小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

文字の大きさ
上 下
101 / 121
第2部・第9話:突入前夜

第1章

しおりを挟む
 冴え冴えとした、細い月の輝く夜のことだった。
 黄金のベリンダは一人、宿舎を離れて、背後に広がる森林へと分け入った。その足取りはそもそも軽快とは言い難かったが、町の建物が見えなくなるにつれて、徐々に重くなる。老化とは無縁のはずの若々しい肉体が、まるで一気に何十年も歳を重ねてしまったかのようだ。
 ついにベリンダは、手近なオークの木に凭れ掛かった。斥候せっこう隊員や町の人々の前で張っていた気が緩み、美しいオレンジ色の瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。
「……ッ……」
 ラインベルク王国、ロートリンゲン州カロッサ。
 「予言の子供」ルカ・フェアリーベルが魔王の手の者に攫われてから、丸一日が過ぎた。
 あの時、ベリンダ達の張った結界魔法は、町への余波を最小限に留めたと言っていいだろう。僅かに近隣の木々が倒れ、或いは家屋の窓ガラスが破損する被害はあったが、今日までの間に迅速に片付けられ、補修されている。
 ――ただ、魔王討伐の切り札、ベリンダの最愛の孫のルカだけが、ここに居ない。
 声を漏らさぬよう、ベリンダは口元を白魚のような手で覆った。ズルズルとその場にしゃがみこみ、張り裂けそうな胸の痛みに、身を任せるしかない。
 この世界にルカを呼び戻した時、この旅への同行を許可した時も、傍に居て必ず守ると誓ったのに。
 ルカを、自分自身の命を守るのと同じくらいの強さで守ってくれる、頼もしい仲間を集めたはずなのに。
 ほんの少しの隙をついて、魔王に奪われてしまった。
 飛び抜けて愛らしく、人の心を掴みやすいというだけで、ルカには戦う力はない。だが、自分を斃すという予言を受けたあの子を、魔王は執拗しつように狙ってきた。使い魔らしき少年が使用した石、これまでも度々一行の近辺で目撃されたあの紫色の石には、ベリンダやレフに気配を感知されないための、魔王の魔法が掛けられていたのだ。
 今頃ルカは、どれほど心細い思いをしていることだろう……。
「――ッ」
 ベリンダは小さく首を横に振った。想像もしたくない、けれど、心配で考えずにはいられない。
 娘夫婦を無残に殺され、出生前のルカの魂を別な世界へ逃がす以外に何も出来なかったあの時と同じように、ベリンダは自分を責めていた。大魔法使いなどと呼ばれていても、己の身内さえ守れないとは、なんと不甲斐ないことか、と。
 脳裏をよぎるのは、17年前のあの光景だった。愛しい夫の忘れ形見、一人娘とその伴侶の亡骸を前に、初めて相対した人物――「魔王」。
 紫色の瞳は憎悪に燃えていた。そしてそれ以上に、深い悲哀を宿していた。そう感じたのは、ベリンダが魔王について、持てる限りの能力を使って調査・研究をしたことがあったからだろう。白ヒイラギがの人の家紋であり、それゆえに弱点となることを知っているのも、そのためだ。
 可哀想なひと。――だからといって、無差別に人間を脅かすことは許されないし、その矛先が自分の大切な人に向けられるのを、見過ごす訳にはいかない。
 ベリンダが魔王に対して抱く複雑な感情は、受けた仕打ちによって憤怒ふんぬの度合いを増した。異世界からルカを取り戻した今となっては、彼への愛も絡み合って、より一層強固なものになっている。
 魔王の方でも、黄金のベリンダに憐れまれることを望みはしないだろう。なぜなら、ルカが「予言の子供」であるという以前に、だからだ。
 ――だからきっと、ルカは生きている。
 胸が潰れるような悲しみの中で、ベリンダは何とか光明を見出そうと足掻いていた。
 あの人は、私がより苦しむ方法でルカの命を奪おうとするはずだ。例えば目の前で、残酷に。だから一思いに殺さず、攫うという方法を取ったのだろう。これはある意味では希望なのだ。魔王の私への憎しみによって、ルカはまだ生きていると断言できる――。
 しかし同時に、別の可能性が胸の奥に滑り込む。
 「『予言の子供』である」という以前に、「ベリンダの孫である」という事実が、魔王の憎悪を駆り立てないとも限らない。そうなれば、ベリンダが乗り込むまでの間、ルカへの扱いがより残忍なものになることも考えられるではないか――。
 恐ろしい想像に、ベリンダは息を詰まらせた。可愛いルカが酷い目に遭うだなんて、考えるだけで涙が止まらない。あの子は誰からも愛され、慈しまれるべき存在なのに。
「…………」
 森の木々が、自然を友とする大魔法使いを慰めるように、穏やかなを発している。
 吹き抜ける柔らかな風のお陰でそれに気付いたベリンダは、何とか恐慌状態を脱した。
 自身を律して顔を上げ、涙を拭う。感謝を伝えるようにオークの木肌を撫で、小さく息をついた。
 ルカ、と呼び掛ける声は、弱々しくとも、明確な意思を秘めている。
「不甲斐ないおばあちゃんを許してちょうだい――必ず助けてあげるわ」
 本当は、今すぐにでも飛んでいきたい。華奢な身体を抱き締めてやりたい。
 けれど、魔王城へ侵入するには、まず手筈を整える必要があった。白ヒイラギの聖水の完成までには、あと数日を要する。もどかしいが、外部から魔王の結界を破るには、これ以外に方法はないのだ。その時までにベリンダは、自身の魔力を最大限に高めておかなくてはならない。
 その先には更に、魔王との最終決戦という試練が待ち構えているのだが、それはルカの無事を確認してからのことだ。
 最愛の孫を救うために、己のなすべきことをする、という決意を改めて固めて、ベリンダは立ち上がった。泣き腫らした目はまだ赤かったが、宿舎に戻る頃にはいくらか治まるだろう。元より、それを見て見ぬふりの出来ぬ者など、魔王軍斥候隊には存在しない。ルカの不在を嘆いているのは、ベリンダだけではないのだから。
 ――あの子は異世界から還ってきた。魔王城からだって、無事に取り戻せるはず。
 自分を奮い立たせるように言い聞かせて、ベリンダは教会宿舎への道を戻り始めた。
 それは、手の届く場所に最愛の孫が居ない長い夜を越えるための、か弱い女性の涙ぐましい努力でもあった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

