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最終話:小悪魔最強伝説
第6章
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家を囲む林の裏手から、清浄な光の柱が立ち昇った。
「!」
驚愕に目を見開いたルカを、アデルバートが背後に庇う。仲間達も、反射的にルカと国王を守るように、一斉に進み出た。黄金のベリンダのみが、困惑気味に眉根を寄せたのみだったのは、持ち前の鋭敏な感覚で、光の正体に気付いていたからなのだろう。
林の中から姿を現したのは、青白い肌に、緩く波打つ紺色の髪、人外の美しさを兼ね備えた、異教の蛇神・メルヒオールだった。
「メルヒオール様!?」
ルカとフィンレーが、揃って素っ頓狂な声を上げる。それ以外の者達は、「どれだけ集まってくるんだ」と言わんばかりに、一様にげんなりした様子だ。
来訪の意図を窺う視線が集中する中を、メルヒオールは2本の足で、音もなく近付いて来た。人間体を取ってはいても、纏ったビルダヴァの商人風の衣装は、衣擦れの音一つさせない。彼が超自然の存在であることの証のようなものだろうか。
「いったい、どこから……」
呟いたフィンレーに向かって、メルヒオールは穏やかに微笑んで見せる。それからルカとベリンダを交互に見遣って、納得したように頷いた。
「ここは良い水が流れているな。そなたらの住まいに相応しい」
なるほど、と、今度はルカが頷く番だった。確かに、この丘の真裏には小川が流れている。中腹から湧き出し、ハーフェルの町中まで繋がる、綺麗な川だ。水を司る蛇の神であるメルヒオールは、水場を伝えばどこでも権限可能ということなのだろう――さすがは神。
しかし、やはりエリアを大幅に越えての急な来訪には、不安を覚えずにはいられない。
「あの、何かあったんですか?」
おずおずと聞いたルカに対して、メルヒオールは安心させるかのような、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。「いや、何」と言葉を濁した直後に、小さく息を呑んだのはアデルバートだった。
「――ッ!」
まるで痛みでも覚えたかのように、思わずと言った様子で、ルカを解放する。
拘束を解かれたルカに音もなく近付き、メルヒオールは優しく頭を撫でて来た。アデルバートの無体を懲らしめるために、何らかの力を奮ったのだろう。
「加護を与えた勇者殿の様子を見に来たのだが、気配を辿ったところ、そなたの元へ行き着いた。そなたもビルダヴァの様子が知りたかろうと思ってな」
「!」
何事もなかったかのように来訪の目的を語るメルヒオールに、ルカは弾かれたように顔を上げた。その小動物的な仕草に、蛇神が目を細めたことにも気付かず、無邪気に首を傾げる。
「カリスタは元気にしてますか?」
「ああ。今は、あれの父親が町の代表だ。それを支えながら、我が祠へも毎日のように詣でてくれている」
「そっかー」
安堵の表情で、ルカは嬉しい情報をもたらしてくれたメルヒオールに微笑みかけた。
神が愛し子を愛でる様子に、当のフィンレーも含めた男達全員、フェロールまでもが、「本当にフィンレーの様子を見に来るついでだったのか。本来の目的はルカだったのではないか」という疑いの眼差しを向け、この期に及んでルカの口から女子の名前が出てきたことに、シェリルは眉をひそめている。
仲間達の不満を代表するように、右手を押さえながらアデルバートが進み出た。
「異教の神よ。我が国の問題に、口を挟まないでいただきたい」
斥候隊及び救援隊の報告から、眼の前の存在が蛇神メルヒオールであることは察せられたのだろう。彼の主張を意訳するなら「ルカを自らの臣として迎えるのは、国王たる己の裁量一つである」、ということだが、ルカをみすみす奪われたことへの苛立ちは隠せていない。
