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最終話:小悪魔最強伝説
第3章
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「あ、いたいた! ルカ!」
「!」
軽やかな声に呼ばれて顔を上げたルカは、どきりと心臓を高鳴らせた。レフの成長を喜び、ほっこりしていた胸の奥が、早鐘を打ち始める。
続いて到着したのは、ジェイクと、妹のシェリルだった。こちらに向かって手を振るシェリルの後ろで、ジェイクは薄めの化粧箱をいくつも抱えている。
「私はパイを焼いたの。自信作よ」
「やったー!」
速足でやって来たシェリルを、子供達が諸手を上げて迎える。完全に荷物持ち扱いされているジェイクの苦笑いを、ルカは直視することが出来ない。
旅の終了後、ジェイクはひとまず家業の薬剤店手伝いに戻った。だが、斥候隊員としての立派な働きぶりは王宮へもしっかり伝わっていたようで、騎士団からスカウトの話が持ち上がっているらしい。そもそも出立前の、魔物による王都総攻撃の際から目には留まっていたそうだが、ルカはこれを騎士団長の同輩に当たるというヘクター卿から「まだ内緒だぞ?」と聞かされている。
そしてルカは、そんなジェイクから帰還と同時に、はっきりとした告白を受けていた。
『俺はお前を可愛いと思ってる。弟みたいとか、そういうのじゃないからな?』
ジェイクはいつでも特別に優しかったけれど、それは弟のように思われているからだとしか思っていなかったルカは、驚くと同時に、激しく動揺した。それでも、気持ち悪いとか嫌だとかいったマイナスの感情は、不思議と浮かんでこない。同性から好意を向けられることに慣れていると言ってしまえばそれまでかもしれないが、ルカはただ狼狽えて、頬をバラ色に染めることしか出来なかった。
ルカを怯えさせるのではないかと心配していたらしいジェイクは、それだけで多少なりとも安心したらしい。
彼は、整った精悍な顔立ちに、微苦笑を浮かべて言ったのだ。
『今すぐ答えが欲しい訳じゃない。お前を困らせる気もないんだ。だが、お前が嫌でなければ、これからも傍で守らせてほしい』と。
ジェイクに逢うのは一週間ぶりだろうか。彼は今も、兄のように優しく微笑んでいる。
「――変わりはないか?」
「うん」
「お兄ちゃん、いつまで突っ立ってんのよ。パイはテーブルに置いて来て」
ぎこちない照れ笑いに割って入ったのはシェリルだ。元々気質がクールな可愛い系美人は、なぜかこのところ、兄に対して当たりが強い。
少しだけ目を見開いたルカの手を、シェリルはにっこり笑って引き寄せる。
「ねぇ、ルカ。レフさんって、あっちのお姉さんのお手製なんでしょ? どんな人なの、話聞かせてよ」
「う、うん」
「あ? オレは特に覚えてねーけど」
レフの素性について、兄から幾らか聞かされているらしいシェリルは、やや強引にルカを話に巻き込んだ。乙女の心の機微に疎いレフも、ぱちりと目を瞬かせている。
ジェイクは小さく肩を竦めてから、ポールベリーの樹の手前に据えられたテーブルに向かった。机上には小皿やグラスが一纏めにして並べられており、今日のランチが、こちらで取り分けられたものを各自で楽しむといったスタイルであることは見て取れる。
シェリルが何となくジェイクに冷たいのは、自分がほんのり好意を抱いていたルカに対する兄の想いに、気付いているからなのだろう。要は、めでたく恋敵認定をされてしまったという訳だ。――まったく、女の勘というヤツは侮れない。
取り敢えずはおとなしく妹の指示に従うジェイクは、そこでティムをあやすネイトと目が合った。いつも通りの笑顔はしかし、目だけが一切笑っていない。
「テーブルはあちらですよ」
「……」
斥候の旅は無事に終わり、もはやルカのために協力する必要はなくなった。
ジェイクは神父の不敵な笑みを、ぎらりと睨み付ける。
不穏な空気を振り払うかのように、馬のいななきが聞こえてきた。
間を置かず丘の上の庭に姿を現したのは、愛馬オフィーリアに跨ったフィンレーだ。道中仕入れてきたらしい飲み物のケースを、たくさん鞍に括り付けている。
「相変わらず懲りないな、お前達は」
火花を散らすジェイクとネイトに向かって、呆れたように笑う顔は、旅から戻った直後よりも、更に大人びて見える。
