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第2部・第8話:女神の使徒
第1章
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「――この町にだけは、絶対に立ち寄らない訳にはいかないの」
「北の魔境」も随分と間近に迫った街の宿屋の食堂で、黄金のベリンダは真剣な表情で呟いた。夕食を摂る傍ら、今後の進行ルートを話し合う過程での一コマである。
辺境とはいえ、北方にはまだいくつかの都市も点在しており、街も宿も程よく賑わっている。しかし、酔客達の陽気な笑い声に掻き消されることもなく、祖母の声はひどく覚悟に満ちたものに聞こえた。元より既定の順路でもあるため、ルカを始めとした斥候隊員達にも異論などないのだが、彼女のわざわざの宣言に意味がないはずはない。
「その町に、何かあるんですか?」
隊員達の疑問を代表する形で訪ねたのは、ユージーンだった。半分ほどになったグラスをテーブルに戻す、その些細な仕草までが息を呑むほどに美しい。お陰で給仕の娘が何度も水を注ぎに来るため、先程から彼のグラスは空になることがなかった。
弟子の問いに小さく頷いてから、ベリンダは、隣に座るルカに視線をくれる。
「北の魔境一帯にバリアが張られていることは、話したかしら?」
「そうなの?」
「――知らなかった」
首を傾げるルカに続いて声を上げたのは、ジェイクだ。二人の共通点といえば、この世界の高等教育を受けていないことである。ユージーン達の反応を見るに、知らなくても恥ずかしいレベルの教養ではなさそうだが、互いに微苦笑を交わさずにはいられない。ルカの転生と同時期に意識が芽生えたレフも、ルカの右肩の上で「へぇ」と気のない相槌を打った。
それぞれの反応を受けて、ベリンダは厳かに続ける。
「魔王が渾身の力で張り続ける障壁よ。解除は簡単ではないわ」
「そのための便利なアイテムでもあるんですか」
笑い含みに口を挟んだのはネイトだ。少々厭世的なところのある彼には、都合の良い口伝や民間伝承を嘲る意図もあったのだろう。
しかし、黄金のベリンダは大きく頷いた。
曰く、北の魔境に張られたバリアを解除するには、魔除けの白ヒイラギで精製した聖水が必要であるらしい。通常のヒイラギの実は赤いが、白ヒイラギはその名の通り、真っ白な実を付ける。混じり気のない純白はそのまま、清らかなもの、聖なるものと考えられており、これと強大な魔法を掛け合わせることで、バリア解呪の補助になるのだそうだ。
三分の一程度中身の残ったグラスに、新たに水を注がれそうになるのを軽く制してから、フィンレーが口を開いた。(どうやら給仕達はそれぞれ自分好みの隊員に対して、お冷の追加を口実に、何とか話し掛ける隙を窺っているらしい)
「なぜそれが魔王の魔力に有効なんですか?」
フィンレーの疑問は尤もだった。ヒイラギも言ってみればただの魔除け、それが一時的にでも、魔王とまで呼ばれる者の術を破れるほどの効力があるとは思えない。
これに対するベリンダの回答は、単純明快だった。
「白ヒイラギが魔王の弱点だからよ」
そしてそれだけに、何か含みがあるようにも聞こえてしまう。
だからルカは、思わず聞いてしまった。
「どうしておばあちゃんは、それを知ってるの?」
するとベリンダは、美しい顔に複雑そうな苦い笑みを浮かべて、小さく息をついた。
「あの人とは色々あるの。あなたのこと以外にもね」
「……」
それは初耳だ。てっきり生まれる前のルカに「魔王を倒す」という予言が下ったことで因縁が生まれたものだと思い込んでいたが、この口振りでは、元々ベリンダと魔王の間には、何かしらの関係があったように思われる。
しかし、それ以上は聞けなかった。
「じゃあ、次に向かうのはカロッサということで良いわね」
ぱちんと一つ手を叩いて、ベリンダは朗らかに宣言した。話を締め括ろうとする意図は明白で、とてもではないが、質問を続けられる雰囲気ではない。
孫のルカですらそうなのだから、他のメンバー達が立ち入れるはずもなく、そのまま話題は何となく流れていってしまったのである。
――そんな訳で、魔王軍斥候隊は、白ヒイラギの自生するという町、ロートリンゲン州カロッサへ向かった。
カロッサはキルケ川流域に広がる小さな町で、面積の約6割を森林が占める。これといった産業に乏しく、住民達はそれぞれ農業や漁業で、何とか生計を立てているらしい。一時期は林業で名を馳せたこともあったようだが、北の魔境に程近い立地もあってか、大規模な魔物の襲撃に遭い、全町民の7割以上が死に絶えるという惨事に見舞われて以降は、衰退の一途を辿っているという。
しかし、この絶望的な状況にあって、住民達が細々とでも生活を続けていけるのは、ひとえにキルケ川の恵みにあった。国土の南方より連なる、ノイシュガルド山脈に水源を発するこの川の水には、特殊なミネラルが含まれており、動植物の生育に良い影響を与えることがわかっている。爆発的なものではないため商業的な価値こそ低いが、これがラインベルク王国内では唯一の、白ヒイラギの生育に関係していることは、専門家達の意見の一致するところであるようだ。
――だが。
「存じません」
「…………」
きっぱりとした町長の否定に、黄金のベリンダを始めとした魔王軍斥候隊の面々は虚を突かれた。
ベリンダの知識に疑いを挟む余地はない。そもそもこれは根拠のない噂話などではなく、有識者の間に知れ渡っている事実なのだから、それを否定されるとは思ってもみなかった。
「……この町にのみ白ヒイラギが自生するというのは、古来より知られた話ですわ」
聖なる実とされる白ヒイラギには毒性があり、何よりも優先されるのは、これを無効化する作業だ。誤って樹液等に触れてしまうと、良くて中毒、最悪の場合は死に至った事例もあるらしい。
そしてこの毒抜きの作業こそが、カロッサの町のみに古くから伝わる秘法なのだそうだ。
「文献にも多く記載されておりますし」と美しい眉根を寄せたベリンダに、壮年の町長はわずかに動揺を見せる。ベリンダ級の大魔法使いともなれば、古代文字或いは神代文字と呼ばれる、難解な言葉で綴られた各種の文献の多くを読破済みであるという常識を知らなかったのだろう。が、すぐに平静を取り戻して、困ったように笑う。
「魔物の大規模な襲来の際に、情報そのものが失われてしまったのです。私はこれ以前に父を亡くしており、祖父は私に自生地の所在とその精製方法を報せる前に、魔物に食われました」
身内に降り掛かった凄惨な奇禍を、事もなげに話して聞かせるのは、それ以上の追及を諦めさせる意味もあったのだろう。
どうやらそれほどに、この町の斥候隊に対する拒絶感は強いらしい。
町に到着してから町長宅へ辿り着くまでの住民達の射るような視線を思い出し、ルカは表情を強張らせた。生贄の風習を持っていたビルダヴァの町でも、「受け入れられていない」という感覚はあったが、この町はそれ以上だ。余所者を訝しむのを遥かに超えて、完全に拒絶している。
――となれば、そこには何らかの(事によると後ろ暗い)理由があるはず。
聡明な黄金のベリンダは、決して無理を押し通すことなく、「そうですか」と息をついた。
「仕方ありませんわね。では、こちらに宿はありまして?」
ひとまず白ヒイラギについての、堂々巡りの問答は置いておくことにしたらしい。
だが、こちらについても、間髪入れずに明快な拒絶が返された。
「申し訳ありません、小さな町ですので。黄金のベリンダ様や貴族の方をお泊めできるような準備もございませんし」
へりくだってはいるが、要は「お前達に貸してやる宿などない」ということだ。
何かを隠したがる自治体は、旅人にいとも簡単に野宿を強いる。ルカがこの旅の間に学んだことである。
「――そうですか。でも、教会はございますわね?」