当然ながら、この場において唯一堂々とアデルバートを諌めることのできるメルヒオールは、厳しい眼差しで受けて立った。
「神に国土の隔たりなど、関係があろうか」
「我らの神は、聖エドゥアルトとそれに連なる者のみだ。異教の神に指図される謂れはないわ」
「……!」
神の不興を買うことをものともしないアデルバートに、ルカは思わず背筋を震わせた。
度を越した美形同士の睨み合いというだけでも相当な迫力があるのに、「国王と神」という異次元の対立が始まってしまい、シェリルや子供達も本格的に怯え始めている。
その時、バシュウ、と空気が凝縮するように震えて、上空に真っ黒な渦が広がった。
「!!」
圧倒的な禍々しい気配に、誰もがハッと息を呑む。
――次の瞬間、渦の中心に姿を現したのは、魔王ビアンカと二人の側近達だった。
「ルカよ、そなたのビアンカが参ったぞ!」
空気も読まずに宣言するビアンカは、いつも通り真っ黒な、それでいて貴婦人がリゾートにでも赴くかのような、鍔の広い優雅な帽子を被っており、ヘルムートとカインはというと、スイーツの箱らしきものを大量に抱えている。こちらもルカへの賄賂、というより、餌付けのための物と考えた方が良さそうだ。
驚愕を通り越して、もはや唖然とした目が見守る中を、ビアンカは軽やかに地上へ降り立った。そして他の者など一切が目に入らぬ様子で、ルカを思い切り抱き締める。
「今日もそなたは愛らしいな」
女性に言われてしまっては、男として立つ瀬がない。とは思いながらも、上背のあるビアンカに真正面から抱き締められ、豊満な胸元に顔を埋めるという、男として最高のシチュエーションを味わいながら、ルカは「コンニチハ」などと噛み合わない返事を辿々しく返すしかなかった。
――今日もビアンカ様は美しく、そして積極的だ。
されるがままに赤面し、硬直していたルカに、ビアンカはうっとりと頬を寄せて来る。
「まったく愛いことよ……年の近い娘の姿よりも、わらわ自身の姿を好んでくれるとは」
ルカの性癖にご満悦のビアンカに対して、ベリンダとシェリルの女性陣は血相を変え、男性陣にはメルヒオールまでが加わり、刺すような視線を向けている。
解任式直後にルカが懸念した通り、とても平和とは言い難い光景が、ここにはあった。
――ど、どうしよう。
視線を彷徨わせた先では、ヘルムートが「それが普段着ですか。何なんですかこの可愛い生き物」と早口に呟き、カインもまた「何だお前、僕より可愛いなんて有り得ないぞ!」と悔しげに頬を染めながら、ルカの頬をつついてくる。
「――おのれ、魔王めが」
それがあの冷静沈着なメルヒオールの言葉と気付いて、ルカは小さく震えた。
翼竜一家と同様、ルカがビアンカを手懐けたことを知った時のメルヒオールは、驚き呆れながらも、ルカの人たらしぶりを称賛してくれたというのに。
今では天変地異さえ起こしかねない形相で、ビアンカを睨め付けているではないか。
異教の神の威嚇を真正面から受けて、ビアンカは美しい顔を歪めるようにせせら笑う。
「古の神など、わらわが怖れると思うてか」
「――取り敢えずルカを離しなさい!」
「王vs神」に続いて起こった「神vs魔王」の諍いからルカを救い出したのは、やはり頼りになる祖母・ベリンダだった。半ば強引にビアンカからルカを引き離し、間に立つのを受けて、ユージーンがすかさず横から支えてくれる。
「大丈夫かい、ルカ?」
「……」
何とかこくりと頷いてから、ルカは胸の高鳴りを抑えるように、大きく息を吐いた。目まぐるしく現れる高位の存在達に振り回され、動悸が治まる暇もない。
ルカへの愛情から完全に改心したというビアンカには、これまでのお詫びと称して、あちらの世界の家族の、本当の「今の様子」を見せて貰っている。ビアンカの魔法で水鏡に映った両親と姉は、ルカの死を悲しみながらも必死に乗り越え、日々を懸命に生きていた。それがわかっただけでもありがたかったし、やはりルカは、みんなと同じようにはビアンカを嫌う気にもなれないのである。