白馬に乗ったハンサムな貴公子の登場に、アンジェリカが無邪気に「素敵」と頬を染めた。
そしてその横で、落ち着きかけたルカの胸も、またしてもどきりと高鳴る。
颯爽とオフィーリアの背から降りたフィンレーは、妙に眩しそうにルカを見て微笑んだ。
「久し振りだな、ルカ」
「――うん、元気にしてた?」
「ああ。お前も元気そうで良かった」
当たり障りのない、しかしどこかぎこちない会話は、やはり彼からも、愛の告白めいたことを告げられたからだった。長く続いた旅の終わりというのは、誰しも節目のように感じられるものなのだろう。
斥候隊としての任務を終えたフィンレーには、適齢期の娘を持つ貴族達から、それこそ山のように縁談が持ち込まれたらしい。ベリンダを介してそれを知り、何となく落ち着かない気持ちで居たルカの元へ、ある日ふらりとやって来たフィンレーは言ったのだ、『俺は結婚はしない。父上にも許可をいただいた』と。
叱責覚悟で「不甲斐ない息子で申し訳ありません」と頭を下げたフィンレーに、ヘクター卿は「まぁ、何となくわかってたぜ。無理強いはしねえよ」と苦笑しただけだったらしい。剣術の才のある子供をフィンレーの養子に貰えばいいとのことで、既に候補者の選定に入っているそうだ。
『お前が、俺を選んでくれるなら、嬉しい』
驚くルカに向かって、フィンレーはそう言った。主語のない、遠回しな表現ではあったが、それが長く親友として過ごしてきた彼の、精一杯の言葉であることは理解できる。
見慣れたフィンレーのハンサムな顔立ちが、知らない男の顔のように見えて、ルカの胸は激しくざわめいた。彼がすべての縁談を拒否した理由が自分であるということに、今更ながら酷く心を揺さぶられる。
『――待ってる』
ルカはただ、頷くことしか出来なかった。
「えっと……ヘクター卿は、ずっとこっちにいるの?」
「ああ、父上もお前に会いたがってる」
「じゃあ、近いうちにまたお邪魔しなきゃだね」
ほんのりと甘い雰囲気を漂わせる二人に、場の空気が凍り付く。無敵の戦士であるジェイクを見事ルカから遠ざけたシェリルも、貴族のフィンレーが相手では、無礼な態度に出ることも出来ずに躊躇しているようだ。
見かねたネイトが邪魔に入ろうとした、その時。
「!」
軽やかな声に呼ばれて顔を上げたルカは、どきりと心臓を高鳴らせた。レフの成長を喜び、ほっこりしていた胸の奥が、早鐘を打ち始める。
続いて到着したのは、ジェイクと、妹のシェリルだった。こちらに向かって手を振るシェリルの後ろで、ジェイクは薄めの化粧箱をいくつも抱えている。
「私はパイを焼いたの。自信作よ」
「やったー!」
速足でやって来たシェリルを、子供達が諸手を上げて迎える。完全に荷物持ち扱いされているジェイクの苦笑いを、ルカは直視することが出来ない。
旅の終了後、ジェイクはひとまず家業の薬剤店手伝いに戻った。だが、斥候隊員としての立派な働きぶりは王宮へもしっかり伝わっていたようで、騎士団からスカウトの話が持ち上がっているらしい。そもそも出立前の、魔物による王都総攻撃の際から目には留まっていたそうだが、ルカはこれを騎士団長の同輩に当たるというヘクター卿から「まだ内緒だぞ?」と聞かされている。
そしてルカは、そんなジェイクから帰還と同時に、はっきりとした告白を受けていた。
『俺はお前を可愛いと思ってる。弟みたいとか、そういうのじゃないからな?』
ジェイクはいつでも特別に優しかったけれど、それは弟のように思われているからだとしか思っていなかったルカは、驚くと同時に、激しく動揺した。それでも、気持ち悪いとか嫌だとかいったマイナスの感情は、不思議と浮かんでこない。同性から好意を向けられることに慣れていると言ってしまえばそれまでかもしれないが、ルカはただ狼狽えて、頬をバラ色に染めることしか出来なかった。
ルカを怯えさせるのではないかと心配していたらしいジェイクは、それだけで多少なりとも安心したらしい。
彼は、整った精悍な顔立ちに、微苦笑を浮かべて言ったのだ。
『今すぐ答えが欲しい訳じゃない。お前を困らせる気もないんだ。だが、お前が嫌でなければ、これからも傍で守らせてほしい』と。
ジェイクに逢うのは一週間ぶりだろうか。彼は今も、兄のように優しく微笑んでいる。
「――変わりはないか?」
「うん」
