小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵

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第2部・第7話:国王陛下の優雅な日常

第1章

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 その頃、王都ヴェスティアの、王宮にて。
 魔石通信を終え、ラインベルク王国第38代国王・アデルバート2世は、深い溜め息を一つ落とした。
 豪奢な中にも繊細な細工の施されたデスクに肘を着き、長い睫毛をそっと伏せる。背に流した、癖のない輝くばかりの黄金の髪が、サラリと揺れた。紅玉の瞳は憂いを含んで、宙の一点を見詰めている。
 著名な画家をして、「天界の軍を率いる天使長のよう」と謳われる苛烈な美貌を沈鬱に歪ませているのは、たった今報告を受けた内容のためだ。
 会談の相手は、魔王軍斥候隊せっこうたいの全権を委ねた、大魔法使い・黄金のベリンダ。これまで、旅の進捗を伝える彼女からの定期報告は、多少のイレギュラーな事態が生じても、概ね想定を大きく逸脱することはなかった。各種のトラブルにはうまく対応してくれていたし、魔王の居城のある「北の魔境」へ近付くにつれて魔物の専横が激しくなることも、予想の範囲内だ。
 しかし今回ばかりは話が違った。まず、通信画面に現れたベリンダは、出会った頃から変わらない、若々しい美貌に心労の影を貼り付かせていた。驚嘆するアデルバートを安心させるように微笑んだ後で語ったところによると――彼女の孫である「予言の子供」が、魔王の精神攻撃を受けたのだという。ベリンダらの尽力もあったが、彼はほとんど自力でそれを打ち破った。しかし、心身の衰弱が激しいため、数日間サウスホーフ州アルトゥナの町に留まらせてほしい、とのこと。
 アデルバートはこの「予言の子供」ことルカ・フェアリーベルを、ことほか気に入っていた。可愛らしい容貌はもちろんのこと、君主である自分に怖気づきながらも、それでも言うべきことは口にする気概は、とても好ましい。
 そのため、アデルバートは毎回、ベリンダの報告が終わるたびに、ルカを呼び出して相手をさせることを常としていたのだが――此度の彼の苦難は、自分で思っていた以上に、アデルバートに衝撃を与えるものだった。
 「なんと」と、それ以上の言葉をなくしたアデルバートが声を掛ける前に、画面上に姿を現したルカは、可哀想に、疲労の色が濃い。
 ――『良い、すぐに休め。無理をする必要はない』
 アデルバートはルカを下がらせると共に、ベリンダに滞在延長の許可を与えることしか出来なかったのである。
「――」
 年を経るごとに凄味を増す美貌を憂いの色に染めて、アデルバートはまた一つ、深く息をついた。
 体調が万全ではないとわかっていれば、当然アデルバートも、ルカを通信の場に出させるような真似をするつもりはない。しかしあの子供は、軽装とはいえ、わざわざ服まで着替えて、自ら顔を見せたのだ、恐らくは事を大袈裟に見せまいとして。その健気さをいと思えばこそ、彼を害する者への憎しみも増そうというもの。
 ――おのれ魔王め。敬愛するわが父を死の淵へと追い遣っただけでは飽き足らず……!
「陛下。お時間です」
「――うむ」
 側に控えた近習の声に、アデルバートは気のない返事を返した。「予言の子供」が心身ともに弱っていることを知り、その憂いを取り去ってやるために出来ることはないかと思案するのに忙しいのだ。
 この後は、交易を求めてきた異国の大使、及び商人との会談が控えている。立場はこちらが上とはいえ、あまり待たせるのも心証は良くない。そこで、アデルバートの扱いを心得ている近習が、一つの提案を口にした。
「あちらの商人は、希少な品々を多数持参しているとの話です。労いを兼ねて、斥候隊の皆様への贈り物など、見繕われてはいかがでしょうか」
 これを受けて、アデルバートは愁眉を解いた。「ほう」と頷く口元に、蠱惑的な微笑が浮かぶ。
「それは良い」
 謁見の場に商人を伴うからには、あちらには相応の献上品の用意があるのだろう。最初に申し入れがあった時点で、ラインベルクとしては国交を結ぶことで協議はついている。アデルバートはただ、最大限勿体もったいを付けて貢ぎ物を受け取るだけでいい。その上で、国力の大きさを見せ付けるために、いくつか品物を購入してやる心積もりがあった。
 ――あれに似合いそうなもの、興味を持ちそうな面白い物でも選んでおいてやるか。
 気を取り直して、アデルバートは颯爽と立ち上がった。
「行くぞ」
 マントの裾を翻して歩む姿に、もはや物憂げな様子は見受けられない。

 どこか楽しげな主君に付き従いながら、近習は密かに肩を竦めた。
 魔王軍斥候隊が王都を発ってから、早半年。ルカを「小姓に取り立てる」と決めたアデルバートが、彼のために用意した贈り物は、既に王宮の一室を埋め尽くさんばかりに溢れ返っている。アデルバートが個人資産から支払いを行っているので問題がある訳ではないが、見事なまでの寵愛ぶりだ。
 更に、この部屋はアデルバートの私室の隣室であり、独身の王は、これをそのままルカに与えるつもりのようだ。もはや寵姫と同等以上の扱いであり、王宮内には様々な噂や憶測が飛び交っている始末である。
 出立前の一週間、魔物の攻撃に晒された王都の復興を手伝った際の面識しかないが、「予言の子供」は良い意味で庶民らしい、飾らない性質のように見えた。素直な彼がこの事態を知れば、さぞや狼狽ろうばいするのに違いない。
 多くの者達と同様、ルカの庇護欲をくすぐる容姿や言動に好感を抱いていた近習は、少しだけ彼を気の毒に思ったのだった。
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