――ホントに、みんなの気持ちはどれも嬉しいんだけど……。
今一つ、恋や愛といったものに鈍感なところのあるルカは、あわあわと振り回されてばかりだ。
「!」
驚愕に目を見開いたルカを、アデルバートが背後に庇う。仲間達も、反射的にルカと国王を守るように、一斉に進み出た。黄金のベリンダのみが、困惑気味に眉根を寄せたのみだったのは、持ち前の鋭敏な感覚で、光の正体に気付いていたからなのだろう。
林の中から姿を現したのは、青白い肌に、緩く波打つ紺色の髪、人外の美しさを兼ね備えた、異教の蛇神・メルヒオールだった。
「メルヒオール様!?」
ルカとフィンレーが、揃って素っ頓狂な声を上げる。それ以外の者達は、「どれだけ集まってくるんだ」と言わんばかりに、一様にげんなりした様子だ。
来訪の意図を窺う視線が集中する中を、メルヒオールは2本の足で、音もなく近付いて来た。人間体を取ってはいても、纏ったビルダヴァの商人風の衣装は、衣擦れの音一つさせない。彼が超自然の存在であることの証のようなものだろうか。
「いったい、どこから……」
呟いたフィンレーに向かって、メルヒオールは穏やかに微笑んで見せる。それからルカとベリンダを交互に見遣って、納得したように頷いた。
「ここは良い水が流れているな。そなたらの住まいに相応しい」
なるほど、と、今度はルカが頷く番だった。確かに、この丘の真裏には小川が流れている。中腹から湧き出し、ハーフェルの町中まで繋がる、綺麗な川だ。水を司る蛇の神であるメルヒオールは、水場を伝えばどこでも権限可能ということなのだろう――さすがは神。
しかし、やはりエリアを大幅に越えての急な来訪には、不安を覚えずにはいられない。
「あの、何かあったんですか?」
おずおずと聞いたルカに対して、メルヒオールは安心させるかのような、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。「いや、何」と言葉を濁した直後に、小さく息を呑んだのはアデルバートだった。
「――ッ!」
まるで痛みでも覚えたかのように、思わずと言った様子で、ルカを解放する。
拘束を解かれたルカに音もなく近付き、メルヒオールは優しく頭を撫でて来た。アデルバートの無体を懲らしめるために、何らかの力を奮ったのだろう。
「加護を与えた勇者殿の様子を見に来たのだが、気配を辿ったところ、そなたの元へ行き着いた。そなたもビルダヴァの様子が知りたかろうと思ってな」
「!」
何事もなかったかのように来訪の目的を語るメルヒオールに、ルカは弾かれたように顔を上げた。その小動物的な仕草に、蛇神が目を細めたことにも気付かず、無邪気に首を傾げる。
「カリスタは元気にしてますか?」
「ああ。今は、あれの父親が町の代表だ。それを支えながら、我が祠へも毎日のように詣でてくれている」
「そっかー」
安堵の表情で、ルカは嬉しい情報をもたらしてくれたメルヒオールに微笑みかけた。
神が愛し子を愛でる様子に、当のフィンレーも含めた男達全員、フェロールまでもが、「本当にフィンレーの様子を見に来るついでだったのか。本来の目的はルカだったのではないか」という疑いの眼差しを向け、この期に及んでルカの口から女子の名前が出てきたことに、シェリルは眉をひそめている。
仲間達の不満を代表するように、右手を押さえながらアデルバートが進み出た。
「異教の神よ。我が国の問題に、口を挟まないでいただきたい」
斥候隊及び救援隊の報告から、眼の前の存在が蛇神メルヒオールであることは察せられたのだろう。彼の主張を意訳するなら「ルカを自らの臣として迎えるのは、国王たる己の裁量一つである」、ということだが、ルカをみすみす奪われたことへの苛立ちは隠せていない。
当然ながら、この場において唯一堂々とアデルバートを諌めることのできるメルヒオールは、厳しい眼差しで受けて立った。
「神に国土の隔たりなど、関係があろうか」