「お兄ちゃん、いつまで突っ立ってんのよ。パイはテーブルに置いて来て」
ぎこちない照れ笑いに割って入ったのはシェリルだ。元々気質がクールな可愛い系美人は、なぜかこのところ、兄に対して当たりが強い。
少しだけ目を見開いたルカの手を、シェリルはにっこり笑って引き寄せる。
「ねぇ、ルカ。レフさんって、あっちのお姉さんのお手製なんでしょ? どんな人なの、話聞かせてよ」
「う、うん」
「あ? オレは特に覚えてねーけど」
レフの素性について、兄から幾らか聞かされているらしいシェリルは、やや強引にルカを話に巻き込んだ。乙女の心の機微に疎いレフも、ぱちりと目を瞬かせている。
ジェイクは小さく肩を竦めてから、ポールベリーの樹の手前に据えられたテーブルに向かった。机上には小皿やグラスが一纏めにして並べられており、今日のランチが、こちらで取り分けられたものを各自で楽しむといったスタイルであることは見て取れる。
シェリルが何となくジェイクに冷たいのは、自分がほんのり好意を抱いていたルカに対する兄の想いに、気付いているからなのだろう。要は、めでたく恋敵認定をされてしまったという訳だ。――まったく、女の勘というヤツは侮れない。
取り敢えずはおとなしく妹の指示に従うジェイクは、そこでティムをあやすネイトと目が合った。いつも通りの笑顔はしかし、目だけが一切笑っていない。
「テーブルはあちらですよ」
「……」
斥候の旅は無事に終わり、もはやルカのために協力する必要はなくなった。
ジェイクは神父の不敵な笑みを、ぎらりと睨み付ける。
不穏な空気を振り払うかのように、馬のいななきが聞こえてきた。
間を置かず丘の上の庭に姿を現したのは、愛馬オフィーリアに跨ったフィンレーだ。道中仕入れてきたらしい飲み物のケースを、たくさん鞍に括り付けている。
「相変わらず懲りないな、お前達は」
火花を散らすジェイクとネイトに向かって、呆れたように笑う顔は、旅から戻った直後よりも、更に大人びて見える。
白馬に乗ったハンサムな貴公子の登場に、アンジェリカが無邪気に「素敵」と頬を染めた。
そしてその横で、落ち着きかけたルカの胸も、またしてもどきりと高鳴る。
颯爽とオフィーリアの背から降りたフィンレーは、妙に眩しそうにルカを見て微笑んだ。
「久し振りだな、ルカ」
「――うん、元気にしてた?」
「ああ。お前も元気そうで良かった」
当たり障りのない、しかしどこかぎこちない会話は、やはり彼からも、愛の告白めいたことを告げられたからだった。長く続いた旅の終わりというのは、誰しも節目のように感じられるものなのだろう。
斥候隊としての任務を終えたフィンレーには、適齢期の娘を持つ貴族達から、それこそ山のように縁談が持ち込まれたらしい。ベリンダを介してそれを知り、何となく落ち着かない気持ちで居たルカの元へ、ある日ふらりとやって来たフィンレーは言ったのだ、『俺は結婚はしない。父上にも許可をいただいた』と。
叱責覚悟で「不甲斐ない息子で申し訳ありません」と頭を下げたフィンレーに、ヘクター卿は「まぁ、何となくわかってたぜ。無理強いはしねえよ」と苦笑しただけだったらしい。剣術の才のある子供をフィンレーの養子に貰えばいいとのことで、既に候補者の選定に入っているそうだ。
『お前が、俺を選んでくれるなら、嬉しい』
驚くルカに向かって、フィンレーはそう言った。主語のない、遠回しな表現ではあったが、それが長く親友として過ごしてきた彼の、精一杯の言葉であることは理解できる。
見慣れたフィンレーのハンサムな顔立ちが、知らない男の顔のように見えて、ルカの胸は激しくざわめいた。彼がすべての縁談を拒否した理由が自分であるということに、今更ながら酷く心を揺さぶられる。
『――待ってる』
ルカはただ、頷くことしか出来なかった。
「えっと……ヘクター卿は、ずっとこっちにいるの?」
「ああ、父上もお前に会いたがってる」
「じゃあ、近いうちにまたお邪魔しなきゃだね」
ほんのりと甘い雰囲気を漂わせる二人に、場の空気が凍り付く。無敵の戦士であるジェイクを見事ルカから遠ざけたシェリルも、貴族のフィンレーが相手では、無礼な態度に出ることも出来ずに躊躇しているようだ。
見かねたネイトが邪魔に入ろうとした、その時。
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