小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
上 下
102 / 121
第2部・第9話:突入前夜

第2章

しおりを挟む
「ありがとうねぇ。これ、少ないけど貰ってちょうだい」
「――ありがとうございます」
 薪割りのお礼にと、小振りなバスケットいっぱいのフルーツを差し出してきた老婆に、ジェイクは律儀に頭を下げた。この程度の労働で対価を得るのは気が引けたが、相手の気持ちを無碍にする訳にもいかず、ありがたく頂戴する。
 白ヒイラギの聖水は毒抜きの工程に入っており、収穫物の運搬等の力仕事に従事してきたジェイク達は、比較的手がき始めていた。町民達の雑用を買って出ているのは、身体を動かしていなければ、心配でどうにかなってしまいそうだからだ。そしてそれは仲間達全員にも言えることのようで、日中の教会宿舎で斥候せっこう隊員の姿を見掛けることはほとんどない。
 「予言の子供」――ルカが魔王軍に攫われたことで、カロッサの町は、沈鬱な空気に包まれていた。肉体労働に没入することで、ジェイクはほんの少しでも町民の生活を豊かにすると同時に、自身の心の安定を図っている。
 ルカというのはよくよく数奇な星の元に生まれたと見えて、愛らしく華奢な外見からか、これまでにも何度か誘拐騒ぎに巻き込まれてきた。その度ごとに仲間達と協力しながら救い出してきたが――ジェイクは今回ほど恐怖を感じたことはない。「予言の子供」の存在を憎む魔王の陣営に攫われたのだ、何事もなく済むと考えるのは、あまりに楽観的に過ぎる。
 ――あんな小さな身体に、重たい宿命を抱えているなんて。
 思考の沼に囚われそうになるのを振り切るように、ジェイクは小さく首を振ってから、顔を上げた。ひとまずは宿舎へ戻るべく、陽の傾きかけた中央通りに入る。
 ひと気の少ない道の前方に、幼い兄弟が進んでいくのが見えた。家の手伝いの最中なのか、兄の方は買い物カゴを抱えて先を急ぎ、弟の方はその後ろを必死に追い掛ける様子だ。過疎化の著しい町だけに子供の数自体が少なく、遊び相手にも不自由しているのだろう。任務の遂行に懸命な兄は、後をついて来る弟の体力が自分よりも劣ることに、気が回らないようだ。
 そして案の定、弟はジェイクの見ている前で、足をもつれさせて転んだ。
 思わず助けに入ったのは、昔の自分を見ているような気分になったからだ。
「あ、ありがと……」
 突然現れて、地に伏した弟の両脇に手を入れ、苦も無く助け起こした長身のジェイクに少々怯える様子を見せながらも、兄弟は揃って感謝を述べる。
 小さくて可愛いもの好きだが、当の「小さいもの」は大きな自分に根源的な恐怖を感じるらしい、という残酷な事実を苦々しく噛み締めながら、ジェイクは極力優しい手付きで、弟の服の汚れをはたいてやった。取り敢えずは、目立った怪我はなさそうだ。
 「うちの手伝いか?」と聞きながら、ジェイクはその場に膝を着いた。頷く兄弟と視線を合わせながら、敢えてお節介を口にする。
「偉いな。――でも、弟はお前ほど身体も大きくない。もう少しゆっくり歩いてやれ」
 この忠告に、兄の方は「えー」と不満そうに唇を尖らせた。気持ちはわからないでもない。恐らく彼は、家族のためにとの使命感に燃えている。弟は勝手について来ただけなのだから、そちらに歩調を合わせてやる必要もない。
 だが、何かあってからでは遅いのだ。
「俺にも経験があるんだ。弟が怪我をしたり、具合が悪くなるのは嫌だろう?」
 経験を踏まえてのジェイクの説得に、兄はハッとしたように両目を見開いた。思うところがあったのか、バツが悪そうに「ごめんな」と小さく詫びる。何が何だがわかっていない様子の弟は、それでも兄とジェイクが自分を思い遣ってくれたことだけは理解できたらしく、元気に「いいよ!」と笑った。
 微笑ましい姿につられるように、ジェイクもまた思わず口元を緩める。お礼のバスケットの中からオレンジを2個取り出し、一つを兄の買い物カゴに、もう一つを弟の手に握らせてやった。
「手伝いと、仲良しのご褒美だ」
「いいの?」
「ありがと、お兄ちゃん」
 二人は手を繋ぎ、先程よりもゆっくりとした歩調で去っていった。
 その姿を見送りながら、ジェイクは改めて、ルカと過ごした日々を思い返す。
 小さくて可愛らしいルカ。懐いてくれるのが嬉しくて、あちこちへ連れ回した。自分との差が理解できず、無理をさせてしまってから、ジェイクは長いこと、ルカを「守るべきもの」として扱ってきた。この旅に出るに当たって、彼も成長しているのだと何度も思い知らされたが、それでも、ジェイクにとって、ルカが守るべき大切な存在であることは変わらない。
 変わったのはただ一つ、ジェイクの心――ルカを見守るジェイクの目だ。
 これまでジェイクはずっと、ルカをおかしな目で見る者達からも、彼を守ってやっているつもりだった。それがいつの間にか、自分もそちら側の男に成り下がっている始末だ――まったく、兄気取りが聞いて呆れる。ユージーン達にも警戒されるはずだ。
 自嘲を込めてそんな風に思いはするものの、だからといって、それでもジェイクは、ルカを守る役目を誰にも譲るつもりはなかった。
「…………」
 通りに立ち竦んだまま、ジェイクは教会の聖堂の、更に上空を見晴るかす。正確には、ルカが囚われているであろう、北の魔境の方角を。
 ――必ず助ける。
 祈るような気持ちで、ジェイクは奥歯を噛み締めた。
 自覚したばかりの「想い」は、当然ルカには何も伝えられていない。他人から寄せられる好意に敏いのか疎いのか、いまいち不明瞭なルカは、きっと「最近ジェイクの過保護が酷くなった」くらいにしか考えていないだろう。
 けれど、自覚してしまったからには、それで終わらせるつもりは、ジェイクにはなかった。絶対に無事に助け出して、想いのすべてをルカに伝えるのだ。
 ――お前は困るだろうか。兄のように慕ってくれていた男から、情欲の籠った目で見られていたことを知って、恐れはしないだろうか。
 煩悶はんもんの答えは、否だ。ルカならきっと受け入れてくれる。少なくとも、ジェイクの気持ちまでを否定するようなことはしないだろう。
 そんなルカだからこそ、ジェイクは惹かれたのだ。気付かないようにしていただけで、もっとずっと幼い頃から。
 ――必ずお前の元へ辿り着いて見せるから、お前も何とか頑張ってくれ。
 自分を奮い立たせるように、ジェイクはバスケットの中からリンゴを取り出し、ガシリと齧る。
 それから勢いを付けて、宿舎への道を辿り始めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