動物アレルギーのSS級治療師は、竜神と恋をする

拍羅
BL
SS級治療師、ルカ。それが今世の俺だ。 前世では、野犬に噛まれたことで狂犬病に感染し、死んでしまった。次に目が覚めると、異世界に転生していた。しかも、森に住んでるのは獣人で人間は俺1人?!しかも、俺は動物アレルギー持ち… でも、彼らの怪我を治療出来る力を持つのは治癒魔法が使える自分だけ… 優しい彼が、唯一触れられる竜神に溺愛されて生活するお話。

日本一のイケメン俳優に惚れられてしまったんですが

五右衛門
BL
 月井晴彦は過去のトラウマから自信を失い、人と距離を置きながら高校生活を送っていた。ある日、帰り道で少女が複数の男子からナンパされている場面に遭遇する。普段は関わりを避ける晴彦だが、僅かばかりの勇気を出して、手が震えながらも必死に少女を助けた。  しかし、その少女は実は美男子俳優の白銀玲央だった。彼は日本一有名な高校生俳優で、高い演技力と美しすぎる美貌も相まって多くの賞を受賞している天才である。玲央は何かお礼がしたいと言うも、晴彦は動揺してしまい逃げるように立ち去る。しかし数日後、体育館に集まった全校生徒の前で現れたのは、あの時の青年だった──

