109 / 121
第2部・第10話:正と邪の交わる時
第2章
しおりを挟む
窓から差し込む光は、不気味に緑や紫に明滅して、時間の感覚を狂わせる。
衝撃から脱するまでに相当な時間を要したはずだが、それを推し測る術もない。
今が昼なのか夜なのかさえわからないまま、ルカはひとまず、室内の捜索を開始した。
この場所が魔王の管理下にあることは間違いない。だが、魔王どころか先程の謎の二人連れさえ、あれから姿を見せることはなかった。
ここへ連れて来られてから、どれだけ時間が過ぎたのか。なぜ自分が殺されもせず、客間のような場所で、拘束さえされずに寝かされていたのか。それに加えてカイン達の不可解な態度と、わからないことだらけだ。
不気味さと戦いながら、調度品を物色する。引き出しや棚の扉も開けてみたが、すべて空だった。しかし、素人のルカの目から見ても、年代物の重厚な品々であることは明白である。どれも一流のアンティークなのだろう。
続いてルカは、(おそらく)黒いカーテンの掛けられた窓辺へ向かった。鍵は塗り固められでもしたかのようにびくともせず、開閉の用途を為していない。尤も、解錠できたとしても、深い霧に閉ざされ、青や緑の光の明滅する、地上何階部分に位置するのかもわからない場所から逃げ出そうとは思わなかっただろう。
「……」
窓からの脱出を諦め、ルカは改めて部屋の中を見渡した。
壁に数か所掛けられた燭台に灯る紫色の炎が、豪奢だが陰気な色合いの室内をぼんやりと照らしている。
魔王達の意図はわからないが、ここへ居てはいけないということだけは、ルカにも理解できた。
仲間達にも心配を掛けてしまっていることだろう。きっとみんなで助けに来てくれるはずだ。その後の戦いについては、合流出来てからのことである。自分はそれまで、無事でいることを最優先に考えなければならない。
そのためにも、ここでジッとしているのはマズイ気がする――。
祖母と仲間達のことを思い出して、ルカは自身を奮い立たせた。
ふと思い立ち、小走りに部屋の扉へ向かう。先程カイン達が出て行った、唯一の出入口だ。
まさかと思いながらも、万に一つの可能性に賭けて、金色のノブに手を掛ける。
「!」
そんなバカな、と、ルカは長い睫毛に縁取られた両目を、パチパチと瞬かせた。
――開いている。虜囚の押し込められた部屋とは思えないほどアッサリと、扉は外部に向かって押し開かれた。
罠だろうか。
「………………」
勘繰りつつも、ルカはしばしの熟考の末、意を決して廊下へと滑り出た。
足音を忍ばせて進み出た廊下は、部屋と同じく陰気な色合いの調度で整えられている。そして、そのどれもが重厚かつ豪奢であることも、また同じだった。
やはりここが魔王城なのだろうか。紫色の燭台の炎が照らし出す、陰鬱な空間を凝視しながら、ルカは考えた。お城というよりは、お金持ちの邸宅のようだ。例えば、アデルバートの居城よりも、ベントハイムの領主館――フィンレーの実家に近いような。
「――!」
不意に足音のようなものが聞こえてきて、ルカはビクリと肩を震わせた。かつんかつんと規則的に繰り返される物音は、徐々に大きくなってくる。
見張りかもしれないと考えたルカは、咄嗟に手近な花瓶棚の影に身を隠した。
ほとんど間を置かず姿を現したのは、黒光りする甲冑のようなボディの上に、同じ素材で出来ているとしか思えないゴツゴツとした頭部らしきものを載せた、異形の者だった。目鼻のあるべき場所には何もなく、にも関わらず首を巡らすようにしてこちらを確認する様子なのが、何とも言えず恐ろしい。
「……ッ……」
棚の影に潜んだルカは、悲鳴を堪えるように両手で口元を覆った。故郷のハーフェルで教会を襲った異形のことを思い出してしまったためだ。巡回ルートが決まっているのか、それともただの怠慢か、異形が廊下を直進してくれたのは、まさに不幸中の幸いと言える。
身も心も総毛立ったルカは、自分を落ち着かせるように、浅い呼吸を繰り返した。座り込んだまま、額を棚に、左半身を壁に凭せ掛けるように、小さく丸まる。
すると、カタンと小さな音を立てて、壁が動いた。
疑問に思うまもなく、全体重を壁に預けていたルカは、コロンとそちらの方へ向かって倒れ込んでしまう。
「――わ……!」
冷たい石の床にべしゃんと転がったルカは、慌てて周囲に視線を走らせた。陰気だが豪華な廊下とは違い、こちらは壁も床も、石材が剥き出しのままだ。暗い通路には人影もなく、少し進んだ先は、上下に階段が続いているらしい。
廊下の途中の、扉もない場所に設けられた入り口――どうやら、隠し通路のようだ。
「…………」
顔だけを覗かせて、廊下を駆け付けて来る者が居ないことを確認してから、ルカは考えた。
このまま堂々と廊下を歩いていて、何事もなく外に出られるはずはない。先程の異形は歩行タイプだったお陰で近付く足音を聞き取ることができたが、羽のない浮遊タイプの魔物にでも出くわしてしまったら、一巻の終わりだ。
しかし、ぽっかりと口を開けた隠し通路への入り口は、まるで魔物が獲物を喰らうために、大きく牙を剥いているようにも思える――。
「――」
少し迷ってから、ルカはゆっくりと扉を閉めた。
