小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第7話:国王陛下の優雅な日常

第2章

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 翌日。
 王宮の回廊を歩むアデルバートの美しい眉間には、はっきりと不快げな皺が刻まれていた。
 原因は、貴族達によるご機嫌伺いだ。彼が「予言の子供」を大層気に入ったらしいことを知った者達が、何とか自分の息の掛かった見目の良い少年と引き合わせようと画策するのが、鬱陶しくてたまらない。
 そもそもアデルバートには、同性愛や稚児趣味がある訳ではなかった。動物であれ人間であれ、愛らしいものを好ましく思い、傍に置いておきたいというだけなのだ。その意味で諸侯らは初手から間違っているし、何より、いくら顔が良くても、国王に気に入られるためにあからさまに媚びを売る者など、可愛げの欠片もあろうものか!
 苛立ちを隠しもせず、アデルバートは靴音も高く歩みを進める。付き従う家臣達も、これ以上主の機嫌を損ねてはならぬと、気を張り詰めている様子だ。
 回廊を中程まで来たところで、アデルバートの視界に、ある人物が飛び込んできた。向かって右手側に控え、きちんと礼を取ってアデルバートを迎えようとする女性は、ローザリンデ・ベルトホルト。公爵家の令嬢だ。
 家名を利用し、我が物顔で王宮に出入りしていた彼女は、知らぬ間にアデルバート暗殺未遂事件に加担させられ、一時は無期限の謹慎処分を受けた。その後、ルカの執り成しもあって名誉の回復は成されたが、それ以降王宮で見掛けるのは初めてのことだ。明るい紫色の生地に、銀糸で豪奢な刺繍を施したドレスが、豊かな赤髪と、ややキツめの顔立ちに映えて、相変わらず美しい。
 彼女の行き過ぎた振る舞いが、すべて自分の愛を得んがためのことと知っていてなお、アデルバートは一瞥もくれずにその場を通り過ぎようとした。どんな事情があったにせよ、亡き父と母が遺したバラ園を半壊させた罪は、消えてなくなるものではない。
 しかし、ローザリンデは声を挙げた。
「陛下!」
「――何用か」
 アデルバートの返答は、空気まで凍り付くような冷たいものだった。とはいえ、足を止める気になったのは、ローザリンデの声音に懇願するような響きを感じ取ったからだ。王族に次ぐ高位の家系に生まれつき、知性と美貌を兼ね備え、自信に満ち溢れた以前の彼女の姿からは想像もつかない、殊勝な態度である。
「恐れながら、お伺いしたいことがございまして――」
「我は忙しい」
 切り捨てるようなアデルバートの反応に、ローザリンデは一瞬言葉を詰まらせた。だが、生来の気丈さに後押しされるように、必死で言い募る。
「『予言の子供』のことでございます」
「!」
 思わぬ発言に、アデルバートはぴくりと眉間を寄せた。当のルカが、ローザリンデをひどく気に掛けていたことを思い出したためである。背後に控えた近習達は、事態の成り行きを、固唾を飲んで見守っている。
 しかし、意図を探るアデルバートには気付かず、ローザリンデは神妙な態度で続けた。
「その……元気にしておりますでしょうか。危ない目になど遭っておらねばと、それだけが心配で……」
「……」
 驚いて、アデルバートは思わずローザリンデを凝視した。美しき公爵令嬢は、意中の相手の視線にも気付かず、もじもじと俯いている。
 そもそもローザリンデは、アデルバートのお気に入りであるルカを嫌っていたはずだ。彼の陳情のお陰で罪一等を減じられたとはいえ、いつの間にこれほどほだされていたのだろう。
 とはいえ、アデルバートもまた、元々は強引すぎるところのあるローザリンデを好いてはいなかった。適当にあしらおうと考え――そしてそれを撤回する気になったのは、彼女がどうやら、本気でルカの身を案じているらしいことに気が付いたからだ。こちらのスケジュールなど気にも留めずにやってくるところは、以前のままのように思われたが、今の自分が正式にアポイントを求めても却下されるであろうことを踏まえ、それでもルカのために乗り込んでくる気になった、といったところだろうか。
 ――我ながら、慈悲深いことよ。
 自画自賛含みの溜め息をついて、アデルバートはルカの現状を端的に教えてやることにした。
「今はサウスホーフ州アルトゥナに滞在しておる。魔王の精神攻撃を受けて、療養中とのことだ」
「――! まあ、何てこと……!」
 アデルバートから回答が得られたことに、一瞬喜びの表情を浮かべかけたローザリンデは、サッと頬を蒼褪めさせた。綺麗に紅の引かれた唇を震わせて、よろめく細い身体を、侍女が慌てて支える。
「あんな愛らしい子供に、卑劣な真似を……!」
 瞳にうっすらと涙さえ浮かべて悔しがるローザリンデの変わり様に、アデルバートは驚愕の念を一層強めた。
 ――あやつめ、高慢な公爵令嬢を、こうもあっさり手懐けるとは。
 自分のことは完全に棚に上げ、改めて、「予言の子供」の影響力に感じ入る。しかも、本人は恐らく無自覚であるところが、空恐ろしい。
 しかし、ローザリンデの怒りは、その場に居合わせたすべての者に共通の意識だった。アデルバートが温情を見せる気になったのも、その奇妙な連帯感のせいだったのかもしれない。
「心配ない。あれは勇敢にも、己の力で魔王の呪縛を断ち切ったそうだぞ。回復までにも、そう時間はかかるまい」
 安心させるような言葉は、アデルバート自身の気持ちを落ち着けるためでもあった。ローザリンデは見るからにホッとした様子で、美しい笑顔を見せる。
「左様でございますか」
「こちらへ戻って来た際は、思う存分労ってやるが良かろう。あれはそなたを随分と気に掛けておったゆえな」
 アデルバートの言葉に、ローザリンデは頬を染めた。それは意中のアデルバートから優しい言葉を掛けられたためか、それとも、別な意味があったのだろうか。
 複雑な気分のまま、アデルバートは「では、失礼する」と、きびすを返した。ローザリンデに追い縋る様子はない。
 淑女らしく礼を取る公爵令嬢を肩越しに少しだけ振り返って、アデルバートは執務室へ向かった。
 貴族達への苛立ちは、ひとまずどこかへ消え失せていた。
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