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第2部・第10話:正と邪の交わる時

第2章

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 窓から差し込む光は、不気味に緑や紫に明滅して、時間の感覚を狂わせる。
 衝撃から脱するまでに相当な時間を要したはずだが、それを推し測る術もない。
 今が昼なのか夜なのかさえわからないまま、ルカはひとまず、室内の捜索を開始した。
 この場所が魔王の管理下にあることは間違いない。だが、魔王どころか先程の謎の二人連れさえ、あれから姿を見せることはなかった。
 ここへ連れて来られてから、どれだけ時間が過ぎたのか。なぜ自分が殺されもせず、客間のような場所で、拘束さえされずに寝かされていたのか。それに加えてカイン達の不可解な態度と、わからないことだらけだ。
 不気味さと戦いながら、調度品を物色する。引き出しや棚の扉も開けてみたが、すべて空だった。しかし、素人のルカの目から見ても、年代物の重厚な品々であることは明白である。どれも一流のアンティークなのだろう。
 続いてルカは、(おそらく)黒いカーテンの掛けられた窓辺へ向かった。鍵は塗り固められでもしたかのようにびくともせず、開閉の用途を為していない。もっとも、解錠できたとしても、深い霧に閉ざされ、青や緑の光の明滅する、地上何階部分に位置するのかもわからない場所から逃げ出そうとは思わなかっただろう。
「……」
 窓からの脱出を諦め、ルカは改めて部屋の中を見渡した。
 壁に数か所掛けられた燭台に灯る紫色の炎が、豪奢ごうしゃだが陰気な色合いの室内をぼんやりと照らしている。
 魔王達の意図はわからないが、ここへ居てはいけないということだけは、ルカにも理解できた。
 仲間達にも心配を掛けてしまっていることだろう。きっとみんなで助けに来てくれるはずだ。その後の戦いについては、合流出来てからのことである。自分はそれまで、無事でいることを最優先に考えなければならない。
 そのためにも、ここでジッとしているのはマズイ気がする――。
 祖母と仲間達のことを思い出して、ルカは自身を奮い立たせた。
 ふと思い立ち、小走りに部屋の扉へ向かう。先程カイン達が出て行った、唯一の出入口だ。
 まさかと思いながらも、万に一つの可能性に賭けて、金色のノブに手を掛ける。
「!」
 そんなバカな、と、ルカは長い睫毛に縁取られた両目を、パチパチと瞬かせた。
 ――開いている。虜囚りょしゅうの押し込められた部屋とは思えないほどアッサリと、扉は外部に向かって押し開かれた。
 罠だろうか。
「………………」
 勘繰りつつも、ルカはしばしの熟考の末、意を決して廊下へと滑り出た。


 足音を忍ばせて進み出た廊下は、部屋と同じく陰気な色合いの調度で整えられている。そして、そのどれもが重厚かつ豪奢であることも、また同じだった。
 やはりここが魔王城なのだろうか。紫色の燭台の炎が照らし出す、陰鬱な空間を凝視しながら、ルカは考えた。お城というよりは、お金持ちの邸宅のようだ。例えば、アデルバートの居城よりも、ベントハイムの領主館りょうしゅやかた――フィンレーの実家に近いような。
「――!」
 不意に足音のようなものが聞こえてきて、ルカはビクリと肩を震わせた。かつんかつんと規則的に繰り返される物音は、徐々に大きくなってくる。
 見張りかもしれないと考えたルカは、咄嗟に手近な花瓶棚の影に身を隠した。
 ほとんど間を置かず姿を現したのは、黒光りする甲冑のようなボディの上に、同じ素材で出来ているとしか思えないゴツゴツとした頭部らしきものを載せた、異形の者だった。目鼻のあるべき場所には何もなく、にも関わらず首を巡らすようにしてこちらを確認する様子なのが、何とも言えず恐ろしい。
「……ッ……」
 棚の影に潜んだルカは、悲鳴を堪えるように両手で口元を覆った。故郷のハーフェルで教会を襲った異形のことを思い出してしまったためだ。巡回ルートが決まっているのか、それともただの怠慢か、異形が廊下を直進してくれたのは、まさに不幸中の幸いと言える。
 身も心も総毛立ったルカは、自分を落ち着かせるように、浅い呼吸を繰り返した。座り込んだまま、額を棚に、左半身を壁にもたせ掛けるように、小さく丸まる。
 すると、カタンと小さな音を立てて、壁が動いた。
 疑問に思うまもなく、全体重を壁に預けていたルカは、コロンとそちらの方へ向かって倒れ込んでしまう。
「――わ……!」
 冷たい石の床にべしゃんと転がったルカは、慌てて周囲に視線を走らせた。陰気だが豪華な廊下とは違い、こちらは壁も床も、石材が剥き出しのままだ。暗い通路には人影もなく、少し進んだ先は、上下に階段が続いているらしい。
 廊下の途中の、扉もない場所に設けられた入り口――どうやら、隠し通路のようだ。
「…………」
 顔だけを覗かせて、廊下を駆け付けて来る者が居ないことを確認してから、ルカは考えた。
 このまま堂々と廊下を歩いていて、何事もなく外に出られるはずはない。先程の異形は歩行タイプだったお陰で近付く足音を聞き取ることができたが、羽のない浮遊タイプの魔物にでも出くわしてしまったら、一巻の終わりだ。
 しかし、ぽっかりと口を開けた隠し通路への入り口は、まるで魔物が獲物を喰らうために、大きく牙を剥いているようにも思える――。
「――」
 少し迷ってから、ルカはゆっくりと扉を閉めた。
 そして一か八か、「魔物の口」の中を、奥に向かって歩き始めたのである。
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