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第2部・第8話:女神の使徒
第6章
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カロッサの民達から丁重な謝罪を受けた魔王軍斥候隊は、同時に白ヒイラギの聖水についての協力も取り付けることが出来た。
一日も早い精製を目指して、明日からは共に作業に当たることとなる。大量の白ヒイラギが必要になる為、人手は多いほど良いらしい。工程には乾燥や熟成も含まれるので、最短でも1週間はこの町に留まることになりそうだ。
ベリンダは弟子のユージーンと共に、町長ら町の要人達と、今後についての各種調整を行うため、聖堂へ向かった。ジェイクとフィンレーは、白ヒイラギの収穫について、コーネリアス神父達と打ち合わせだ。ルカの元に留まりたがったレフも、人手と体力の必要な運搬係に回されることになったため、ギャーギャー喚きながらも二人に引っ張られていった。その際、ぬいぐるみのままフィンレーに運ばれていきそうになり、ルカの元へ戻るべく人間体に変化したものの、力自慢のジェイクに首根っこを掴まれる、という大騒動を演じたため、残っていた町民達も「ライオンのぬいぐるみが変身した大男」に興味津々といった様子で、ほとんどが白ヒイラギの自生地へついて行ってしまったという余談付きだ。
「――おいで」
すっかり静かになった聖堂裏の通路で、ルカはネイトに手を引かれて、壁際に設置された長椅子に腰を下ろした。既に右頬の傷は治っているが、縛られた腕の痕や、椅子ごと転倒した際の打撲などを、まとめて治癒してもらうためだ。
お互いの方へ身体を向け、両手首を優しく掴まれる。ネイトの掌から緑色の光が湧き上がったかと思うと、全身を暖かな感覚に包まれた。瞬く間に全身から痛みや倦怠感が引いていき、ルカは改めて、ネイトの治癒魔法の強さを実感する。祖母のベリンダが、自分に勝るとも劣らないと絶賛するはずだ。
「――ありがと」
「こちらこそ」
微笑んだルカに、ネイトはそう答えた。何のことかわからずに、ルカは瞳を瞬かせる。
キョトンとした表情が可愛らしかったのか、ネイトは微苦笑の形に笑みを深めた。
「陛下への抗議のことだよ――私がどれだけ嬉しかったか、わかるかな?」
至近距離で見詰められて、握られたままの両腕が、妙に気になり始める。応じる自分の声が、言い訳じみていて頼りなく聞こえるのはなぜだろう。
「それは、だって、ずっと思ってたことだからさ……」
大事な仲間であるネイトの苦しみの原因が、エインデル派の禁教指定を解かない国にあることをわかった上で、国王であるアデルバートに良くしてもらっているというのは、双方に対して後ろめたい気分にさせられる――そう、まさに今、こんな時に。
ルカの葛藤に気付いているのか、ネイトはことりと首を傾げ、問いを重ねた。
「一昨日の探索の時も。私について来たいと言ってくれたのは、私の様子を気にしてくれていたからなんだろう?」
「う、まぁ……」
聡いネイトに、ルカは心中で思わず舌を巻く。確かにルカは、ネイトの様子がおかしいことに気付いて、放っておくことができなかった。今思えば、あの時のネイトは、カロッサが恩師にゆかりの地であることに思い至り、心穏やかでない状況にあった。自分に何が出来るという訳ではないが、傍に居て見守るべきだと、ルカは考えたのだ。
ネイトが身を乗り出した。二人の距離が一層近くなり、ルカは思わず、逃げるように視線を彷徨わせる。
しかしネイトはそれを許さず、右手でルカの細い顎をクイと持ち上げた。
「君はいつも、私のことを気に掛けてくれる。――そこに特別な意味があると考えてしまうのは、私がうぬぼれているからなのかな?」
「!」
常にない真剣な、それでいてどこか甘いネイトの表情に、ルカは激しく狼狽えた。他の仲間達がそれぞれ色んな方向に華やかなので霞みがちではあるが、ネイトもそれなりに顔立ちは整っている。何より、こうやって稀に見せられる笑顔でない彼の真摯な表情に、ルカは弱かった。認めたくはないが、「ギャップ萌え」というヤツなのだろう。
ほとんど押し倒される寸前のような体勢に、ルカは慌てて両手を振り解き、意外と厚い胸板を押し戻そうと試みる。
「ひ、人が来ちゃうよ」
心の中で一人ワーワーと悲鳴を上げながら、それでも必死で言い返したのは、社会的立場のあるネイトへの配慮だ。ひと気のない場所で少年を押し倒す姿を見られて、困るのは彼の方だろう(もちろん、男に押し倒されている姿を見られる自分も、死ぬほど恥ずかしいのだが!)。
しかしネイトは、妙に色気のある目付きで笑った。
「誰も来ない場所でなら良いの?」
「……ッ……!」
どうやらネイトは完全に「スイッチの入った状態」であるらしい。細身に見えて、実はそれなりに力の強いネイトに抗う術をなくし、ルカは思わずギュッと目を閉じた。
――そして、二人の唇が重なり合うかと思われた、寸前。
「――そこまで!!」
無遠慮な掌が、二人の顔の間に割って入った。見上げると、ユージーンが怒りも露わに仁王立ちしている。
――助かった~////;!!
安堵に胸を撫で下ろすルカに対して、ネイトは瞬時に笑顔を取り繕い、ユージーンを見上げた。しかし、ルカを解放する様子はなく、その目は全く笑っていない。
「打ち合わせは済んだんですか?」
冷たい声音に負けず劣らず、ユージーンもまた冷ややかな目付きでネイトを見下ろした。憤怒に燃える表情もまた、精巧に掘られた神々の彫像と見紛うほどに美しい。
「非常事態ですから」
虫の報せの類いだろうか。混乱するルカにはわからなかったが、恐らくユージーンは、「ルカが危ない気がします!」とか何とか言って、調整のための話し合いを抜けてきたのだ。それが理解できるからこそネイトは堂々と舌打ちを返し、これを物ともせずに、ユージーンは「非常」の原因であるネイトから、ルカの身体を強引に引き離す。
「治療は終わりましたね。ルカはこのまま休ませますので、失礼します!」
言いながらユージーンは、事もあろうに、向かい合う形でルカを抱っこした。「ちょっと待ってユージーン、さすがにこれは恥ずかしいって!」というルカの抗議は、華麗にスルーされる。
身を起こしたネイトが長椅子に座り直し、ややわざとらしく溜め息をついた。首を横に振りながら、既に聖堂に続く扉の前まで運ばれたルカに向かって、意味深な流し目を送る。
「今日は気分が良いから許してあげるよ。続きは邪魔が入らない時に、ね」
「!!」
人差し指でトントンと唇を指し示され、「続き」の内容を具体的に想像してしまったルカは、顔を赤らめた。
その様子を見ていたユージーンは血相を変え、叩き付けるようにしてドアを閉める。
そしてルカは、ユージーンに抱っこされたまま、聖堂内で唖然とする人々の中を突っ切り、宿舎まで運ばれてしまったのだった。
一日も早い精製を目指して、明日からは共に作業に当たることとなる。大量の白ヒイラギが必要になる為、人手は多いほど良いらしい。工程には乾燥や熟成も含まれるので、最短でも1週間はこの町に留まることになりそうだ。
ベリンダは弟子のユージーンと共に、町長ら町の要人達と、今後についての各種調整を行うため、聖堂へ向かった。ジェイクとフィンレーは、白ヒイラギの収穫について、コーネリアス神父達と打ち合わせだ。ルカの元に留まりたがったレフも、人手と体力の必要な運搬係に回されることになったため、ギャーギャー喚きながらも二人に引っ張られていった。その際、ぬいぐるみのままフィンレーに運ばれていきそうになり、ルカの元へ戻るべく人間体に変化したものの、力自慢のジェイクに首根っこを掴まれる、という大騒動を演じたため、残っていた町民達も「ライオンのぬいぐるみが変身した大男」に興味津々といった様子で、ほとんどが白ヒイラギの自生地へついて行ってしまったという余談付きだ。
「――おいで」
すっかり静かになった聖堂裏の通路で、ルカはネイトに手を引かれて、壁際に設置された長椅子に腰を下ろした。既に右頬の傷は治っているが、縛られた腕の痕や、椅子ごと転倒した際の打撲などを、まとめて治癒してもらうためだ。
お互いの方へ身体を向け、両手首を優しく掴まれる。ネイトの掌から緑色の光が湧き上がったかと思うと、全身を暖かな感覚に包まれた。瞬く間に全身から痛みや倦怠感が引いていき、ルカは改めて、ネイトの治癒魔法の強さを実感する。祖母のベリンダが、自分に勝るとも劣らないと絶賛するはずだ。
「――ありがと」
「こちらこそ」
微笑んだルカに、ネイトはそう答えた。何のことかわからずに、ルカは瞳を瞬かせる。
キョトンとした表情が可愛らしかったのか、ネイトは微苦笑の形に笑みを深めた。
「陛下への抗議のことだよ――私がどれだけ嬉しかったか、わかるかな?」
至近距離で見詰められて、握られたままの両腕が、妙に気になり始める。応じる自分の声が、言い訳じみていて頼りなく聞こえるのはなぜだろう。
「それは、だって、ずっと思ってたことだからさ……」
大事な仲間であるネイトの苦しみの原因が、エインデル派の禁教指定を解かない国にあることをわかった上で、国王であるアデルバートに良くしてもらっているというのは、双方に対して後ろめたい気分にさせられる――そう、まさに今、こんな時に。
ルカの葛藤に気付いているのか、ネイトはことりと首を傾げ、問いを重ねた。
「一昨日の探索の時も。私について来たいと言ってくれたのは、私の様子を気にしてくれていたからなんだろう?」
「う、まぁ……」
聡いネイトに、ルカは心中で思わず舌を巻く。確かにルカは、ネイトの様子がおかしいことに気付いて、放っておくことができなかった。今思えば、あの時のネイトは、カロッサが恩師にゆかりの地であることに思い至り、心穏やかでない状況にあった。自分に何が出来るという訳ではないが、傍に居て見守るべきだと、ルカは考えたのだ。
ネイトが身を乗り出した。二人の距離が一層近くなり、ルカは思わず、逃げるように視線を彷徨わせる。
しかしネイトはそれを許さず、右手でルカの細い顎をクイと持ち上げた。
「君はいつも、私のことを気に掛けてくれる。――そこに特別な意味があると考えてしまうのは、私がうぬぼれているからなのかな?」
「!」
常にない真剣な、それでいてどこか甘いネイトの表情に、ルカは激しく狼狽えた。他の仲間達がそれぞれ色んな方向に華やかなので霞みがちではあるが、ネイトもそれなりに顔立ちは整っている。何より、こうやって稀に見せられる笑顔でない彼の真摯な表情に、ルカは弱かった。認めたくはないが、「ギャップ萌え」というヤツなのだろう。
ほとんど押し倒される寸前のような体勢に、ルカは慌てて両手を振り解き、意外と厚い胸板を押し戻そうと試みる。
「ひ、人が来ちゃうよ」
心の中で一人ワーワーと悲鳴を上げながら、それでも必死で言い返したのは、社会的立場のあるネイトへの配慮だ。ひと気のない場所で少年を押し倒す姿を見られて、困るのは彼の方だろう(もちろん、男に押し倒されている姿を見られる自分も、死ぬほど恥ずかしいのだが!)。
しかしネイトは、妙に色気のある目付きで笑った。
「誰も来ない場所でなら良いの?」
「……ッ……!」
どうやらネイトは完全に「スイッチの入った状態」であるらしい。細身に見えて、実はそれなりに力の強いネイトに抗う術をなくし、ルカは思わずギュッと目を閉じた。
――そして、二人の唇が重なり合うかと思われた、寸前。
「――そこまで!!」
無遠慮な掌が、二人の顔の間に割って入った。見上げると、ユージーンが怒りも露わに仁王立ちしている。
――助かった~////;!!
安堵に胸を撫で下ろすルカに対して、ネイトは瞬時に笑顔を取り繕い、ユージーンを見上げた。しかし、ルカを解放する様子はなく、その目は全く笑っていない。
「打ち合わせは済んだんですか?」
冷たい声音に負けず劣らず、ユージーンもまた冷ややかな目付きでネイトを見下ろした。憤怒に燃える表情もまた、精巧に掘られた神々の彫像と見紛うほどに美しい。
「非常事態ですから」
虫の報せの類いだろうか。混乱するルカにはわからなかったが、恐らくユージーンは、「ルカが危ない気がします!」とか何とか言って、調整のための話し合いを抜けてきたのだ。それが理解できるからこそネイトは堂々と舌打ちを返し、これを物ともせずに、ユージーンは「非常」の原因であるネイトから、ルカの身体を強引に引き離す。
「治療は終わりましたね。ルカはこのまま休ませますので、失礼します!」
言いながらユージーンは、事もあろうに、向かい合う形でルカを抱っこした。「ちょっと待ってユージーン、さすがにこれは恥ずかしいって!」というルカの抗議は、華麗にスルーされる。
身を起こしたネイトが長椅子に座り直し、ややわざとらしく溜め息をついた。首を横に振りながら、既に聖堂に続く扉の前まで運ばれたルカに向かって、意味深な流し目を送る。
「今日は気分が良いから許してあげるよ。続きは邪魔が入らない時に、ね」
「!!」
人差し指でトントンと唇を指し示され、「続き」の内容を具体的に想像してしまったルカは、顔を赤らめた。
その様子を見ていたユージーンは血相を変え、叩き付けるようにしてドアを閉める。
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