ベリンダの口調がにわかに強くなった。さがにやりすぎたとでも思ったのか、町長はソファの上で、居心地悪そうに身を捩る。
「え、ええ。それは……」
そこへ、師の意図を察したユージーンが、「はい、先生」と、にこやかに割って入った。
「ここへ来るまでに建物を見ました。人の出入りもあるようですから、機能はしているはずです」
この同調に、町長ははっきりと慌て始めた。黙って背後に控え、会談の成り行きを嫌な目で見守っていた秘書らしき若者も、目に見えて狼狽えている様子だ。
「ですが、今からでは……」
視線を交わし合う二人の態度は、不審そのものだった。
あるはずのものをないと言い張り、宿も貸さないと言うからには、よほど斥候隊に町に留まられては困る理由があるのだろう。
「教会は、迷える人々すべてに門戸を開いています。旅人を受け入れることは、私達司祭の使命でもあるのですが……こちらでは違うのでしょうか?」
とどめを刺したのは、キャソックを纏ったネイトの、痛烈な嫌味だった。彼自身も聖職者であることが一目瞭然である以上、国王の命を受けた大魔法使いと正エドゥアルト教会、この二大勢力を一手に敵に回すという判断は、辺境の一自治体の長にはつきかねたと見える。
「……コーネリアス神父に連絡を……」
ややあって、町長は折れた。
それから数十分後。
魔王軍斥候隊は、正式に教会の客人となった。
古びた聖堂と併設の宿舎は、外観同様に内装も質素なものだったが、旅慣れた人間ならば泊まれないと言うほど酷いものではない。
「さすがに怪しすぎる」
通された客室に荷物を下ろしてから、ジェイクが大きく息をついた。豪華な部屋ではないが、雨漏りやネズミが走り回るほど不潔という訳でもない。贅沢さえ言わなければ充分に宿泊に耐える施設がありながら、町長達は最後まで斥候隊が町に留まることを渋った。迎えに来たコーネリアス神父もまた、斥候隊の宿泊を知らされ、戸惑いを露わにしていたことを考えれば、不審感を抱くなと言われても、無理な話だ。
「これほど隠し事をしていることが明らかだと、逆にどう対応すれば良いのか、判断に迷うな」
武器を置いたフィンレーなど、うっすらと笑ってしまっている始末である。
「結局、白ヒイラギはあるのかな?」
「ないはずがないのよ」
ルカの疑問に、ベリンダは小さく首を横に振った。妙齢の女性にしか見えない祖母は、困ったような表情もまた、とても魅力的だ。
何にせよ、この町の住民はおかしい。何事かを隠している。それが白ヒイラギに関することかはわからないが、その理由は探る必要があるだろう。
暗黙の了解であった意図を改めて全員で確認し合ったところへ、司祭のコーネリアスがよたよたと毛布を運んできた。6人分の夜具をジェイクが一気に引き取ってやると、その膂力に感心したように、「ありがとうございます」と頭を下げる。
明るいブラウンの髪、中肉中背で、眼鏡以外にはこれと言って特徴のない男だが、取り敢えず悪人のようには見えない。
「わたくし達、魔王城のバリアを解くために白ヒイラギを探しているのですけど、神父様もご存知なくて?」
念の為にか、来訪の目的を明かして尋ねたベリンダに対し、コーネリアスは「すみません」と、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「私は魔物の襲撃後に赴任してきた者なので。正確には27年前のことらしいですけど、そりゃあ悲惨な状況だったらしいですよ。何しろ、全住民の7割近くが亡くなったそうですから。今となっては当時のことを覚えてる人の方が少ないですし、元々一部の人しか知らなかった情報となると、難しいでしょうねぇ」
元来がお喋りな質なのか、コーネリアスは長々と「知らない」という話を続ける。
ベリンダが微苦笑を浮かべて情報の礼を述べるのを、ルカは半分上の空で聞いていた。
これまでカロッサを襲った魔物の話は幾度となく耳にしてきたが、具体的に27年前と聞かされたのは初めてのことだ。そしてその数値に、ネイトが驚いたように両目を見開いたように見えたのだが。
――結局ネイトは、何も言わなかった。
「北の魔境」も随分と間近に迫った街の宿屋の食堂で、黄金のベリンダは真剣な表情で呟いた。夕食を摂る傍ら、今後の進行ルートを話し合う過程での一コマである。
辺境とはいえ、北方にはまだいくつかの都市も点在しており、街も宿も程よく賑わっている。しかし、酔客達の陽気な笑い声に掻き消されることもなく、祖母の声はひどく覚悟に満ちたものに聞こえた。元より既定の順路でもあるため、ルカを始めとした斥候隊員達にも異論などないのだが、彼女のわざわざの宣言に意味がないはずはない。
「その町に、何かあるんですか?」
隊員達の疑問を代表する形で訪ねたのは、ユージーンだった。半分ほどになったグラスをテーブルに戻す、その些細な仕草までが息を呑むほどに美しい。お陰で給仕の娘が何度も水を注ぎに来るため、先程から彼のグラスは空になることがなかった。
弟子の問いに小さく頷いてから、ベリンダは、隣に座るルカに視線をくれる。
「北の魔境一帯にバリアが張られていることは、話したかしら?」
「そうなの?」
「――知らなかった」
首を傾げるルカに続いて声を上げたのは、ジェイクだ。二人の共通点といえば、この世界の高等教育を受けていないことである。ユージーン達の反応を見るに、知らなくても恥ずかしいレベルの教養ではなさそうだが、互いに微苦笑を交わさずにはいられない。ルカの転生と同時期に意識が芽生えたレフも、ルカの右肩の上で「へぇ」と気のない相槌を打った。
それぞれの反応を受けて、ベリンダは厳かに続ける。
「魔王が渾身の力で張り続ける障壁よ。解除は簡単ではないわ」
「そのための便利なアイテムでもあるんですか」
笑い含みに口を挟んだのはネイトだ。少々厭世的なところのある彼には、都合の良い口伝や民間伝承を嘲る意図もあったのだろう。
しかし、黄金のベリンダは大きく頷いた。
曰く、北の魔境に張られたバリアを解除するには、魔除けの白ヒイラギで精製した聖水が必要であるらしい。通常のヒイラギの実は赤いが、白ヒイラギはその名の通り、真っ白な実を付ける。混じり気のない純白はそのまま、清らかなもの、聖なるものと考えられており、これと強大な魔法を掛け合わせることで、バリア解呪の補助になるのだそうだ。
三分の一程度中身の残ったグラスに、新たに水を注がれそうになるのを軽く制してから、フィンレーが口を開いた。(どうやら給仕達はそれぞれ自分好みの隊員に対して、お冷の追加を口実に、何とか話し掛ける隙を窺っているらしい)
「なぜそれが魔王の魔力に有効なんですか?」
フィンレーの疑問は尤もだった。ヒイラギも言ってみればただの魔除け、それが一時的にでも、魔王とまで呼ばれる者の術を破れるほどの効力があるとは思えない。
これに対するベリンダの回答は、単純明快だった。
「白ヒイラギが魔王の弱点だからよ」
そしてそれだけに、何か含みがあるようにも聞こえてしまう。
だからルカは、思わず聞いてしまった。
「どうしておばあちゃんは、それを知ってるの?」
するとベリンダは、美しい顔に複雑そうな苦い笑みを浮かべて、小さく息をついた。
「あの人とは色々あるの。あなたのこと以外にもね」
「……」
それは初耳だ。てっきり生まれる前のルカに「魔王を倒す」という予言が下ったことで因縁が生まれたものだと思い込んでいたが、この口振りでは、元々ベリンダと魔王の間には、何かしらの関係があったように思われる。
しかし、それ以上は聞けなかった。
「じゃあ、次に向かうのはカロッサということで良いわね」
ぱちんと一つ手を叩いて、ベリンダは朗らかに宣言した。話を締め括ろうとする意図は明白で、とてもではないが、質問を続けられる雰囲気ではない。
孫のルカですらそうなのだから、他のメンバー達が立ち入れるはずもなく、そのまま話題は何となく流れていってしまったのである。
――そんな訳で、魔王軍斥候隊は、白ヒイラギの自生するという町、ロートリンゲン州カロッサへ向かった。
カロッサはキルケ川流域に広がる小さな町で、面積の約6割を森林が占める。これといった産業に乏しく、住民達はそれぞれ農業や漁業で、何とか生計を立てているらしい。一時期は林業で名を馳せたこともあったようだが、北の魔境に程近い立地もあってか、大規模な魔物の襲撃に遭い、全町民の7割以上が死に絶えるという惨事に見舞われて以降は、衰退の一途を辿っているという。
しかし、この絶望的な状況にあって、住民達が細々とでも生活を続けていけるのは、ひとえにキルケ川の恵みにあった。国土の南方より連なる、ノイシュガルド山脈に水源を発するこの川の水には、特殊なミネラルが含まれており、動植物の生育に良い影響を与えることがわかっている。爆発的なものではないため商業的な価値こそ低いが、これがラインベルク王国内では唯一の、白ヒイラギの生育に関係していることは、専門家達の意見の一致するところであるようだ。
――だが。
「存じません」
「…………」
きっぱりとした町長の否定に、黄金のベリンダを始めとした魔王軍斥候隊の面々は虚を突かれた。
ベリンダの知識に疑いを挟む余地はない。そもそもこれは根拠のない噂話などではなく、有識者の間に知れ渡っている事実なのだから、それを否定されるとは思ってもみなかった。
「……この町にのみ白ヒイラギが自生するというのは、古来より知られた話ですわ」
聖なる実とされる白ヒイラギには毒性があり、何よりも優先されるのは、これを無効化する作業だ。誤って樹液等に触れてしまうと、良くて中毒、最悪の場合は死に至った事例もあるらしい。
そしてこの毒抜きの作業こそが、カロッサの町のみに古くから伝わる秘法なのだそうだ。
「文献にも多く記載されておりますし」と美しい眉根を寄せたベリンダに、壮年の町長はわずかに動揺を見せる。ベリンダ級の大魔法使いともなれば、古代文字或いは神代文字と呼ばれる、難解な言葉で綴られた各種の文献の多くを読破済みであるという常識を知らなかったのだろう。が、すぐに平静を取り戻して、困ったように笑う。
「魔物の大規模な襲来の際に、情報そのものが失われてしまったのです。私はこれ以前に父を亡くしており、祖父は私に自生地の所在とその精製方法を報せる前に、魔物に食われました」
身内に降り掛かった凄惨な奇禍を、事もなげに話して聞かせるのは、それ以上の追及を諦めさせる意味もあったのだろう。
どうやらそれほどに、この町の斥候隊に対する拒絶感は強いらしい。
町に到着してから町長宅へ辿り着くまでの住民達の射るような視線を思い出し、ルカは表情を強張らせた。生贄の風習を持っていたビルダヴァの町でも、「受け入れられていない」という感覚はあったが、この町はそれ以上だ。余所者を訝しむのを遥かに超えて、完全に拒絶している。
――となれば、そこには何らかの(事によると後ろ暗い)理由があるはず。
聡明な黄金のベリンダは、決して無理を押し通すことなく、「そうですか」と息をついた。
「仕方ありませんわね。では、こちらに宿はありまして?」
ひとまず白ヒイラギについての、堂々巡りの問答は置いておくことにしたらしい。
だが、こちらについても、間髪入れずに明快な拒絶が返された。
「申し訳ありません、小さな町ですので。黄金のベリンダ様や貴族の方をお泊めできるような準備もございませんし」
へりくだってはいるが、要は「お前達に貸してやる宿などない」ということだ。
何かを隠したがる自治体は、旅人にいとも簡単に野宿を強いる。ルカがこの旅の間に学んだことである。
「――そうですか。でも、教会はございますわね?」
ベリンダの口調がにわかに強くなった。さがにやりすぎたとでも思ったのか、町長はソファの上で、居心地悪そうに身を捩る。
「え、ええ。それは……」
そこへ、師の意図を察したユージーンが、「はい、先生」と、にこやかに割って入った。
「ここへ来るまでに建物を見ました。人の出入りもあるようですから、機能はしているはずです」
この同調に、町長ははっきりと慌て始めた。黙って背後に控え、会談の成り行きを嫌な目で見守っていた秘書らしき若者も、目に見えて狼狽えている様子だ。
「ですが、今からでは……」
視線を交わし合う二人の態度は、不審そのものだった。
あるはずのものをないと言い張り、宿も貸さないと言うからには、よほど斥候隊に町に留まられては困る理由があるのだろう。
「教会は、迷える人々すべてに門戸を開いています。旅人を受け入れることは、私達司祭の使命でもあるのですが……こちらでは違うのでしょうか?」
とどめを刺したのは、キャソックを纏ったネイトの、痛烈な嫌味だった。彼自身も聖職者であることが一目瞭然である以上、国王の命を受けた大魔法使いと正エドゥアルト教会、この二大勢力を一手に敵に回すという判断は、辺境の一自治体の長にはつきかねたと見える。
「……コーネリアス神父に連絡を……」
ややあって、町長は折れた。
それから数十分後。
魔王軍斥候隊は、正式に教会の客人となった。
古びた聖堂と併設の宿舎は、外観同様に内装も質素なものだったが、旅慣れた人間ならば泊まれないと言うほど酷いものではない。
「さすがに怪しすぎる」
通された客室に荷物を下ろしてから、ジェイクが大きく息をついた。豪華な部屋ではないが、雨漏りやネズミが走り回るほど不潔という訳でもない。贅沢さえ言わなければ充分に宿泊に耐える施設がありながら、町長達は最後まで斥候隊が町に留まることを渋った。迎えに来たコーネリアス神父もまた、斥候隊の宿泊を知らされ、戸惑いを露わにしていたことを考えれば、不審感を抱くなと言われても、無理な話だ。
「これほど隠し事をしていることが明らかだと、逆にどう対応すれば良いのか、判断に迷うな」
武器を置いたフィンレーなど、うっすらと笑ってしまっている始末である。
「結局、白ヒイラギはあるのかな?」
「ないはずがないのよ」
ルカの疑問に、ベリンダは小さく首を横に振った。妙齢の女性にしか見えない祖母は、困ったような表情もまた、とても魅力的だ。
何にせよ、この町の住民はおかしい。何事かを隠している。それが白ヒイラギに関することかはわからないが、その理由は探る必要があるだろう。
暗黙の了解であった意図を改めて全員で確認し合ったところへ、司祭のコーネリアスがよたよたと毛布を運んできた。6人分の夜具をジェイクが一気に引き取ってやると、その膂力に感心したように、「ありがとうございます」と頭を下げる。
明るいブラウンの髪、中肉中背で、眼鏡以外にはこれと言って特徴のない男だが、取り敢えず悪人のようには見えない。
「わたくし達、魔王城のバリアを解くために白ヒイラギを探しているのですけど、神父様もご存知なくて?」
念の為にか、来訪の目的を明かして尋ねたベリンダに対し、コーネリアスは「すみません」と、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「私は魔物の襲撃後に赴任してきた者なので。正確には27年前のことらしいですけど、そりゃあ悲惨な状況だったらしいですよ。何しろ、全住民の7割近くが亡くなったそうですから。今となっては当時のことを覚えてる人の方が少ないですし、元々一部の人しか知らなかった情報となると、難しいでしょうねぇ」
元来がお喋りな質なのか、コーネリアスは長々と「知らない」という話を続ける。
ベリンダが微苦笑を浮かべて情報の礼を述べるのを、ルカは半分上の空で聞いていた。
これまでカロッサを襲った魔物の話は幾度となく耳にしてきたが、具体的に27年前と聞かされたのは初めてのことだ。そしてその数値に、ネイトが驚いたように両目を見開いたように見えたのだが。
――結局ネイトは、何も言わなかった。
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