98 / 121
第2部・第8話:女神の使徒
第5章
しおりを挟む
同じ頃、ルカもまた聖堂地下の別室において、テロ計画の全容を知らされていた。
コーネリアス神父は、町長ら町の要人に状況を説明しにいくと出て行ったきり、戻っていない。物置らしき道具類の詰まれた部屋に押し込められ、どう見ても非力なルカに付けられた見張りは、若い男が二人。体力を考慮した末のことなのだろうが、それは同時に、血気盛んであることの裏返しでもある。
古びた椅子に座らされた状態で、背凭れに両手を縛り付けられたまま、ルカは何とか情報を引き出そうと奮闘していた。目論み通り、長年に渡る怨嗟を晴らし、同志を苦痛から解放するという使命に燃える青年達は、既に勝利を確信したかのように、誇らしげに白ヒイラギの毒を散布する計画を明かしてみせたのである。
「そんなの間違ってるよ!」
堪りかねて叫んだルカを見る、男達の目に怒りの炎が灯る。誇りを傷付けられたとでも感じたのか、「うるせぇ!!」と声を荒げた一人が、ルカの固定された椅子を蹴り上げた。体重の軽いルカは椅子ごと地面に倒れ込み、右の頬を強く床に擦り付けてしまう。
「――ッ」
不自然な体勢になったことで、自由の効かない身体に更なる負荷が掛かり、節々が痛む。
しかしルカは、毅然と顔を上げた。事情を聴いても、自分がおかしいとは思わない。彼らがどんな高尚な意思を持って声を上げたとしても、手段を間違え、無関係な人々を巻き込むというなら、それはただの無差別テロだ。
ルカの右頬に滲んだ血を見て、男達がハッとしたように唇を震わせた。
こんなことは辞めて欲しいと訴えるべく、ルカがもう一度口を開こうとした、その時。
ガン、と物騒な音を立てて、部屋のドアノブが破壊された。続いて勢いよく扉が開け放たれる。
用を為さなくなった開口部に姿を現したのは、ネイトだった。誰よりも早く飛び出したことは事実だが、教会建築や構造に詳しいということも、彼の有利に働いたと見える。
「ネイト!」
「――ルカ……ッ!」
自ら申し出たとはいえ、救援の到着に、ルカは安堵の声を上げた。対するネイトはというと、ルカの体勢と頬の傷を目に、スッと顔色をなくす。「え、なんでベイリー神父が!?」「え、鍵は!?」と狼狽える男達へ送った視線は、空気も凍らんばかりの冷たさだ。
先程までの威勢はどこへやら、震え上がる男達に向かって、ネイトは鍵を壊すのに使ったらしい手斧を放り投げた。重たい音が響くのと同時に、ス、と掲げられた掌は、二人の男達に向けられている。彼は癒し系の補助魔法を得意としているが、攻撃魔法が使えない訳ではないのだ。
「待って待って、ネイト、大丈夫だから!」
ルカは必死で声を張り上げた。彼らを庇うつもりはないが、決して殴られた訳ではなく、結果的に負ってしまった傷である。必要以上に事を荒立てたくはないし、何より、神職にあるネイトが(テロリスト予備軍とはいえ)無抵抗の一般人に傷を負わせたとなると、色々と難しい問題に発展しかねない。
「それより解いて~!」
情けない懇願に、ネイトは我に返った様子で、慌ててルカに駆け寄った。後ろ手に椅子に固定されていた両腕を解放され、ホッと息をつく間もなく、キャソックの胸にしっかりと抱き締められる。
『ルカ!』
「大丈夫か!」
そこへ、一足遅れて仲間達が続々と駆け付けてきた。ぬいぐるみ体でいるように指示されていたレフを肩に載せたフィンレーに続いて、ユージーンとジェイク、ベリンダの姿を確認して、ルカは笑顔で頷いて見せる。
その背後から、更にコーネリアス神父と町長一派がなだれ込んできて、狭い物置部屋は一気に人口密度を増した。カロッサの町民側が揃って肩で息をついているのは、斥候隊の怒涛の進軍に押されたためなのだろう。
町長親子とコーネリアス神父、狂信的なエインデル派の面々が揃ったところで、ネイトは抱え込んだルカの頭頂部から顔を上げた。キロリと周囲を見据えて、静かに口を開く。
「――あなた方が無謀なテロを起こして国から粛清されようと、私には興味はありません」
それは、酷く冷徹な口調だった。曲がりなりにも同志に対して発される内容としては、あまりにも不穏である。抱き締められたままのルカですら、思わずネイトの顔を見上げてしまったほどだ。
視線の集中砲火の中、ネイトはわずかに眉間を寄せて続ける。
「だがこれ以上、私の女神と師の名を汚されることには我慢がならない」
