小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
上 下
107 / 121
第2部・第9話:突入前夜

第7章

しおりを挟む
 地平線から朝日が顔を覗かせる。
 その荘厳な瞬間を、ユージーンは補修されたばかりのカロッサの町の砦で迎えた。
 流麗な美貌が見据えるのは、北の方角――魔王の居城のある北の魔境である。
 今朝方になってようやく、白ヒイラギの聖水は完成し、いよいよ魔王軍斥候隊せっこうたいは、出陣の時を迎えた。
 彼らの最優先事項は、ルカの救出だ。魔王の討伐は、便宜上斥候隊の主たる任務ではない。しかし、事と次第によっては、そのまま魔王軍との全面対決に突入することも充分考えられる。少なくとも黄金のベリンダは、その覚悟であるらしい。
 ――『そうなったら、貴方達は、まずはルカの安全を第一に考えてちょうだい』。
 昨夜、ベリンダは弟子のユージーンのみを呼び出して、そう言った。
 それは万が一の場合、自分が魔王を引き付けている間に、ルカを連れて逃げろということだ。大恩ある師を置いての敵前逃亡は本意ではない。けれど、ルカの身の安全こそが彼女の最大の望みであることも身に沁みてわかっているので、ユージーンには受け入れる以外の選択肢はなかったのである。
 ――ルカ。
 愛らしい笑顔を脳裏に思い描き、ユージーンはふと眉根を寄せる。苦悩に沈む美貌はどこまでも秀麗で、見ている者があれば、事情など知らなくても同情を寄せずにはいられなかっただろう。
 魔王と因縁のあるらしいベリンダに言わせると、ルカの生存には希望が持てる状況のようだ。しかし、どんな目に遭っているかは置いておいたとしても、少なくとも不安な気持ちでいることは間違いない。
 ――一番近くにいて君を支えると誓ったのに、心細い想いをさせてしまったことを謝りたい。
 そして、優しく抱き締めて、恥ずかしそうに笑う君の顔が見たい。
 ルカが攫われてからのこの一週間近く、ユージーンを突き動かしていたのは、そんな気持ちだった。
 眼下では、仲間達に加えて、見送りの人々も続々と集まり始めている。
 その中に、完璧な人間体を取った蛇神メルヒオールの姿を見止めて、ユージーンは改めて感じ入った。異教の神は、薄暗い早朝の風景の中にあっても、輝くばかりの美しさを誇っている。フィンレーが連れて戻った時はビルダヴァの民族衣装のようなものを纏っていたが、軽微な甲冑を身に着けた今は、まるで戦神ででもあるかのように勇ましく思われた。
 そのまま視線を町の外へ向けると、北方には深い緑色をした影が3つ、寄り添うようにわだかまっている。かねてより魔王討伐への助力を申し出てくれていた、翼竜よくりゅうの一家だ。離れた場所に待機しているのは、人間達に無用な動揺を与えることのないよう配慮したためらしい。
 ベリンダの意図から、斥候隊はそもそもルカを自分以上に大事に想う者達で構成されているが、いつの間にか異教の神とドラゴンという、人外の仲間まで加わっている。これらすべてが、ルカの人望によるものだ。
 更に言うなら、国王はお気に入りのルカのために、急ぎ救援部隊をこちらへ向かわせているところらしいし、カロッサの民の協力が得られたのも、最終的にはルカの説得によるところが大きい。
 ――君は本当に、稀有けうな存在だ。
 緊張に強張った表情をほんの少し緩めたところで、背後から声が掛けられる。
「そろそろ時間だ、ユージーン」
「――ああ」
 呼びに来たのはジェイクだった。巨大な戦斧せんぷを軽々と担いだ完全武装の親友は、わずかに考え込む様子を見せてから、ユージーンの隣に並ぶ。それ以上急かす訳でもなく、共に広場に集う人々を見下ろした。
「……ようやく、この焦燥から解放されるな」
 感慨深げなジェイクの言葉に、ユージーンは小さく頷く。
 確かに、ルカを想って煩悶はんもんする、もどかしい数日間だった。斥候隊員は揃って、やきもきしながら聖水の完成を待っていたのだ。行動を起こせるだけで、随分と気は楽になる。
 それでも、手遅れでないとは言い切れない。ジェイクの珍しい無駄口は、そんな不安から発せられたものだったのだろう。
「――きっとルカは無事だよ」
 ユージーンの確信めいた発言に、ジェイクがわずかに瞠目する。
 だが、ユージーンには確信があった。
「これだけの人、神さえ動かす力のあるルカだ。魔王如きに、どうこうできるはずがない」
 ジェイクが驚いた様子で、何度か瞳を瞬かせた。ややあって、精悍な顔立ちに「してやられた」と言わんばかりの微苦笑を浮かべる。
「ルカが絡むと、お前ほど残念な男はいないと思っていたが、撤回する。――お前ほど頼りになる男はいない」
 ルカの騎士ナイトを自認するだけあって、こんな時でもユージーンにはぶれることがなかった。その姿勢が今のジェイクには、頼もしく思えたのだろう。
「失礼な奴だな。僕に残念なところなんてないぞ」
「そういうところさえなけりゃな」
 二人は軽口を叩き合いながら、砦の階段を降りた。
 目指すベリンダは、純白に輝く小瓶を手にしている。あれが待ち侘びた、白ヒイラギの聖水なのだろう。
 別れを惜しむ人々に囲まれるジェイクの逞しい背中を見守りながら、ユージーンは「よりによって」と考えていた。
 自分と同じくらいルカの信頼を得ている、一番ライバルになって欲しくなかった親友が、今は自分と同じ想いでルカを見ていることに、ユージーンはとうに気付いていた。
 そしてジェイクもきっと、ユージーンに自分の気持ちを知られていることに、気付いているのだろう。
 ――僕達の関係も、以前とは変わってしまった。
 もちろんジェイクとは、幼馴染みであり、親友であり、今はルカを救出するための戦友であることに変わりはない。
 だが、ルカに関してだけは、負けるわけにはいかなかった。
 ――一番近くに居て、君を支えるのは僕だ。
 今つらい思いをしているはずのルカが、真っ先に思い出しているのが自分のことであればいいと、願わずにはいられない。
「…………」
 昇る鮮やかな太陽を見据えて、ユージーンは改めて決意する。
 君を誰にも渡さない。必ず僕が助け出す、待っていてくれ、と。

             ◯   ●   ◯

 時は少し遡って。
「………………」
 目覚めたルカは、ぼんやりとしたまま周囲を見渡した。
 寝かされたベッドは大きな天蓋付き、薄暗い部屋の果てまでは見通せないが、手近な調度品はどれも豪華そうに見える。しかし、すべてが暗く深い色合いで整えられているためか、ひどく陰気に感じられた。
 ――知らない場所だ。
 状況理解が追い付かないのは、おそらくは掛けられた魔法のせいだろう。
 色んな夢を見ていたような気がする――あちらの世界の家族や、祖母や、仲間達のことを。
 身じろいだ瞬間、頬を熱いものが伝い、ルカは自分が泣いていたことに気付いた。悲しい夢ではなかったはずなのに、不思議なものだ。
「…………」
 攫われたことも思い出せないまま、ルカはまだ夢の続きを見ているような表情で、無造作に顔を拭う。
 視界の端で、部屋の扉が音もなく開かれた。
 その隙間から、大小二つの影がゆっくりと滑り込んでくる。
 やがて不吉の予兆が、横たわるルカの顔を覗き込んだ――。


第2部・第9話 END
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

処理中です...