小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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最終話:小悪魔最強伝説

第1章

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 その報せは、驚きを以て王都ヴェスティアへ迎えられた。
 長きに渡り、人類の生存を脅かし続けてきた魔王からの、休戦協定の申し入れである。
 提示された条件は、一に「犠牲者や存命の遺族への、賠償金の支払い」、二に「魔王眷属の魔物による、人類への攻撃の停止」、そして、「魔王の強大な魔力を、人類益のために役立てる」、という法外なもの。これを受け入れるラインベルク王国側には、何の痛みも損失もない。
 にわかには信じがたい事態だが、この功績の大半が「予言の子供」の働きによるものと聞かされ、人々の驚嘆は一層高まった。
 しかし、故郷での「彼」をよく知る者達や、北の魔境への旅のさなかに知り合った者達にとっては、妙に納得のいく展開でもあったようだ。
 曰く、「ルカなら有り得る」「やりかねない」と。
 兎にも角にも、今後――「予言の子供」の存命中に限り、との期限付きではあったが――魔王侵攻の憂いはなくなった。魔王軍斥候隊せっこうたいは、見事「魔王軍との和睦」という成果を持ち帰ったのだ。
 民は皆、降って湧いた平和に、戸惑いながらも喜んだ。王宮は速やかに、国内のみならず周辺諸国へ向けても、正式な休戦協定の調印を布告する。
 ――これを以て、黄金のベリンダを代表とする魔王軍斥候隊、及び救援部隊の任は解かれたのである。
  
              ○   ●   ○

 近習及び「救国の大剣士」ヘクター・ボールドウィンを従えた、ラインベルク王国第38代国王アデルバート・クラウス・マクシミリアン・ラインベルク2世は、控えの間に足を踏み入れると同時に、凄味のある美貌を嫌悪に歪めた。
 解任式を終えたばかりの王宮内、魔王軍斥候隊の控え室には、微妙に張り詰めた、重たい空気が満ちている。
「――なぜ貴殿がここに?」
 冷たい詰問に、背後で近習達が震え上がる様子を見せる。しかし、アデルバートの機嫌を急降下させた張本人には、まるで堪えた風もない。
「休戦協定は結ばれたのだ。わらわがってもおかしくはなかろうよ」
 のう、ルカ? と、隣に座らせた美少年ルカの顔を上機嫌で覗き込んだのは、魔王ビアンカだ。どうやってここまで入り込んだものか、魔力を用いたのは疑うべくもないが、まったく油断も隙もないとはこのことである。
 今日は膝にこそ載せられていないが、ルカは相変わらずビアンカの美貌に骨抜きにされているようで、目立った抵抗もままならないらしい。ルカを挟んで反対の位置に腰を下ろした黄金のベリンダは、整った眉を複雑そうに寄せ、それ以外の男性陣達は、一様に剣呑けんのんな表情を隠しもしていない。ルカの足元ではオスライオンが、喉の奥でグルグルと不穏な音を立てている。
 お気に入りのルカのためにと、王宮の一室を豪華な贈り物でいっぱいに満たして出迎えたアデルバートは、この状況に我慢がならなかったようだ。
「まだ招いてもおらぬものを、客人扱いはしかねるが」
  美しい顔を皮肉げに歪めて、アデルバートはせせら笑った。和平を結ぶ相手への態度ではないが、そもそもアデルバートは、魔王を父の仇と憎んでいる。国のため民のためにと受け入れはしたものの、その上こんな形でルカを独占されて、苛立たないはずもない。
 苛烈な主の氷のような微笑と、眼の前の光景に、呆れ気味に肩を竦めて見せたのは、フィンレーの父親でもあるヘクター卿だ。救援隊を率いて駆け付けてくれた彼は、北の魔境に攻め入らんとするまさにその時、手懐けた魔王とともに戻ってきたルカ達斥候隊の姿を見て、呆然と両目を見開いた。盛大な肩透かしを食ったヘクター卿は驚き、呆れ、そして笑ったのだ、「まぁ、ルカらしいといえばそれまでか」と。
 ――フェロール達も、メルヒオール様も、みんな同じような顔してたっけ。
 右腕にビアンカの胸の柔らかさを感じながら、ルカがそんなことを逃避のように考える一方で、アデルバートとビアンカの舌戦ぜっせんは熱を増していく。
今上きんじょうの王は、随分と余裕のないこと」
「おのれ……!」
 嫌味を存分に含ませたビアンカの言い様に、アデルバートははっきりと怒気を顕わにした。
 畳み掛けるようにして、ビアンカはクールな美貌を嘲笑に歪める。
「わらわは、可愛いルカと争いたくないというだけで、そなたを敵に回すことに躊躇はないぞ」
 これは明確な脅迫である。鼻白むビアンカに対して、アデルバートは、敢えて鷹揚おうような動作で腕を組んだ。
「貴様……ルカの頼みとて和平を受け入れはしたが、我は端から貴様など信用しておらぬ。少しでも不審な真似をしようものなら容赦はせぬぞ」
 国王として、民の安全と引き換えにビアンカの提案を受け入れはするが、個人としての感情は別、ということなのだろう。
 迫力美人同士の睨み合いに、進み出たのはネイトだった。
「陛下、その際はいつでもお呼びください」
 不敵な笑みを顔面に貼り付けて、ビアンカを葬るための協力は惜しまないと訴え出たネイトに、アデルバートは大きく頷いて見せる。
「おお、心強いことだ」
 ルカを介して、本来の仲は最悪なのに、魔王vs国王となれば、共闘は可能であるらしい。
「――ちょっと待って。これホントに平和になってる!?」
 あまりの空気の重さに耐え兼ねて、ルカは、ビアンカとは反対隣に座るベリンダに、こっそり話し掛けた。
 ベリンダは当惑の表情を消し、困ったように首を横に振る。そしてビアンカから引き剥がすようにしてルカを抱き寄せ、柔らかい髪を撫でた。
「どうかしら……それもこれも、あなたが可愛すぎるせいだわ」
 とんでもないことを言いながらも、ベリンダはどことなく嬉しそうだ。ビアンカは論外としても、可愛い孫のルカが男女問わず引く手数多あまたというのが、彼女にとって喜ばしいことであるのは変わらないらしい。
 ベリンダの元へ引き寄せられたルカの足元に居据わるレフが、幸せそうに喉を鳴らしながら、ゴチゴチと頭を擦り付けてくる。
 ――ルカの人間力魅力で世界は救われた。
 しかし、新たな火種も生まれてしまったようだ。
「そんなバカな……」
 呆然とルカは呟いた。
 寄せられる好意はとてもありがたい。嫌われたり命を狙われたりするよりは全然マシだし、嬉しいのだけれど、この一触即発の事態は普通に困る。
 ベリンダに可愛がられながらもルカが肩を落とす背後で、フィンレーが頭痛を堪えるように額を押さえた。
「何だコレ……ライバルが増えただけじゃないか」
 それは、「世界は平和になどなっていない」という前提条件の下での発言だったのかもしれない。
 しかし、ユージーンはその真意を見逃さなかった。
「今はっきり恋敵ライバルと言ったな!?」
「……ッ」
 完璧な美貌に問い詰められ、フィンレーが咄嗟に頬を赤く染める。
「この期に及んで『親友』は無理があるぞ」
 呆れたようにジェイクが溜め息を落とし、フィンレーは開きかけた口を閉じるしかなかった。

 ――こうして、多くの問題を残したまま、魔王軍斥候隊の旅は、正式に終了したのである。
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