「我らの神は、聖エドゥアルトとそれに連なる者のみだ。異教の神に指図される謂れはないわ」
「……!」
神の不興を買うことをものともしないアデルバートに、ルカは思わず背筋を震わせた。
度を越した美形同士の睨み合いというだけでも相当な迫力があるのに、「国王と神」という異次元の対立が始まってしまい、シェリルや子供達も本格的に怯え始めている。
その時、バシュウ、と空気が凝縮するように震えて、上空に真っ黒な渦が広がった。
「!!」
圧倒的な禍々しい気配に、誰もがハッと息を呑む。
――次の瞬間、渦の中心に姿を現したのは、魔王ビアンカと二人の側近達だった。
「ルカよ、そなたのビアンカが参ったぞ!」
空気も読まずに宣言するビアンカは、いつも通り真っ黒な、それでいて貴婦人がリゾートにでも赴くかのような、鍔の広い優雅な帽子を被っており、ヘルムートとカインはというと、スイーツの箱らしきものを大量に抱えている。こちらもルカへの賄賂、というより、餌付けのための物と考えた方が良さそうだ。
驚愕を通り越して、もはや唖然とした目が見守る中を、ビアンカは軽やかに地上へ降り立った。そして他の者など一切が目に入らぬ様子で、ルカを思い切り抱き締める。
「今日もそなたは愛らしいな」
女性に言われてしまっては、男として立つ瀬がない。とは思いながらも、上背のあるビアンカに真正面から抱き締められ、豊満な胸元に顔を埋めるという、男として最高のシチュエーションを味わいながら、ルカは「コンニチハ」などと噛み合わない返事を辿々しく返すしかなかった。
――今日もビアンカ様は美しく、そして積極的だ。
されるがままに赤面し、硬直していたルカに、ビアンカはうっとりと頬を寄せて来る。
「まったく愛いことよ……年の近い娘の姿よりも、わらわ自身の姿を好んでくれるとは」
ルカの性癖にご満悦のビアンカに対して、ベリンダとシェリルの女性陣は血相を変え、男性陣にはメルヒオールまでが加わり、刺すような視線を向けている。
解任式直後にルカが懸念した通り、とても平和とは言い難い光景が、ここにはあった。
――ど、どうしよう。
視線を彷徨わせた先では、ヘルムートが「それが普段着ですか。何なんですかこの可愛い生き物」と早口に呟き、カインもまた「何だお前、僕より可愛いなんて有り得ないぞ!」と悔しげに頬を染めながら、ルカの頬をつついてくる。
「――おのれ、魔王めが」
それがあの冷静沈着なメルヒオールの言葉と気付いて、ルカは小さく震えた。
翼竜一家と同様、ルカがビアンカを手懐けたことを知った時のメルヒオールは、驚き呆れながらも、ルカの人たらしぶりを称賛してくれたというのに。
今では天変地異さえ起こしかねない形相で、ビアンカを睨め付けているではないか。
異教の神の威嚇を真正面から受けて、ビアンカは美しい顔を歪めるようにせせら笑う。
「古の神など、わらわが怖れると思うてか」
「――取り敢えずルカを離しなさい!」
「王vs神」に続いて起こった「神vs魔王」の諍いからルカを救い出したのは、やはり頼りになる祖母・ベリンダだった。半ば強引にビアンカからルカを引き離し、間に立つのを受けて、ユージーンがすかさず横から支えてくれる。
「大丈夫かい、ルカ?」
「……」
何とかこくりと頷いてから、ルカは胸の高鳴りを抑えるように、大きく息を吐いた。目まぐるしく現れる高位の存在達に振り回され、動悸が治まる暇もない。
ルカへの愛情から完全に改心したというビアンカには、これまでのお詫びと称して、あちらの世界の家族の、本当の「今の様子」を見せて貰っている。ビアンカの魔法で水鏡に映った両親と姉は、ルカの死を悲しみながらも必死に乗り越え、日々を懸命に生きていた。それがわかっただけでもありがたかったし、やはりルカは、みんなと同じようにはビアンカを嫌う気にもなれないのである。
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