そして一か八か、「魔物の口」の中を、奥に向かって歩き始めたのである。
衝撃から脱するまでに相当な時間を要したはずだが、それを推し測る術もない。
今が昼なのか夜なのかさえわからないまま、ルカはひとまず、室内の捜索を開始した。
この場所が魔王の管理下にあることは間違いない。だが、魔王どころか先程の謎の二人連れさえ、あれから姿を見せることはなかった。
ここへ連れて来られてから、どれだけ時間が過ぎたのか。なぜ自分が殺されもせず、客間のような場所で、拘束さえされずに寝かされていたのか。それに加えてカイン達の不可解な態度と、わからないことだらけだ。
不気味さと戦いながら、調度品を物色する。引き出しや棚の扉も開けてみたが、すべて空だった。しかし、素人のルカの目から見ても、年代物の重厚な品々であることは明白である。どれも一流のアンティークなのだろう。
続いてルカは、(おそらく)黒いカーテンの掛けられた窓辺へ向かった。鍵は塗り固められでもしたかのようにびくともせず、開閉の用途を為していない。尤も、解錠できたとしても、深い霧に閉ざされ、青や緑の光の明滅する、地上何階部分に位置するのかもわからない場所から逃げ出そうとは思わなかっただろう。
「……」
窓からの脱出を諦め、ルカは改めて部屋の中を見渡した。
壁に数か所掛けられた燭台に灯る紫色の炎が、豪奢だが陰気な色合いの室内をぼんやりと照らしている。
魔王達の意図はわからないが、ここへ居てはいけないということだけは、ルカにも理解できた。
仲間達にも心配を掛けてしまっていることだろう。きっとみんなで助けに来てくれるはずだ。その後の戦いについては、合流出来てからのことである。自分はそれまで、無事でいることを最優先に考えなければならない。
そのためにも、ここでジッとしているのはマズイ気がする――。
祖母と仲間達のことを思い出して、ルカは自身を奮い立たせた。
ふと思い立ち、小走りに部屋の扉へ向かう。先程カイン達が出て行った、唯一の出入口だ。
まさかと思いながらも、万に一つの可能性に賭けて、金色のノブに手を掛ける。
「!」
そんなバカな、と、ルカは長い睫毛に縁取られた両目を、パチパチと瞬かせた。
――開いている。虜囚の押し込められた部屋とは思えないほどアッサリと、扉は外部に向かって押し開かれた。
罠だろうか。
「………………」
勘繰りつつも、ルカはしばしの熟考の末、意を決して廊下へと滑り出た。
足音を忍ばせて進み出た廊下は、部屋と同じく陰気な色合いの調度で整えられている。そして、そのどれもが重厚かつ豪奢であることも、また同じだった。
やはりここが魔王城なのだろうか。紫色の燭台の炎が照らし出す、陰鬱な空間を凝視しながら、ルカは考えた。お城というよりは、お金持ちの邸宅のようだ。例えば、アデルバートの居城よりも、ベントハイムの領主館――フィンレーの実家に近いような。
「――!」
不意に足音のようなものが聞こえてきて、ルカはビクリと肩を震わせた。かつんかつんと規則的に繰り返される物音は、徐々に大きくなってくる。
見張りかもしれないと考えたルカは、咄嗟に手近な花瓶棚の影に身を隠した。
ほとんど間を置かず姿を現したのは、黒光りする甲冑のようなボディの上に、同じ素材で出来ているとしか思えないゴツゴツとした頭部らしきものを載せた、異形の者だった。目鼻のあるべき場所には何もなく、にも関わらず首を巡らすようにしてこちらを確認する様子なのが、何とも言えず恐ろしい。
「……ッ……」
棚の影に潜んだルカは、悲鳴を堪えるように両手で口元を覆った。故郷のハーフェルで教会を襲った異形のことを思い出してしまったためだ。巡回ルートが決まっているのか、それともただの怠慢か、異形が廊下を直進してくれたのは、まさに不幸中の幸いと言える。
身も心も総毛立ったルカは、自分を落ち着かせるように、浅い呼吸を繰り返した。座り込んだまま、額を棚に、左半身を壁に凭せ掛けるように、小さく丸まる。
すると、カタンと小さな音を立てて、壁が動いた。
疑問に思うまもなく、全体重を壁に預けていたルカは、コロンとそちらの方へ向かって倒れ込んでしまう。
「――わ……!」
冷たい石の床にべしゃんと転がったルカは、慌てて周囲に視線を走らせた。陰気だが豪華な廊下とは違い、こちらは壁も床も、石材が剥き出しのままだ。暗い通路には人影もなく、少し進んだ先は、上下に階段が続いているらしい。
廊下の途中の、扉もない場所に設けられた入り口――どうやら、隠し通路のようだ。
「…………」
顔だけを覗かせて、廊下を駆け付けて来る者が居ないことを確認してから、ルカは考えた。
このまま堂々と廊下を歩いていて、何事もなく外に出られるはずはない。先程の異形は歩行タイプだったお陰で近付く足音を聞き取ることができたが、羽のない浮遊タイプの魔物にでも出くわしてしまったら、一巻の終わりだ。
しかし、ぽっかりと口を開けた隠し通路への入り口は、まるで魔物が獲物を喰らうために、大きく牙を剥いているようにも思える――。
「――」
少し迷ってから、ルカはゆっくりと扉を閉めた。
そして一か八か、「魔物の口」の中を、奥に向かって歩き始めたのである。
23
お気に入りに追加
333
あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード
中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。
目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。
しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。
転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。
だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。
そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。
弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。
そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。
颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。
「お前といると、楽だ」
次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。
「お前、俺から逃げるな」
颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。
転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。
これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。
異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします
み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。
わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!?
これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。
おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。
※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。
★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★
★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★
【完結】冷血孤高と噂に聞く竜人は、俺の前じゃどうも言動が伴わない様子。
N2O
BL
愛想皆無の竜人 × 竜の言葉がわかる人間
ファンタジーしてます。
攻めが出てくるのは中盤から。
結局執着を抑えられなくなっちゃう竜人の話です。
表紙絵
⇨ろくずやこ 様 X(@Us4kBPHU0m63101)
挿絵『0 琥』
⇨からさね 様 X (@karasane03)
挿絵『34 森』
⇨くすなし 様 X(@cuth_masi)
◎独自設定、ご都合主義、素人作品です。
【完結】だから俺は主人公じゃない!
美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。
しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!?
でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。
そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。
主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱!
だから、…俺は主人公じゃないんだってば!
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

【完結】父を探して異世界転生したら男なのに歌姫になってしまったっぽい
おだししょうゆ
BL
超人気芸能人として活躍していた男主人公が、痴情のもつれで、女性に刺され、死んでしまう。
生前の行いから、地獄行き確定と思われたが、閻魔様の気まぐれで、異世界転生することになる。
地獄行き回避の条件は、同じ世界に転生した父親を探し出し、罪を償うことだった。
転生した主人公は、仲間の助けを得ながら、父を探して旅をし、成長していく。
※含まれる要素
異世界転生、男主人公、ファンタジー、ブロマンス、BL的な表現、恋愛
※小説家になろうに重複投稿しています

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる