹狩っても価値はないわ。それよりも、もし次回目の前に現れたとき、恐ろしく強くなっているかもしれないじゃない。その時のそいつを倒した方が良いでしょう?」
クリムは人間を大事にしたいわけではない。ただ、純粋な損得勘定だけしかない。小さな羽根虫を百匹殺した所で、それが強さの証明になるだろうか? 否。答えは否だ。倒すなら竜だ。それくらいの相手ならば、少しは強さの証明になるだろうから。
イルウィーンは、数秒で彼女の意図を理解し、首を縦に振った。根っこの所では、彼女も戦闘マニアなのだ。
「おっけーっス! とりあえず軽くボコしてくるっス」
気合満点でイルウィーンは基地に突撃していった。
直後、鳴り響く戦闘音を聴きながら、クリムは空を見上げる。
「イルウィーンの実力ならば、秒で制圧できる。だけどこれは終わりじゃない、むしろ始まりの始まり」
クリムの脳裏に浮かぶは、ウィズたち三人の顔。
「アタシたちは、本当に成し遂げられるのだろうか」
敵は三大代行最強、そして第一級天使最強、そして人間。単純な戦力だけで言えば、この世に勝るもの無しの最強戦力。
壁は高いほうが燃えるクリム。しかし、壁には限度というものがある。
常識的に考えると難攻不落の要塞。
(それだけヴァールシアと心の翼の力は異常だ。異常が過ぎる。ヴァールシアだけで世界は滅ぼろせるし、心の翼が気まぐれに力を振るうだけで世界は十回滅亡する)
それだけ絶望的な力量差だ。――封印されていなければ、だが。
(ヴァールシアと心の翼は力が封印されている。そのはずなのに、何でアタシはこんなに臆病なの……!)
行けば良いのだ。今ならば、理論上は倒せるはずなのだ。それだけ一級天使の力は保証されている。力を封じられている者に、負ける道理はない。
だというのに。
基地が火を吹き、煙が上がっていく。当然の結果を眺めながら、ヴァールシアは歯ぎしりをする。
(でもアイツらは何? 力を封じられているっていうのに、それを全く感じさせない。心を重視した存在と、その下位存在だから……?)
思考がぐるぐると渦巻く。
これ異常考えると、おかしくなりそうだった。クリムの片手には愛用の突撃槍があった。剣に酷似した槍を高く掲げると、穂先にクリムの闘気と魔力が収束する。
「だ、ま、れ、ェェェェェェッ!!!」
クリムが突撃槍を振るうと、強烈な魔力の奔流が基地の中心を穿つッ!
「うおわああああああああっ!? クリムせんぱぁぁぁぁぁいッ!? 自分ごと殺すつもりっスか!?」
基地の中からイルウィーンの声が響く。ご丁寧に拡声魔法でクリムにまで声が届いていた。
「この程度で死ぬなら、もうアンタに用はないから安心して死になさいッ!」
「馬鹿クリム先輩ッ! 自分、一生呪ってやるッス!!!!」
「あ! アンタ、今馬鹿って言ったわね! 言った回数ぶん殴る!」
ちょうど制圧が終わったようで、イルウィーンが神速でクリムの元に戻ってきた。イルウィーンは肩で息をしていた。これは断じて制圧した時の苦労ではない。パワーハラスメントを行う先輩に怒られたくないための、必死な行動だった。
「そ、ん、な、わけないっス! 自分はクリム先輩のことを尊敬しているっス!」
「ふぅん……まずは視線があっちこっちに行っているのを修正してからにしましょうか?」
「そ、そそそそそんなことないっス! ええもう! 自分は常にクリム先輩のことを尊敬しかしていないというか、むしろ尊敬一択! クリム先輩を尊敬しない奴ってむしろいるんスか? ってレベルで自分はクリム先輩のことしか考えていないっス! はい!」
「……ほぉ?」
クリムの絶対零度の瞳がイルウィーンを貫く。そこでイルウィーンは負けた。
「すんません。殺意マシマシでしたっス」
イルウィーンは土下座をしていた。それは立派な土下座だった。ここまで潔いと、逆に責められなかったクリムは振りかぶっていた突撃槍を下ろした。
「まぁ、良いわ。許してあげる。今、アンタに死なれると、今後に響くから許してあげるわ」
「ありがとうございますっス」
イルウィーンの土下座は変わらなかった。
「ちなみに、今後と言うと……?」
「愚問ね。ヴァールシアたちへのリターンマッチよ」
「よっしゃぁっス! また戦えるんスね! 今度こそ完全勝利っス!」
「いい心がけね。ぜひ死ぬ気で戦いなさい」
クリムの心の中は決戦でいっぱいだった。
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