俺、転生したら社畜メンタルのまま超絶イケメンになってた件~転生したのに、恋愛難易度はなぜかハードモード

中岡 始
BL
ブラック企業の激務で過労死した40歳の社畜・藤堂悠真。 目を覚ますと、高校2年生の自分に転生していた。 しかも、鏡に映ったのは芸能人レベルの超絶イケメン。 転入初日から女子たちに囲まれ、学園中の話題の的に。 だが、社畜思考が抜けず**「これはマーケティング施策か?」**と疑うばかり。 そして、モテすぎて業務過多状態に陥る。 弁当争奪戦、放課後のデート攻勢…悠真の平穏は完全に崩壊。 そんな中、唯一冷静な男・藤崎颯斗の存在に救われる。 颯斗はやたらと落ち着いていて、悠真をさりげなくフォローする。 「お前といると、楽だ」 次第に悠真の中で、彼の存在が大きくなっていき――。 「お前、俺から逃げるな」 颯斗の言葉に、悠真の心は大きく揺れ動く。 転生×学園ラブコメ×じわじわ迫る恋。 これは、悠真が「本当に選ぶべきもの」を見つける物語。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

【完結】だから俺は主人公じゃない!

美兎
BL
ある日通り魔に殺された岬りおが、次に目を覚ましたら別の世界の人間になっていた。 しかもそれは腐男子な自分が好きなキャラクターがいるゲームの世界!? でも自分は名前も聞いた事もないモブキャラ。 そんなモブな自分に話しかけてきてくれた相手とは……。 主人公がいるはずなのに、攻略対象がことごとく自分に言い寄ってきて大混乱! だから、…俺は主人公じゃないんだってば!

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

この道を歩む~転生先で真剣に生きていたら、第二王子に真剣に愛された~

乃ぞみ
BL
※ムーンライトの方で500ブクマしたお礼で書いた物をこちらでも追加いたします。(全6話)BL要素少なめですが、よければよろしくお願いします。 【腹黒い他国の第二王子×負けず嫌いの転生者】 エドマンドは13歳の誕生日に日本人だったことを静かに思い出した。 転生先は【エドマンド・フィッツパトリック】で、二年後に死亡フラグが立っていた。 エドマンドに不満を持った隣国の第二王子である【ブライトル・ モルダー・ヴァルマ】と険悪な関係になるものの、いつの間にか友人や悪友のような関係に落ち着く二人。 死亡フラグを折ることで国が負けるのが怖いエドマンドと、必死に生かそうとするブライトル。 「僕は、生きなきゃ、いけないのか……?」 「当たり前だ。俺を残して逝く気だったのか? 恨むぞ」 全体的に結構シリアスですが、明確な死亡表現や主要キャラの退場は予定しておりません。 闘ったり、負傷したり、国同士の戦争描写があったります。 本編ド健全です。すみません。 ※ 恋愛までが長いです。バトル小説にBLを添えて。 ※ 攻めがまともに出てくるのは五話からです。 ※ タイトル変更しております。旧【転生先がバトル漫画の死亡フラグが立っているライバルキャラだった件 ~本筋大幅改変なしでフラグを折りたいけど、何であんたがそこにいる~】 ※ ムーンライトノベルズにも投稿しております。

某国の皇子、冒険者となる

くー
BL
俺が転生したのは、とある帝国という国の皇子だった。 転生してから10年、19歳になった俺は、兄の反対を無視して従者とともに城を抜け出すことにした。 俺の本当の望み、冒険者になる夢を叶えるために…… 異世界転生主人公がみんなから愛され、冒険を繰り広げ、成長していく物語です。 主人公は魔法使いとして、仲間と力をあわせて魔物や敵と戦います。 ※ BL要素は控えめです。 2020年1月30日(木)完結しました。

幸福からくる世界

林 業
BL
大陸唯一の魔導具師であり精霊使い、ルーンティル。 元兵士であり、街の英雄で、(ルーンティルには秘匿中)冒険者のサジタリス。 共に暮らし、時に子供たちを養う。 二人の長い人生の一時。

処理中です...