ざまぁされたチョロ可愛い王子様は、俺が貰ってあげますね

ヒラヲ
BL
「オーレリア・キャクストン侯爵令嬢! この時をもって、そなたとの婚約を破棄する!」 オーレリアに嫌がらせを受けたというエイミーの言葉を真に受けた僕は、王立学園の卒業パーティーで婚約破棄を突き付ける。 しかし、突如現れた隣国の第一王子がオーレリアに婚約を申し込み、嫌がらせはエイミーの自作自演であることが発覚する。 その結果、僕は冤罪による断罪劇の責任を取らされることになってしまった。 「どうして僕がこんな目に遭わなければならないんだ!?」 卒業パーティーから一ヶ月後、王位継承権を剥奪された僕は王都を追放され、オールディス辺境伯領へと送られる。 見習い騎士として一からやり直すことになった僕に、指導係の辺境伯子息アイザックがやたら絡んでくるようになって……? 追放先の辺境伯子息×ざまぁされたナルシスト王子様 悪役令嬢を断罪しようとしてざまぁされた王子の、その後を書いたBL作品です。

モラトリアムは物書きライフを満喫します。

星坂 蓮夜
BL
本来のゲームでは冒頭で死亡する予定の大賢者✕元39歳コンビニアルバイトの美少年悪役令息 就職に失敗。 アルバイトしながら文字書きしていたら、気づいたら39歳だった。 自他共に認めるデブのキモオタ男の俺が目を覚ますと、鏡には美少年が映っていた。 あ、そういやトラックに跳ねられた気がする。 30年前のドット絵ゲームの固有グラなしのモブ敵、悪役貴族の息子ヴァニタス・アッシュフィールドに転生した俺。 しかし……待てよ。 悪役令息ということは、倒されるまでのモラトリアムの間は貧困とか経済的な問題とか考えずに思う存分文字書きライフを送れるのでは!? ☆ ※この作品は一度中断・削除した作品ですが、再投稿して再び連載を開始します。 ※この作品は小説家になろう、エブリスタ、Fujossyでも公開しています。

【完結】元騎士は相棒の元剣闘士となんでも屋さん営業中

きよひ
BL
 ここはドラゴンや魔獣が住み、冒険者や魔術師が職業として存在する世界。  カズユキはある国のある領のある街で「なんでも屋」を営んでいた。  家庭教師に家業の手伝い、貴族の護衛に魔獣退治もなんでもござれ。  そんなある日、相棒のコウが気絶したオッドアイの少年、ミナトを連れて帰ってくる。  この話は、お互い想い合いながらも10年間硬直状態だったふたりが、純真な少年との関わりや事件によって動き出す物語。 ※コウ(黒髪長髪/褐色肌/青目/超高身長/無口美形)×カズユキ(金髪短髪/色白/赤目/高身長/美形)←ミナト(赤髪ベリーショート/金と黒のオッドアイ/細身で元気な15歳) ※受けのカズユキは性に奔放な設定のため、攻めのコウ以外との体の関係を仄めかす表現があります。 ※同性婚が認められている世界観です。

魔王様の瘴気を払った俺、何だかんだ愛されてます。

柴傘
BL
ごく普通の高校生東雲 叶太(しののめ かなた)は、ある日突然異世界に召喚されてしまった。 そこで初めて出会った大型の狼の獣に助けられ、その獣の瘴気を無意識に払ってしまう。 すると突然獣は大柄な男性へと姿を変え、この世界の魔王オリオンだと名乗る。そしてそのまま、叶太は魔王城へと連れて行かれてしまった。 「カナタ、君を私の伴侶として迎えたい」 そう真摯に告白する魔王の姿に、不覚にもときめいてしまい…。 魔王×高校生、ド天然攻め×絆され受け。 甘々ハピエン。

処理中です...