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第2部・第6話:小悪魔は笑う
第4章
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瑠佳の通学路には、地元でも有数の商店街が入っている。
ある日の帰宅時、友人の一人が「なあなあ」と、改まって声を掛けてきた。
もう一人の友人の方を向いていた瑠佳が振り返ると、彼は露店を覗き込んでいる。二人の女子学生と話し込む、ちょっとチャラめの男が店主らしき台の上には、びっしりとアクセサリーが陳列されていた。街中で割とよく見かけるタイプの露店だが、友人は中の一画を指差し、微妙な照れ笑いを浮かべている。
「これ、めっちゃ中2心刺激されね?」
言われて台を覗き込んでみると、そこには武器を象ったピンズが並んでいた。彼が手に持っているのは拳銃を模したものだが、他にも洋の東西、時代を問わず、様々なタイプの武器が揃っている。その種類の豊富さと、確かな中2心を刺激されて、瑠佳達は思わず「おお!」と声を上げていた。男子はいつの時代も、武器とかそういう「カッコイイもの」に憧れてしまうものなのだ!
もう一人の友人がスカルの顎の下でナイフが2本クロスした形のピンズを取り上げるのを横目で追いながら、瑠佳も何となく台の上に手を伸ばす。手に取ったのは、戦斧を象ったものだった。なぜ気になったのかはわからない。だが、鍛え上げられた肉体でこれを振るう戦士は、男の自分でも憧れずにはいられないだろうと思う。――ゲームか漫画に、戦斧が武器の推しキャラでもいただろうか?
「――アンタ達、それ買うの?」
隣に並んだ短剣型のピンズにまで手を伸ばし掛けていたところで、隣の店先から、鈴のなるような軽やかな声が掛けられた。
顔を上げると、同じく下校途中であるらしい姉の瑠衣と、その友人が、本屋の店先で雑誌の立ち読みをしている。露店とは目と鼻の先の距離だ。偶然とはいえ、まったく気付かなかったことが少々気恥ずかしい。
自宅にも何度か遊びに来たことのある姉の友人は、瑠佳を見てにっこりと頬を緩ませた。
「やだ~、瑠佳くんったら今日も可愛いんだから! ねえ、アイドルとか興味ない? オーディション受けてみればいいのに!」
一気に捲し立てられて、瑠佳は思わず身を引いた。お陰で、なぜか跳ね上がっていた物欲が急激に失せ、手にしたピンズを露店に戻す。彼女が熱心に読み込んでいたのはアイドル雑誌らしい。どうりで、「友達の弟」でしかない瑠佳を可愛がってくれるはずだ。
友人の称賛を、瑠衣は「ちょっと、あんまり調子に乗らせないでよ」と一蹴する。その姉の姿に、銃のピンズを投げ出した友人が小声で「え、めっちゃ可愛いじゃん、誰!?」と騒ぎ立て、スカルを買うべきか否か悩む風の友人が「瑠佳の姉ちゃん」と答えてやっている。中学時代からの同級生である彼は、ド級の美少女である瑠佳の姉・瑠衣が、それこそスカウトマンの名刺を束で所有しており、芸能界には一切興味を示さない代わりに、その数を自分の自信の糧としていることも知っていた。
美しいバラには棘があるように、瑠衣も一筋縄ではいかないタイプの美人なのだ。
友人達のやり取りに苦笑いを浮かべながらも、瑠佳は気になっていたことを口にした。
「お姉ちゃん、そういうの好きだったっけ?」
すると瑠衣は、それまでのクールな表情を一変させて、弟達に向き直った。キラキラと華やいだ様子で、手にした雑誌の表紙を飾る人物を突き付けて来る。
「だって、この人めちゃくちゃカッコ良くない!?」
瑠衣が今にもレジへ持っていこうとしていたのは、海外アーティストも掲載されている、ロック専門誌だった。欧米系と思われる男性ボーカリストとギタリストが真っ青な照明を背景に、マイクに噛み付くようにして歌っている。ほっそりとした指が示すのは、ライダースに身を包んだボーカリストの方であり、無造作に纏めた長髪といい、均整の取れた体格といい、「ワイルド」という表現がこれほど当て嵌まる人物というのも、そうは居ないのではないだろうか。浅黒い肌が魅力的な、強面のイケメンである。
瑠衣といえば、子供の頃から某社のプリンセス映画が好きだったはずだが、異性のタイプがコッチ系だとは、意外だった。正直このタイプはプリンスやヒーローどころか、脇役としてもあまりお目に掛かれないタイプではないだろうか。
「知らなかったー」
見た目以上に激しい瑠衣の好みを知らされて、友人達が何となくショックを受けている風なのを気の毒に思いながら、瑠佳は小さく笑った。
瑠衣は「言ってないもん」と可愛らしく肩を竦めてから、レジに向かう。姉の友人が「瑠衣は贅沢なのよ~」と唇を尖らせるのを横目で見ながら、瑠佳は何となく不思議な気分を味わっていた。
――瑠佳は今日、瑠衣の異性のタイプを初めて知った。
にも関わらず、なぜか「そんなことはとっくに知っていた」ような気がして堪らなかったのだ。
●
あれから丸二日経過しても、ルカに目覚める気配はない。
あどけない寝顔を見詰めながら、ベッドサイドの椅子に着いたユージーンは、深い溜め息を落とした。術の解除以外に方法はないと予想はしていても、何らかの奇跡を願ってしまうのは、八方塞がりの状況が不安で仕方がないからだ。
レフは相変わらず成獣体のまま、ルカの足元に寄り添って、離れようとしない。ルカの付き添いは基本的にジェイクとフィンレーが交代で担当してくれているが、ユージーンはベリンダの指示の元、半ば強引にフィンレーを、昼食という名の休憩に向かわせた。ユージーンとしても、そろそろルカの顔が見たくなってきたところだったので、このタイミングはありがたい。
魔法の使えない彼ら二人の気の使いようは、ルカの非常事態という現状を抜きにしても、見ていて気の毒になるほどだった。元々ルカ以外には饒舌でないレフも、似たような気持ちを抱いているように見える。
しかし、魔法適性の高い自分達にも、未だ解決策は見出せていないのだから、役に立っていないという意味では同じようなものだろう。
「…………」
整った顔を自嘲に歪めて、ユージーンは動かないルカの手に、そっと掌を重ねた。ベリンダの指示は、ジェイクとフィンレーに無理やりにでも休息を取らせるためのものだったのだろうが、弟子の気持ちを思い遣ってのことでもあるのに違いない。
――「おそらくルカは、夢を通じて『覚めない眠り』に囚われている状態なんだわ」。
それがベリンダの見解だった。傍で見ていたネイトもユージーンも、この見立てに異論はない。ベリンダにも介入できない強い魔力といい、これが魔王の仕業であることも明白だろう。
しかし、だとしても、やはり「いつの間に?」という疑問は残る。
何より、こんな術式は、魔王をよく知るベリンダも、初めて見るものであるらしい。となれば、ルカを異界へ追い遣った先の対戦ののち、魔力を回復させる17年の間で、新たに生み出した技ではないかということになってくる。さすがに魔王などと呼ばれているだけあって、改めて、恐ろしいまでの魔法適性能力だ。
「――ッ」
反応のないルカの手を、ユージーンはギュッと握り締めた。胸の奥に、ある一つの懸念が、重たくわだかまっている。
意識のない状態とはいえ、ルカの様子は健やかなものだった。つらい夢を見せられている訳ではなさそうなことは幸いだが、もしそれがルカにとって幸福なものであるなら、逆にその夢の中に留まることを望んでしまうかもしれない――そう、例えば、あちらの世界の家族の元で暮らす夢だとか。
これを口にしたベリンダの表情には、焦燥が見て取れた。同じ想いを抱くユージーンには、彼女の憂慮の理由が理解できる。やはり生まれた時から傍に居た、あちらの世界の家族には適わないのだろうか。師はそう考えているのに違いない。
であれば、魔王がルカを、敢えて「覚めない眠り」に繋ぎ止める理由も見えてくるというもの。
――他の誰でもなく、ルカ自身がその「夢」を手放さない限り、目覚めることはないのかもしれない……。
「――!」
ユージーンが最悪の想像に胸を押さえた時、レフの耳がピクリと動いた。続いて室内に、抑えたノックの音が響く。
てっきり昼食を済ませたフィンレーが戻ったものと思って振り返ったユージーンは、ジェイクが顔を覗かせたことに驚いた。
「どうしたんだ。まだ交代には早いだろう」
「いや、水を貰いに出たついでにな……」
歯切れの悪い弁明からは、それが後付けでしかないことが容易に察せられた。休めと言われるから部屋に戻っているだけで、ルカの様子が気になって仕方がないのだろう。思わずユージーンは口元を緩める。
「休める時にはしっかり休めよ。ルカも心配する」
ここ最近、何かに吹っ切れたように、妙にルカに対して積極的なジェイクを危ぶむところもないではないが、この時のユージーンは、純粋に幼馴染みの親友としての気遣いから、そう言った。
しかしジェイクは、そのまま後ろ手にドアを閉める。無意識なのか、足音を立てないようにしながら近付いて来て、ユージーンの肩をポンと叩いた。
「あまり寝ていないのは、お前達も同じだろう」
「……」
ユージーンは瞳を伏せて、そのままルカの安らかな寝顔に視線を移した。
ジェイクの指摘通り、師匠のベリンダも、それを補佐するユージーンも、この3日間ほとんど寝ていない。ルカの身を案じるせいか、身体が疲労を感じないのだ。師匠に促されなければ、ユージーンこそ寝食を断っていたかもしれないというのが実情だった。
弟子の手前、ベリンダも適宜身体は休めているようだが、しっかり眠っているとも思えない。絶えず頭脳は働かせているのだろう。
そして、それはネイトも例外ではあるまい。どうやら彼は地元の教会へ出向き、遅くまで文献を当たっているようだ。
――それでも、解呪の方法は見付からない。
「……祈ることしか出来ないのは、僕も同じだ」
ユージーンは自虐するように呟いた。親友の零した一言に、魔法が使えないことに焦るジェイクも、魔法の使える者の抱える無力感に思い至ったらしい。
「……もどかしいな」
「ああ」
傷を舐め合うような気持ちで頷いて、ユージーンはそっとルカの頬に触れた。きめ細かな肌は滑らかで、そして暖かい。
「早く還っておいで……ルカ……」
静まり返った部屋の中で、幼馴染み達はただ切実に祈った。
ある日の帰宅時、友人の一人が「なあなあ」と、改まって声を掛けてきた。
もう一人の友人の方を向いていた瑠佳が振り返ると、彼は露店を覗き込んでいる。二人の女子学生と話し込む、ちょっとチャラめの男が店主らしき台の上には、びっしりとアクセサリーが陳列されていた。街中で割とよく見かけるタイプの露店だが、友人は中の一画を指差し、微妙な照れ笑いを浮かべている。
「これ、めっちゃ中2心刺激されね?」
言われて台を覗き込んでみると、そこには武器を象ったピンズが並んでいた。彼が手に持っているのは拳銃を模したものだが、他にも洋の東西、時代を問わず、様々なタイプの武器が揃っている。その種類の豊富さと、確かな中2心を刺激されて、瑠佳達は思わず「おお!」と声を上げていた。男子はいつの時代も、武器とかそういう「カッコイイもの」に憧れてしまうものなのだ!
もう一人の友人がスカルの顎の下でナイフが2本クロスした形のピンズを取り上げるのを横目で追いながら、瑠佳も何となく台の上に手を伸ばす。手に取ったのは、戦斧を象ったものだった。なぜ気になったのかはわからない。だが、鍛え上げられた肉体でこれを振るう戦士は、男の自分でも憧れずにはいられないだろうと思う。――ゲームか漫画に、戦斧が武器の推しキャラでもいただろうか?
「――アンタ達、それ買うの?」
隣に並んだ短剣型のピンズにまで手を伸ばし掛けていたところで、隣の店先から、鈴のなるような軽やかな声が掛けられた。
顔を上げると、同じく下校途中であるらしい姉の瑠衣と、その友人が、本屋の店先で雑誌の立ち読みをしている。露店とは目と鼻の先の距離だ。偶然とはいえ、まったく気付かなかったことが少々気恥ずかしい。
自宅にも何度か遊びに来たことのある姉の友人は、瑠佳を見てにっこりと頬を緩ませた。
「やだ~、瑠佳くんったら今日も可愛いんだから! ねえ、アイドルとか興味ない? オーディション受けてみればいいのに!」
一気に捲し立てられて、瑠佳は思わず身を引いた。お陰で、なぜか跳ね上がっていた物欲が急激に失せ、手にしたピンズを露店に戻す。彼女が熱心に読み込んでいたのはアイドル雑誌らしい。どうりで、「友達の弟」でしかない瑠佳を可愛がってくれるはずだ。
友人の称賛を、瑠衣は「ちょっと、あんまり調子に乗らせないでよ」と一蹴する。その姉の姿に、銃のピンズを投げ出した友人が小声で「え、めっちゃ可愛いじゃん、誰!?」と騒ぎ立て、スカルを買うべきか否か悩む風の友人が「瑠佳の姉ちゃん」と答えてやっている。中学時代からの同級生である彼は、ド級の美少女である瑠佳の姉・瑠衣が、それこそスカウトマンの名刺を束で所有しており、芸能界には一切興味を示さない代わりに、その数を自分の自信の糧としていることも知っていた。
美しいバラには棘があるように、瑠衣も一筋縄ではいかないタイプの美人なのだ。
友人達のやり取りに苦笑いを浮かべながらも、瑠佳は気になっていたことを口にした。
「お姉ちゃん、そういうの好きだったっけ?」
すると瑠衣は、それまでのクールな表情を一変させて、弟達に向き直った。キラキラと華やいだ様子で、手にした雑誌の表紙を飾る人物を突き付けて来る。
「だって、この人めちゃくちゃカッコ良くない!?」
瑠衣が今にもレジへ持っていこうとしていたのは、海外アーティストも掲載されている、ロック専門誌だった。欧米系と思われる男性ボーカリストとギタリストが真っ青な照明を背景に、マイクに噛み付くようにして歌っている。ほっそりとした指が示すのは、ライダースに身を包んだボーカリストの方であり、無造作に纏めた長髪といい、均整の取れた体格といい、「ワイルド」という表現がこれほど当て嵌まる人物というのも、そうは居ないのではないだろうか。浅黒い肌が魅力的な、強面のイケメンである。
瑠衣といえば、子供の頃から某社のプリンセス映画が好きだったはずだが、異性のタイプがコッチ系だとは、意外だった。正直このタイプはプリンスやヒーローどころか、脇役としてもあまりお目に掛かれないタイプではないだろうか。
「知らなかったー」
見た目以上に激しい瑠衣の好みを知らされて、友人達が何となくショックを受けている風なのを気の毒に思いながら、瑠佳は小さく笑った。
瑠衣は「言ってないもん」と可愛らしく肩を竦めてから、レジに向かう。姉の友人が「瑠衣は贅沢なのよ~」と唇を尖らせるのを横目で見ながら、瑠佳は何となく不思議な気分を味わっていた。
――瑠佳は今日、瑠衣の異性のタイプを初めて知った。
にも関わらず、なぜか「そんなことはとっくに知っていた」ような気がして堪らなかったのだ。
●
あれから丸二日経過しても、ルカに目覚める気配はない。
あどけない寝顔を見詰めながら、ベッドサイドの椅子に着いたユージーンは、深い溜め息を落とした。術の解除以外に方法はないと予想はしていても、何らかの奇跡を願ってしまうのは、八方塞がりの状況が不安で仕方がないからだ。
レフは相変わらず成獣体のまま、ルカの足元に寄り添って、離れようとしない。ルカの付き添いは基本的にジェイクとフィンレーが交代で担当してくれているが、ユージーンはベリンダの指示の元、半ば強引にフィンレーを、昼食という名の休憩に向かわせた。ユージーンとしても、そろそろルカの顔が見たくなってきたところだったので、このタイミングはありがたい。
魔法の使えない彼ら二人の気の使いようは、ルカの非常事態という現状を抜きにしても、見ていて気の毒になるほどだった。元々ルカ以外には饒舌でないレフも、似たような気持ちを抱いているように見える。
しかし、魔法適性の高い自分達にも、未だ解決策は見出せていないのだから、役に立っていないという意味では同じようなものだろう。
「…………」
整った顔を自嘲に歪めて、ユージーンは動かないルカの手に、そっと掌を重ねた。ベリンダの指示は、ジェイクとフィンレーに無理やりにでも休息を取らせるためのものだったのだろうが、弟子の気持ちを思い遣ってのことでもあるのに違いない。
――「おそらくルカは、夢を通じて『覚めない眠り』に囚われている状態なんだわ」。
それがベリンダの見解だった。傍で見ていたネイトもユージーンも、この見立てに異論はない。ベリンダにも介入できない強い魔力といい、これが魔王の仕業であることも明白だろう。
しかし、だとしても、やはり「いつの間に?」という疑問は残る。
何より、こんな術式は、魔王をよく知るベリンダも、初めて見るものであるらしい。となれば、ルカを異界へ追い遣った先の対戦ののち、魔力を回復させる17年の間で、新たに生み出した技ではないかということになってくる。さすがに魔王などと呼ばれているだけあって、改めて、恐ろしいまでの魔法適性能力だ。
「――ッ」
反応のないルカの手を、ユージーンはギュッと握り締めた。胸の奥に、ある一つの懸念が、重たくわだかまっている。
意識のない状態とはいえ、ルカの様子は健やかなものだった。つらい夢を見せられている訳ではなさそうなことは幸いだが、もしそれがルカにとって幸福なものであるなら、逆にその夢の中に留まることを望んでしまうかもしれない――そう、例えば、あちらの世界の家族の元で暮らす夢だとか。
これを口にしたベリンダの表情には、焦燥が見て取れた。同じ想いを抱くユージーンには、彼女の憂慮の理由が理解できる。やはり生まれた時から傍に居た、あちらの世界の家族には適わないのだろうか。師はそう考えているのに違いない。
であれば、魔王がルカを、敢えて「覚めない眠り」に繋ぎ止める理由も見えてくるというもの。
――他の誰でもなく、ルカ自身がその「夢」を手放さない限り、目覚めることはないのかもしれない……。
「――!」
ユージーンが最悪の想像に胸を押さえた時、レフの耳がピクリと動いた。続いて室内に、抑えたノックの音が響く。
てっきり昼食を済ませたフィンレーが戻ったものと思って振り返ったユージーンは、ジェイクが顔を覗かせたことに驚いた。
「どうしたんだ。まだ交代には早いだろう」
「いや、水を貰いに出たついでにな……」
歯切れの悪い弁明からは、それが後付けでしかないことが容易に察せられた。休めと言われるから部屋に戻っているだけで、ルカの様子が気になって仕方がないのだろう。思わずユージーンは口元を緩める。
「休める時にはしっかり休めよ。ルカも心配する」
ここ最近、何かに吹っ切れたように、妙にルカに対して積極的なジェイクを危ぶむところもないではないが、この時のユージーンは、純粋に幼馴染みの親友としての気遣いから、そう言った。
しかしジェイクは、そのまま後ろ手にドアを閉める。無意識なのか、足音を立てないようにしながら近付いて来て、ユージーンの肩をポンと叩いた。
「あまり寝ていないのは、お前達も同じだろう」
「……」
ユージーンは瞳を伏せて、そのままルカの安らかな寝顔に視線を移した。
ジェイクの指摘通り、師匠のベリンダも、それを補佐するユージーンも、この3日間ほとんど寝ていない。ルカの身を案じるせいか、身体が疲労を感じないのだ。師匠に促されなければ、ユージーンこそ寝食を断っていたかもしれないというのが実情だった。
弟子の手前、ベリンダも適宜身体は休めているようだが、しっかり眠っているとも思えない。絶えず頭脳は働かせているのだろう。
そして、それはネイトも例外ではあるまい。どうやら彼は地元の教会へ出向き、遅くまで文献を当たっているようだ。
――それでも、解呪の方法は見付からない。
「……祈ることしか出来ないのは、僕も同じだ」
ユージーンは自虐するように呟いた。親友の零した一言に、魔法が使えないことに焦るジェイクも、魔法の使える者の抱える無力感に思い至ったらしい。
「……もどかしいな」
「ああ」
傷を舐め合うような気持ちで頷いて、ユージーンはそっとルカの頬に触れた。きめ細かな肌は滑らかで、そして暖かい。
「早く還っておいで……ルカ……」
静まり返った部屋の中で、幼馴染み達はただ切実に祈った。
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