「何だと!?」
辛辣に断定され、エインデル派の町民達、殊に若年者から不満の声が上がった。信仰の自由を守るために立ち上がろうとしているつもりの彼らには、謂れのない悪口としか思えないのだろう。
しかしネイトは、反論を許さず吐き捨てた。
「あの方は確かに、エインデルの使徒であられた。しかし、それはあくまで亡きご家族への加護を願ってのこと。本来のハイドフェルト神父は、和を重んじる温厚な方だ。信仰を理由に、無差別殺人を正当化するような者達に、あの方の名を掲げる資格はない……!」
それは、ハイドフェルト神父の最後の弟子であるネイトの、魂からの叫びだった。
エインデル信仰が露見し、教義を手放すことなく貫いて国外追放となったハイドフェルト神父は、カロッサの信徒達の象徴としての旗頭である。しかし、彼はあくまで穏健派だった。亡き家族の魂の安寧のために、エインデルに祈りを捧げることを認めて欲しかっただけなのだ。国が信仰を許さないからといって、無関係の人々の命を盾に取るような者達に担がれることを、弟子であるネイトが認める訳にはいかない。
「……」
ネイトの切実な想いに触れ、ルカは思わず、キャソックの胸元に縋り付く。
「……我々に、どうしろというんですか……」
コーネリアス神父がぽつりと呟いた。口調は静かだが、眼鏡の奥の瞳には、涙がいっぱいに浮かんでいる。迫害や逃亡生活に疲れ切った、憐れな信徒の姿がそこにあった。
堰を切ったように、信徒達から嘆きや憤懣が溢れ出した。特定の宗教を持たず、あちらの世界の歴史の授業でキリシタンの弾圧について学んだだけのルカにも、彼らの真の願いがどこにあるのか、わかったような気がする。
――普通に生きていければそれでいい。信じる神の違いによって糾弾されることなく、ただ平穏に。
考えるよりも先に、口が動いていた。
「ずっと思ってたんだけど……僕も、アデルバート様に頼んでみる」
ルカの発言に、居合わせた者達はそれぞれ、ハッとしたように表情を強張らせた。町の要人達に至っては、「あの苛烈な王に意見できるほど、この子供には力があるのか」とでも言いたげな様子で、目を見開いている。
ネイトは小柄な身体を引き剥がすようにして、ルカの両腕を掴んだ。
「ルカ、それは……いくら君が陛下のお気に入りとはいえ、危険だ」
瞳を覗き込むようにしての説得に、しかしルカは、首を横に振った。チラリと視線を送ると、祖母は困ったような表情で、それでも優しく微笑んでいる。
「でも、僕もおばあちゃんと同じように、エインデル派の人達だけが迫害されるのはおかしいと思ってるよ。それに、これ以上ネイトがつらい思いをするのを、見てるだけなのは嫌だ」
「ルカ……!」
言い募るルカに、ネイトは言葉を詰まらせた。
ルカとしても、常日頃から考えていたことではあったのだ。アデルバートの先祖が制定した法に、ネイトが苦しめられているのを知りながら、その二人から同じように可愛がって貰っているというのは、何かが違う気がする。
「僕も一緒に戦うよ。もちろん、『抗議』って意味だけどさ」
ルカは照れ隠しにエヘヘと声を上げて笑った。その途端、傷を負ったままの右頬にピリリと痛みが走り、顔を歪める。
ネイトの左手が白味を帯びた緑色に淡く光って、治癒魔法が発動された。痛みが引いていくのを感じながら、ルカは自分の提案について、考えを巡らす。
それほど長い付き合いではないとはいえ、アデルバートは魔王への敵意は口にしても、エインデル信仰に対する偏見に関しては、ルカは聞いたことがない。祖母のベリンダともそういった議論を交わしたこともないようだ。もしかしたら、彼の王はそもそも、それほど宗教に関心がないのではないだろうか。だからこそ、先祖が作った法を順守する形で、結果的に放置してきたというだけなのかもしれない。――ならば、改正の余地はあるはず。
光明を見出し、ルカは満面の笑みを浮かべた。
治癒を終え、感謝の言葉を受け取りながらもネイトは、そんな甘いものではない、とでも言いたげに眉根を寄せた。しかし、ルカの心遣いは純粋に嬉しいようで、口元がじわじわと緩んでくる。ルカが真剣にネイトを思い遣っていることが、しっかりと伝わったためだろう。
微苦笑を浮かべて、ネイトは周りを取り囲み、あわよくば自分からルカを奪還しようと画策している仲間達を見遣った。彼らも、少々呆れながら、しかしルカならば或いは、と考えているのは明らかだ。
薄く息を吐いて、ネイトは町長と、その奥に控えたコーネリアス神父に向き直った。
「……『予言の子供』が、こうまで言ってくれているんです。彼のために、北の魔境のバリアを解くことに協力しておいた方が、国や陛下に対して恩を売れるのでは?」
「しかし……!」
ネイトのやや強引な提案に、信徒達からは即座に反論の声が上がる。そんな都合の良い話は信用できない、という彼らの気持ちは理解できた。それは翻せば、彼らが受けてきた迫害の激しさのゆえだろう。救いの手が差し伸べられても、おいそれとは信じられないというのは、ネイトにも経験がある。
――だが、ネイトは本当の意味で救われたのだ。
「見てのとおり、ルカには人を動かす力がある。密告するどころか、見捨てるような真似も絶対にしませんよ」
愛おしげにルカの柔らかい髪を撫でながら、ネイトは言葉を重ねた。彼自身も同じくエインデル派であるという事実が、ここへ来て多大な説得力を発揮したのは言うまでもない。
「……本当に?」
幸せそうなネイトの表情に心を揺さぶられ、視線を交わし合う町民達の中から、小さな呟きが上がった。コーネリアス神父は真っ直ぐにルカとネイトを見詰めて、立ち竦んでいる。
「本当に、他に私達が救われる道が、あるんでしょうか……」
問いを投げ掛けながらも、コーネリアス神父はその場に膝を着いた。堪えきれずに泣き崩れる様子からは、聖職者である彼こそが、誰よりもルカ達斥候隊を信じたいと願っている様子が窺える。
――神学を志す者に、好んで人を害したいなどと考える者がいるだろうか。
町長の息子が腰を落とし、宥めるように神父の肩を抱いてやっている。
その光景を見て、ルカは目蓋が熱くなるのをグッと堪えた。
コーネリアス神父は、町長ら町の要人に状況を説明しにいくと出て行ったきり、戻っていない。物置らしき道具類の詰まれた部屋に押し込められ、どう見ても非力なルカに付けられた見張りは、若い男が二人。体力を考慮した末のことなのだろうが、それは同時に、血気盛んであることの裏返しでもある。
古びた椅子に座らされた状態で、背凭れに両手を縛り付けられたまま、ルカは何とか情報を引き出そうと奮闘していた。目論み通り、長年に渡る怨嗟を晴らし、同志を苦痛から解放するという使命に燃える青年達は、既に勝利を確信したかのように、誇らしげに白ヒイラギの毒を散布する計画を明かしてみせたのである。
「そんなの間違ってるよ!」
堪りかねて叫んだルカを見る、男達の目に怒りの炎が灯る。誇りを傷付けられたとでも感じたのか、「うるせぇ!!」と声を荒げた一人が、ルカの固定された椅子を蹴り上げた。体重の軽いルカは椅子ごと地面に倒れ込み、右の頬を強く床に擦り付けてしまう。
「――ッ」
不自然な体勢になったことで、自由の効かない身体に更なる負荷が掛かり、節々が痛む。
しかしルカは、毅然と顔を上げた。事情を聴いても、自分がおかしいとは思わない。彼らがどんな高尚な意思を持って声を上げたとしても、手段を間違え、無関係な人々を巻き込むというなら、それはただの無差別テロだ。
ルカの右頬に滲んだ血を見て、男達がハッとしたように唇を震わせた。
こんなことは辞めて欲しいと訴えるべく、ルカがもう一度口を開こうとした、その時。
ガン、と物騒な音を立てて、部屋のドアノブが破壊された。続いて勢いよく扉が開け放たれる。
用を為さなくなった開口部に姿を現したのは、ネイトだった。誰よりも早く飛び出したことは事実だが、教会建築や構造に詳しいということも、彼の有利に働いたと見える。
「ネイト!」
「――ルカ……ッ!」
自ら申し出たとはいえ、救援の到着に、ルカは安堵の声を上げた。対するネイトはというと、ルカの体勢と頬の傷を目に、スッと顔色をなくす。「え、なんでベイリー神父が!?」「え、鍵は!?」と狼狽える男達へ送った視線は、空気も凍らんばかりの冷たさだ。
先程までの威勢はどこへやら、震え上がる男達に向かって、ネイトは鍵を壊すのに使ったらしい手斧を放り投げた。重たい音が響くのと同時に、ス、と掲げられた掌は、二人の男達に向けられている。彼は癒し系の補助魔法を得意としているが、攻撃魔法が使えない訳ではないのだ。
「待って待って、ネイト、大丈夫だから!」
ルカは必死で声を張り上げた。彼らを庇うつもりはないが、決して殴られた訳ではなく、結果的に負ってしまった傷である。必要以上に事を荒立てたくはないし、何より、神職にあるネイトが(テロリスト予備軍とはいえ)無抵抗の一般人に傷を負わせたとなると、色々と難しい問題に発展しかねない。
「それより解いて~!」
情けない懇願に、ネイトは我に返った様子で、慌ててルカに駆け寄った。後ろ手に椅子に固定されていた両腕を解放され、ホッと息をつく間もなく、キャソックの胸にしっかりと抱き締められる。
『ルカ!』
「大丈夫か!」
そこへ、一足遅れて仲間達が続々と駆け付けてきた。ぬいぐるみ体でいるように指示されていたレフを肩に載せたフィンレーに続いて、ユージーンとジェイク、ベリンダの姿を確認して、ルカは笑顔で頷いて見せる。
その背後から、更にコーネリアス神父と町長一派がなだれ込んできて、狭い物置部屋は一気に人口密度を増した。カロッサの町民側が揃って肩で息をついているのは、斥候隊の怒涛の進軍に押されたためなのだろう。
町長親子とコーネリアス神父、狂信的なエインデル派の面々が揃ったところで、ネイトは抱え込んだルカの頭頂部から顔を上げた。キロリと周囲を見据えて、静かに口を開く。
「――あなた方が無謀なテロを起こして国から粛清されようと、私には興味はありません」
それは、酷く冷徹な口調だった。曲がりなりにも同志に対して発される内容としては、あまりにも不穏である。抱き締められたままのルカですら、思わずネイトの顔を見上げてしまったほどだ。
視線の集中砲火の中、ネイトはわずかに眉間を寄せて続ける。
「だがこれ以上、私の女神と師の名を汚されることには我慢がならない」
「何だと!?」
辛辣に断定され、エインデル派の町民達、殊に若年者から不満の声が上がった。信仰の自由を守るために立ち上がろうとしているつもりの彼らには、謂れのない悪口としか思えないのだろう。
しかしネイトは、反論を許さず吐き捨てた。
「あの方は確かに、エインデルの使徒であられた。しかし、それはあくまで亡きご家族への加護を願ってのこと。本来のハイドフェルト神父は、和を重んじる温厚な方だ。信仰を理由に、無差別殺人を正当化するような者達に、あの方の名を掲げる資格はない……!」
それは、ハイドフェルト神父の最後の弟子であるネイトの、魂からの叫びだった。
エインデル信仰が露見し、教義を手放すことなく貫いて国外追放となったハイドフェルト神父は、カロッサの信徒達の象徴としての旗頭である。しかし、彼はあくまで穏健派だった。亡き家族の魂の安寧のために、エインデルに祈りを捧げることを認めて欲しかっただけなのだ。国が信仰を許さないからといって、無関係の人々の命を盾に取るような者達に担がれることを、弟子であるネイトが認める訳にはいかない。
「……」
ネイトの切実な想いに触れ、ルカは思わず、キャソックの胸元に縋り付く。
「……我々に、どうしろというんですか……」
コーネリアス神父がぽつりと呟いた。口調は静かだが、眼鏡の奥の瞳には、涙がいっぱいに浮かんでいる。迫害や逃亡生活に疲れ切った、憐れな信徒の姿がそこにあった。
堰を切ったように、信徒達から嘆きや憤懣が溢れ出した。特定の宗教を持たず、あちらの世界の歴史の授業でキリシタンの弾圧について学んだだけのルカにも、彼らの真の願いがどこにあるのか、わかったような気がする。
――普通に生きていければそれでいい。信じる神の違いによって糾弾されることなく、ただ平穏に。
考えるよりも先に、口が動いていた。
「ずっと思ってたんだけど……僕も、アデルバート様に頼んでみる」
ルカの発言に、居合わせた者達はそれぞれ、ハッとしたように表情を強張らせた。町の要人達に至っては、「あの苛烈な王に意見できるほど、この子供には力があるのか」とでも言いたげな様子で、目を見開いている。
ネイトは小柄な身体を引き剥がすようにして、ルカの両腕を掴んだ。
「ルカ、それは……いくら君が陛下のお気に入りとはいえ、危険だ」
瞳を覗き込むようにしての説得に、しかしルカは、首を横に振った。チラリと視線を送ると、祖母は困ったような表情で、それでも優しく微笑んでいる。
「でも、僕もおばあちゃんと同じように、エインデル派の人達だけが迫害されるのはおかしいと思ってるよ。それに、これ以上ネイトがつらい思いをするのを、見てるだけなのは嫌だ」
「ルカ……!」
言い募るルカに、ネイトは言葉を詰まらせた。
ルカとしても、常日頃から考えていたことではあったのだ。アデルバートの先祖が制定した法に、ネイトが苦しめられているのを知りながら、その二人から同じように可愛がって貰っているというのは、何かが違う気がする。
「僕も一緒に戦うよ。もちろん、『抗議』って意味だけどさ」
ルカは照れ隠しにエヘヘと声を上げて笑った。その途端、傷を負ったままの右頬にピリリと痛みが走り、顔を歪める。
ネイトの左手が白味を帯びた緑色に淡く光って、治癒魔法が発動された。痛みが引いていくのを感じながら、ルカは自分の提案について、考えを巡らす。
それほど長い付き合いではないとはいえ、アデルバートは魔王への敵意は口にしても、エインデル信仰に対する偏見に関しては、ルカは聞いたことがない。祖母のベリンダともそういった議論を交わしたこともないようだ。もしかしたら、彼の王はそもそも、それほど宗教に関心がないのではないだろうか。だからこそ、先祖が作った法を順守する形で、結果的に放置してきたというだけなのかもしれない。――ならば、改正の余地はあるはず。
光明を見出し、ルカは満面の笑みを浮かべた。
治癒を終え、感謝の言葉を受け取りながらもネイトは、そんな甘いものではない、とでも言いたげに眉根を寄せた。しかし、ルカの心遣いは純粋に嬉しいようで、口元がじわじわと緩んでくる。ルカが真剣にネイトを思い遣っていることが、しっかりと伝わったためだろう。
微苦笑を浮かべて、ネイトは周りを取り囲み、あわよくば自分からルカを奪還しようと画策している仲間達を見遣った。彼らも、少々呆れながら、しかしルカならば或いは、と考えているのは明らかだ。
薄く息を吐いて、ネイトは町長と、その奥に控えたコーネリアス神父に向き直った。
「……『予言の子供』が、こうまで言ってくれているんです。彼のために、北の魔境のバリアを解くことに協力しておいた方が、国や陛下に対して恩を売れるのでは?」
「しかし……!」
ネイトのやや強引な提案に、信徒達からは即座に反論の声が上がる。そんな都合の良い話は信用できない、という彼らの気持ちは理解できた。それは翻せば、彼らが受けてきた迫害の激しさのゆえだろう。救いの手が差し伸べられても、おいそれとは信じられないというのは、ネイトにも経験がある。
――だが、ネイトは本当の意味で救われたのだ。
「見てのとおり、ルカには人を動かす力がある。密告するどころか、見捨てるような真似も絶対にしませんよ」
愛おしげにルカの柔らかい髪を撫でながら、ネイトは言葉を重ねた。彼自身も同じくエインデル派であるという事実が、ここへ来て多大な説得力を発揮したのは言うまでもない。
「……本当に?」
幸せそうなネイトの表情に心を揺さぶられ、視線を交わし合う町民達の中から、小さな呟きが上がった。コーネリアス神父は真っ直ぐにルカとネイトを見詰めて、立ち竦んでいる。
「本当に、他に私達が救われる道が、あるんでしょうか……」
問いを投げ掛けながらも、コーネリアス神父はその場に膝を着いた。堪えきれずに泣き崩れる様子からは、聖職者である彼こそが、誰よりもルカ達斥候隊を信じたいと願っている様子が窺える。
――神学を志す者に、好んで人を害したいなどと考える者がいるだろうか。
町長の息子が腰を落とし、宥めるように神父の肩を抱いてやっている。
その光景を見て、ルカは目蓋が熱くなるのをグッと堪えた。
1
お気に入りに追加
199
あなたにおすすめの小説
マリオネットが、糸を断つ時。
せんぷう
BL
異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。
オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。
第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。
そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。
『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』
金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。
『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!
許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』
そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。
王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。
『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』
『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』
『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』
しかし、オレは彼に拾われた。
どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。
気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!
しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?
スラム出身、第十一王子の守護魔導師。
これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。
※BL作品
恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。
.
僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
【完結】もふもふ獣人転生
*
BL
白い耳としっぽのもふもふ獣人に生まれ、強制労働で死にそうなところを助けてくれたのは、最愛の推しでした。
ちっちゃなもふもふ獣人と、攻略対象の凛々しい少年の、両片思い? な、いちゃらぶもふもふなお話です。
本編完結しました!
おまけをちょこちょこ更新しています。
第12回BL大賞、奨励賞をいただきました、読んでくださった方、応援してくださった方、投票してくださった方のおかげです、ほんとうにありがとうございました!
スキルも魔力もないけど異世界転移しました
書鈴 夏(ショベルカー)
BL
なんとかなれ!!!!!!!!!
入社四日目の新卒である菅原悠斗は通勤途中、車に轢かれそうになる。
死を覚悟したその次の瞬間、目の前には草原が広がっていた。これが俗に言う異世界転移なのだ——そう悟った悠斗は絶望を感じながらも、これから待ち受けるチートやハーレムを期待に掲げ、近くの村へと辿り着く。
そこで知らされたのは、彼には魔力はおろかスキルも全く無い──物語の主人公には程遠い存在ということだった。
「異世界転生……いや、転移って言うんですっけ。よくあるチーレムってやつにはならなかったけど、良い友だちが沢山できたからほんっと恵まれてるんですよ、俺!」
「友人のわりに全員お前に向けてる目おかしくないか?」
チートは無いけどなんやかんや人柄とかで、知り合った異世界人からいい感じに重めの友情とか愛を向けられる主人公の話が書けたらと思っています。冒険よりは、心を繋いでいく話が書きたいです。
「何って……友だちになりたいだけだが?」な受けが好きです。
6/30 一度完結しました。続きが書け次第、番外編として更新していけたらと思います。
精霊の港 飛ばされたリーマン、体格のいい男たちに囲まれる
風見鶏ーKazamidoriー
BL
秋津ミナトは、うだつのあがらないサラリーマン。これといった特徴もなく、体力の衰えを感じてスポーツジムへ通うお年ごろ。
ある日帰り道で奇妙な精霊と出会い、追いかけた先は見たこともない場所。湊(ミナト)の前へ現れたのは黄金色にかがやく瞳をした美しい男だった。ロマス帝国という古代ローマに似た巨大な国が支配する世界で妖精に出会い、帝国の片鱗に触れてさらにはドラゴンまで、サラリーマンだった湊の人生は激変し異なる世界の動乱へ巻きこまれてゆく物語。
※この物語に登場する人物、名、団体、場所はすべてフィクションです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる